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家も整えたので少し休憩しよう。するとノックの音がした。私を案内してくれた職員が立っていた。室内の様子を見たからか、驚いたように目を見開いている。ビジネスホテルの簡素な一室のはずがどこぞのご令嬢の一室に変化しているのだから。そりゃ驚くはずである。
「ご用件は何でしょう?」
呆然として声を発しない彼を促すように私は言った。
「あ・・・、これを・・・」
私の声に我に帰ったのか、彼は箱を差し出した。
「制服です。明日の入学式ではく・・・グレーのほうの制服を着てください」
彼の目が左右に揺れている。明らかに様子が変だ。
「わかりました。グレーの制服を明日着るんですね」
彼の目を見るように、ゆっくりと言い返す。本当に?と思いながら彼の様子を探ると・・・。
「ほ、本当は嫌なんです!」
突然彼がそう言って顔を覆った。
「ぼ、僕も平民なんです。平民は逆らうことができない!わかるでしょう?」
いや、さっぱりわからない。何で彼がいきなり平民だと告白するのか。だから何だっていうのだ。
「貴族に逆らったら生きていけない。僕は、僕は本当に・・・」
その後彼は号泣し出した。しゃくりあげながら子どものように泣き喚く。何を言いたいのかわからないのだが、黙って見守るしかない。
一瞬、部屋の中に入れようかと考えた。お茶でも出して落ち着かせようかと思ったのである。玄関先で泣きわめいているのだ。誰かに見られたら何ごとかと思うだろう。
わずかにあった香りのしない茶葉を高級な茶葉にしたし、雑誌で見た高そうなカップを思い出しながら魔法で用意した。だから人を招くことも問題ないのだ。
でも職員とはいえ、男性を部屋に招き入れることはやめたほうがいいと最終的には判断した。マンガでは男性に対して馴れ馴れしいとクラスメートたちに批判されるのである。危ない危ない。
彼は長いこと泣いていたが、やがて泣き止んだ。顔を上げた彼はどこかスッキリした顔をしている。
「本当は黒の制服を着るんです」
彼はキッパリと私にそう言った。やはりわざと違うことを言ってリサを陥れようということか。バカバカしい話だ。
「グレー、と言いましたよね」
あえて私は言ってやる。
「は、はい」
「そう言うように命令されたんです」
「命令?」
おそらく校長だろう。わかってはいるけど、何も知らないふりをする。
「あなたを追い出せるようにと」
そして彼は話し出した。平民のリサがこの学校に入るということは異例中の異例。国の命令なので従わないわけにいかないが、歓迎されているわけではない。しかし表立って反対することはできないので、リサが学校にそぐわない人間であればいい。そんなわけでリサにあらゆる嫌がらせをするように言われているという。
彼は時折苦悶の表情を浮かべ話し続ける。話は彼の生い立ちになった。
貴族の父と平民でメイドだった母との間に生まれた彼は、生まれた直後に母親と一緒に屋敷を追い出された。毎月彼の養育費として多少のお金をもらってはいたが、それだけでは生活ができなかった。母親は働きづめで、ついには身体を壊して亡くなってしまったそうだ。そのことを聞きつけた父親はこの学校の職員としての職を彼に与えた。父親は彼の事を息子と認めてはおらず、彼は平民の使用人として父親の言う事を聞くしかなかったそうだ。
「今までは何の疑問もありませんでした。でも・・・でも今あなたを見ていたら、そんなことはすべきではないと思ったのです」
まるで政治家の演説のように彼は力強く話している。
「あなたを否定することは自分自身を否定しているのと同様です。なぜこんな思いをしながら、生きていかなければならないのか。すべては父親が悪いのに」
この状態はどういうことなのか。私はただ彼を見るしかできない。すると彼の目の前に何かが浮かんできた。
マンガの吹き出しのようにも見えるそれには、【状態 解放】と見えた。今までの鬱屈した思いが開放されたということか。しかし続きに書かれている言葉に私はギョッとした。
【リサの魔術により、真実を話したため自分自身で抱えていた悩みを開放した】とあったのだ。私のせい?私の魔術って何?
「ありがとうございます。僕はここを出ていきます。そして自分のやりたい仕事をすることにします。もう僕の人生をあんな人間の好きにはさせません!」
状況を理解できない私を置いて、彼は颯爽と走って行ってしまった。私はぼんやりとその姿を見るしかできなかった。
「ご用件は何でしょう?」
呆然として声を発しない彼を促すように私は言った。
「あ・・・、これを・・・」
私の声に我に帰ったのか、彼は箱を差し出した。
「制服です。明日の入学式ではく・・・グレーのほうの制服を着てください」
彼の目が左右に揺れている。明らかに様子が変だ。
「わかりました。グレーの制服を明日着るんですね」
彼の目を見るように、ゆっくりと言い返す。本当に?と思いながら彼の様子を探ると・・・。
「ほ、本当は嫌なんです!」
突然彼がそう言って顔を覆った。
「ぼ、僕も平民なんです。平民は逆らうことができない!わかるでしょう?」
いや、さっぱりわからない。何で彼がいきなり平民だと告白するのか。だから何だっていうのだ。
「貴族に逆らったら生きていけない。僕は、僕は本当に・・・」
その後彼は号泣し出した。しゃくりあげながら子どものように泣き喚く。何を言いたいのかわからないのだが、黙って見守るしかない。
一瞬、部屋の中に入れようかと考えた。お茶でも出して落ち着かせようかと思ったのである。玄関先で泣きわめいているのだ。誰かに見られたら何ごとかと思うだろう。
わずかにあった香りのしない茶葉を高級な茶葉にしたし、雑誌で見た高そうなカップを思い出しながら魔法で用意した。だから人を招くことも問題ないのだ。
でも職員とはいえ、男性を部屋に招き入れることはやめたほうがいいと最終的には判断した。マンガでは男性に対して馴れ馴れしいとクラスメートたちに批判されるのである。危ない危ない。
彼は長いこと泣いていたが、やがて泣き止んだ。顔を上げた彼はどこかスッキリした顔をしている。
「本当は黒の制服を着るんです」
彼はキッパリと私にそう言った。やはりわざと違うことを言ってリサを陥れようということか。バカバカしい話だ。
「グレー、と言いましたよね」
あえて私は言ってやる。
「は、はい」
「そう言うように命令されたんです」
「命令?」
おそらく校長だろう。わかってはいるけど、何も知らないふりをする。
「あなたを追い出せるようにと」
そして彼は話し出した。平民のリサがこの学校に入るということは異例中の異例。国の命令なので従わないわけにいかないが、歓迎されているわけではない。しかし表立って反対することはできないので、リサが学校にそぐわない人間であればいい。そんなわけでリサにあらゆる嫌がらせをするように言われているという。
彼は時折苦悶の表情を浮かべ話し続ける。話は彼の生い立ちになった。
貴族の父と平民でメイドだった母との間に生まれた彼は、生まれた直後に母親と一緒に屋敷を追い出された。毎月彼の養育費として多少のお金をもらってはいたが、それだけでは生活ができなかった。母親は働きづめで、ついには身体を壊して亡くなってしまったそうだ。そのことを聞きつけた父親はこの学校の職員としての職を彼に与えた。父親は彼の事を息子と認めてはおらず、彼は平民の使用人として父親の言う事を聞くしかなかったそうだ。
「今までは何の疑問もありませんでした。でも・・・でも今あなたを見ていたら、そんなことはすべきではないと思ったのです」
まるで政治家の演説のように彼は力強く話している。
「あなたを否定することは自分自身を否定しているのと同様です。なぜこんな思いをしながら、生きていかなければならないのか。すべては父親が悪いのに」
この状態はどういうことなのか。私はただ彼を見るしかできない。すると彼の目の前に何かが浮かんできた。
マンガの吹き出しのようにも見えるそれには、【状態 解放】と見えた。今までの鬱屈した思いが開放されたということか。しかし続きに書かれている言葉に私はギョッとした。
【リサの魔術により、真実を話したため自分自身で抱えていた悩みを開放した】とあったのだ。私のせい?私の魔術って何?
「ありがとうございます。僕はここを出ていきます。そして自分のやりたい仕事をすることにします。もう僕の人生をあんな人間の好きにはさせません!」
状況を理解できない私を置いて、彼は颯爽と走って行ってしまった。私はぼんやりとその姿を見るしかできなかった。
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