澪尽くしー白い羽が舞う夜にー

天咲琴乃 あまさき ことの

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第4章 妹を守る想いと揺らぐ姉の心

姉妹愛

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夜が終わらない。
時計の針は二時を指したまま、微動だにしない。
民宿の外は、風すら止んでいた。
まるで、この村だけが世界から切り離されてしまったように。

「怜央くん……どこに行ったの……」
莉央がかすれた声でつぶやく。
その横顔を見つめながら、私は唇を噛んだ。
泣いている妹の頬を撫でる指先が震える。
この子を守りたい。
だけど――心の奥で、別の痛みが蠢く。
怜央が消えたと聞いた時、胸の奥に一瞬、安堵のような影が走ったのを私は知っている。

「お姉ちゃん……私、怖い」
「大丈夫。私がいる」
そう言いながらも、声が震えていた。
怖いのは幽霊でも、恩返しの呪いでもない。
“自分の心”だった。

囲炉裏の火が、ふいに揺れた。
外から誰かの足音がする。
思わず立ち上がり、襖を開ける。
そこに立っていたのは――怜央だった。

「怜央っ……!」

駆け寄ると、冷たい夜気と一緒に彼の匂いが胸に広がる。
無事だったという安堵に、身体が勝手に震えた。
怜央は静かに笑って、私の頬に触れた。
「ごめん。遅くなった。少し、見たんだ……例の祠を」
「祠?」
「白い羽が、山の奥まで続いてた。導かれるように……それで――」

彼の瞳が揺れる。
そこに、言葉にならない恐怖と、何かを隠している影が見えた。
怜央は何かを見た。けれど、それを言えない。
その沈黙が、逆に胸をざわつかせる。

「怜央、怖かった?」
「怖いのは……澪がいなくなることだよ」

一瞬、息が止まった。
心臓の音が、自分の声よりも大きく聞こえる。
冗談めかした笑い方なのに、瞳はまっすぐだった。
そのまま、怜央の手が私の頬から髪へとすべる。
――抱きしめられる寸前、私は後ろへ一歩下がった。

「……ごめん。莉央が、見てる」

怜央は一瞬、表情を固め、そして笑った。
「そうだな。……俺、たぶん嫉妬してる」
「嫉妬?」
「お前の中で、まだ“誰か”を探してる目をしてる。……父さんか、母さんか、真央か……誰でもいい、けど俺の知らない誰かを見てる顔だ」

図星だった。
言葉が出ない。
胸の奥に、絡まった糸のような感情が溢れる。
恋と、恐怖と、罪悪感。
その全部が、白い羽のように絡み合って、離れなくなっていく。

――コン。

障子の外から、また鈴の音が響いた。
音は一度、二度……そして止む。
怜央と目を合わせた瞬間、羽がひとひら、床に落ちた。
濡れている。
血ではない。――涙のように、透明だった。

「……澪。恩返しって、何だと思う?」
「助けてもらったことを返すこと、でしょ」
「違うさ。恩を返すってことは、相手に“愛を返す”ってことだ。
 でも返し方を間違えると、愛は呪いになる」

その言葉が、不思議と胸に刺さる。
まるで、怜央がもうこの世の人じゃないみたいに。
私は彼の腕を掴んだ。
「怜央、どこにも行かないで」
「行かないよ。……でももし俺が消えたら、莉央を守れ」

――鈴が、また鳴った。
その音に、怜央の姿がかき消える。
白い羽が残り香のように舞う。
手の中に残った温もりだけが、彼が“確かにここにいた”証拠だった。

私は唇を噛んで、涙をこらえた。
守る。――この村が何を奪おうとしても。
たとえ、愛そのものが呪いだったとしても。
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