心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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タセル国にて

17 誠実さとは

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「これをドナが?」
「素晴らしい出来栄えね」

 イザベラ様だけではなくマリア様もいらっしゃって私の刺繍を見てもらう。やはり驚かれているのだが、私としてはこの程度でと思ってしまう。

「ドナ、これは素晴らしいわ」

 マリア様に言われ、私は俄かに信じられなかった。姉は刺繍を褒められたら「不出来な作で恥ずかしいですわ」と言っていた。そして2人きりになった時に私に向かって言った。「褒められて喜ぶのはバカよ。あんたの刺繍なんて誰でもできる程度のもんなんだから」。だからどんなに褒められても本気にしてはいけないのだ。

「こんなに見事な刺繍、滅多に見られないわ」

 イザベラ様からも褒められて、もしかしたら私は何もできないと思われているのではないかと考えた。そうか、だからみんな大袈裟に褒めるのだ。あまりに褒めてくださるので私は却って不安になってしまった。落ち着かなくてソワソワしてしまう。私の様子を見て何を考えているのかわかったのか、マリア様が私の手を握り私の目をしっかりと見た。

「タセルでも刺繍をする人はいるけれど、ドナの年齢でここまでの出来栄えは珍しいの。ずいぶん鍛錬をしたのね」

 そう聞いたら納得できた。私は大人のつもりでいたけど、まだ子どもだったのだ。子どもが刺繍を上手にできたから褒めている。ただそれだけのことだった。そう思ったら、真剣に考えてバカみたいだと思った。褒められて喜ぶのはバカよ。姉の声が聞こえた気がした。

「寄付するのが惜しいわ」
「本当、私が買ってしまおうかしら」

 イザベラ様とクララ様がそんなことを言い合っている。マリア様は穏やかに微笑んでいた。

「お好きな柄で作りますよ」

 私はそう言って針を手にした。そして驚いているイザベラ様とクララ様の前でスズランの花を刺繍した。それからアネモネ、カトレアも刺繍していく。このあたりは姉がよく指定した花なので刺しやすかったのだ。ストールに全面カトレアの刺繍をした時はとても大変だった。しかも一晩でやれと命令された。目を瞑っても刺せるんじゃないかと思うくらい、たくさん刺繍したのだ。

「すごいわ」
「なんてスピード」

 イザベラ様とクララ様に見守られ、次に私は剣や盾の刺繍もする。家紋にはこの柄がよく使われているので刺しやすかったのだ。その他にもペンや本の柄も刺繍した。イザベラ様にはアネモネ、クララ様にはスズラン、マリア様にはカトレアの柄のハンカチを渡す。

「いかがでしょうか?」
「素敵・・・」
「本当。見れば見るほど素晴らしいわ」
「綺麗な縫い目ね。迷いもなかったし一流の技ね」

 どれだけ褒められても聞こえないふりをし、ライニール様に剣と盾、エリオット様には2本の剣、ヴィンス様には1本の剣の柄、ヘクター様にはペンと開いた本、スティーブ様へはペンの柄のハンカチを用意した。それらをお渡しいただけるようにマリア様とイザベラ様、クララ様へ託す。私からと言っても受け取ってもらえるかわからない。

「ドナから渡したほうがいいわ」
「そうよ、本人から渡さないと」
「そうだわ、夕飯はうちでいただくことにしましょう」

 なぜかマリア様のお屋敷で全員集合して夕飯をいただくことになってしまった。皆様予定があるのではないだろうか。それに食事を用意するのも大変なのではないか、と気になった。しかしそんなことは考えなくていいと言われた。私の刺繍を渡すだけで集合していただくなんて申し訳ない。しかし躊躇しているうちに話は進んでいった。

「それより、寄付のハンカチは何枚作れば良いでしょうか。100枚くらいならすぐに用意しますけど」

 私の言葉に全員が目を剥いた。

「何言っているの?」
「100枚なんてダメよ」
「最初に刺した10枚だけで充分よ」

 それでは寄付することにならないのではないかと思う。たくさんあればその分金額もまとまった物になるだろう。そもそもこの程度のもの、高く設定できないのだから。私がそんなことを言うと

「全く、ドナったら」

 と、呆れた声が返ってきた。

「この1枚でもかなり高額になるわ」
「今までの最高金額が見込めるわね」
「たくさんあれば良いってわけじゃないのよ」

 何かよくわからないが、お説教されることになった。3人から言われてしまうので、もう何も言わない方がいいと悟る。それからは私は何も言わずにただうなづくことにした。






 夕食の席で私はハンカチを一人一人に手渡した。ヴィンス様はやはり睨むような目つきだったが、素直に受け取ってくれた。

「ヴィンス、女性にはもう少し優しい顔をしろ」

 ヘクター様が少し怖い顔をしている。

「まぁ、ドナに向かってなんて顔をしてるの」

 イザベラ様がヴィンス様を見て注意した。

「ごめんね」

 スティーブ様に謝られて、私は困ってしまった。確かにヴィンス様の目つきは怖い。でもそれは私の嫌な思い出が蘇るからだ。ヴィンス様が悪いわけではない。

「ヴィンスは昔女の子に付き纏われて嫌な思いをしているんだ」

 付き纏われるってどういうことだろう。私はヘクター様の方を見た。

「昔同じ年代の子だけ参加したお茶会のようなものがあってね。そこでヴィンスがある家の子に気に入られてしまって、お茶会の間ずっとそばにくっついて話しかけられたんだ。それがものすごく嫌だったみたいで、女の子を見ると睨みつけてそばに近づけないようにするようになったんだ」
「いい加減、考えたほうがいいって言ってるんだけどね」
「まったく、あんまり失礼な態度なものだから護衛騎士にはなれないって言ってるのよ」

 そうか、私が嫌なわけじゃなくて女性が嫌なのか。それなら良かったと安心した。自分だけが嫌われているのは、辛いからだ。ブライアン様は私だけを嫌っていた。どうしてだか分からないけど、私だけを睨んでいた。結局は嫌われたままだった。

「これは俺の癖のようなものだ」

 ヴィンス様が話しているが、私は顔を見ないように彼の手元だけを見ていた。私のあげたハンカチの刺繍の部分を指でさすっている。それがすごく優しい仕草だった。

「なるべく改めるように努力する」

 ヴィンス様は私に向かって言ってくださった。癖なら仕方がないなと私は思った。それに改めるよう努力するともおっしゃっている。簡単に改めると言わないところに誠実さを感じた。

 ブライアン様とは違う。ふとそんなことが浮かんだ。 

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