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ドナ
45 3人で街へ
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「はいはい、もういいから」
声が聞こえ、馬車の扉が開いた。そこにはスティーブ様が立っていた。
「あ、兄上?」
焦ったようなヴィンス様の声。一方スティーブ様は冷静な目つきでヴィンス様を見ている。文官になったスティーブ様はいつも冷静で穏やかである。
「外まで声が響いていたぞ?」
スティーブ様は呆れたように言いながら馬車に乗り込んできた。そして私の横に座る。スティーブ様の足が私の足に触れて、体温が伝わってくる。それとなく横にずれたのだが、スティーブ様の手が背中を支えた。馬車が動き出すので私を支えてくれるのだ。それはあくまでも紳士のエスコートというものである。でも私は急なことでドキドキしてしまった。
「早く出かけないと店が閉まるぞ」
スティーブ様の合図で馬車が走り出す。とりあえず店のある方面へ向かうことになったようだ。
「スティーブ様、どうして・・・」
今日はヴィンス様と出かけると思っていた。スティーブ様とは約束してはいない。文官の仕事は忙しい。それを言えば騎士の仕事だって大変だと思う。こうやって2人が揃って休みになることなどあまりないと思う。
「だって、僕もエスコートするんだよ。一緒に買いに行かないと」
穏やかに微笑むスティーブ様だが、ヴィンス様を見ると
「一緒に買いに行かないと・・・ねぇ?」
と、何故か意味ありげに念押しをした。
「い、いや・・・。兄上は別の日に行くのかと・・・」
スティーブ様の前でヴィンス様はしどろもどろになっている。
「その時間が取れるか分からないってことだったよね。ドナは忙しいんだから」
私はドリアリー教授の助手のほか、お母様と一緒に刺繍の講習会もしている。貴族令嬢だけではなく平民の方にも技術を教えているのだ。確かに時間を作るのは大変かもしれないが、それを言えばスティーブ様も同じだ。そう考えたら、確かにいつ時間が取れるかわからない。
「それにヴィンスに任せていたら、何を買う羽目になるかわからないしね」
そう言いながらスティーブ様の手が背中から私の頭に乗った。そのまま小さい子どものように私は頭を撫でられていた。
「ちょ・・・、何頭撫でてんだよ」
「だって、気持ちいいし・・・ね?」
スティーブ様はいつも私の頭を撫でてくれるのだ。初めて会ってすぐの頃からずっとである。最初は困惑していたが、断ることができなかったことや年下の子に対する慈愛のようなものなのだと解釈している。タセルに来たとき、私は心身ともにボロボロの状態だったのでスティーブ様は同情されているのだろう。私もスティーブ様の手の暖かさが心地よいのでそのままでいる。
「ヴィンスに女性の買い物を付き合わせるなんて、叔父上もどうかしてるよ」
「そんなわけないだろう」
スティーブ様の言葉にヴィンス様が言い返すが、スティーブ様はフッと鼻で笑った。
「何も知らないまま話してたんだろう。どちらの店も簡単に女性を連れて行っていい店じゃないんだぞ」
「え?そ、そうなのか?」
「だから僕が案内するよ。ドナが恥をかいては困るからね」
ヴィンス様のことを散々言っているが、スティーブ様はどうなのだろう。女性の方と出かけたことがあるのだろうか。2人とも婚約者もいないし、親しい人がいるという話も聞いたことがなかった。親戚という間柄ではあるが、プライベートの話は聞いたことがない。しかしスティーブ様も端正な顔立ちだし、穏やかな性格なので密かに人気があるのだ。
そんな巷で女性人気の高い2人と一緒に街に出て、注目を浴びてしまった。
「ちょっと、あの2人かっこよくない?」
「素敵ねぇ・・・」
「スティーブ様とヴィンス様でしょ。お2人を一緒に見られるなんて感激だわぁ」
そんな声が聞こえてくる。素敵な2人と一緒に歩くのは何だか気後れしてしまい、歩みも遅くなりそうだ。しかしスティーブ様は私の腰に手を添え歩調を合わせてくれるし、ヴィンス様は私の手を取り軽く引っ張ってくれている。エスコートなのだが、介護のような気さえしてきた。
「ドナ、疲れたの?」
私が浮かない気持ちでいることを察知したのかスティーブ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「喉が渇いたんだろ。そこのカフェでまず休憩しようぜ」
ヴィンス様が指さしたところは、恋人と行きたいカフェ ナンバーワンとされているお店だった。刺繍を教えながら貴族のご令嬢たちがよく話しているので知っていた。そんな店に3人で入っていいのだろうか。
「うん、そうだね。まずは休憩しようか」
優しく微笑むスティーブ様を見ると、断ることもできない。相変わらず周囲からは、羨望の視線が注がれている。
「あの子、誰かしら」
「何だかパッとしない子よねぇ」
「ヴィンス様と手を繋ぐなんて何様?」
「スティーブ様が隣にいるのに何であんな顔してるの?」
私に対する声もちらほらと聞こえてきた。ますます悲しくなってくる。昔姉に散々言われてきたことを思い出してしまった。あんたなんて、と何度も言われ蔑まれた。まるでゴミでも見るかのような冷たい目で見られてきた。自分には価値がないと思ってずっと生きてきた。そんなことを思い出してしまう。
「ドナ」
スティーブ様の手が私の頭を優しく撫でてくれる。ヴィンス様の手が私の手を握ってくれている。
「人が多くて疲れたんだね」
「たまには街に出ないとダメだな」
スティーブ様もヴィンス様も優しい。それは最初からずっとだ。
「少し休憩したら、買い物をしようね」
「そうだな、ケーキでも食おうぜ」
大丈夫だ、もうあの時とは違うんだから。私はそう自分に言い聞かせ、そして2人に向かって笑いかけた。
声が聞こえ、馬車の扉が開いた。そこにはスティーブ様が立っていた。
「あ、兄上?」
焦ったようなヴィンス様の声。一方スティーブ様は冷静な目つきでヴィンス様を見ている。文官になったスティーブ様はいつも冷静で穏やかである。
「外まで声が響いていたぞ?」
スティーブ様は呆れたように言いながら馬車に乗り込んできた。そして私の横に座る。スティーブ様の足が私の足に触れて、体温が伝わってくる。それとなく横にずれたのだが、スティーブ様の手が背中を支えた。馬車が動き出すので私を支えてくれるのだ。それはあくまでも紳士のエスコートというものである。でも私は急なことでドキドキしてしまった。
「早く出かけないと店が閉まるぞ」
スティーブ様の合図で馬車が走り出す。とりあえず店のある方面へ向かうことになったようだ。
「スティーブ様、どうして・・・」
今日はヴィンス様と出かけると思っていた。スティーブ様とは約束してはいない。文官の仕事は忙しい。それを言えば騎士の仕事だって大変だと思う。こうやって2人が揃って休みになることなどあまりないと思う。
「だって、僕もエスコートするんだよ。一緒に買いに行かないと」
穏やかに微笑むスティーブ様だが、ヴィンス様を見ると
「一緒に買いに行かないと・・・ねぇ?」
と、何故か意味ありげに念押しをした。
「い、いや・・・。兄上は別の日に行くのかと・・・」
スティーブ様の前でヴィンス様はしどろもどろになっている。
「その時間が取れるか分からないってことだったよね。ドナは忙しいんだから」
私はドリアリー教授の助手のほか、お母様と一緒に刺繍の講習会もしている。貴族令嬢だけではなく平民の方にも技術を教えているのだ。確かに時間を作るのは大変かもしれないが、それを言えばスティーブ様も同じだ。そう考えたら、確かにいつ時間が取れるかわからない。
「それにヴィンスに任せていたら、何を買う羽目になるかわからないしね」
そう言いながらスティーブ様の手が背中から私の頭に乗った。そのまま小さい子どものように私は頭を撫でられていた。
「ちょ・・・、何頭撫でてんだよ」
「だって、気持ちいいし・・・ね?」
スティーブ様はいつも私の頭を撫でてくれるのだ。初めて会ってすぐの頃からずっとである。最初は困惑していたが、断ることができなかったことや年下の子に対する慈愛のようなものなのだと解釈している。タセルに来たとき、私は心身ともにボロボロの状態だったのでスティーブ様は同情されているのだろう。私もスティーブ様の手の暖かさが心地よいのでそのままでいる。
「ヴィンスに女性の買い物を付き合わせるなんて、叔父上もどうかしてるよ」
「そんなわけないだろう」
スティーブ様の言葉にヴィンス様が言い返すが、スティーブ様はフッと鼻で笑った。
「何も知らないまま話してたんだろう。どちらの店も簡単に女性を連れて行っていい店じゃないんだぞ」
「え?そ、そうなのか?」
「だから僕が案内するよ。ドナが恥をかいては困るからね」
ヴィンス様のことを散々言っているが、スティーブ様はどうなのだろう。女性の方と出かけたことがあるのだろうか。2人とも婚約者もいないし、親しい人がいるという話も聞いたことがなかった。親戚という間柄ではあるが、プライベートの話は聞いたことがない。しかしスティーブ様も端正な顔立ちだし、穏やかな性格なので密かに人気があるのだ。
そんな巷で女性人気の高い2人と一緒に街に出て、注目を浴びてしまった。
「ちょっと、あの2人かっこよくない?」
「素敵ねぇ・・・」
「スティーブ様とヴィンス様でしょ。お2人を一緒に見られるなんて感激だわぁ」
そんな声が聞こえてくる。素敵な2人と一緒に歩くのは何だか気後れしてしまい、歩みも遅くなりそうだ。しかしスティーブ様は私の腰に手を添え歩調を合わせてくれるし、ヴィンス様は私の手を取り軽く引っ張ってくれている。エスコートなのだが、介護のような気さえしてきた。
「ドナ、疲れたの?」
私が浮かない気持ちでいることを察知したのかスティーブ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「喉が渇いたんだろ。そこのカフェでまず休憩しようぜ」
ヴィンス様が指さしたところは、恋人と行きたいカフェ ナンバーワンとされているお店だった。刺繍を教えながら貴族のご令嬢たちがよく話しているので知っていた。そんな店に3人で入っていいのだろうか。
「うん、そうだね。まずは休憩しようか」
優しく微笑むスティーブ様を見ると、断ることもできない。相変わらず周囲からは、羨望の視線が注がれている。
「あの子、誰かしら」
「何だかパッとしない子よねぇ」
「ヴィンス様と手を繋ぐなんて何様?」
「スティーブ様が隣にいるのに何であんな顔してるの?」
私に対する声もちらほらと聞こえてきた。ますます悲しくなってくる。昔姉に散々言われてきたことを思い出してしまった。あんたなんて、と何度も言われ蔑まれた。まるでゴミでも見るかのような冷たい目で見られてきた。自分には価値がないと思ってずっと生きてきた。そんなことを思い出してしまう。
「ドナ」
スティーブ様の手が私の頭を優しく撫でてくれる。ヴィンス様の手が私の手を握ってくれている。
「人が多くて疲れたんだね」
「たまには街に出ないとダメだな」
スティーブ様もヴィンス様も優しい。それは最初からずっとだ。
「少し休憩したら、買い物をしようね」
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