後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi

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25. 波乱を招く蘇の朱莉姫(三)

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 白蘭は思わず「朱莉姫?」と大声を出してしまう。

「私は禁軍将軍の冬籟。蘇王到着の折に華都の大門まで出迎えました。貴女は輿に乗っておられたが、一度簾を上げてちらりと外の光景をご覧になった。その顔、今の貴女に相違ありません」

 白蘭は少女の身なりにざっと目を走らせた。

「耳飾りも指輪もそれから足首の足環もどれも凄い高級品! 確かに貴女は王女だわ!」

 冬籟が続ける。

「そのときも雲雀と似ているとは思いましたが二人に何の接点もないのでそのままにしておりました。顔立ちも年齢も似ている少女をむりやりかどわかす……ひょっとして雲雀に身代わりでもさせるおつもりか?」

 朱莉姫は唇をかむと「そう、私が蘇の王女よ」と認めた。冬籟に抱えられていた璋伶が「姫様!」と叫ぶ。

「私に代わって蘇の王女として後宮で南妃となるのは、その娘にとっても悪い話ではないはず。だって、その娘は以前璋伶に『後宮のお妃になってみたい』と申したそうではありませんか。我らはその願いを叶えてやろうとしたまでのこと」

 白蘭は「何言ってんのよ!」と怒鳴る。

「庶民の娘の『後宮の妃になってみたい』なんて夢物語の決まり文句に過ぎないわ! 雲雀は地に足つけた堅実な子よ!」

 冬籟が静かに確認をとる。

「要するに。朱莉姫は後宮に入りたくない。だから雲雀を身代わりに入内させようとした。その理解でよろしいか?」

「そうよ。その子が私の代わりに南妃になる。そうすればどんな贅沢な暮らしだって思いのまま。夢物語が現実になって嬉しいはずでしょう? なぜ嫌がるの?」

「じゃあ、なんであんたは雲雀を身代わりにしてまで入内を拒むのよ!」

 冬籟が「おい、王女を『あんた』呼ばわりはよせ」とたしなめ、次に突き付けた刃の先で璋伶の首筋をつんつんと突いた。

「役者、あんたはこの話にどう関係するんだ? 王女の出奔をなぜ止めない?」

「璋伶を放して! 私は璋伶と一緒になりたいの。その代わりその娘は南妃になる。街娘から後宮の妃になれるのにどうしてお前たちは邪魔をするの?」

 ──駆け落ちするつもりだったのか!

 白蘭の頭に血が上る。なんだ、この女、ただの恋愛バカじゃないか。白蘭はつかつかと歩み寄るとパンっと姫の頬を張った。

「な、何するのよ!」

「あんたこそ! 自分の恋愛のために雲雀をかどわかそうとするなんて!」

「私には好きな男がいるわ。その娘は別にそうじゃないでしょ!」

「これから雲雀にだってそういう人ができるかもしれないじゃない。それにあんたは王女なんだから蘇の民のために担っている役割があるはずよ!」

「……」

「私、恋愛バカの女ってだーい嫌いっ! 自分のすべきことを放り出して他人を踏みにじって自分の好き勝手に振る舞って! そんなバカで無能な女、最っ低っ!」

「白蘭」と静かな男の声がした。冬籟が痛ましげな顔で白蘭を見つめていた。

「あんたが嫌うような女は俺だって嫌いだ。しかし彼女はあんたの母親じゃない。少し冷静になれ」

「だって!」

「あんたは確かに他人のために自分の役割を果たそうとする責任感の強い人間だと思う。それはあんたの美質で俺も褒めてやりたい」

「……」

「だが、あんたはその反面、他人にも自分と同じであるように求める。以前、あんたが琥の沙月姫について語っていたときに俺が言ったことを覚えているか?」

 この文脈で思い出すのは……。

「琥商人が姫の入内を望んでいると話したとき、冬籟様は私に『人を政治の駒のように扱うのは感心しない』とおっしゃいました」

「そうだ。人間は盤上の駒じゃない。自由な意志も感情もある。朱莉姫だってそうだ。父親より年上の先帝に嫁がされそうになり、今も恋人でもない今上帝の後宮に入内させられかけている。ただ父王の野望を満たすために。女は子を産む道具じゃない。朱莉姫が気の毒だろう」

「沙月姫ならそんな泣き言は言いません。皇太后様だって華都の王宮でどんなに蔑ろにされてもご自分の役割を全うされました。琥の女は強いんです!」

「だが、皇太后様はあんたに自由に幸せに生きていいのだとおっしゃった。俺もあんたは少し肩の力を抜いて生きた方がいいと思う」

「……」

 彼の声も視線もとても真摯で、白蘭は返す言葉が見つからない。

 冬籟が璋伶の首から刃を外した。

「まず雲雀を自宅に帰す。それから近くの衛士の詰所で俺が部屋を借りるから、そこで事情を聞かせてもらおう」

 冬籟は、今度は白蘭を「商人」と呼んだ。

「商人、俺たちの利害を思い出せ。俺たちは先の西妃の護符の行方を追っているんだろう? それに、蘇王に董王朝を牛耳らせまいとも思っていたはずだ」

「……」

「朱莉姫が入内を拒むのは、俺たちには歓迎すべき事態なのかもしれないぞ。ともあれ話を聞こう」

 白蘭は「そうでしたね」と頭を下げた。

「すみません。この姫のせいで雲雀が危ない目にあわされたと思うと腹が立ってしかたなくて……。忘れてました」

 冬籟がふっと笑みをこぼした。白蘭が彼の顔を見つめると、細めた目が優しい光をたたえている。

「あんたには利害だけの冷徹な商人になりきれないところがある。そういうところ、俺は嫌いじゃない」

 白蘭は「べ、別に貴方に好かれたくなんかありません」と早口で言い返したものの、彼のこの温かい瞳をもっと見ていたい気がした。 
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