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第1章 時震発生

6.2023年5月、北海道

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 関首相代行は、北海道庁に確保した臨時政府のスペースの応接室で急遽決めた閣僚と共に待機している。

 閣僚は、沖山誠司(前北海大学教授)、佐川幸子財務大臣(前北海道財務局長)、村木総務大臣(前北海道知事)、上津圭太国交大臣(元北海道3区国会議員)、村井司経産大臣(元国会議員で元経産大臣)に前川亮一防衛大臣(自衛隊陸将、北部方面総監退役)などである。沖縄から知事が来るのだが、なかなか難しい相手ということで、ほぼ臨時政府閣僚の総勢で迎えることになったのだ。

「関首相。同行された沖山さんもですが、もう時差ボケは治りましたか?」
 57歳、やせ型白髪混じりで、いかにも有能そうな女性の佐川財務大臣が聞くのに、関は笑みを浮かべて答える。

「いや、まだ4日目ですから、昼夜引っくり返った13時間の時差ボケはなかなか解消されませんね。アメリカでも結構辛かったのですが。それに、私も仕事柄国内だけだったでしょう。今後は、海外にあちこち行くとなると、ちょっとつらいですな」

「私の場合は、外務省時代は結構アメリカにも行っていましたから、慣れていたと思ったのですがやはり結構辛いですね。まあ、これは最近では海外に行くことは少なかったからもありますが」
 40歳と若い沖山が続いて笑って答えるのに、佐川がさらに言う。

「でも、アメリカのマスコミは相当日本の状況に対して同情的でしたが、うまくプレゼンをされたようですね。それもあって、スポークスマンとしても沖山さんは随分評判がよかったですよね」

「ええ、十分準備をして乗り込みましたからね。アメリカは世論の国ですから、マスコミにどういう印象を与えるかで随分国としての対応が変わってきますから。なにしろ、今の日本というのは半ば発展途上国ですので、どこかの国の大きな支援なしには成り立っていきませんからね」

「そうなんですよね。今から来る沖縄の知事さんがそのあたりをどう考えているのか……」
 佐川大臣が言いかけたところにノックの音がして、待機していた首相秘書官が問者を導き入れる。

 女性職員に案内された、やや高めの身長で細面の沖縄県知事、長峰芳人が秘書官を連れて入って来る。立ち上がって迎える。知事は関首相代行の正面に立ち、声をかけ手を差し出す。
「長峰です。お久しぶりです。ここでまたお会いするとは!」

 関は握手に応じて言う。
「ようこそ、今はご存知のように首相代行を務めています」

 部屋にいる臨時政府の大臣が一緒に立ち上がって、それぞれに自己紹介してソファに座った。
「今日は自衛隊の輸送機で来られたと聞いていますが、乗り心地はいかがでしたか?」

 お茶を準備する間に関が話しかけるのに、長峰が応じる。
「ええ、やはり旅客機のようなわけにはいきませんが、2時間程度のことですから。まあ、航路は列島上空を縦断するコースを飛んで頂きましたので、地上の景色を見て本当に日本列島が転移したことを実感しました」

「そうですね。私も転移後数時間後に自衛隊機からの映像を見て、慄然としましたよ。ご存知のように本土は、応仁の乱が終わって、それこそ戦国時代のとば口の時代ですからね」

 それに対してこのように関が応じ、出されたコーヒーを飲んだ後に、長峰が姿勢を改めて切り出す。
「実は今日私は、関さんに独立を捨てる、しかもアメリカに対して、ということで抗議しようと思っていたのです」

「ほお?私もはっきり言ってそういう決断はしたくはなかったのですが、ここにいる人たちと悩んで、話し合っての結論だったのです。何しろ我々は日本国の大部分の国の富を失ったのですから。さらには、はっきり言って、安全保障の面では、周辺の諸国は信用ならない国ばかりですからね」

「そうです。私もいろいろ調べた結果、とりわけ財政面を考えれば、アメリカの属国になるしかないと思うようになりました。だけど、その財政面を公開すれば、どの国も日本を占領しようなどと思いませんよ。それほどひどい」

 長峰の言葉に、佐川財務大臣が応じる。
「そうですね。おっしゃる通りです。北海道もひどいですが、沖縄もそれに劣らずひどいですから。北海道へのさまざまな国の補助金は22兆円、沖縄は7兆円ですよね。それらは結局、東京を中心とする生産力のある豊かな地方からの所得移転で成り立っていたのです。
 まだ、これらの補助金は振り込まれていませんから、私どもも沖縄県もたちまち困りますよね。それこそ、臨時政府も含めて公務員の給料も払えません。さらに我々の臨時政府が日本政府の資産を受け継いでいると認められても、ご存知のように1千兆を超える借金ですからね」

 佐川女史の言葉を聞きながら関は思う。
『流石に、知事になるだけのことはあって、長峰は馬鹿ではないな。今までの基地の問題への発言を聞く限り、現実が見えていないのかと思ったが。すこし試してみるか』

「ええ、長峰知事。わが国がアメリカの保護国ということになると、沖縄の基地については、アメリカの世界戦略上、さらに我が国の安全保障上残すしかないと思いますが」

「うーん。確かに本土消失によって状況は全く変わりました。実のところ、沖縄を中国領にしたいと思っている県民などは居ないといっていいのです。私も、アメリカ軍が沖縄に基地を置きたがるという地勢的な条件は承知しています。そして、日本政府がそれを追認してきた状況もよく解ります。

 であれば、もっと沖縄が得るものがあってもいいのでは、ということだったのです。現時点において、沖縄の米軍基地移転はないでしょうし、求めるつもりはありません。そして、辺野古の飛行場建設も本土の富が消えた以上、不可能になったと言って良いと思います。
 ただ、私は本音ではさっき言ったように、沖縄と北海道の財政状況を公表すれば、中国、韓国、それから北朝鮮とロシアを含めて日本への侵略の可能性はないと思いますよ」

 長峰の言葉に前川防衛大臣が反論する。
「いえ、それは甘いと思いますよ。たしかに、沖縄と北海道には手を出さないと思いますが、本土は別です。あの広さに1千万人ですから、まだ開発に余地はたっぷりありますし、日本は鉱物資源が元々豊富で、現時点ではほぼ全く手がついていない上に、位置がはっきり分かっているのです。

 住んでいる人々の人権などを考慮しなければ、相当に利益の出る土地であって、侵略のやり甲斐があると判断するように思いますね。私は、このようなことがあるとすれば、中国より韓国の方が危ないとみています。C感染騒ぎの中で、ほぼ韓国のアメリカ離れの流れが決まりましたよね。

 だから、アメリカの抑えも武力で抑えない限り効きません。それに、反日はすでに宗教になっていますから、今あの国で、『日本占領!』と言ったら沸き立ちますよ。残念ながら、現時点でアメリカ軍の助けなしに、彼らが本土占領を試みたら、全に守り切る自信はありません。
 それに、韓国がそういう動きを見せたら、北朝鮮、ロシア、中国が同調しかねないですから、なおさら危険というしかないですね。前よりさらに強く日米安全保障条約は堅持する必要があります」

「うーん。そうだね。韓国は確かに危ないですね、私もさっき言ったように、今や基地に反対できないという点は理解しています。それにしても、アメリカが結構重荷であろう保護国の申し出を受諾したのは、中国への反発があったからではないでしょうか?」
 長峰が前川の話を受けて沖山に聞く。

「ええ、我々もそこを刺激するように申し入れましたから。ただ、先ほど佐川さんが言った点、巨額の国庫からの補助を彼らが認識してからは、かなり引いていますよ。たしかに、アメリカ国債が110兆円程度あるといっても、今までの補助とおなじことを続けていたら、4年も持ちませんからね。今日の主題はそこになります」

 この沖山の話を受けて、関が組んでいた腕を解いて、長峰を見据えておもむろに話し始める。
「長峰知事、普通に考えれば北海道もそうですが、沖縄も日本国政府からのすべての補助金はなくなります。ですから、収入の7割以上をそれに頼っている北海道と沖縄の自治体の財政は完全に破綻します。多分、あと2ヶ月も持たないでしょうね」

 その言葉に長峰は顔色を変えて、「そ、そこを何とかならないでしょうか」とソファから身を乗り出して言うのに、関は佐川女史の顔をみて応じる。

「だから、そこを何とかしようということですが、相当に強引なことをせざるを得ません。そこのところを佐川大臣に説明してもらいます」

「はい。日本政府の予算とその財源ですが、これは信用の上に成り立っています。つまり、例えば日本政府の国債である1100兆円は言ってみれば、只の数字です。また、今年度予算であった110兆円も同様に只の数字で実態はありません。
 もっとも国債に対しては、日本政府はアメリカ国債や様々な債権を450兆円ほど持っていましたし、その子会社たる日本銀行が500兆円近くの国債を所有していました。

 これらも只の数字で、人々はそう言うことを納得しているから成り立っています。ですから、実際に日本政府は平気で自治体への交付金や様々な補助金を支出していました。そして、各自治体は振り込まれた数字を使って、給料を払い、事業を実施していました。要はほぼすべては、日本政府の信用の上に成り立っていたのです。

 ところが、我々は日本政府の本体から切り離されてしまいました。ただ、日本政府の財務資料は全て北海道財務局にもありますよ。だから、この場合にはその資料をもとに、私の管理する臨時政府の財務省が日本政府の資産を継承することにするしかないでしょう。

 ただ、北海道と沖縄は税と支出の割合があまりにもいびつです。だから、さっき言った信用は日本政府のように継続的には保てないでしょう。さらに、国債や地方債の問題がありますが、これは、所有していた銀行や組織の大部分の本体が消えてしまったこと、さらに非常時ということで、強引に北海道、沖縄に本体が残っている場合を除いて帳消しの状態にするしかないと思っています。 

 あとは、アメリカ政府については、日本政府所有のアメリカ国債の範囲では、年ごとの政府の運営費用や開発資金等を支出してもらえる約束になっています。ただ、年次ごとについては我々の案に基づいてということになります。しかし、いずれにせよ年あたりの金額は大きくはないでしょう。多分精々が10兆円です。 
 だから、我々は生活を切り下げなくてはなりません、臨時政府からの北海道、沖縄への補助は大幅に減らす必要があります。そして、収入を増やして、収支のバランスをとる必要があります」

 佐川が話を切ると関が続ける。
「佐川大臣の言う通りです。臨時政府が日本政府の財務を受け継いでいると宣言するしかありません。そして、そのようにして政府として支出をしないと、北海道と沖縄の自治体が破綻します。一方で、日本政府の財務の内、国債を含めての利害関係者は殆どが日本人やその機関ですから、破綻といった事態は避けようとしますので、強く異議を唱えることはないでしょう。

 しかし、それが一方的に負債が積み重なっていく状態で、将来も改善の見通しがないということになると、その条件というが臨時政府の信用は数年しか保たないでしょう。だから、収支バランスが劇的に改善するという、現実的なシナリオを早急に組み立てる必要があります。

 そして、我々の資産は、北海道と沖縄の680万人ほどの日本人、殆ど開発が進んでいない日本本土、さらにそこに住む多分1千万人位の我々からすれば過去の日本人です。また、我々21世紀の日本人については客観的に分析すれば、多分当面は10~20%生活費を切りつめる必要あります。
 
 さらに、現在の世界が21世紀である以上、本土に住む人々も出来るだけ早く現在社会で伍していけるように我々が手助けしていく必要があります。これをどうするか計画は立てつつはありますが、沖縄にもその計画策定に加わって欲しいと思っています」

 長峰はおとなしく聞いてはいたが、だんだん表情が厳しくなっていく。関の話が終わって暫くの沈黙の後に腕を組んだ状態で口を開いた。
「なるほど………。私も何かとお会いした時には、関さんに反発してきましたが、臨時政府もない袖は振れないですよね。保護国になったと言え、アメリカもそれほど甘い相手ではありませんからね。自らの道は自ら開くと、そういう覚悟と実施が必要だ、ということですね。

 とはいえ、沖縄は人口密度が637人/haと非常に高くて北海道の10倍で、碌な資源もありません。可能性は、温暖な気候と美しい海を生かした観光位のものです。実際のところ本土である九州に人々に移住してもらって、農業と鉱業の開発などをして、生活してもらうしかないかと思っています」

「その通りですよ!九州の人口は、多分まだ100万人程度だと思います。当面九州の農業開発で沖縄の食料自給率を100%以上にして、さらに金・石炭などの採掘を始めましょう。それと、日本は残念ながら本土にあった膨大な工業インフラを失いましたが、自分で消費する程度のものは、自給できるまでに工業基盤を復旧しようとしているところ です。

 その場合人材が問題ですが、これについては、リタイアした人を含めるとノウハウを持った人々は沢山いますし、現在アメリカを始めとして、海外に取り残された日本人は基本的に質の高い人がたくさんいます。
需要については、本土の1千万人の日本人は、まともな家を含めて何も持っていない状態なので、必要な工業製品の量は莫大です。

 また、この場合の資本については、先行きの利益が十分見込めますので、先ほど佐川大臣が言われた臨時政府の信用によるものでもよいし、アメリカも支出することに躊躇いはないと思いますよ。
 問題は、今の本土はほぼすべての地域で戦国領主が支配していることです。しかしここは、現在の天皇家の威光をもとに、中央政府を設立して、戦国大名と領主の権限を取り上げようと思って準備しているところです」

 痩せぎすしわくちゃの、年配で引退から復帰した村井司経産大臣が、元気のよい声で長峰に向かって言う。
「ええ、村井大臣の言われる通りで、すでに京都の後土御門天皇陛下と、主だった公卿の皆さんとは協議しています。天皇陛下を中心とした政府を京都に設立することで合意しました」

「ええ!天皇に接触するとは言っていましたが、もうそこまで。ただ、今の時代だと足利幕府の扱いはどうするのですか?また今は細川とか山名とか有力大名がいるでしょう?」

「皇居と公卿達の保護のために、300人の自衛隊を京都に配置しています。将軍の足利義材には話はしたのですが、あまりピンと来ていませんね。細川と山名は京を焼いた張本人なので、今は無視しています。
 公卿の皆さんは大喜びで、天皇陛下も陛下を象徴とする政府を作るということを認めてくれています。その権威で、細川・山名は押さえつけるつもりですし、地方も開発の邪魔をさせないようにします」
 唖然とする長峰に対して、関が続けて楽しそうに本土での政府樹立を説明する。

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