憧れの世界でもう一度・終章

五味

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相見互い

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 トモエの宣言に従って、世界は、今二人が対峙する場面というのが劇的に様相を変える。
 トモエは、確かにオユキを誘っただけなのだ。誘い返しただけなのだ。
 過去に、散々にオユキに誘われて、それでもオユキの話を聞く人間が必要だからと我慢していたものを。

 だが、オユキにとっては、やはりそうでは無い。
 オユキの記憶にあるトモエは、こうした選択肢を良しとするのかと考えたときに、やはりそうでは無いのだ。
 人間である以上、変化はある。
 過去に話を聞いた時にしても、話を聞く人間がいなければならぬと口にしていた。
 そうした事実をオユキは勿論知っている。
 だが、かつてのトモエは、きちんと自制をしていたのだ、太刀を振るう事に関して。人を斬らぬ、他の動物を斬らぬ、斬るのは、技を使い、試すのはせいぜいが人と同じ程度と言われていた巻き藁だけ。
 オユキが、塊で枝肉を購入して、それを試しに斬ってみるかと話したときにも、トモエはきちんと自制を利かせた。だというのに、こちらではそれが無い。
 勿論、それをしなくても良い状況なのだと、トモエは語るだろう。
 異なる世界に来たのだから、このような世界なのだからそれを楽しみにする性を許してくれと語るだろう。
 だからこそ、随分と剣呑な冠を得ていることもある。

「トモエさんの願いを、恐らく私は知っている、知っていたと考えているのです」

 オユキが考えるトモエと、今ここにあるトモエ。
 乖離は当然だと、そんなものはかつての世界でもいくらでもあったとオユキは知っている。
 だが、こちらではそれがただただオユキにグ年を与える材料となってしまう。
 他の全ては、オユキにとってまだ良いのだ。
 他に、トモエ以外の他人がどれだけの面倒をオユキに持ってこようが、それらを解決するためにどれほどのものをオユキから持っていこうとも、オユキにとっては問題が無い。
 何より、オユキがこちらに、今になっても生きていくために必要なのは、トモエの存在ただ一つ。

「ですから、トモエさん。どうか、証明を」

 刃のきらめきをもって、オユキではどうあがいても及ばないのだと、オユキの信じる道の深奥にいるのだと。そこにあるのがトモエだと、オユキは信じているからこそ。

「信頼にこたえ続ける、なかなかに困難な道ではあります。それに、私達では機会を選ぶのがなかなかに。いえ、それもあって早々にアイリスさんを促しましたか」

 オユキの周囲で、氷雪が少しづつ刃の形の氷を作り上げていく。
 雪が、氷が、オユキの意志に従いながら。これこそが、オユキの、現状のオユキが氷の乙女たちを頼んで迄、己の存在に根差す力を求めた結果だと言わんばかりに。
 方や、トモエのほうは生憎と来歴とされている、祖とされている炎獅子とは未だに出会えていない。もとより、太刀にしか興味を示さないトモエでは、オユキとは比べる程も無い程度には魔術の習得は、種族由来の魔術でさえ絶望的。
 こちらに来たばかりの頃に、アーサーの巻き起こしたらしき炎に目を引かれたのは、要はそれこそが己の種族由来の感覚でしかない。トモエ自身意外な事に、何やらやけに心惹かれたのだ。だが、それだけのことでしかない。
 オユキから、何度となく魔術ギルドに顔を出してみてはと言われた、カナリアという混種としてのマテリアルに根差している雑種としての人とは比べるべくもないマナを保有する存在が側にいるというのに、オユキが、オユキとて興味が無い事をそれでもと向き合っていたというのに。

「トモエさん、私は、私は己の多くを、今この時の為にと費やしてきました」

オユキの背後には、七つの氷でできた刃。どれもこれもが、トモエでさえ気を抜けば見過ごしてしまうよな薄造りで、透明度の非常に高い刃。氷だから、斬れぬ等と言う事は無い。紙ですら、人の肌を斬ることが出来る。不純物を含まない、何処までも純粋な氷というのは、個体として十分な強度を誇っている、紙とは比べ物にならない程の。
 さらには、トモエの瞳に映る以外にも、いくつかオユキは仕込んでいることだろうが。

「期限を決めた、その時から、今この瞬間の為に」
「その覚悟や良し」

 だからこそ、オユキに対してトモエが言えることなど、いよいよその覚悟を讃える言葉しかないのだ。

「本当に、心地よい事です」
「トモエさん」
「かつての世界でも、僅かに。そう、本当に極僅かにオユキさんは私に」
「ええと、それに関しては、その」

 そして、トモエが、本当にうれしいのだとそう示してしまえば、過去に今ほどの感情を、愛情は勿論まっすぐにトモエに向けていたのだが、それ以外の感情については全く向けていなかったオユキとしては思わず気勢がそがれるという物だ。
 トモエの言葉に合わせて、オユキの作り上げた刃が少し高度を下げる。トモエの首を狙える位置、まっすぐにトモエに切っ先を向けていた氷刃がその切っ先を、何処か気落ちしたと言わんばかりに下げて。
 そして、トモエはトモエで改めて己の内側に意識を向けてオユキに対するための力を確認する。
 技という意味では、オユキ相手にトモエが劣る事は無い。
 力に関しても、こちらに来て互いの姿が示す通りに過去とは違って、トモエが有利。
 だからこそ、心でも負ける気は無い。
 かつての世界よりも、圧倒的に意味を増した、できることが増えてしまった心という物でも。

「結局のところ、お互い様と言う所なのでしょうね」
「何のことでしょうか」
「どこまで行っても、過去の事がお互いについてきますねと、そうした話です」

 オユキは、トモエを今疑っている。
 そして、平成ではいられないのだと、己の持てる力の全てでもって証明を求めている。
 過去、トモエが抑えていたことを、やはりオユキは抑えきれていない。
 だからこそ、相見互い。
 そして、気が付かない、気が付いていないオユキが首をかしげて見せたところで。

「ですから、何度でも私は声高に叫んで見せましょう」

 オユキへの愛情は、オユキという存在に向ける愛情は、それ以外のあまりにも多くの感情と共に。
 トモエにとっての愛とは何か、それを示すこともやぶさかではない。
 オユキが同じ形を使ってくれることを、トモエとしてはどこまでも嬉しく感じてしまう。

「オユキさんを、間違いなく愛しているとそう訴える私は。己の刃、己の道、その次に大切だと言い切る私は、過去から今まで、連綿と続いているのだと」
「私にとっては、トモエさんこそが、なのですが」
「そこは、私としても残念ではありますが、オユキさんにとっての私というのは、どうしたところで」

 そう、オユキの知る、オユキの考えるトモエにしても全く同じ言葉を伝える事だろう。

「改派陰流皆伝、トモエ流始祖、秋守榛花」

 秋を守るからこそ、冬にはまだ遠いのだ。
 冬の訪れを、オユキがトモエに届くことを許さぬのだと、己の名前がまるでただ示しているようだと、そんな事を考えて、思わずトモエにしても笑いながら。
 そうしてみれば、オユキのほうもやはり楽し気に。

「改派陰流印可、月代典仁。氷の乙女、氷雪の魔女としてのオユキ」

 月と安息に選ばれたのが気に入らない、それがオユキにとっての事実とは言え。やはり、かつての世界で持っていた名前がまさにそのものではあるのだ。
 読み替えなどを行えば、憑き代等と読もうものならば、まさに巫女に相応しい名前と言い切ることもできるだろう。本人が、どれほど嫌がったところで。
 名前でこちらに来るものを、使徒として呼ぶ相手を決めたのか。それとも、全く異なる流れなのか。
 少し前に、オユキが結論として出したトモエにとっては難解すぎる宇宙論。時間軸にとらわれぬところまでを含めて、卵と鶏が共存するような状態を肯定したうえで出した、一つの結論。それに従えば、まさに成程と思えるものではある。

「さて、始めましょうか」
「ええ。お願いしますね、トモエさん」

 オユキからは、これまでよりも実にはっきりと。
 トモエを信じたい、今の己の猜疑というのは、所詮オユキの心の弱さが生んだものでしかないのだと、それを証明してくれと、オユキの目がただただトモエに訴えている。
 トモエとしても、明確に才能の差がある以上は、かなり難しいと感じてはいる。
 だが、どうなのだろうか。
 過去の事を想えば、オユキのこの程度の我儘であればトモエとしても叶えて見せたいと考えてしまうのだ。

「いざ」
「尋常に」

 トモエから、動きを作る。
 中空に浮かぶ、オユキの作った目視することが難しい数多の刃。
 そちらに対して、遅れて対応しようと考えるほどに、トモエは悠長ではない。鉄よりは柔だろうからと考える事は出来ない刃への対応。トモエに与えられた奇跡の内、一つの形。トモエが敵だと考える、討つべきと思う対象に容赦なく降る雷をもって、撃ち落とす。冬と眠りによく似たオユキ、その伴侶でもあるからと、こちらの世界、神々の関係性として、一つの明確な形を持つその二柱になぞらえる形とでも言えばいいのだろうか。
 何やら、属性として抱えていることもあり、気に入られたからこそ与えられている奇跡。春の到来を告げる、冬の終わりを告げる物。季語として考えれば、三夏を示す物であり、過去の名ともいよいよ関係のない物ではある。
 だからこそ、トモエにとってはこちらに来てから与えられたものだと実に分かり易い。

「純度が高ければ」
「砕ければ、十分です」

 オユキが用意した氷の刃、それをどこからともなく降る稲光が砕く。
 問題としては、いや、オユキにしても祖の流れは想定していたのだろう。砕かれた刃をおとりに、散る氷の欠片の陰に、砕かれ、煌きと共に散る刃の陰から、他の刃をトモエに。さらに、オユキ自身もトモエを追い詰めるために、トモエに致命傷を、必殺の刃を届けんがためにと動き出す。
 しかして、トモエも早々それを許すはずもない。
 オユキが何を求めているのか、それを今となってははっきりと理解したトモエは、この場での結果に関してもはや思い悩むのを止めたのだ。
 この場でトモエがオユキを殺めたとしたならば、最早オユキはそのまま失われるのかもしれない。
 トモエのよく知るオユキではなく、オユキの姿形をしたナニカというしかない状態で、再現されるのかもしれない。だが、オユキはその猜疑を常に胸に抱いてここまでの日々を過ごしてきたのだから。
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