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ドナ
63 不穏な再会
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「アニー、君なんだろう?」
その冷たく感情のない声を聞き、私は体の奥底から凍えるような感覚になった。そこにいたのはブライアン様だった。あの時と変わらず冷たい瞳が私を見ている。まるで獲物を狙う肉食動物のような眼光に私は動けなくなった。記憶の中にある姿のまま。あの時とまったく変わらない。
いつもブライアン様の目は変わらなかった。冷酷で陰鬱な視線。初めて会った時から、そして最後に会った日まで。床に転がる私を見ていたブライアン様。私のことを心から軽蔑し、まるで汚物でも見ているようだった。
私はいつも姉の側にいた。そうせざるを得なかったことを分かっていたのに、姉はいつも私を蔑んでいた。口元に微かな微笑みを浮かべながら。ブライアン様はそんな私を見て、姉と同じように私を軽蔑していたのだろう。
あの時は姉のお古のみすぼらしい服を着て、姉の機嫌を損ねないように生きるしかなかった。そんな事実をブライアン様は理解していない。何も知らないまま、ただ私のことを疎んじていたのだ。
あの時と同じ。冷たく鋭い視線。私は恐怖で動けない。身体中に冷たい何かが走り回っている。何故ブライアン様がここにいるのだろう。招待客の中にラガン家の名前はなかった。ブライアン様がここにいるはずがないのだ。それにここはプライバシーエリア。私たち以外は立ち入れないはずだ。
「人違いですよ」
ヴィンス様が事務的な感じで答えた。おそらく正式に招待された客が間違えて入り込んだのだろう。そうヴィンス様は解釈しているはずだ。
「それにここは立ち入り禁止です。出て行ってください」
ヴィンス様は冷静にブライアン様に話している。
「アニーなんだろう。わかっているんだ」
しかしブライアン様は、目の前にいるヴィンス様が見えないかのように私に向かって言い続けている。スティーブ様が私の肩を抱き、自分の方に引き寄せる。スティーブ様の体温を感じて、私は少しだけ安心した。
「立ち入り禁止です。出ていってください」
再度ヴィンス様はそう言ってブライアン様を追い出そうとしている。しかしブライアン様は動じることもなく、私をまっすぐ見て言った。
「あの本を翻訳したのはアニーだろう。やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ」
ブライアン様の目が私を見ている。その瞳がまるでガラス玉のように感じた。
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
今言われた言葉が信じられなかった。ブライアン様は何を言っているのだろうか。ずっとタセル語で生活していたから、この国の言葉を忘れてしまったのだろうか。いや違う。確かにブライアン様が言った言葉を頭の中で何度も繰り返す。
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
どうしてそんなことを言う?何故そこで姉の名前が出る?なおもブライアン様は言った。
「あれはラガン家のものだろう。それなのに、何故・・・」
心臓がドキドキして、気が遠くなりそうだった。ブライアン様は何を言っているのだろうか。言っている言葉は理解できている。でも理解できない。ブライアン様はおかしなことしか言っていない。
今、どうしてそんなことを言うのだろうか。
心臓が早鐘のように鼓動している。身体中が凍ってしまったみたいに冷たい。瞬きすらできないくらいに私はただその場に立ち尽くすしかなかった。ただブライアン様を見るしかなかった。
「大丈夫か?」
「ちょっと・・・ヤバいんじゃ・・・」
スティーブ様とヴィンス様が小声で言い合っている。でもブライアン様には聞こえていないのだろう。何も気にしていないようになおも話し続ける。
「あんな浮気女と結婚するんじゃなかったんだ。アニー、君と結婚していれば」
「アダムとケイラは俺の子じゃなかった。そのことを君は知っていたんだろう」
アダムとケイラ!まさか・・・。
ブライアン様は姉と結婚しなかったはずだ。アダムとケイラも生まれていないはずなのだ。それなのにその名前を知っている。しかもブライアン様の子どもではないことも、彼はわかっている。
ブライアン様は全てを知っている。つまり。私と同じ、二度目を生きているのだ。
気づいてしまったら、居ても立っても居られなくなった。叫び声をあげそうになるのを私は必死で堪えていた。
「とにかく、ここから追い出そう」
「刺激しないように」
スティーブ様とヴィンス様が話している声が聞こえているのに、何故だかすごく遠くで話しているような気がした。すぐそばにいるはずの2人よりもブライアン様の声の方が聞こえてくる。
「俺たちはアリーに騙されていた。そうなんだろう?」
もし、ブライアン様が私と同じ二度目を生きているのだとしたら。あの後、彼は読んでしまったのだろう。あの日、私は姉の日記だけは隠さないといけないと思った。姉が全てのことを書き残していることを私は知っていた。読まれてしまったら、きっと大変なことになる。だから私は誰にも知られずに処分するつもりだった。
私の肩にあるスティーブ様の手に力が込められた。ヴィンス様がブライアン様に近づいた。
「会場はあちらです。迷われただけですよね」
「近づくな!」
ブライアン様の怒鳴り声を聞き、スティーブ様はすぐに私と一緒に休憩室に入る。ドアを閉めたと同時に、ブライアン様の声が聞こえた。
「離せ!アニーと話をさせろ!」
ドタドタとたくさんの足音も聞こえてきた。私は耳を塞いだ。おそらく、エリック様のお屋敷の警備の人たちが来てくれたのだろう。
「もう大丈夫よ」
マリア様がそう言って私を抱きしめてくれた。いつもなら安心するはずなのに、私の心は落ち着かないままだった。
その冷たく感情のない声を聞き、私は体の奥底から凍えるような感覚になった。そこにいたのはブライアン様だった。あの時と変わらず冷たい瞳が私を見ている。まるで獲物を狙う肉食動物のような眼光に私は動けなくなった。記憶の中にある姿のまま。あの時とまったく変わらない。
いつもブライアン様の目は変わらなかった。冷酷で陰鬱な視線。初めて会った時から、そして最後に会った日まで。床に転がる私を見ていたブライアン様。私のことを心から軽蔑し、まるで汚物でも見ているようだった。
私はいつも姉の側にいた。そうせざるを得なかったことを分かっていたのに、姉はいつも私を蔑んでいた。口元に微かな微笑みを浮かべながら。ブライアン様はそんな私を見て、姉と同じように私を軽蔑していたのだろう。
あの時は姉のお古のみすぼらしい服を着て、姉の機嫌を損ねないように生きるしかなかった。そんな事実をブライアン様は理解していない。何も知らないまま、ただ私のことを疎んじていたのだ。
あの時と同じ。冷たく鋭い視線。私は恐怖で動けない。身体中に冷たい何かが走り回っている。何故ブライアン様がここにいるのだろう。招待客の中にラガン家の名前はなかった。ブライアン様がここにいるはずがないのだ。それにここはプライバシーエリア。私たち以外は立ち入れないはずだ。
「人違いですよ」
ヴィンス様が事務的な感じで答えた。おそらく正式に招待された客が間違えて入り込んだのだろう。そうヴィンス様は解釈しているはずだ。
「それにここは立ち入り禁止です。出て行ってください」
ヴィンス様は冷静にブライアン様に話している。
「アニーなんだろう。わかっているんだ」
しかしブライアン様は、目の前にいるヴィンス様が見えないかのように私に向かって言い続けている。スティーブ様が私の肩を抱き、自分の方に引き寄せる。スティーブ様の体温を感じて、私は少しだけ安心した。
「立ち入り禁止です。出ていってください」
再度ヴィンス様はそう言ってブライアン様を追い出そうとしている。しかしブライアン様は動じることもなく、私をまっすぐ見て言った。
「あの本を翻訳したのはアニーだろう。やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ」
ブライアン様の目が私を見ている。その瞳がまるでガラス玉のように感じた。
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
今言われた言葉が信じられなかった。ブライアン様は何を言っているのだろうか。ずっとタセル語で生活していたから、この国の言葉を忘れてしまったのだろうか。いや違う。確かにブライアン様が言った言葉を頭の中で何度も繰り返す。
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
『やっぱり、アリーが訳したわけじゃなかったんだ』
どうしてそんなことを言う?何故そこで姉の名前が出る?なおもブライアン様は言った。
「あれはラガン家のものだろう。それなのに、何故・・・」
心臓がドキドキして、気が遠くなりそうだった。ブライアン様は何を言っているのだろうか。言っている言葉は理解できている。でも理解できない。ブライアン様はおかしなことしか言っていない。
今、どうしてそんなことを言うのだろうか。
心臓が早鐘のように鼓動している。身体中が凍ってしまったみたいに冷たい。瞬きすらできないくらいに私はただその場に立ち尽くすしかなかった。ただブライアン様を見るしかなかった。
「大丈夫か?」
「ちょっと・・・ヤバいんじゃ・・・」
スティーブ様とヴィンス様が小声で言い合っている。でもブライアン様には聞こえていないのだろう。何も気にしていないようになおも話し続ける。
「あんな浮気女と結婚するんじゃなかったんだ。アニー、君と結婚していれば」
「アダムとケイラは俺の子じゃなかった。そのことを君は知っていたんだろう」
アダムとケイラ!まさか・・・。
ブライアン様は姉と結婚しなかったはずだ。アダムとケイラも生まれていないはずなのだ。それなのにその名前を知っている。しかもブライアン様の子どもではないことも、彼はわかっている。
ブライアン様は全てを知っている。つまり。私と同じ、二度目を生きているのだ。
気づいてしまったら、居ても立っても居られなくなった。叫び声をあげそうになるのを私は必死で堪えていた。
「とにかく、ここから追い出そう」
「刺激しないように」
スティーブ様とヴィンス様が話している声が聞こえているのに、何故だかすごく遠くで話しているような気がした。すぐそばにいるはずの2人よりもブライアン様の声の方が聞こえてくる。
「俺たちはアリーに騙されていた。そうなんだろう?」
もし、ブライアン様が私と同じ二度目を生きているのだとしたら。あの後、彼は読んでしまったのだろう。あの日、私は姉の日記だけは隠さないといけないと思った。姉が全てのことを書き残していることを私は知っていた。読まれてしまったら、きっと大変なことになる。だから私は誰にも知られずに処分するつもりだった。
私の肩にあるスティーブ様の手に力が込められた。ヴィンス様がブライアン様に近づいた。
「会場はあちらです。迷われただけですよね」
「近づくな!」
ブライアン様の怒鳴り声を聞き、スティーブ様はすぐに私と一緒に休憩室に入る。ドアを閉めたと同時に、ブライアン様の声が聞こえた。
「離せ!アニーと話をさせろ!」
ドタドタとたくさんの足音も聞こえてきた。私は耳を塞いだ。おそらく、エリック様のお屋敷の警備の人たちが来てくれたのだろう。
「もう大丈夫よ」
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