心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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アリー

64 私が生まれた意味

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 私は伯爵家の長女として生まれた。生まれてすぐに同じ伯爵家のラガン家のブライアン様と婚約をした。祖父が若い頃から同じ伯爵家のラガン家と親しくしており、将来お互いの子どもを結婚させようと約束していたからだった。

 約束というと双方合意のように聞こえるが、実際は半ば強引に相手の言質を取ったらしい。結局子どもはどちらも男だったが、孫の代になってラガン家に男が誕生し我が家には私が誕生したため婚約は成立することになった。

 しかし1歳を過ぎた頃に私は高熱が数日続いた。医者からは命の危険があるとか、後遺症が残って結婚は無理だろうと言われたそうだ。両親はなんとかしなくてはいけないと躍起になった。我が家は財産も少なく、ラガン家との結婚だけが生き残る手段だったらしかった。

 それでもう1人子どもを作ることにした。もう1人娘がいれば、万が一私が死んでもどうにかなると考えたらしい。

 しかし、そう簡単に子どもができるわけがない。父はともかく、母は嫌だったらしい。妊娠、出産は我が身を削り新しい生命を生み出すのだ。母はもう疲れ果てていた。

 母が結婚して望まれたことは、子どもを産むことだった。これを食べていれば健康な子どもが生まれる、と出される食事は薄い味付けで美味しいものではなかった。毎食食べきれない量を出され、全て食べるように命じられていた。並んでいる皿を見ると吐き気が込み上げてきたらしい。

 一方父の食事は豪勢なもので、良い子種を作るためには贅沢をしなければいけないとのことだった。それが本当かどうかはわからないが、祖父がそう言い切るので誰も反論できなかったのだ。

 ラガン家で男児が生まれたという知らせが入ると、祖父と父は女児を産むようにと言った。そんなことを言われても母にどうすることもできない。女を産むまで何度でも妊娠させよう。祖父と父の言葉に母は絶望感を味わったそうだ。そうして母は私を産んだ。全てのことに解放されたような気分だった、と母はまだ幼かった私に語った。

 そうだ、私はまだ幼かった。どうやって子どもができるかも知らないし、結婚や貴族が何かなんて理解できないような年。その頃から母は私にそんな話を聞かせていた。

 私は使用人の手によって育てられた。母は毎日何もせずに過ごした。祖父や父に構われずに過ごすことがどんなに穏やかな日々か、母は目を閉じ幸せだったと呟いた。しかし、私が1歳を過ぎた頃に私は高熱を出した。
 
 祖父と父がどこかの屋敷に誘われ、戻ってから2人は私を抱いた。2人は私を可愛がっており、それこそ目に入れても痛くないとばかりに溺愛していたそうだ。2人はその時に病気に感染していた。大人ならたいしたことのない病気だったが、子どもの私が感染したら大変なことになる病気だった。

 後から母は使用人にその話を聞いた。我が家を嫌う家は少なからずいて、ラガン家との結婚を阻止するためにわざと病気を感染させられたのだ。しかし祖父も父もそんなことに気づかず、また気付いたとしても気にすることはなかった。

 そうして私の代わりに子どもを作ることにした。もし私が死んでもいいように。父は母だけではなく、他の女性にも産ませようとした。とにかく女児を産ませればと、手当たり次第にメイドを相手にしたそうだ。

 その結果妹が生まれ、名前はアニーと名付けられた。私の名前アリーに似通った名前だった。いつでも取り替えが効くように。妹が私の代わりになるように。

 そんな話を私は母から毎日聞いていた。子守歌を歌う代わりに、絵本を読み聞かせる代わりに、母は私にそんな話をし続けた。

 毎日のように母の話を聞いていると気分が滅入ってしまう。それで私は具合が悪いと言ってベッドに潜り込む。そうすると、母は話をやめ自室に引っ込んでくれるのだ。それに祖父や父が私を心配して、高価なお菓子や綺麗なドレスなどを買ってくる。具合が悪いと言って寝込んでいれば、全てが思い通りになっていく。

 このままでいいや、と私は思っていた。結婚するのは私ではなくて妹でいいのだ。私は母のような目にあいたくない。結婚は地獄だ。母は結婚したから不幸になった。なにしろ、娘の私に毎日恨み言しか言わないのだ。そんな生活はしたくない。私は具合が悪いと言って毎日寝込むようになった。

 私があまりに寝込んでベッドから出てこないので、両親は何度かラガン家に姉ではなく妹のアニーと婚約し直してほしいと打診した。しかしラガン家からは、婚約はアリーのままでと返信された。

 私が望まれるのなら仕方がない。しかしもし私が嫁ぐことができない場合、我が家とラガン家の縁は切れてしまう。両親は妹に私のように振る舞うよう言いつけた。一応姉妹なのだから私たちは似ている。私にもしものことがあれば、すぐに妹が私の代わりになれるようにと。私と同じ服を着て、私と同じ髪型をし、私の好む食べ物を食べ、妹は成長した。

 その様子を私は苦々しく思っていた。妹といっても母親は違う。子どもを産ませるためだけに雇った、貧しい家の女が妹の母親なのだ。そんな女が産んだ妹と私が同じわけがない。しかし同じように育てば、同じように見えてしまうということは事実だった。

 月に一度程度、私は婚約者と会う。婚約者のブライアン様は無表情な人だった。世の中に面白いものは何一つないという顔をしている。嫌々ながらここに来ているのだろうというのが丸わかりだった。そんなブライアン様だが妹を見る目が私とは違うことに気づいた。

 最初は意味がないと思った。部屋の隅で置物のように妹は立っていた。使用人とは違うが、何者だろうという興味があったのかもしれない。しかし彼は私に尋ねなかった。あえて聞くほどの興味はないのだろうと何故だか愉快な気持ちになり、私は聞かれもしないのに言った。

「あれは、妹なんです。何でも私の真似をしたがって困っているんですのよ」

 ブライアン様は特に表情も変えることもなかった。

「そうですか」

 と、つまらなさそうに答えただけだったが、その様子に私は満足したのだった。
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