心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
58 / 75
ドナ

57 騒々しく準備が始まる

 ラガン家の奥方。それはブライアン様のお母様のことだろうか。身体中が締め付けられるような気持ちになったが、顔には出さないようにしてマリア様の話を聞く。

「まだ結婚したばかりの若い方だったわ。そんな子が身分の上のレティシア様に話しかけるだけでも失礼なのに。本当に驚かされたのよ」

 マリア様は怒った声で話し続けている。

「王族と縁続きの家とかで自慢していたけど、この国の歴代の王族は多産系で側室なんかも数人抱えるのが普通だった。とにかく王の子どもがたくさんいたみたいだから、自然と王族と縁続きになる家は多かったようよ。正直自慢にもならないわね」

 そんなことを言っていいのか心配になるようなことをマリア様は言っている。誰かが聞いていたら問題になるのではないか。そう思いながら、ラガン家は王族に連なる家柄だからと両親が言っていたことを思い出した。すごい家なんだとあの時は思っていたが、数が多いのであればそれは特別すごいことでもなかったのかもしれない。

「大丈夫よ、ドナ」

 私が真剣に考えていたせいか、マリア様はにっこり笑う。

「このお屋敷はタセル人のほうが多いの。だから悪口を言っても言いつけられるようなことはないわ」

 そうは言っても、と私は不安になった。どこで誰が何を聞くか、そしてそれをどのように解釈するかわからないからだ。

「ドナは本当に賢い子ね」

 私がなおも不安な様子を見せたせいか、マリア様は肩をすくめた。

「確かに、あなたの生まれ故郷だし。私もお世話になった国だわ。あまりひどいことを言わないことにするわね」

 そして話題はどのドレスを着てどのアクセサリーをつけるかになった。自分ではよくわからないのでマリア様に全てお任せするつもりだ。そう言うとマリア様は目を輝かせ、1オクターブ声が高くなった。

「任せなさい、ドナ」

 マリア様の目がぎらついている。それもちょっと怖かったが、ラガン家の話が続くよりはマシだった。

「今日は早めに休んでゆっくりしなさい。明日の朝は早起きしてもらうから」




 ・・・と、マリア様の笑顔を思い出した。今は早朝である。いや、早朝というよりはまだ夜中ではないだろうか。半分寝ている状態で私は身体中を磨かれている。辛いのは私だけではない。マリア様は寝ていないのではないか。しかしそんな様子は微塵も感じない。むしろ生き生きとしている。

 エリック様のお屋敷のメイドさんたちにも手伝ってもらい、私の顔はグリグリされたりタプタプされたりしている。何をされているのか、目を瞑っているのでわからない。目を瞑っているのでこのまま眠れるかと思うが、そういうわけにはいかない。私のためにみんな頑張ってくれているのだ。

 普段化粧をしないので、こういう時に困る。日頃から手入れを万全にしていれば、こんなに朝早くから助けてもらわなくて済むのだろう。これからは少しでも化粧をするようにしよう。小さな決心をする。だが。

「オホホホホ、ドナの肌は絹のようでしょう?」

 マリア様のテンションが高い。

「お嬢様のお肌はお綺麗ですわね」
「お世話をさせていただくのが楽しいですわ」
「普段たいしてお手入れをしていないようなの。それでこれなのよ」
「まぁ!」
「素晴らしいわぁ」

 マリア様の言葉にメイドさんたちは感心したような声をあげる。するとマリア様の声がますます甲高くなっていく。

「ドナはすごいでしょう?」

    そんなマリア様の声を聞きながらメイドさんたちがフル稼働してくれて、ようやく私の準備が完了した。とにかく私を磨き上げるためにあらゆる言葉でわたしのテンションを上げようと必死だったのだろうと思う。大変な苦労と努力の末、できあがった私をみんなは温かい目で見ている。

「こんなにやりがいのあるお仕事は初めてですわ」
「本当に、他のお嬢様ではこうはいきませんもの」

    メイドさんの言葉にマリア様はいまだに興奮した様子で話し続ける。

「そうでしょう?こんなに可愛らしいのに、普段はノーメイクなのよ」

    私がノーメイクなのは面倒くさいというのもあるけど、やる必要がないと思っているからだ。正直私が綺麗に着飾っても変に思われるだけだろう。

「まぁ、もったいないですわね」
「そうでしょう?」

    みんなそう言ってくれるけど、それは年配の方だからだ。若い人はもっと派手にとか言うけど、そういうのが似合う人ならいいが私はそうではないのだ。実際、鏡に映る自分がぎこちなく見える。

「支度できたかぁ?」
  
 その時ノックの音とともにヴィンス様の声が聞こえた。

「あの子ったら本当に気が利かない」

    上機嫌だったマリア様の表情が一瞬で変わる。ノックの音はずっと続いていて、「まだかぁ?」「おーい」とヴィンス様の声が合間合間に聞こえてくるのだ。

「おい、やめろ」

    今度はスティーブ様の声がした。怒気を含んだ声である。

「女性をせかすなんて野暮ですよ」

    優しいが諭すようなエリック様の声も聞こえた。

「だって、ずいぶん時間が経ってるぞ」
「女性の身支度がすぐに済むわけないでしょう」
「それでも・・・」

    エリック様にかぶせるようにヴィンス様の声が聞こえた。

「何も食べていないんだろう?あいつ、すぐ無理するくせに大丈夫って言うんだぜ。今頃腹すかせてるはずだ」

    見えていないのにヴィンス様のドヤ顔が見えた。

「まったく」

    マリア様はそうとうおかんむりのご様子だ。頭から湯気が出そうな勢いでドアに突進して行った。

「あなたたち、少し静かになさい!」

    マリア様の声に騒がしかった廊下が静まり返る。

「紳士らしいふるまいをしなさい。そんなことじゃ、ドナのエスコートを任せられないわ」

 私のところから廊下の様子が見えないのが歯がゆいが、おそらくスティーブ様とヴィンス様は注意を受けてうなだれているだろう。そんなことを思っていると

「エリック様!2人を注意するお立場ですのに何ですか。一緒になって」

と、マリア様はエリック様にまで矛先を向けた。エリック様が生まれた時からお世話をしていた関係から、マリア様はエリック様にも厳しいことが言えるのだ。おそらく、エリック様もうなだれているだろう。想像するとおかしくなってしまい、私は笑いを堪えられなくなっていた。




 

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。