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ドナ
57 騒々しく準備が始まる
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ラガン家の奥方。それはブライアン様のお母様のことだろうか。身体中が締め付けられるような気持ちになったが、顔には出さないようにしてマリア様の話を聞く。
「まだ結婚したばかりの若い方だったわ。そんな子が身分の上のレティシア様に話しかけるだけでも失礼なのに。本当に驚かされたのよ」
マリア様は怒った声で話し続けている。
「王族と縁続きの家とかで自慢していたけど、この国の歴代の王族は多産系で側室なんかも数人抱えるのが普通だった。とにかく王の子どもがたくさんいたみたいだから、自然と王族と縁続きになる家は多かったようよ。正直自慢にもならないわね」
そんなことを言っていいのか心配になるようなことをマリア様は言っている。誰かが聞いていたら問題になるのではないか。そう思いながら、ラガン家は王族に連なる家柄だからと両親が言っていたことを思い出した。すごい家なんだとあの時は思っていたが、数が多いのであればそれは特別すごいことでもなかったのかもしれない。
「大丈夫よ、ドナ」
私が真剣に考えていたせいか、マリア様はにっこり笑う。
「このお屋敷はタセル人のほうが多いの。だから悪口を言っても言いつけられるようなことはないわ」
そうは言っても、と私は不安になった。どこで誰が何を聞くか、そしてそれをどのように解釈するかわからないからだ。
「ドナは本当に賢い子ね」
私がなおも不安な様子を見せたせいか、マリア様は肩をすくめた。
「確かに、あなたの生まれ故郷だし。私もお世話になった国だわ。あまりひどいことを言わないことにするわね」
そして話題はどのドレスを着てどのアクセサリーをつけるかになった。自分ではよくわからないのでマリア様に全てお任せするつもりだ。そう言うとマリア様は目を輝かせ、1オクターブ声が高くなった。
「任せなさい、ドナ」
マリア様の目がぎらついている。それもちょっと怖かったが、ラガン家の話が続くよりはマシだった。
「今日は早めに休んでゆっくりしなさい。明日の朝は早起きしてもらうから」
・・・と、マリア様の笑顔を思い出した。今は早朝である。いや、早朝というよりはまだ夜中ではないだろうか。半分寝ている状態で私は身体中を磨かれている。辛いのは私だけではない。マリア様は寝ていないのではないか。しかしそんな様子は微塵も感じない。むしろ生き生きとしている。
エリック様のお屋敷のメイドさんたちにも手伝ってもらい、私の顔はグリグリされたりタプタプされたりしている。何をされているのか、目を瞑っているのでわからない。目を瞑っているのでこのまま眠れるかと思うが、そういうわけにはいかない。私のためにみんな頑張ってくれているのだ。
普段化粧をしないので、こういう時に困る。日頃から手入れを万全にしていれば、こんなに朝早くから助けてもらわなくて済むのだろう。これからは少しでも化粧をするようにしよう。小さな決心をする。だが。
「オホホホホ、ドナの肌は絹のようでしょう?」
マリア様のテンションが高い。
「お嬢様のお肌はお綺麗ですわね」
「お世話をさせていただくのが楽しいですわ」
「普段たいしてお手入れをしていないようなの。それでこれなのよ」
「まぁ!」
「素晴らしいわぁ」
マリア様の言葉にメイドさんたちは感心したような声をあげる。するとマリア様の声がますます甲高くなっていく。
「ドナはすごいでしょう?」
そんなマリア様の声を聞きながらメイドさんたちがフル稼働してくれて、ようやく私の準備が完了した。とにかく私を磨き上げるためにあらゆる言葉でわたしのテンションを上げようと必死だったのだろうと思う。大変な苦労と努力の末、できあがった私をみんなは温かい目で見ている。
「こんなにやりがいのあるお仕事は初めてですわ」
「本当に、他のお嬢様ではこうはいきませんもの」
メイドさんの言葉にマリア様はいまだに興奮した様子で話し続ける。
「そうでしょう?こんなに可愛らしいのに、普段はノーメイクなのよ」
私がノーメイクなのは面倒くさいというのもあるけど、やる必要がないと思っているからだ。正直私が綺麗に着飾っても変に思われるだけだろう。
「まぁ、もったいないですわね」
「そうでしょう?」
みんなそう言ってくれるけど、それは年配の方だからだ。若い人はもっと派手にとか言うけど、そういうのが似合う人ならいいが私はそうではないのだ。実際、鏡に映る自分がぎこちなく見える。
「支度できたかぁ?」
その時ノックの音とともにヴィンス様の声が聞こえた。
「あの子ったら本当に気が利かない」
上機嫌だったマリア様の表情が一瞬で変わる。ノックの音はずっと続いていて、「まだかぁ?」「おーい」とヴィンス様の声が合間合間に聞こえてくるのだ。
「おい、やめろ」
今度はスティーブ様の声がした。怒気を含んだ声である。
「女性をせかすなんて野暮ですよ」
優しいが諭すようなエリック様の声も聞こえた。
「だって、ずいぶん時間が経ってるぞ」
「女性の身支度がすぐに済むわけないでしょう」
「それでも・・・」
エリック様にかぶせるようにヴィンス様の声が聞こえた。
「何も食べていないんだろう?あいつ、すぐ無理するくせに大丈夫って言うんだぜ。今頃腹すかせてるはずだ」
見えていないのにヴィンス様のドヤ顔が見えた。
「まったく」
マリア様はそうとうおかんむりのご様子だ。頭から湯気が出そうな勢いでドアに突進して行った。
「あなたたち、少し静かになさい!」
マリア様の声に騒がしかった廊下が静まり返る。
「紳士らしいふるまいをしなさい。そんなことじゃ、ドナのエスコートを任せられないわ」
私のところから廊下の様子が見えないのが歯がゆいが、おそらくスティーブ様とヴィンス様は注意を受けてうなだれているだろう。そんなことを思っていると
「エリック様!2人を注意するお立場ですのに何ですか。一緒になって」
と、マリア様はエリック様にまで矛先を向けた。エリック様が生まれた時からお世話をしていた関係から、マリア様はエリック様にも厳しいことが言えるのだ。おそらく、エリック様もうなだれているだろう。想像するとおかしくなってしまい、私は笑いを堪えられなくなっていた。
「まだ結婚したばかりの若い方だったわ。そんな子が身分の上のレティシア様に話しかけるだけでも失礼なのに。本当に驚かされたのよ」
マリア様は怒った声で話し続けている。
「王族と縁続きの家とかで自慢していたけど、この国の歴代の王族は多産系で側室なんかも数人抱えるのが普通だった。とにかく王の子どもがたくさんいたみたいだから、自然と王族と縁続きになる家は多かったようよ。正直自慢にもならないわね」
そんなことを言っていいのか心配になるようなことをマリア様は言っている。誰かが聞いていたら問題になるのではないか。そう思いながら、ラガン家は王族に連なる家柄だからと両親が言っていたことを思い出した。すごい家なんだとあの時は思っていたが、数が多いのであればそれは特別すごいことでもなかったのかもしれない。
「大丈夫よ、ドナ」
私が真剣に考えていたせいか、マリア様はにっこり笑う。
「このお屋敷はタセル人のほうが多いの。だから悪口を言っても言いつけられるようなことはないわ」
そうは言っても、と私は不安になった。どこで誰が何を聞くか、そしてそれをどのように解釈するかわからないからだ。
「ドナは本当に賢い子ね」
私がなおも不安な様子を見せたせいか、マリア様は肩をすくめた。
「確かに、あなたの生まれ故郷だし。私もお世話になった国だわ。あまりひどいことを言わないことにするわね」
そして話題はどのドレスを着てどのアクセサリーをつけるかになった。自分ではよくわからないのでマリア様に全てお任せするつもりだ。そう言うとマリア様は目を輝かせ、1オクターブ声が高くなった。
「任せなさい、ドナ」
マリア様の目がぎらついている。それもちょっと怖かったが、ラガン家の話が続くよりはマシだった。
「今日は早めに休んでゆっくりしなさい。明日の朝は早起きしてもらうから」
・・・と、マリア様の笑顔を思い出した。今は早朝である。いや、早朝というよりはまだ夜中ではないだろうか。半分寝ている状態で私は身体中を磨かれている。辛いのは私だけではない。マリア様は寝ていないのではないか。しかしそんな様子は微塵も感じない。むしろ生き生きとしている。
エリック様のお屋敷のメイドさんたちにも手伝ってもらい、私の顔はグリグリされたりタプタプされたりしている。何をされているのか、目を瞑っているのでわからない。目を瞑っているのでこのまま眠れるかと思うが、そういうわけにはいかない。私のためにみんな頑張ってくれているのだ。
普段化粧をしないので、こういう時に困る。日頃から手入れを万全にしていれば、こんなに朝早くから助けてもらわなくて済むのだろう。これからは少しでも化粧をするようにしよう。小さな決心をする。だが。
「オホホホホ、ドナの肌は絹のようでしょう?」
マリア様のテンションが高い。
「お嬢様のお肌はお綺麗ですわね」
「お世話をさせていただくのが楽しいですわ」
「普段たいしてお手入れをしていないようなの。それでこれなのよ」
「まぁ!」
「素晴らしいわぁ」
マリア様の言葉にメイドさんたちは感心したような声をあげる。するとマリア様の声がますます甲高くなっていく。
「ドナはすごいでしょう?」
そんなマリア様の声を聞きながらメイドさんたちがフル稼働してくれて、ようやく私の準備が完了した。とにかく私を磨き上げるためにあらゆる言葉でわたしのテンションを上げようと必死だったのだろうと思う。大変な苦労と努力の末、できあがった私をみんなは温かい目で見ている。
「こんなにやりがいのあるお仕事は初めてですわ」
「本当に、他のお嬢様ではこうはいきませんもの」
メイドさんの言葉にマリア様はいまだに興奮した様子で話し続ける。
「そうでしょう?こんなに可愛らしいのに、普段はノーメイクなのよ」
私がノーメイクなのは面倒くさいというのもあるけど、やる必要がないと思っているからだ。正直私が綺麗に着飾っても変に思われるだけだろう。
「まぁ、もったいないですわね」
「そうでしょう?」
みんなそう言ってくれるけど、それは年配の方だからだ。若い人はもっと派手にとか言うけど、そういうのが似合う人ならいいが私はそうではないのだ。実際、鏡に映る自分がぎこちなく見える。
「支度できたかぁ?」
その時ノックの音とともにヴィンス様の声が聞こえた。
「あの子ったら本当に気が利かない」
上機嫌だったマリア様の表情が一瞬で変わる。ノックの音はずっと続いていて、「まだかぁ?」「おーい」とヴィンス様の声が合間合間に聞こえてくるのだ。
「おい、やめろ」
今度はスティーブ様の声がした。怒気を含んだ声である。
「女性をせかすなんて野暮ですよ」
優しいが諭すようなエリック様の声も聞こえた。
「だって、ずいぶん時間が経ってるぞ」
「女性の身支度がすぐに済むわけないでしょう」
「それでも・・・」
エリック様にかぶせるようにヴィンス様の声が聞こえた。
「何も食べていないんだろう?あいつ、すぐ無理するくせに大丈夫って言うんだぜ。今頃腹すかせてるはずだ」
見えていないのにヴィンス様のドヤ顔が見えた。
「まったく」
マリア様はそうとうおかんむりのご様子だ。頭から湯気が出そうな勢いでドアに突進して行った。
「あなたたち、少し静かになさい!」
マリア様の声に騒がしかった廊下が静まり返る。
「紳士らしいふるまいをしなさい。そんなことじゃ、ドナのエスコートを任せられないわ」
私のところから廊下の様子が見えないのが歯がゆいが、おそらくスティーブ様とヴィンス様は注意を受けてうなだれているだろう。そんなことを思っていると
「エリック様!2人を注意するお立場ですのに何ですか。一緒になって」
と、マリア様はエリック様にまで矛先を向けた。エリック様が生まれた時からお世話をしていた関係から、マリア様はエリック様にも厳しいことが言えるのだ。おそらく、エリック様もうなだれているだろう。想像するとおかしくなってしまい、私は笑いを堪えられなくなっていた。
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