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ドナ
59 陛下との謁見
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「緊張してるのか?」
私はエリック様を見上げ小さく頷いた。何か言おうと口を開こうとしたが、声が出なかった。笑顔を向けようとしても引き攣ってしまう。
しかしエリック様は面白いことを聞いたとばかりに、ニヤニヤと笑っている。私の気も知らず、と思うと少しムッとしてしまう。
「何も緊張することはないよ、知り合いのおじさんが遊びに来たとでも思えばいいだけなんだから」
エリック様は相変わらずニヤニヤと笑ったまま、そんなことを言い出した。今から私は国王陛下にお会いするのだ。いくら何でも知り合いの単なるおじさんとは思えない。
確かにエリック様は陛下と親しい関係かと思われる。しかし私は違うし、普通の人は国王陛下と会うのに平常心ではいられないはずだ。
「そ、そんなわけには」
慌てて私は抵抗した。聞く人が聞けば不敬罪に思われるのではないか。そもそも私はこの国の人間だった。そのことを陛下はご存知なのだ。勝手に国を出たと犯罪者扱いされる可能性だってある。
「大丈夫大丈夫。ドナは気にしないで、いつも通り振る舞えばいいんだから」
エリック様は軽い口調で言う。そんなふうに言われてもそう簡単に不安が消えるわけではない。むしろ顔はますますひきつり、手も足も震えている。そのまま私はエリック様のエスコートに従った。
「いつも通り正直に、ね」
そう言ってエリック様はウインクした。正直にとは言われても、一度死にましたが過去に戻ってやり直してます、とは言えない。
言って大丈夫なことを頭の中で整理する。おかしなことを言わないように、何度も頭の中で考え直した。
応接間でエリック様と待つ。座れないので姿勢をキープしたまま、ドアを見つめていた。やがてドアが開いた。
思わず頭を下げる。ピカピカに磨かれた靴が見えた。国王陛下なのだろう。エリック様が挨拶をしている声が聞こえた。次は私の番だ。私も教わったように挨拶をした。声が震える。抑えようとしても身体の震えはどうしようもできなかった。
「ハハハ、そんなに構えなくていいよ」
快活に笑う声が聞こえ、私はゆっくりと頭を上げた。恰幅の良い男性が目の前にいる。思ったよりも若く、そしてニコニコと朗らかに笑っている。この人が国王陛下なのか。前の時に姉を称えた人。あの時もこんなふうに笑ったのだろうか。
「今日は国王としてではなく、エリックの友人として来たのだから」
そう言って陛下は豪快に笑った。思ったよりもいい人そうだ。私は少し安心した。
「あの本は本当に素晴らしい。我が国にどれだけ貢献してくれたかわからない」
「ありがとうございます」
私は丁寧にお辞儀をした。
「しかしあの本は教授が心血を注ぎ作成したものです。私はそれを訳しただけです」
言ってから気がついた。姉もあの時同じことを言った。穏やかに微笑みながら、私は訳しただけです、姉はそう言ったのだ。
なんて謙虚な人だ、とそのことも評判になった。何もかもが嘘だったことを当時の人は知らなかった。知らずに姉を称賛していた。
もし知ったらどうだっただろうか。嘘つきと姉は断罪されただろうか。そうなれば、ブライアン様はどうするだろうか。ラガン家は姉を追い出しただろうか。両親は姉を受け入れただろうか。
そんなことを考えたが、今は考えても仕方ないことだ。何もかもが今は事実ではないのだから。
みんなに称賛された姉はいない。私は私が努力した結果を正しく受け入れているだけだ。
私が言った言葉に陛下は目を見開いた。笑顔が少し曇った感じがした。
「ドナはいつも控えめなんです。もう少し我を出していいと思うくらいです」
エリック様がフォローしてくれた。
「ハハハ、そうか」
陛下はまた快活に笑った。笑いながらも私を見る目が厳しく見えた。
「そういえば、やたらと我の強い家があったなぁ」
そこで陛下はニヤリと笑った。
「確か…ロゼルス家だったか」
陛下が呟いた。心臓をわしづかみにされたみたいな気持ちになり、思わず俯いて小さくなってしまう。
やはり陛下は私がタセルへ行ったことを罰するつもりなのか。いまさら元の家には戻りたくない。私はタセルの人間だ。アニーではない。ドナなのだ。
そんな私の気持ちを分かっているのかは分からないが、陛下が話し出した。
「あそこには狸爺がいてなぁ。派閥を作って盾突いてくる面倒な奴だったな」
それは祖父のことだ、私は気づいた。陛下に祖父はそう思われていたのか。祖父はそんなことには気がつかず、陛下は自分のアドバイスを参考にしていると思い込んでいた。自分は国になくてはならない存在、むしろ陛下が自分を一目置く重要人物だと思っていたのだ。
恐る恐る陛下の顔を見ると、苦虫をかみ潰したような表情で宙を見つめていた。
「ドナ嬢がタセルの国の人間で助かった。もし我が国の、例えばロゼルス家とかその派閥とやらに関連する人物だったら」
陛下は言葉を止めじっと私のことを見つめた。表情は笑っているのに、雰囲気は怖かった。何か言ったり、もしかしたら少しでも動いただけで罰せられるのではないか。そんな気がして、呼吸すら躊躇われた。
「ハハッ。そんなことはあるわけがない」
陛下はガハガハと大口を開けて笑った。
「今目の前にはタセル国の令嬢がいるのだ。わざわざ他国の国の言葉をまなび、我が国のために翻訳をしてくれた令嬢だ。我が国を代表してお礼を言おう」
陛下はそういって手を差し出した。エリック様が私に合図するように少しだけ肘をつついてくれた。握手を求められているのだと気がつき、私は陛下に近づいた。
「ドナ・スタン…だったな」
陛下の目は優しかった。
「苦労をしたみたいだが、タセルで幸せに暮らしなさい」
私の瞳から涙が流れ落ちた。陛下の言葉を私は何度も頭の中で繰り返した。ようやく許された気がした。
私はエリック様を見上げ小さく頷いた。何か言おうと口を開こうとしたが、声が出なかった。笑顔を向けようとしても引き攣ってしまう。
しかしエリック様は面白いことを聞いたとばかりに、ニヤニヤと笑っている。私の気も知らず、と思うと少しムッとしてしまう。
「何も緊張することはないよ、知り合いのおじさんが遊びに来たとでも思えばいいだけなんだから」
エリック様は相変わらずニヤニヤと笑ったまま、そんなことを言い出した。今から私は国王陛下にお会いするのだ。いくら何でも知り合いの単なるおじさんとは思えない。
確かにエリック様は陛下と親しい関係かと思われる。しかし私は違うし、普通の人は国王陛下と会うのに平常心ではいられないはずだ。
「そ、そんなわけには」
慌てて私は抵抗した。聞く人が聞けば不敬罪に思われるのではないか。そもそも私はこの国の人間だった。そのことを陛下はご存知なのだ。勝手に国を出たと犯罪者扱いされる可能性だってある。
「大丈夫大丈夫。ドナは気にしないで、いつも通り振る舞えばいいんだから」
エリック様は軽い口調で言う。そんなふうに言われてもそう簡単に不安が消えるわけではない。むしろ顔はますますひきつり、手も足も震えている。そのまま私はエリック様のエスコートに従った。
「いつも通り正直に、ね」
そう言ってエリック様はウインクした。正直にとは言われても、一度死にましたが過去に戻ってやり直してます、とは言えない。
言って大丈夫なことを頭の中で整理する。おかしなことを言わないように、何度も頭の中で考え直した。
応接間でエリック様と待つ。座れないので姿勢をキープしたまま、ドアを見つめていた。やがてドアが開いた。
思わず頭を下げる。ピカピカに磨かれた靴が見えた。国王陛下なのだろう。エリック様が挨拶をしている声が聞こえた。次は私の番だ。私も教わったように挨拶をした。声が震える。抑えようとしても身体の震えはどうしようもできなかった。
「ハハハ、そんなに構えなくていいよ」
快活に笑う声が聞こえ、私はゆっくりと頭を上げた。恰幅の良い男性が目の前にいる。思ったよりも若く、そしてニコニコと朗らかに笑っている。この人が国王陛下なのか。前の時に姉を称えた人。あの時もこんなふうに笑ったのだろうか。
「今日は国王としてではなく、エリックの友人として来たのだから」
そう言って陛下は豪快に笑った。思ったよりもいい人そうだ。私は少し安心した。
「あの本は本当に素晴らしい。我が国にどれだけ貢献してくれたかわからない」
「ありがとうございます」
私は丁寧にお辞儀をした。
「しかしあの本は教授が心血を注ぎ作成したものです。私はそれを訳しただけです」
言ってから気がついた。姉もあの時同じことを言った。穏やかに微笑みながら、私は訳しただけです、姉はそう言ったのだ。
なんて謙虚な人だ、とそのことも評判になった。何もかもが嘘だったことを当時の人は知らなかった。知らずに姉を称賛していた。
もし知ったらどうだっただろうか。嘘つきと姉は断罪されただろうか。そうなれば、ブライアン様はどうするだろうか。ラガン家は姉を追い出しただろうか。両親は姉を受け入れただろうか。
そんなことを考えたが、今は考えても仕方ないことだ。何もかもが今は事実ではないのだから。
みんなに称賛された姉はいない。私は私が努力した結果を正しく受け入れているだけだ。
私が言った言葉に陛下は目を見開いた。笑顔が少し曇った感じがした。
「ドナはいつも控えめなんです。もう少し我を出していいと思うくらいです」
エリック様がフォローしてくれた。
「ハハハ、そうか」
陛下はまた快活に笑った。笑いながらも私を見る目が厳しく見えた。
「そういえば、やたらと我の強い家があったなぁ」
そこで陛下はニヤリと笑った。
「確か…ロゼルス家だったか」
陛下が呟いた。心臓をわしづかみにされたみたいな気持ちになり、思わず俯いて小さくなってしまう。
やはり陛下は私がタセルへ行ったことを罰するつもりなのか。いまさら元の家には戻りたくない。私はタセルの人間だ。アニーではない。ドナなのだ。
そんな私の気持ちを分かっているのかは分からないが、陛下が話し出した。
「あそこには狸爺がいてなぁ。派閥を作って盾突いてくる面倒な奴だったな」
それは祖父のことだ、私は気づいた。陛下に祖父はそう思われていたのか。祖父はそんなことには気がつかず、陛下は自分のアドバイスを参考にしていると思い込んでいた。自分は国になくてはならない存在、むしろ陛下が自分を一目置く重要人物だと思っていたのだ。
恐る恐る陛下の顔を見ると、苦虫をかみ潰したような表情で宙を見つめていた。
「ドナ嬢がタセルの国の人間で助かった。もし我が国の、例えばロゼルス家とかその派閥とやらに関連する人物だったら」
陛下は言葉を止めじっと私のことを見つめた。表情は笑っているのに、雰囲気は怖かった。何か言ったり、もしかしたら少しでも動いただけで罰せられるのではないか。そんな気がして、呼吸すら躊躇われた。
「ハハッ。そんなことはあるわけがない」
陛下はガハガハと大口を開けて笑った。
「今目の前にはタセル国の令嬢がいるのだ。わざわざ他国の国の言葉をまなび、我が国のために翻訳をしてくれた令嬢だ。我が国を代表してお礼を言おう」
陛下はそういって手を差し出した。エリック様が私に合図するように少しだけ肘をつついてくれた。握手を求められているのだと気がつき、私は陛下に近づいた。
「ドナ・スタン…だったな」
陛下の目は優しかった。
「苦労をしたみたいだが、タセルで幸せに暮らしなさい」
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