夢魔

風宮 秤

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7:卵の中のニワトリ

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「ただいま」
 母さんに頼まれていた醤油と自分にご褒美をスーパーで買ってきた。
「醤油はここに置いとくね」
「ありがとう」
 ルームウェアに着替えると母さんと一緒に夕飯の準備をする。と言っても殆ど出来上がっているから食器を出したりよそったり。
「父さん、テーブルの上を片付けて」
 会社の男連中も言われないと動かない。夕飯の時間だと分かっているのに散らかしたままなんて母さんも偶には言わないとこのまま家政婦を続ける事になっちゃうのに。
「今日のメシはなんだ?」
「今から並べるから早くどかして」
 夕飯の時は・・・・、野球放送の時はテレビを点けっ放しで食事中も「良し!」とか「何やってんだ!!」とか五月蠅い。だから私は母さんの隣りに座ってテレビの邪魔にならない様に小声で話をしてる。
「母さん、来月の有休申請したから今度はどこに行く?」
「そうね・・・、新幹線が開通して便利になったって聞くから金沢に行ってみたいね」
「分かった。サイトで調べて予約するね」
 旅行を毎週して新しい発見をして充実した日々を送りたいけど月に一度しか旅行に行けないのは残念だ。もっとも甥っ子姪っ子の相手もしたいから贅沢な悩みかもしれない。
「愛理が子どもの世話よろしくって言ってたわよ」
「また、私に押し付けるの?」
 甥っ子は電車かな? 姪っ子はお兄ちゃんと一緒なら何でも嬉しいみたいだからな。やっぱり公園で電車に手を振るのが一番喜ぶかな?
「直人さんと二人きりで休みたいんでしょう。子育てに息抜きは必要なのよ」
「あら、母さんも父さんと旅行に行ったら?」
 と、父さんを見ても野球をおかずに夕飯を食べている。
「野球があれば良いのよ」
 と、父さんを見てもこちらの会話に我関せず。妹のところが異常なのかもしれない。
「・・・、仕方ないから甥っ子姪っ子の面倒は見るとしましょう」
 明日は甥っ子姪っ子のお姉さん役。ネトゲはササっと切り上げて寝ないとね。


 休みなのにリビングが騒がしい。ゆっくり自堕落に過ごしたいのに・・・・。
ドン ドン ドン ドン ドン
ドアを叩く音がする。
「有希お姉ちゃん、朝だよ~」
 甥っ子姪っ子がハモってない。そうだった。来るのは今日だった。
「有希おばちゃん、起きたかなぁ?」
 ちッ、妹の奴め。朝から騒がしい。
「起きてるよ。朝食残しておいてね。あと、コーヒー淹れといて」
 髪を後ろで束ねるとバレッタで留めた。鏡でチェックする。寝ぐせはバレない。
「おはよう。二人とも元気だった?」
「うん。おっきいコオロギ捕まえたよ」
 あー・・・・、黒くてテカっていてゴキブリに限りなく近いアレかぁ。
「わたしね、ゆきえちゃんたちと鬼ごっこしたの」
 最近の女の子はアクティブなのかぁ。
「愛理おばちゃんの代わりに、有希お姉さんが遊んであげるよ。何したい?」
「ぼくは、虫捕り」
「わたしは、鬼ごっこ」
「いいよ。公園で電車見ようね」


 甥っ子姪っ子が滑り台で遊んだり電車に手を振ったりしているのをブランコに揺られながら見ている。
「可愛いお子さんたちですね。幼稚園ぐらいですか?」
 隣のブランコに見慣れない女性が座っている。子どもの話をしているのに私を覗き込むように見ている。
「ちょうど幼稚園ですよ。妹の代わりに面倒見ています」
「優しいお姉さんですね。幼稚園ではまだまだ手間がかかりますからね?」
 幼稚園だから遊んで上げられる。小学生になれば・・・、友達とも遊ぶだろう。留守番も出来るようにもなる。私に懐いていても子どもの足で来られる距離ではない。
「可愛い甥っ子姪っ子ですから、手間だなんて思ってないですよ」
 こんなに素直な子どもなら、一緒に暮らしても良いと思う。
「うちは、姉の子で練習したから子育てに不安はなかったですよ?」
 子育てか・・・、先に結婚しないと一人では育てられないし。
「先に婚活ですね。でも、素敵だなと思う男性は結婚しているし、未婚者は納得の独り者ばかりなので良縁には程遠い世界ですよ」
 結婚したら・・・・、母さんのように毎日のご飯の支度、掃除も洗濯も全部するなんて、ゲームをする時間がなくなってしまう。毎月の母さんとの旅行も行けなくなる。そこまでして結婚したいと思える男性に逢った事がない。でも、出産するには年齢の制約がある。こればかりは私の事を考えてくれない。
「姉は転職してきた男性と、とんとん拍子で結婚が決まりましたから。月曜日に人生が変わる出会いがあるかもしれませんよ?」
「え、そんな白馬の王子様がやってくるような話がホントにあるんですか?」
「それはもう、家族の誰もがビックリでしたよ。でも、二人の姿を見た時に今日のこの日の為に全てがあったんだなと思いましたよ」
 別の事業所から応援で来た男性が優しくて話も面白くてチョット好いかなと思った事があったけど、結婚したと噂が流れてきた時には後悔したな。あれが最後のチャンスだったかもしれないな。
「周りから見れば、幼稚園の子どもがいる様に見えますから。両親も若くはないですから」
「お父さんもお母さんも健康のままですよ。いつも一緒にいるあなたになら良く分かると思いますよ? 妹さんが先に結婚して焦る気持ちがあっても、周りから見ればシミは薄いしシワは浅いですよ。何も心配は要らないですよね?」
 そう。妹の結婚が早かったから。母さんは旅行出来るほどに元気。今の生活を変えてまで結婚したい男性が現れる筈がない。妹だって何時までも幸せの保証はないし。世の中は離婚で溢れかえっているし。
「早急に選んで後悔するより、良縁を逃さない様に見極めが大事ですよね」
「そうですよ。素敵な出会いを逃さない為にもハズレに惑わされない様に気を付けて下さいね」


「有希お姉ちゃん。起きて~」
 と、私を揺する甥っ子姪っ子。どうやらブランコで転寝をしたようだ。隣りにいた女性の姿は見えなくなっている。
「今日は楽しかった?」
「うん。楽しかった」甥っ子が元気に返事した。
「これからもずーっと、有希お姉さんが遊んで上げるからね」
「やったぁー」と喜ぶ姪っ子。
 そうだ。これからも続く充実した毎日があるのよ。お母さんの美味しい料理に可愛い甥っ子姪っ子。これからも続くハズレのない毎日に代わるものなんて何もない。

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