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「前祝をしよう」
先輩からメッセージが来た。社内でも知っているのは部長と部下数人のはずなのに、相変わらず情報が早いな。でも、以前ならメッセージも電話もなく家に来ていたのに、いつの間にか合鍵を持っていて、いつの間にか先輩の服が置いてあったのに。
玄関を開けると、酔いの回った先輩が両手にコンビニの袋を提げて立っていた。
「結婚おめでとう。のろけ話しを聞きに来て上げたよ」
呂律がまわっていない先輩を初めて見た。
ハイヒールを脱ごうとしてそのまま倒れ込む。先輩を起こそうとすると抱きついて放してくれない。
「みんな、私をおいてけぼりにする」
玄関のカギを閉めると部屋まで引き摺って行った。
先輩の香水に混ざる匂いは部下の香水と同じだ。彼女も仕事が出来て無口でやちよ先輩の好きそうな子。でも、若すぎるかな?
!
部下の彼女はさつき係長と似ている・・・・、さつき係長、どうしているのかな?
あの時のさつき係長は今の私と同じ気持ちかもしれない。
あれは退職の噂が流れる少し前だった。廊下で擦違っても会釈程度しかなかったのに、あの時は私をずっと見たままだった。嫉妬のような憐みのような悲しい眼差しだった。私が気づいていた様に彼女も気づいていた。だから、普段と同じように会釈だけで通り過ぎた。そして、私は勝ったと思った。私は中学の時から先輩と一緒だった。私の夏休みは生徒会室で先輩と一緒だった。先輩と居続けられるのは私だと思った。
カギを閉めるのが合図になったのは夏休みから・・・、あの頃が懐かしかった。あの時も勝ち残ったと思っていた、思い込もうとしていた。
「みさき? 何を考えている?」
先輩は、私を覗き込むと言った。
「昔の事を思い出していたんですよ。生徒会室での夏休みの日々を。やちよ先輩が毎日生徒会室にいるのに私は家にいる事が多かったなって・・・・」
先輩は分け隔てなく誰とでも接していた。良い意味でも悪い意味でも・・・・。
「そうだったね。みさきには全部バレていたよね。『私も、やちよ先輩の事が好きです』と言われた時に他の子たちとは違うと気がついたよ。あの時のみさきは中二だったのにな」
私の頭を撫でながらしみじみと言った。
「私の気持ちは今でも同じですよ。生徒会長の立候補演説の時からずーっとです。今も最年少で部長になって男を指揮する姿は格好いいです」
先輩はあの時の輝きを失っていない。今までの中で先輩以上の人に出会った事がない。たぶん、これからも出会う事がない。
「相手の男性はどう言う人なんだよ?」
やちよ先輩は話を逸らすようにビールを開けた。
私もビールを開けた。
「普通の人ですよ。たぶん普通に優しくて、普通にだらしない人。そして子どもが出来て、子どもに振り回されて、きっと私もブクブクに太っていくの、母さんみたいに。でも、それでも良いの」
まるでノンアルのようなビールをもう一本開けた。先輩は話を聞いているのか聞いていないのか目を閉じたままだった。やちよ先輩のつれない態度が、さつき係長ともこんなやり取りがあったのかもと思わせる。
さつき係長に勝ったと思った後で寿退職の噂を聞いた。結婚の話を聞いた時は信じられなかった。やちよ先輩を超える男がいると思えなかった。やちよ先輩から離れられると思えなかった。なぜなら、あの時の嫉妬の眼差しが彼女の本心だと思ったからだ。
でも、憐みの眼差しが負け惜しみでないと分かったのは、ショッピングモールで見かけた時だった。ふっくらしたさつき係長がベビーカーを押していた。隣りを歩く旦那さんはエコバッグを提げていた。やちよ先輩に比べれば何の輝きもない普通の男だった。それなのに会社では見た事のない幸せそうな姿だった。
「本を読み始めたの・・・・」
やちよ先輩もビールを開けた。
「本を読むなんて中学生以来かな?」
「面白い?」
「普通にね。遠い世界の手の届かない話だからね。安心して読めるわ」
でも、色褪せた物語の世界はやっぱり色褪せていた。嘘っぽいヒーローの活躍に合わせるようにミスを犯す敵役の存在はご都合主義にしか見えなかった。僅か数行で物事が解決するのも違うと思うようになっていた。結局、本の中のヒーローもやちよ先輩と比べていた。
「教科書やビジネス書ぐらいしか読んだ事ないからね。やっぱり現実世界の方が五感で受けられるからかな? 物語の世界に興味を持った事がなかったな」
そうだった、やちよ先輩にとって職場はダンジョンでしかなかった。そんな話をした事があった。私に本の外の世界を教えてくれたやちよ先輩。私を本の世界に戻れなくしたやちよ先輩。
「そうだね。普通に感じられるのは一緒にいて抵抗がない意味だよ。ゆっくり分かり合えば良いと思うよ」
やちよ先輩の確信じみた言い方。きっと退職後のさつき係長に会ったのかもしれない。
やちよ先輩はスマホを取り出すとタクシーを呼んだ。
沈黙が広がった。
そして身形を整えている。
以前だったらこの沈黙に耐えられなかった。そのまま後ろから抱きつき押し倒すように仕向けられていたかも。今もそうしたい衝動がある。『他の子とは違う』と言って欲しい。
でも、やちよ先輩は私から離れた。だから私はやちよ先輩を諦めなくてはいけない。
先輩からメッセージが来た。社内でも知っているのは部長と部下数人のはずなのに、相変わらず情報が早いな。でも、以前ならメッセージも電話もなく家に来ていたのに、いつの間にか合鍵を持っていて、いつの間にか先輩の服が置いてあったのに。
玄関を開けると、酔いの回った先輩が両手にコンビニの袋を提げて立っていた。
「結婚おめでとう。のろけ話しを聞きに来て上げたよ」
呂律がまわっていない先輩を初めて見た。
ハイヒールを脱ごうとしてそのまま倒れ込む。先輩を起こそうとすると抱きついて放してくれない。
「みんな、私をおいてけぼりにする」
玄関のカギを閉めると部屋まで引き摺って行った。
先輩の香水に混ざる匂いは部下の香水と同じだ。彼女も仕事が出来て無口でやちよ先輩の好きそうな子。でも、若すぎるかな?
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部下の彼女はさつき係長と似ている・・・・、さつき係長、どうしているのかな?
あの時のさつき係長は今の私と同じ気持ちかもしれない。
あれは退職の噂が流れる少し前だった。廊下で擦違っても会釈程度しかなかったのに、あの時は私をずっと見たままだった。嫉妬のような憐みのような悲しい眼差しだった。私が気づいていた様に彼女も気づいていた。だから、普段と同じように会釈だけで通り過ぎた。そして、私は勝ったと思った。私は中学の時から先輩と一緒だった。私の夏休みは生徒会室で先輩と一緒だった。先輩と居続けられるのは私だと思った。
カギを閉めるのが合図になったのは夏休みから・・・、あの頃が懐かしかった。あの時も勝ち残ったと思っていた、思い込もうとしていた。
「みさき? 何を考えている?」
先輩は、私を覗き込むと言った。
「昔の事を思い出していたんですよ。生徒会室での夏休みの日々を。やちよ先輩が毎日生徒会室にいるのに私は家にいる事が多かったなって・・・・」
先輩は分け隔てなく誰とでも接していた。良い意味でも悪い意味でも・・・・。
「そうだったね。みさきには全部バレていたよね。『私も、やちよ先輩の事が好きです』と言われた時に他の子たちとは違うと気がついたよ。あの時のみさきは中二だったのにな」
私の頭を撫でながらしみじみと言った。
「私の気持ちは今でも同じですよ。生徒会長の立候補演説の時からずーっとです。今も最年少で部長になって男を指揮する姿は格好いいです」
先輩はあの時の輝きを失っていない。今までの中で先輩以上の人に出会った事がない。たぶん、これからも出会う事がない。
「相手の男性はどう言う人なんだよ?」
やちよ先輩は話を逸らすようにビールを開けた。
私もビールを開けた。
「普通の人ですよ。たぶん普通に優しくて、普通にだらしない人。そして子どもが出来て、子どもに振り回されて、きっと私もブクブクに太っていくの、母さんみたいに。でも、それでも良いの」
まるでノンアルのようなビールをもう一本開けた。先輩は話を聞いているのか聞いていないのか目を閉じたままだった。やちよ先輩のつれない態度が、さつき係長ともこんなやり取りがあったのかもと思わせる。
さつき係長に勝ったと思った後で寿退職の噂を聞いた。結婚の話を聞いた時は信じられなかった。やちよ先輩を超える男がいると思えなかった。やちよ先輩から離れられると思えなかった。なぜなら、あの時の嫉妬の眼差しが彼女の本心だと思ったからだ。
でも、憐みの眼差しが負け惜しみでないと分かったのは、ショッピングモールで見かけた時だった。ふっくらしたさつき係長がベビーカーを押していた。隣りを歩く旦那さんはエコバッグを提げていた。やちよ先輩に比べれば何の輝きもない普通の男だった。それなのに会社では見た事のない幸せそうな姿だった。
「本を読み始めたの・・・・」
やちよ先輩もビールを開けた。
「本を読むなんて中学生以来かな?」
「面白い?」
「普通にね。遠い世界の手の届かない話だからね。安心して読めるわ」
でも、色褪せた物語の世界はやっぱり色褪せていた。嘘っぽいヒーローの活躍に合わせるようにミスを犯す敵役の存在はご都合主義にしか見えなかった。僅か数行で物事が解決するのも違うと思うようになっていた。結局、本の中のヒーローもやちよ先輩と比べていた。
「教科書やビジネス書ぐらいしか読んだ事ないからね。やっぱり現実世界の方が五感で受けられるからかな? 物語の世界に興味を持った事がなかったな」
そうだった、やちよ先輩にとって職場はダンジョンでしかなかった。そんな話をした事があった。私に本の外の世界を教えてくれたやちよ先輩。私を本の世界に戻れなくしたやちよ先輩。
「そうだね。普通に感じられるのは一緒にいて抵抗がない意味だよ。ゆっくり分かり合えば良いと思うよ」
やちよ先輩の確信じみた言い方。きっと退職後のさつき係長に会ったのかもしれない。
やちよ先輩はスマホを取り出すとタクシーを呼んだ。
沈黙が広がった。
そして身形を整えている。
以前だったらこの沈黙に耐えられなかった。そのまま後ろから抱きつき押し倒すように仕向けられていたかも。今もそうしたい衝動がある。『他の子とは違う』と言って欲しい。
でも、やちよ先輩は私から離れた。だから私はやちよ先輩を諦めなくてはいけない。
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