59 / 75
ドナ
58 始まりの予感
しおりを挟む
「これは・・・!」
エリック様の小さな呟きが聞こえたが、何を意味するのかわからなかった。スティーブ様とヴィンス様はポカンとした顔をしている。
「あなたたち、何か言うことはないの?」
マリア様の声で全員がハッとした様子になった。
「綺麗だよ、こんなレディは他にはいないね」
「ドナ、やはり僕の目に狂いはなかったようだ。とてもよく似合っている」
エリック様とスティーブ様の言葉に私は恥ずかしくなった。マリア様のお説教の後に3人は部屋に入ってきた。そして今私の目の前に立っていて、私のことを褒めてくれている。
きちんとした化粧をしたことも初めてだったし、髪を綺麗に結い上げてもらったことも初めてだ。こんなに高そうで綺麗なドレスを着たことも初めてだし、高価なアクセサリーも初めてだ。そもそも今までこんな格好をするのは私ではなく姉だったのだ。
私がこんな服を着るなんて。心の中に浮かびそうになる考えを私は必死で覆そうとした。
私もこんな格好をする権利がある。今まで自分は、表に出る人間ではないと思っていた。でもそれは違う。綺麗なドレスを着て、化粧をして人前に出ることができるのだ。自分を否定することはもうしない。私は気持ちを切り替えるようにあえて微笑んで目の前にいる人を見返した。
3人とも正装だ。
スティーブ様は髪をオールバックにして額を見せている。いつもは自然に前髪を下ろしているので、何だか見ていると落ち着かない。すごく大人っぽくて、知らない人に思えてきた。じっと見ていると目が合った。軽く微笑んだ顔はいつものスティーブ様だった。
ヴィンス様は私を見ているようで見ていない。頭をガシガシと掻いてみたり、天井を向いたり窓の方を見たりで忙しなかった。騎士なだけあってすごく決まっているし、姿勢がすごくいい。それなのに何だか落ち着きがないし、私を見ようともしないので少し腹が立ってしまった。
それでも2人はとても格好良かったし、誇らしい気持ちになった。そういえば、正装した男性を見るのはいつぶりだろうか。前の時に父やブライアン様の正装を見ているはずだが、あまり覚えていない。ブライアン様はいつも私のことを睨んでいたから、あまり見ないようにしていたのだ。
あの時のブライアン様は今のスティーブ様やヴィンス様と比べてどうだろうか。そんな質問を自分にしてみた。どうしてそんなことを考えたのかわからなかった。ブライアン様は姉の婚約者であり夫だったけど、もしかしたら私の夫になるかもしれない人だった。でもきっと、私が今スティーブ様やヴィンス様を思う気持ちとは違うことが分かった。同じにはならないことが理解できた。
「スティーブ様もヴィンス様もとても素敵です」
純粋に思ったことを述べた。彼らは本当に格好良かった。今日は若い女性もきっと参加されるのだろう。こんなにかっこいい人がいたらみんな驚くだろう。結婚の打診があるかもしれない。そう思ったらなんだか胸がモヤモヤした。そのモヤモヤを私は無理やり押し込めた。
「ヴィンス、何か言うことはないの?」
マリア様に促されたヴィンス様は私をじっと見たまま固まってしまっている。普段男性の中で生活しているし、こんなに着飾った格好の私に馴れないのだろう。明らかに挙動不審だ。スティーブ様のように褒めてもらいたいとは思っていないけど。それでも何も言ってくれないのは寂しかった。
「ヴィンス・・・」
隣にいたスティーブ様に肘を突かれ、ヴィンス様はバッと姿勢を正した。
「ま・・・馬子にも衣装ってやつだな」
やっとという感じでヴィンス様が出した言葉に
「ヴィンス!レディになんてことを言うの!」
マリア様はそう言ってヴィンス様の頭を叩いた。
「ハハハ、ヴィンスじゃそう言うしかないだろうな」
エリック様は笑いながら、私をじっと見た。何故私を見るのだろうと不思議に思ったが、目を逸らすことができずにただぼんやりとエリック様を見返した。
「ヴィンスはもう少し女性の扱いを学んだ方がいいだろうな。剣を振るだけじゃ、女性は守れないからな」
「そ、それはどういう・・・」
ヴィンス様に返答することなく、エリック様は軽くウインクした。誰に向かってなのか、どうしてなのかよくわからなかった。でもそのウインクがすごく格好良く見えた。
そのタイミングで家令の人が近づくとエリック様に何やら耳打ちをした。エリック様の表情が一瞬こわばったように見えた。
「さあ、ドナ。最初のエスコートは私だ」
まるで芝居をしているみたいに大袈裟な感じでエリック様が言う。差し出されたエリック様の手に私は反射的に手を乗せた。もう始まるのか。私は深呼吸をする。
「え?どういうことですか?」
「ずるいですよ」
スティーブ様とヴィンス様の抗議にエリック様は穏やかに微笑んでいる。
「先ぶれがありましたから。国王陛下がいらっしゃるそうです」
は?確かに国王陛下がお忍びで来られるとは聞いていた。しかしそれは遅い時間にこっそりと、と思っていたのだ。こんなに朝早くから来るなんて聞いていない。
「聞いていませんよ」
私の思っていたことをスティーブ様が言ってくれた。
「今、言いましたよ。陛下の先ぶれを賜るだけでも光栄なことです。名誉を感じなさい」
飄々とした感じでエリック様は言っている。
「さぁ、ドナ。行きましょう」
優雅な仕草でエリック様は歩き出した。私も従う。
「こんなに綺麗な女性だとは陛下も思っていないだろうな」
私に自信をつけるためだろう。エリック様は歩きながら、優しい声で話してくれた。着飾った女性を褒めるのは当たり前のことだ。貶す男性がいるわけがない。それが紳士の嗜みというものだ。だから私は本気にはせず、お礼を言った。
「本気にしていないだろう?」
エリック様は笑顔だったけど、目つきは真剣だった。
「ドナは自分のことが分かっていないと思う。決して1人にはならず、私かスティーブ、ヴィンスと一緒にいること。いいね」
もしかしたら私がこの国で生まれたアニーであることを知る人がいるかもしれない。そうだ、忘れてはいけない。ここは生まれた国。これから始まることを考えなくてはならない。私は気を引き締めて歩みを進めた。
エリック様の小さな呟きが聞こえたが、何を意味するのかわからなかった。スティーブ様とヴィンス様はポカンとした顔をしている。
「あなたたち、何か言うことはないの?」
マリア様の声で全員がハッとした様子になった。
「綺麗だよ、こんなレディは他にはいないね」
「ドナ、やはり僕の目に狂いはなかったようだ。とてもよく似合っている」
エリック様とスティーブ様の言葉に私は恥ずかしくなった。マリア様のお説教の後に3人は部屋に入ってきた。そして今私の目の前に立っていて、私のことを褒めてくれている。
きちんとした化粧をしたことも初めてだったし、髪を綺麗に結い上げてもらったことも初めてだ。こんなに高そうで綺麗なドレスを着たことも初めてだし、高価なアクセサリーも初めてだ。そもそも今までこんな格好をするのは私ではなく姉だったのだ。
私がこんな服を着るなんて。心の中に浮かびそうになる考えを私は必死で覆そうとした。
私もこんな格好をする権利がある。今まで自分は、表に出る人間ではないと思っていた。でもそれは違う。綺麗なドレスを着て、化粧をして人前に出ることができるのだ。自分を否定することはもうしない。私は気持ちを切り替えるようにあえて微笑んで目の前にいる人を見返した。
3人とも正装だ。
スティーブ様は髪をオールバックにして額を見せている。いつもは自然に前髪を下ろしているので、何だか見ていると落ち着かない。すごく大人っぽくて、知らない人に思えてきた。じっと見ていると目が合った。軽く微笑んだ顔はいつものスティーブ様だった。
ヴィンス様は私を見ているようで見ていない。頭をガシガシと掻いてみたり、天井を向いたり窓の方を見たりで忙しなかった。騎士なだけあってすごく決まっているし、姿勢がすごくいい。それなのに何だか落ち着きがないし、私を見ようともしないので少し腹が立ってしまった。
それでも2人はとても格好良かったし、誇らしい気持ちになった。そういえば、正装した男性を見るのはいつぶりだろうか。前の時に父やブライアン様の正装を見ているはずだが、あまり覚えていない。ブライアン様はいつも私のことを睨んでいたから、あまり見ないようにしていたのだ。
あの時のブライアン様は今のスティーブ様やヴィンス様と比べてどうだろうか。そんな質問を自分にしてみた。どうしてそんなことを考えたのかわからなかった。ブライアン様は姉の婚約者であり夫だったけど、もしかしたら私の夫になるかもしれない人だった。でもきっと、私が今スティーブ様やヴィンス様を思う気持ちとは違うことが分かった。同じにはならないことが理解できた。
「スティーブ様もヴィンス様もとても素敵です」
純粋に思ったことを述べた。彼らは本当に格好良かった。今日は若い女性もきっと参加されるのだろう。こんなにかっこいい人がいたらみんな驚くだろう。結婚の打診があるかもしれない。そう思ったらなんだか胸がモヤモヤした。そのモヤモヤを私は無理やり押し込めた。
「ヴィンス、何か言うことはないの?」
マリア様に促されたヴィンス様は私をじっと見たまま固まってしまっている。普段男性の中で生活しているし、こんなに着飾った格好の私に馴れないのだろう。明らかに挙動不審だ。スティーブ様のように褒めてもらいたいとは思っていないけど。それでも何も言ってくれないのは寂しかった。
「ヴィンス・・・」
隣にいたスティーブ様に肘を突かれ、ヴィンス様はバッと姿勢を正した。
「ま・・・馬子にも衣装ってやつだな」
やっとという感じでヴィンス様が出した言葉に
「ヴィンス!レディになんてことを言うの!」
マリア様はそう言ってヴィンス様の頭を叩いた。
「ハハハ、ヴィンスじゃそう言うしかないだろうな」
エリック様は笑いながら、私をじっと見た。何故私を見るのだろうと不思議に思ったが、目を逸らすことができずにただぼんやりとエリック様を見返した。
「ヴィンスはもう少し女性の扱いを学んだ方がいいだろうな。剣を振るだけじゃ、女性は守れないからな」
「そ、それはどういう・・・」
ヴィンス様に返答することなく、エリック様は軽くウインクした。誰に向かってなのか、どうしてなのかよくわからなかった。でもそのウインクがすごく格好良く見えた。
そのタイミングで家令の人が近づくとエリック様に何やら耳打ちをした。エリック様の表情が一瞬こわばったように見えた。
「さあ、ドナ。最初のエスコートは私だ」
まるで芝居をしているみたいに大袈裟な感じでエリック様が言う。差し出されたエリック様の手に私は反射的に手を乗せた。もう始まるのか。私は深呼吸をする。
「え?どういうことですか?」
「ずるいですよ」
スティーブ様とヴィンス様の抗議にエリック様は穏やかに微笑んでいる。
「先ぶれがありましたから。国王陛下がいらっしゃるそうです」
は?確かに国王陛下がお忍びで来られるとは聞いていた。しかしそれは遅い時間にこっそりと、と思っていたのだ。こんなに朝早くから来るなんて聞いていない。
「聞いていませんよ」
私の思っていたことをスティーブ様が言ってくれた。
「今、言いましたよ。陛下の先ぶれを賜るだけでも光栄なことです。名誉を感じなさい」
飄々とした感じでエリック様は言っている。
「さぁ、ドナ。行きましょう」
優雅な仕草でエリック様は歩き出した。私も従う。
「こんなに綺麗な女性だとは陛下も思っていないだろうな」
私に自信をつけるためだろう。エリック様は歩きながら、優しい声で話してくれた。着飾った女性を褒めるのは当たり前のことだ。貶す男性がいるわけがない。それが紳士の嗜みというものだ。だから私は本気にはせず、お礼を言った。
「本気にしていないだろう?」
エリック様は笑顔だったけど、目つきは真剣だった。
「ドナは自分のことが分かっていないと思う。決して1人にはならず、私かスティーブ、ヴィンスと一緒にいること。いいね」
もしかしたら私がこの国で生まれたアニーであることを知る人がいるかもしれない。そうだ、忘れてはいけない。ここは生まれた国。これから始まることを考えなくてはならない。私は気を引き締めて歩みを進めた。
182
あなたにおすすめの小説
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる