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地球温暖化が止まった日
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スタッフルームに並ぶモニターには世界各地のライブ映像が表示されていた。ニューヨークのモニターではクリスマスのデジタルサイネージが街を行き交う人々をカラフルな色に染めていた。深夜のロンドンでは人の姿は何処にもなく静かに雪が降っていた。ニューデリーでは通勤ラッシュが始まり道路は行きかう人々で埋め尽くされていた。
「人々が昨日と同じ今日を生きている。今日と同じ明日が来る事に疑いを持たずに生活する様が見納めだと思うと感慨深いものがある」
ドクター・ワンが見つめているモニター以外にも司令部を映し出したモニターがあった。オペレーターがモニターを監視しているのが分かった。ドクター・ワンが率いる情報部の手を離れた作戦ではあったが司令部の様子を確認出来るのは上層部の配慮だった。
司令部と同じく二つの巨大モニターにはひまわりシステムの稼働状態を示す世界地図と人工衛星の状態を示す世界地図を映し出していた。チベット高原、アラビア半島南部、南米アンデス山脈北部にひまわりシステムの殆どが設置されているのが分かった。受光しているひまわりシステムは青色、それ以外は赤色で表示されていた。昼の領域にあるひまわりシステムの場所は概ね晴天のようだ。
「あと、五分だな」
時計は九時五十五分を指した。スタッフルームのある塩城の天気は曇りだった。肉眼で成果を確認出来るものではないが曇りと言うのはもどかしいものだった。
別のモニターにはチベット高原を埋め尽くすひまわりシステムB型が映っていた。無料配布のひまわりシステムA型の四倍の反射面を持つ防衛装備品だ。
「画面を埋め尽くすB型の姿は壮観だな」
「チベット高原の幅千五百キロメートルに十万基のB型を設置してありますが、上層部のリクエストで映える配置をしたエリアですよ」
エンジニア担当は不満気味に解説した。
「今日を迎える事が出来たのが不思議な思いだ。いくら我々が万全を尽くしても情報は漏れるものだ。何かしらの動きがあると思っていたが出てきたのはリチャード・ワンへの国際手配だけだ。これからの作戦もモニター上のドットの色が変わる事でしか確認が出来ない。あまりにも現実味がなく成果を実感出来ないのはもどかしいものだ」
「大姐、私には彼らが侮っているのを実感出来ますよ。成果も実感出来ますよ。何故なら、ひまわりシステムの反射鏡は焦点距離百キロメートルの凹面鏡ですよ。平面だとピンホールカメラの原理で光が拡散していきます。それを集光させるために凹面鏡に仕上げています。意図に気がついても彼らの国では作れない凹面鏡が故に実現不可能だと思うでしょう。でも、わが国には技術がある。命令を受けた最初に始めたのが凹面鏡の開発ですよ。私には成功の手応えがあります」
エンジニア担当は他のスタッフにも聞こえるようにドクター・ワンに説明した。誰よりも現場を見て、誰よりも現物を手にしていた自負がそうさせた。
地上に分散設置されたひまわりシステムの反射鏡を、移動する太陽と移動する標的に合わせて角度を調整していく。ピンポイントに集光し標的の移動に合わせて集光点を移動出来るのがベストであった。しかし、標的は距離方向のブレと速度のブレがあった。大気の揺らぎによる光の屈折があった。設置位置の標高を高くする事で大気の問題は軽減出来ても、数百キロ先の戦闘機よりも小さい人工衛星をリアルタイムで数メートルの誤差で捉えるのは不可能だった。ひまわりシステムにも問題があった。歯車の刻み一つ分で数百キロメートル先では大きく移動する。歯車の遊びが気温で変化する。ひまわりシステムの駆動部は最初からステッピングモーターを使ったが残りの問題は試行錯誤で安全率を求めるしかなかった。一基の人工衛星に何基のひまわりシステムを投入するか?
標的が熔融する秒数を維持するために集光点を円にまとめるのか。帯状にまとめるのか。標的までの距離と速度に応じて実験を繰り返しスタッフの育成を行った。月に龍を描いたのは成功体験になった。モニター上の点で現場をイメージ出来る。連帯感が高まり自信を深める事にもなった。
「大姐、月面に龍を描くまでの実験の数々。標的衛星が打ち上げられてからの実験の数々はモニターのドットの変化ではありません。標的衛星の表面が千度を超えた時のスタッフの喜ぶ顔はリアルでした。不測の事態が起きても同時に解決の報が来るものと信じています」
「ドットの変化が数時間後にはライブカメラに表れる。ただ、現場から離れた場所に役割がある私は各担当からの熱量が私の実感になる。エンジニア担当の熱量で不安が後退した」
エンジニア担当との役割の違いに気持ちが足りなかった事を悔いても仕方がなかった。今は、数秒に迫った作戦の不測の事態に備えるべきだと気持ちを切り替えた。
十時になると青色のドットが黄色点滅に変わり目標衛星の追尾中を表した。
「始まった」
誰かが呟いた。
全てのひまわりシステムには目標衛星の軌道データは送信済みである。決められた時間に決められた軌道に太陽光を反射し決められた時間だけ追尾する。軌道が安定している人工衛星だから事前の観測でプログラミング出来るのである。
集光可能エリアの中で軍事衛星、通信衛星、GPS衛星、西側の人工衛星、スターリンク衛星の順位で無力化をする。順位の高い衛星が来れば複数ユニットで集光する。リアルタイムで観測出来ない以上、確率九十九パーセントを百パーセントに近づける事を優先した。エリア内に目標物が無ければ反射角度の条件が悪くても他のユニットの目標に集光した。
事態に気づかれ姿勢制御装置で軌道を変えられる心配があった。時間との勝負でもある。
標準合わせに十秒。地球に向いている光学カメラを始めレーダー送受信部は耐熱用の反射箔で覆われていない。集光した太陽光を受ければ数秒で電気回路が焼失する。太陽光パネルも同じだ。衛星本体も数十秒で溶融が始まる。熱の逃げ場がない真空中では温度が下がらないからだ。姿勢制御の燃料が爆発すれば軌道から逸脱する。二千度を越えれば金属が蒸発し軌道を変えていく。一基の人工衛星を九十秒で無力化出来る。
モニター上の人工衛星の軌道は、随時人工衛星観測所と移動式Xバンドレーダーからの情報で更新された。人工衛星からの電波の消失も観測された。撃墜ではなく機能停止が目的だからだ。
人工衛星を監視しているモニターには緑色の点の大きさで人工衛星の重要度を表していた。全世界合わせても運用中の人工衛星は九千基を超える程度。計算上は一時間で全てを無力化出来るはずだ。しかし、ひまわりシステムの集光エリアに来るとは限らない。夜の領域にある静止衛星は十二時間待たなければ無力化出来ない。GPS衛星は六軌道あり十二時間で一周する。チベット高原で無力化できるのは十基ほどだ。偵察衛星や観測衛星などの低軌道衛星だと有効集光エリアを三十秒ほどで通過してしまう。その人工衛星には複数エリアのユニットでリレーしながら集光する必要があった。
緑色の点が赤色に変わった。軌道が数百メートル外れた事を意味した。映画ならスタッフが歓声を上げ主人公を労う脇役がいるのだろう。しかし、司令部は静寂のままだ。どのスタッフもモニターを確認している。天候が晴れでも反射光の軸線上に雲があれば遮断される。光量が足らなければ別のユニットに引き継がせる判断が必要になる。目視出来ればリアルタイムでユニットを追加投入出来るがひまわりシステムも人工衛星も司令部からは確認出来ない。もし、夜の領域で集光なら夜空の星の様な輝きを捕らえる事が出来るかもしれない。だからこそ、一つの人工衛星に過剰でも向けられるユニットは全て向けるプログラムになっていた。
数珠つなぎに進んでくるスターリンク衛星には帯状の集光エリアで対処した。次々に飛び込んで焼け爛れて地球の裏側に消えていった。
優先順位の高い衛星が来るとスターリンク衛星は素通りしていく。
昼の領域が西へと広がっていくとアラビア半島南部のひまわりシステムが静止軌道上の人工衛星をプログラム通りに無力化した。
~・~・~
ドクター・ワンはスマホを取り出すとSNSを開いた。ディナーの写真、野球の実況、週末のバーベキューの打ち合わせ、休暇先の写真、ゲームの実況などなど、フォロー相手が投稿しなくなっていた。誰もがSNSで投稿する余裕を失っているからだ。
カード会社の信用保証協会のデータにアクセスすれば、勤め先が分かる。購入履歴で収入規模が分かり役職が推定できる。軍関係者なら住所から所属部隊が分かる。投稿時間で勤務サイクルが分かる。出張になれば旅行と称して投稿がある。彼らの投稿が止まればアクシデントを想定できる。誰の投稿が止まるのか? アクシデントの規模が分かる。軍事機密に関わる投稿は一つもない。彼らの日常が輪郭線となり、こちらの知りたい事が読み取れるのである。
彼らのフォロワーに外国人はいない。時おり日常生活を呟く彼らのフォロワーがリポストするだけである。美国内に張り巡らされた時おり日常を呟くアカウントによって集められた情報がドクター・ワンのスマホに集約するのであった。
自動収集のアカウント以外に部下からの投稿も混じっている。商店街のイルミネーションと教会のイルミネーションが添付された投稿だ。専用アプリに添付画像二枚を投入すると差分処理で埋め込まれたテキストが表示された。
『軍事衛星を全てロスとした。各国の基地の状況確認を急いでいる』
「ネット民の反応は?」
スタッフの一人が直ぐに反応した。
「ひまわりシステムが妙な動きをしていると動画付き投稿が数件あります」
「双子座流星群にしては放射点が違うな?」
「ナビアプリが壊れた。どうやら太平洋の上を歩いているらしい草」
「BS放送が映らない。テレビ壊れたか」
「太陽フレアのニュースなかったのに衛星が全滅しているようだ」
ドクター・ワンは各地域のネット民の反応を確認すると司令部に電話をした。
「ネット民の反応を分析すると民生用人工衛星の無力化は目標ラインを越えたと判断出来ます」
司令部は残存人工衛星ではネットワークを維持出来ない事を人工衛星観測所のデータと塩城のデータから確認すると、掃討作戦に切り替えた。
どこの国も次々と機能停止する人工衛星の原因を把握出来ないでいた。太陽フレアの観測データを見ても人工衛星が故障するような大規模なフレアはなかった。超新星爆発による強力なX線は観測されなかった。スーパーカミオカンデでニュートリオは観測されなかった。ルイジアナ州の重力波検出器で異常は観測されなかった。
原因を究明している間でも世界は動いている。
旅客機はGPSで現在位置と高度を把握し打ち込まれた座標の地点に向かって自動操縦で飛行している。GPSの信号を受信できなくてもジャイロコンパスやセンサーで自律的に飛行を続ける事は出来た。しかし、空港近くでは着陸待機の旅客機が旋回を続けていた。管制室では旅客機から送られてくるGPSデータを基に着陸の指示を出していたからだ。徐々に着陸待ちの旅客機が増えていった。GPS異常で運行を取りやめる旅客機が駐機場を塞いだままになり着陸後の誘導場所がなくなった。整備場前など駐機可能な場所にも誘導を続けたが限界があった。地方空港への誘導をしても全ての旅客機が着陸出来るスペースは地上にはない。椅子取りゲームの敗者は人生の終了を意味した。
~・~・~
何処の政府でも第一報で流したのは観測史上最大の太陽フレアによる通信障害だった。それがフェイクニュースである事は天文愛好家には直ぐに見抜かれた。太陽から荷電粒子が事前に観測されていないからだ。しかし、不都合な真実より正常化バイアスが上回るのは政府機関と言え人間の集合体でしかないからだった。真実を見抜く者がいても異端扱いされるだけだった。
ネット民の関心は地元のEVミサイルに移っていた。GPS信号を失った自動運転EVは搭載されているコンピュータの判断で目的地に向けて走行を続けた。トンネルの中であれば一本道で画像処理だけでも正しい道を走行出来た。市街地で現在位置をロスとした自動運転EVの内の数台が幅の広い歩道を車道と認識した。人が避けると速度を上げた。何も知らずに店から出た人は単に不幸なだけだった。即死になるほどの速度が出ていなかった自動運転EVは被害者の上に乗り上げると異常と判断して停止した。
軍事衛星の無力化が終ると、ロケット軍の基地から三機の大陸間弾道ミサイルが発射された。打ち上げが探知される事無く宇宙空間に到着した。軌道を外れた人工衛星の追跡にリソースを取られた各国は大陸間弾道ミサイルが混ざり込んだ事に気がつけなかった。
一機目の大陸間弾道ミサイルが北米大陸を横断する間に核弾頭を次々と切り離していった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
二機目の大陸間弾道ミサイルは西側に向かって発射された。欧州を東から横断する間に核弾頭を次々に切り離していった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
残りの一機の大陸間弾道ミサイルは中東に向かって発射された。旧式の防衛装備品を供与した先だった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
信管が作動しても爆風もキノコ雲も起きなかった。もし、空を見上げた者がいたら昼間でも閃光に気がついたかもしれない。静かで控えめな爆発だった。
爆発に気がつかなくても、爆心地から直径数千キロの範囲で起きた電子機器の破壊の影響は万人に訪れた。
スマホも基地局もアンテナから高電圧パルスが侵入し電子部品を絶縁破壊した。屋外に設置してある太陽光パネルも絶縁破壊した。センサーが張り巡らされている工場や発電所ではセンサーの配線がアンテナとなり制御センターを襲った。雷であれば表面を伝って地面に電気を逃がす車でも電磁パルスは窓から入りケーブルを伝い電子機器を破壊した。
高電圧の電磁パルスに生き残った電子機器もあった。外部とは光ファイバーで繋がれているデータセンター内のサーバーもストレージにも電源ケーブルからは高電圧パルスが侵入したが雷対策の回路が功を奏した。しかし、送電線に侵入した電磁パルスは高電流となってコンセントに繋がっている電源ケーブルから電子機器に侵入すると回路を焼き切った。
北米から動く物が無くなった。
欧州から動く物が無くなった。
中東から動く物が無くなった。
生き残ったスマホがあっても、GPSもネットもなければ音楽プレーヤーでしかない。
生き残ったテレビがあっても、放送局が沈黙すれば黒いパネルでしかない。
生き残った車があっても、動かない車で道路は塞がれている。
冷却水ポンプが止まっても、核分裂反応は止まらなかった。
三交代で世界をモニタリングして三日が過ぎていた。
ドクター・ワンは出勤するとスタッフルームに直行した。
「ネットの反応は?」
「北米のネット民が途絶しました。欧州のネット民も途絶しました」
「観測衛星の映像は?」
「北米及び欧州でメルトダウンを確認しました。中東に動きは見られません」
「まだ動いていないのか。南半球の反応は?」
「豪州は、『第三次世界大戦?』と特集を組んで状況の分析をしています。人工衛星の障害が太陽フレアではないと断じています。北米・欧州のサイトに繋がらない原因が分からないとしています。南米は美国と連絡が付かないと報じています」
シナリオ通りに事は進んでいる。彼らのイメージ通りに『物を作り過ぎる中国人』を滑稽なまでに演じてみせる事で彼らは油断した。『武力攻撃に対する正当防衛』の場面を作らなければ彼らは一発も撃てない。サイバー攻撃で確認済みの彼らの常識だ。周辺国もその常識に囚われて事態の本質に気がつけないでいる。そしてタイミングを逃せば彼らは正当防衛の口実が使えなくなる。今は、その瀬戸際だ。
~・~・~
中東諸国に『太陽フレアの影響で電子機器が破壊されたが前世紀の電子機器は使用出来る』と大使館はアピールを始めた。表向きは投石で潰された面子を回復する為だった。
彼らの右手には使えなくなったスマホ。左手には問題なく通話できる旧式無線機。そしてエルサレムの状況がバイクで伝えられると神の御心を理解した。前世紀のポンコツ防衛装備品が即時使用可能な状態で届けられたのたのは神の恵みだと気がついた。
迫害を受けても故郷を捨てなかった人々が逃げ出した。伝言を神の啓示と理解したからだ。
各地から撃ち込んだミサイルは一発も迎撃されなかった。どこの国も出し惜しみをしなかった。ミサイルの照準に目標物はなかった。地域で十分だった。
誰もが歓喜して泣いた。亡くした家族の無念を思い泣いた。そして子供たちの将来の為に立ち上がった。銃のない者は石を持って歩き始めた。
エルサレムに怨恨から守るアイアンドームはなかった。『目には目を歯には歯を』聖書の教えを兵士たちは命を持って理解した。
四日目を迎える頃には卸会社の倉庫から食材は消えた。どこの家庭も自宅の食料を使うより買い占めを優先したからだ。買い占めがあっても供給が十分にあれば事態は沈静化する。しかし、物流の問題は非可逆的に悪化していった。
既に入港待ちのコンテナ船が外洋にまで溢れていた。
ガントリークレーンが動いても荷捌きを指示するネットワークが沈黙していた。コンテナ船からデータを受け取れず、紙ベースで指示を出したくてもデータを印刷できない。ヤードのコンテナを搬出しなければ置く場所がない。コンテナを運ぶ残存のトレーラーは数えるほどしかない。道路には動けない車が放置され運搬が出来ない。
人口百万人の都市であれば一日で三百万食が消費される。一週間で二千百万食が消費される。もし、フードロスのない都市であれば消費期限内で消費されている事になる。百万人都市なら一日に三百万食分が運び込まれている事になる。
港湾都市周辺の住民はホームセンターからボルトクリッパーを持ち出すとコンテナヤードを目指した。冷凍コンテナがターゲットだ。食料がある確率が高いからだ。コンテナに詰まった千人分を超える食料から歩いて運べる分だけ強奪すると満足して帰った。
港湾から離れた都市では日持ちのしない食材は食べきっていた。備蓄のある人たちは川で汲んだ水と街路樹の薪でパスタを茹でるようになった。水道が出なくてもガスが出なくても水と火は手に入るものだ。しかし、備蓄がない人は茹でる匂いに敏感になっていた。分け合うか? 強奪されるか? 室内で焚火をすれば暖房にもなる。集合住宅の一戸で行えば焼き出されるのは全戸だった。
~・~・~
人工衛星の無力化は終わっていた。モニター上には自国の人工衛星と脅威となるスペースデブリの軌道が示されていた。
司令部の任務は次のフェーズに変わり軌道を外れた人工衛星を蒸発させ人工衛星の脅威になる物を排除していた。人工衛星観測所では一年掛かると予測を出した。
「ドクター・ワン、作戦がほぼ計画通りに進んで一週間になります。残りの作戦も計画通りに進むのでしょうか?」
シナリオ担当が不安になるほどに順調だった。電磁パルスを生き延びた機体はあるはずだった。GPSを失っても飛行は出来る。ひまわりシステムに爆弾を降らす事をしなかった。報復の核攻撃もなかった。どれもこれもタイミングは過ぎている。これからも実行できないだろう。
その先は? ドクター・ワンは、ひまわり計画の本体『巨大磁気嵐による人工衛星全損の可能性と影響について』のレポートを思い返していた。
冬期の物流のマヒが社会に致命的なダメージを与え都市部で八割、郊外で五割が凍死若しくは餓死。食糧輸入国で八割が餓死。因って、欧米の人口の八割が死亡。非洲は五割が死亡。東南アジアは一割が死亡。収穫期の恩恵で南半球は無傷。
経済は人口減少で崩壊する。物を作る人がいない。物を直す人がいない。物を直す材料がない。無傷の半導体工場があっても材料が供給されない。従業員もいない。どこから手を付けたら復興するのか見当がつかない状態になる。
「子々孫々まで守る事・・・。これで防衛装備品が国民を守れない事に気が付くはずだ。これで宗教が人を救わない事に気が付くはずだ。そして中東のパワーバランスの変化が眷属国の瓦解に繋がる。原案通りの結末を疑っていない」
「私が解せないのは、これで宗教がなくなるのでしょうか? ペストの時はカトリックが弱体化しプロテスタントが出現しました。しかし、宗教は生き残りました。今回も生き続けるのではないでしょうか?」
「残念ながら宗教を消し去る事は出来ない。人は何かに縋りそれに付け込むビジネスがこれからも続くからだ。それでも、弱体化させ乱立させれば社会の脅威とはならない。それで十分だ。それで西暦が終る。これからは黙示録後の世界だ」
各地のライブ映像は映らなくなっていた。
スタッフに北欧土産のチョコレートを摘まむ余裕が生まれていた。
「人々が昨日と同じ今日を生きている。今日と同じ明日が来る事に疑いを持たずに生活する様が見納めだと思うと感慨深いものがある」
ドクター・ワンが見つめているモニター以外にも司令部を映し出したモニターがあった。オペレーターがモニターを監視しているのが分かった。ドクター・ワンが率いる情報部の手を離れた作戦ではあったが司令部の様子を確認出来るのは上層部の配慮だった。
司令部と同じく二つの巨大モニターにはひまわりシステムの稼働状態を示す世界地図と人工衛星の状態を示す世界地図を映し出していた。チベット高原、アラビア半島南部、南米アンデス山脈北部にひまわりシステムの殆どが設置されているのが分かった。受光しているひまわりシステムは青色、それ以外は赤色で表示されていた。昼の領域にあるひまわりシステムの場所は概ね晴天のようだ。
「あと、五分だな」
時計は九時五十五分を指した。スタッフルームのある塩城の天気は曇りだった。肉眼で成果を確認出来るものではないが曇りと言うのはもどかしいものだった。
別のモニターにはチベット高原を埋め尽くすひまわりシステムB型が映っていた。無料配布のひまわりシステムA型の四倍の反射面を持つ防衛装備品だ。
「画面を埋め尽くすB型の姿は壮観だな」
「チベット高原の幅千五百キロメートルに十万基のB型を設置してありますが、上層部のリクエストで映える配置をしたエリアですよ」
エンジニア担当は不満気味に解説した。
「今日を迎える事が出来たのが不思議な思いだ。いくら我々が万全を尽くしても情報は漏れるものだ。何かしらの動きがあると思っていたが出てきたのはリチャード・ワンへの国際手配だけだ。これからの作戦もモニター上のドットの色が変わる事でしか確認が出来ない。あまりにも現実味がなく成果を実感出来ないのはもどかしいものだ」
「大姐、私には彼らが侮っているのを実感出来ますよ。成果も実感出来ますよ。何故なら、ひまわりシステムの反射鏡は焦点距離百キロメートルの凹面鏡ですよ。平面だとピンホールカメラの原理で光が拡散していきます。それを集光させるために凹面鏡に仕上げています。意図に気がついても彼らの国では作れない凹面鏡が故に実現不可能だと思うでしょう。でも、わが国には技術がある。命令を受けた最初に始めたのが凹面鏡の開発ですよ。私には成功の手応えがあります」
エンジニア担当は他のスタッフにも聞こえるようにドクター・ワンに説明した。誰よりも現場を見て、誰よりも現物を手にしていた自負がそうさせた。
地上に分散設置されたひまわりシステムの反射鏡を、移動する太陽と移動する標的に合わせて角度を調整していく。ピンポイントに集光し標的の移動に合わせて集光点を移動出来るのがベストであった。しかし、標的は距離方向のブレと速度のブレがあった。大気の揺らぎによる光の屈折があった。設置位置の標高を高くする事で大気の問題は軽減出来ても、数百キロ先の戦闘機よりも小さい人工衛星をリアルタイムで数メートルの誤差で捉えるのは不可能だった。ひまわりシステムにも問題があった。歯車の刻み一つ分で数百キロメートル先では大きく移動する。歯車の遊びが気温で変化する。ひまわりシステムの駆動部は最初からステッピングモーターを使ったが残りの問題は試行錯誤で安全率を求めるしかなかった。一基の人工衛星に何基のひまわりシステムを投入するか?
標的が熔融する秒数を維持するために集光点を円にまとめるのか。帯状にまとめるのか。標的までの距離と速度に応じて実験を繰り返しスタッフの育成を行った。月に龍を描いたのは成功体験になった。モニター上の点で現場をイメージ出来る。連帯感が高まり自信を深める事にもなった。
「大姐、月面に龍を描くまでの実験の数々。標的衛星が打ち上げられてからの実験の数々はモニターのドットの変化ではありません。標的衛星の表面が千度を超えた時のスタッフの喜ぶ顔はリアルでした。不測の事態が起きても同時に解決の報が来るものと信じています」
「ドットの変化が数時間後にはライブカメラに表れる。ただ、現場から離れた場所に役割がある私は各担当からの熱量が私の実感になる。エンジニア担当の熱量で不安が後退した」
エンジニア担当との役割の違いに気持ちが足りなかった事を悔いても仕方がなかった。今は、数秒に迫った作戦の不測の事態に備えるべきだと気持ちを切り替えた。
十時になると青色のドットが黄色点滅に変わり目標衛星の追尾中を表した。
「始まった」
誰かが呟いた。
全てのひまわりシステムには目標衛星の軌道データは送信済みである。決められた時間に決められた軌道に太陽光を反射し決められた時間だけ追尾する。軌道が安定している人工衛星だから事前の観測でプログラミング出来るのである。
集光可能エリアの中で軍事衛星、通信衛星、GPS衛星、西側の人工衛星、スターリンク衛星の順位で無力化をする。順位の高い衛星が来れば複数ユニットで集光する。リアルタイムで観測出来ない以上、確率九十九パーセントを百パーセントに近づける事を優先した。エリア内に目標物が無ければ反射角度の条件が悪くても他のユニットの目標に集光した。
事態に気づかれ姿勢制御装置で軌道を変えられる心配があった。時間との勝負でもある。
標準合わせに十秒。地球に向いている光学カメラを始めレーダー送受信部は耐熱用の反射箔で覆われていない。集光した太陽光を受ければ数秒で電気回路が焼失する。太陽光パネルも同じだ。衛星本体も数十秒で溶融が始まる。熱の逃げ場がない真空中では温度が下がらないからだ。姿勢制御の燃料が爆発すれば軌道から逸脱する。二千度を越えれば金属が蒸発し軌道を変えていく。一基の人工衛星を九十秒で無力化出来る。
モニター上の人工衛星の軌道は、随時人工衛星観測所と移動式Xバンドレーダーからの情報で更新された。人工衛星からの電波の消失も観測された。撃墜ではなく機能停止が目的だからだ。
人工衛星を監視しているモニターには緑色の点の大きさで人工衛星の重要度を表していた。全世界合わせても運用中の人工衛星は九千基を超える程度。計算上は一時間で全てを無力化出来るはずだ。しかし、ひまわりシステムの集光エリアに来るとは限らない。夜の領域にある静止衛星は十二時間待たなければ無力化出来ない。GPS衛星は六軌道あり十二時間で一周する。チベット高原で無力化できるのは十基ほどだ。偵察衛星や観測衛星などの低軌道衛星だと有効集光エリアを三十秒ほどで通過してしまう。その人工衛星には複数エリアのユニットでリレーしながら集光する必要があった。
緑色の点が赤色に変わった。軌道が数百メートル外れた事を意味した。映画ならスタッフが歓声を上げ主人公を労う脇役がいるのだろう。しかし、司令部は静寂のままだ。どのスタッフもモニターを確認している。天候が晴れでも反射光の軸線上に雲があれば遮断される。光量が足らなければ別のユニットに引き継がせる判断が必要になる。目視出来ればリアルタイムでユニットを追加投入出来るがひまわりシステムも人工衛星も司令部からは確認出来ない。もし、夜の領域で集光なら夜空の星の様な輝きを捕らえる事が出来るかもしれない。だからこそ、一つの人工衛星に過剰でも向けられるユニットは全て向けるプログラムになっていた。
数珠つなぎに進んでくるスターリンク衛星には帯状の集光エリアで対処した。次々に飛び込んで焼け爛れて地球の裏側に消えていった。
優先順位の高い衛星が来るとスターリンク衛星は素通りしていく。
昼の領域が西へと広がっていくとアラビア半島南部のひまわりシステムが静止軌道上の人工衛星をプログラム通りに無力化した。
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ドクター・ワンはスマホを取り出すとSNSを開いた。ディナーの写真、野球の実況、週末のバーベキューの打ち合わせ、休暇先の写真、ゲームの実況などなど、フォロー相手が投稿しなくなっていた。誰もがSNSで投稿する余裕を失っているからだ。
カード会社の信用保証協会のデータにアクセスすれば、勤め先が分かる。購入履歴で収入規模が分かり役職が推定できる。軍関係者なら住所から所属部隊が分かる。投稿時間で勤務サイクルが分かる。出張になれば旅行と称して投稿がある。彼らの投稿が止まればアクシデントを想定できる。誰の投稿が止まるのか? アクシデントの規模が分かる。軍事機密に関わる投稿は一つもない。彼らの日常が輪郭線となり、こちらの知りたい事が読み取れるのである。
彼らのフォロワーに外国人はいない。時おり日常生活を呟く彼らのフォロワーがリポストするだけである。美国内に張り巡らされた時おり日常を呟くアカウントによって集められた情報がドクター・ワンのスマホに集約するのであった。
自動収集のアカウント以外に部下からの投稿も混じっている。商店街のイルミネーションと教会のイルミネーションが添付された投稿だ。専用アプリに添付画像二枚を投入すると差分処理で埋め込まれたテキストが表示された。
『軍事衛星を全てロスとした。各国の基地の状況確認を急いでいる』
「ネット民の反応は?」
スタッフの一人が直ぐに反応した。
「ひまわりシステムが妙な動きをしていると動画付き投稿が数件あります」
「双子座流星群にしては放射点が違うな?」
「ナビアプリが壊れた。どうやら太平洋の上を歩いているらしい草」
「BS放送が映らない。テレビ壊れたか」
「太陽フレアのニュースなかったのに衛星が全滅しているようだ」
ドクター・ワンは各地域のネット民の反応を確認すると司令部に電話をした。
「ネット民の反応を分析すると民生用人工衛星の無力化は目標ラインを越えたと判断出来ます」
司令部は残存人工衛星ではネットワークを維持出来ない事を人工衛星観測所のデータと塩城のデータから確認すると、掃討作戦に切り替えた。
どこの国も次々と機能停止する人工衛星の原因を把握出来ないでいた。太陽フレアの観測データを見ても人工衛星が故障するような大規模なフレアはなかった。超新星爆発による強力なX線は観測されなかった。スーパーカミオカンデでニュートリオは観測されなかった。ルイジアナ州の重力波検出器で異常は観測されなかった。
原因を究明している間でも世界は動いている。
旅客機はGPSで現在位置と高度を把握し打ち込まれた座標の地点に向かって自動操縦で飛行している。GPSの信号を受信できなくてもジャイロコンパスやセンサーで自律的に飛行を続ける事は出来た。しかし、空港近くでは着陸待機の旅客機が旋回を続けていた。管制室では旅客機から送られてくるGPSデータを基に着陸の指示を出していたからだ。徐々に着陸待ちの旅客機が増えていった。GPS異常で運行を取りやめる旅客機が駐機場を塞いだままになり着陸後の誘導場所がなくなった。整備場前など駐機可能な場所にも誘導を続けたが限界があった。地方空港への誘導をしても全ての旅客機が着陸出来るスペースは地上にはない。椅子取りゲームの敗者は人生の終了を意味した。
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何処の政府でも第一報で流したのは観測史上最大の太陽フレアによる通信障害だった。それがフェイクニュースである事は天文愛好家には直ぐに見抜かれた。太陽から荷電粒子が事前に観測されていないからだ。しかし、不都合な真実より正常化バイアスが上回るのは政府機関と言え人間の集合体でしかないからだった。真実を見抜く者がいても異端扱いされるだけだった。
ネット民の関心は地元のEVミサイルに移っていた。GPS信号を失った自動運転EVは搭載されているコンピュータの判断で目的地に向けて走行を続けた。トンネルの中であれば一本道で画像処理だけでも正しい道を走行出来た。市街地で現在位置をロスとした自動運転EVの内の数台が幅の広い歩道を車道と認識した。人が避けると速度を上げた。何も知らずに店から出た人は単に不幸なだけだった。即死になるほどの速度が出ていなかった自動運転EVは被害者の上に乗り上げると異常と判断して停止した。
軍事衛星の無力化が終ると、ロケット軍の基地から三機の大陸間弾道ミサイルが発射された。打ち上げが探知される事無く宇宙空間に到着した。軌道を外れた人工衛星の追跡にリソースを取られた各国は大陸間弾道ミサイルが混ざり込んだ事に気がつけなかった。
一機目の大陸間弾道ミサイルが北米大陸を横断する間に核弾頭を次々と切り離していった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
二機目の大陸間弾道ミサイルは西側に向かって発射された。欧州を東から横断する間に核弾頭を次々に切り離していった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
残りの一機の大陸間弾道ミサイルは中東に向かって発射された。旧式の防衛装備品を供与した先だった。領空外の高度百五十キロメートルまで落下すると信管が作動した。
信管が作動しても爆風もキノコ雲も起きなかった。もし、空を見上げた者がいたら昼間でも閃光に気がついたかもしれない。静かで控えめな爆発だった。
爆発に気がつかなくても、爆心地から直径数千キロの範囲で起きた電子機器の破壊の影響は万人に訪れた。
スマホも基地局もアンテナから高電圧パルスが侵入し電子部品を絶縁破壊した。屋外に設置してある太陽光パネルも絶縁破壊した。センサーが張り巡らされている工場や発電所ではセンサーの配線がアンテナとなり制御センターを襲った。雷であれば表面を伝って地面に電気を逃がす車でも電磁パルスは窓から入りケーブルを伝い電子機器を破壊した。
高電圧の電磁パルスに生き残った電子機器もあった。外部とは光ファイバーで繋がれているデータセンター内のサーバーもストレージにも電源ケーブルからは高電圧パルスが侵入したが雷対策の回路が功を奏した。しかし、送電線に侵入した電磁パルスは高電流となってコンセントに繋がっている電源ケーブルから電子機器に侵入すると回路を焼き切った。
北米から動く物が無くなった。
欧州から動く物が無くなった。
中東から動く物が無くなった。
生き残ったスマホがあっても、GPSもネットもなければ音楽プレーヤーでしかない。
生き残ったテレビがあっても、放送局が沈黙すれば黒いパネルでしかない。
生き残った車があっても、動かない車で道路は塞がれている。
冷却水ポンプが止まっても、核分裂反応は止まらなかった。
三交代で世界をモニタリングして三日が過ぎていた。
ドクター・ワンは出勤するとスタッフルームに直行した。
「ネットの反応は?」
「北米のネット民が途絶しました。欧州のネット民も途絶しました」
「観測衛星の映像は?」
「北米及び欧州でメルトダウンを確認しました。中東に動きは見られません」
「まだ動いていないのか。南半球の反応は?」
「豪州は、『第三次世界大戦?』と特集を組んで状況の分析をしています。人工衛星の障害が太陽フレアではないと断じています。北米・欧州のサイトに繋がらない原因が分からないとしています。南米は美国と連絡が付かないと報じています」
シナリオ通りに事は進んでいる。彼らのイメージ通りに『物を作り過ぎる中国人』を滑稽なまでに演じてみせる事で彼らは油断した。『武力攻撃に対する正当防衛』の場面を作らなければ彼らは一発も撃てない。サイバー攻撃で確認済みの彼らの常識だ。周辺国もその常識に囚われて事態の本質に気がつけないでいる。そしてタイミングを逃せば彼らは正当防衛の口実が使えなくなる。今は、その瀬戸際だ。
~・~・~
中東諸国に『太陽フレアの影響で電子機器が破壊されたが前世紀の電子機器は使用出来る』と大使館はアピールを始めた。表向きは投石で潰された面子を回復する為だった。
彼らの右手には使えなくなったスマホ。左手には問題なく通話できる旧式無線機。そしてエルサレムの状況がバイクで伝えられると神の御心を理解した。前世紀のポンコツ防衛装備品が即時使用可能な状態で届けられたのたのは神の恵みだと気がついた。
迫害を受けても故郷を捨てなかった人々が逃げ出した。伝言を神の啓示と理解したからだ。
各地から撃ち込んだミサイルは一発も迎撃されなかった。どこの国も出し惜しみをしなかった。ミサイルの照準に目標物はなかった。地域で十分だった。
誰もが歓喜して泣いた。亡くした家族の無念を思い泣いた。そして子供たちの将来の為に立ち上がった。銃のない者は石を持って歩き始めた。
エルサレムに怨恨から守るアイアンドームはなかった。『目には目を歯には歯を』聖書の教えを兵士たちは命を持って理解した。
四日目を迎える頃には卸会社の倉庫から食材は消えた。どこの家庭も自宅の食料を使うより買い占めを優先したからだ。買い占めがあっても供給が十分にあれば事態は沈静化する。しかし、物流の問題は非可逆的に悪化していった。
既に入港待ちのコンテナ船が外洋にまで溢れていた。
ガントリークレーンが動いても荷捌きを指示するネットワークが沈黙していた。コンテナ船からデータを受け取れず、紙ベースで指示を出したくてもデータを印刷できない。ヤードのコンテナを搬出しなければ置く場所がない。コンテナを運ぶ残存のトレーラーは数えるほどしかない。道路には動けない車が放置され運搬が出来ない。
人口百万人の都市であれば一日で三百万食が消費される。一週間で二千百万食が消費される。もし、フードロスのない都市であれば消費期限内で消費されている事になる。百万人都市なら一日に三百万食分が運び込まれている事になる。
港湾都市周辺の住民はホームセンターからボルトクリッパーを持ち出すとコンテナヤードを目指した。冷凍コンテナがターゲットだ。食料がある確率が高いからだ。コンテナに詰まった千人分を超える食料から歩いて運べる分だけ強奪すると満足して帰った。
港湾から離れた都市では日持ちのしない食材は食べきっていた。備蓄のある人たちは川で汲んだ水と街路樹の薪でパスタを茹でるようになった。水道が出なくてもガスが出なくても水と火は手に入るものだ。しかし、備蓄がない人は茹でる匂いに敏感になっていた。分け合うか? 強奪されるか? 室内で焚火をすれば暖房にもなる。集合住宅の一戸で行えば焼き出されるのは全戸だった。
~・~・~
人工衛星の無力化は終わっていた。モニター上には自国の人工衛星と脅威となるスペースデブリの軌道が示されていた。
司令部の任務は次のフェーズに変わり軌道を外れた人工衛星を蒸発させ人工衛星の脅威になる物を排除していた。人工衛星観測所では一年掛かると予測を出した。
「ドクター・ワン、作戦がほぼ計画通りに進んで一週間になります。残りの作戦も計画通りに進むのでしょうか?」
シナリオ担当が不安になるほどに順調だった。電磁パルスを生き延びた機体はあるはずだった。GPSを失っても飛行は出来る。ひまわりシステムに爆弾を降らす事をしなかった。報復の核攻撃もなかった。どれもこれもタイミングは過ぎている。これからも実行できないだろう。
その先は? ドクター・ワンは、ひまわり計画の本体『巨大磁気嵐による人工衛星全損の可能性と影響について』のレポートを思い返していた。
冬期の物流のマヒが社会に致命的なダメージを与え都市部で八割、郊外で五割が凍死若しくは餓死。食糧輸入国で八割が餓死。因って、欧米の人口の八割が死亡。非洲は五割が死亡。東南アジアは一割が死亡。収穫期の恩恵で南半球は無傷。
経済は人口減少で崩壊する。物を作る人がいない。物を直す人がいない。物を直す材料がない。無傷の半導体工場があっても材料が供給されない。従業員もいない。どこから手を付けたら復興するのか見当がつかない状態になる。
「子々孫々まで守る事・・・。これで防衛装備品が国民を守れない事に気が付くはずだ。これで宗教が人を救わない事に気が付くはずだ。そして中東のパワーバランスの変化が眷属国の瓦解に繋がる。原案通りの結末を疑っていない」
「私が解せないのは、これで宗教がなくなるのでしょうか? ペストの時はカトリックが弱体化しプロテスタントが出現しました。しかし、宗教は生き残りました。今回も生き続けるのではないでしょうか?」
「残念ながら宗教を消し去る事は出来ない。人は何かに縋りそれに付け込むビジネスがこれからも続くからだ。それでも、弱体化させ乱立させれば社会の脅威とはならない。それで十分だ。それで西暦が終る。これからは黙示録後の世界だ」
各地のライブ映像は映らなくなっていた。
スタッフに北欧土産のチョコレートを摘まむ余裕が生まれていた。
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