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第2章 過去の文明への干渉開始

38.2023年10月、塩竃ベース

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 千代がここ塩竃ベースに来てから4ヶ月を過ぎたが、ベースの人口はますます増えている。千代の部屋にもモヨとヨシの他に、沙月という12歳の子が増えた。彼女は先住の3人のように百姓の子ではなく、ベースから10里ほどのところの国人領主の下級の家来の子であった。

 それで、侍の子という誇りを持って育てられたこともあって、読み書き計算は一通りできて、しぐさ言葉使いも違ったものであった。彼女は、父が戦で死に、寡婦になった母も病弱で間もなく後を追うように亡くなったことで、親戚もなく孤児になってしまった。

 一応そのような場合には、家来の子で孤児になった子を養うシステムがあって、彼女はその山県というその国人領主の中級の家来の家に養子として引き取られた。しかし、その新しい父は強権的な人物で、彼女を子供として扱うつもりはなく、完全に使用人として扱かったのでその待遇はひどいものであった。

 なにより、そこの15歳の長男がなにかと彼女にちょっかいをかけてきて、貞操の危機を感じるようになってきた。とは言え、その長男には彼女を嫁に迎えようなどの気はなく、下女に手を付ける程度の意識であることは、その高圧的な態度で見え見えであった。

 そこに、この塩竃ベースの話を聞いていたので、その家の奥方に話をして出て来たわけだ。その奥方は、そのような旦那と馬鹿息子の割にまともな人物で、両者に対してうんざりしていた。また、沙月の境遇には大いに同情していたので、彼女の言い分を聞いて出ていくことに納得してくれ、ベース迄老年の小物をつけてくれた。

 沙月はベースの部屋、与えられる衣服他の物、食事、さらに勉強が中心の生活には大いに満足した。しかし、同室の子たちには非常にも驚かされた。それは、彼女ら3人が百姓の子たちであることから、当然無知で字の読み書きなどはできないだろうし、振る舞いも粗野なものだろうと思っていたのだ。

 確かに、言葉についてはややぶっきらぼうであり、態度振る舞いも洗練されたものとは言えないが、少なくとも文字の読み書き、計算、それから理科とか社会とかの知識に関しては既に彼女は大きく水をあけられていた。それは無理のないところもあって、文字にしても数字やそれを使っての計算にしても、習う内容はこの時代の元人のものとは大きく違っており、ベースが無い方がむしろとっつきやすいのだ。

 特に千代は、21世紀の日本の小学校過程の勉強はすでに終えようとするところで、特に算数において才能を発揮している。その為にその才能を見込んだ指導層が、12歳になった彼女にはパソコンを与えて、塩竃ベースに建設された靴工場の在庫管理を担当させていた。

 また、15歳のモヨは同じ工場のラインで働いているが、これは自動で組み立てた靴の接着剤のバリ取りであって、単純ではあるが製品化のためには必要な仕事である。彼女は熱心な勉強のかいあり、読み書きは大体問題がなくなり、四則演算も問題なくできるようになった。
 彼女は勉強についてそれほど覚えと判断は良くないが、ヨシを引っ張ってベースに来たことで分かるように決断力と行動力があり、部屋の中では姉御分として頼りにされている。

 11歳のヨシも割に優秀であり、千代より1ヵ月早くベースにきたこともあって、千代にそれほど劣らない成績を残してはいるが、千代のように人に教えるほどのことはない。しかし、3人はいずれも向上心があって、怠けることなく熱心に仕事もして、勉強もしている。

 なおヨシはベース内の様々な野菜を育てている農場を手伝っているが、これらの野菜畑は今後近傍で野菜を栽培するための、苗を育てるためのものである。これは、今後本土においては、稲作は大規模化し、野菜や酪農についても極力大規模化しかつ、収益を上がる作物を作ることを目指しているためだ。

 一般に、コメ、麦などの穀物については手間が余りかからない。しかし、面積当たりの収量は少ないうえに、海外産が低価格であるために単価が低いので、大規模化しないと農家の収入は限られる。一方でイモや野菜類は面積当たりの収量は大きく単価も悪くないが手間がかかるのだ。
 そして、海外との貿易収支のバランスを取りたい日本政府は、短期的はやむを得ないが、長期的には出来るだけ食料の自給率を100%に近くしようと考えている。

 話が逸れたが、このように千代のルームメイトの皆は厳しい環境で生きて来たために、懸命に働き学ぶことが自分のためになることを理解しているのだ。また彼等はベースでの数カ月で、ベースのみならず日本の社会が不公平さはあっても、結局は能力があって努力をすれば報われる社会であると判断している。

 ちなみに、日本政府の元人に対する処遇としては、10歳までは基本的に働かせないで教育に専念させ、10歳上15歳までは勉強が主ではあるが、一日2~3時間は仕事として軽作業をさせ、15歳を超えるとフルタイムも可としている。
 また、年少者は教育の過程で注意深く評価されており、上位1%レベルの優秀者は大学までは必須、10%レベルは高校が必須で、出来れば大学まで進学させることになっている。千代は現状のところ1%レベル、ヨシは10%レベルと位置づけられている。

 さらに、元人は少なくとも読み書きと四則演算ができるまでは、年齢が何歳であろうと勉強することが義務となっているが、50歳上は拒否も可としている。もっともこの時代は寿命が短く、50歳以上は21世紀の70歳以上の割合である。

 その意味で、沙月が千代たちのように、すでに能力が認められつつあるもの達の部屋に割り当てられて、いささか武士の娘という誇りが傷ついたことは無理がないとも言えよう。しかし、おかげで彼女のやる気に火が付き、誰よりも熱心に勉強を始めたことは、彼女の将来にとっては大きな糧になった。

「ねえ、皆。伊達の殿様が今度大崎の建設基地を攻めるというので、沢山の兵隊さんたちを集めているのだって。 だけどその建設基地ってなんなの?それに何で攻めてくるのかな」
 揃って風呂から上がって部屋に帰ったところで沙月が皆に向かって聞く。

「うん、建設というのは、今ここの山側に道路と鉄道が作られているのよ。その建設のための基地ということで、働いている人たちの宿舎や機械をおいているのよ。それにそこにもこのベースのようにマーケットがあるわ」
 それに対して千代が答える。彼女は事務所で働いているので、どうしても情報は他の者より入りやすい。

「うーんと、道路と、鉄道?道路はわかるけど鉄道は?」
 沙月が聞くが、彼女は割り切っていて判らないことは聞くという原則を貫いている。

「うん。北海道と沖縄が日本に残された21世紀の領地というのは知っているでしょう?」
「ええ、それは聞いたわ」
 沙月は部屋に貼っている日本の地図を見ながら答える。それに対して千代が続けて説明する。

「それで、遅れた地方を開発するために、そこの列島を北から南に縦断する陸上交通路を作ろうということよ。道路は自動車が通る道で、鉄道は2本の鉄のレールの上をいくつも車を繋いで走る道よ。ついでに言うと、21世紀の人たちは北海道から沖縄とか、外国に行くときは飛行機を使うらしいわ。
 飛行機だと、北海道から沖縄まで4時間くらいで行けるんだって。今は北海道や沖縄からこの辺迄何かを運ぶ場合、または人が移動する場合は、船で海岸まで来てそこから自動車を使っているよ」

「じゃあ、何で伊達の殿様がそれを攻めるの?道路が出来て、鉄道が出来て便利になって、開発が進んでみんなが豊かになればいい事なんじゃないの?」
 それに対して、モヨが応じた。

「うちが職長をしている山吉さんから聞いた話だと、要は自分の領地を奪われるのではないかと恐れているのだってさ。そして、それは正しいらしいよ。日本はいずれ天皇様を除いて、大名やら領主様たちを無くすつもりらしいよ。
 大名やら領主様たちは、領土争いの戦ばかりして、おかげで人がたくさん死んで、その上にそのために沢山お金がかかるから、百姓から年貢を沢山取り上げるんだ。そんな大名や領主はいない方がいいよ。あんな奴らは皆死んでしまえばいいんだ!」

 温厚な彼女に似合わず激しく言うのに、皆黙ってしまった。たぶん過去になにかつらいことがあったのだろう。
「だけど、いくら伊達の殿様たちが兵を集めたって無駄だってさ。北海道や沖縄には凄い武器が沢山あって、何万人兵隊を集めたって負けるはずはないって言っていた」
 尚も言うモヨに続いて千代が言う。

「うちも、北海道なんかには凄い武器があって、いくら大名が兵隊を集めたって滅ぼすのは簡単だって聞いたよ。だけど、そんな勝てるに決まっている相手を殺しちゃうと、よその国から文句を言われるんだってさ。だから、相手を殺さないように戦うのが難しいらしいわ。
 だいたい、兵隊は領主様の家来を除いて殆どは私達のような百姓だから、可哀そうだよ」

「だけど、何万人でしょう?大丈夫かな。この塩竃ベースは?」
 沙月が心配そうに言うのに千代が慰める。

「それは絶対大丈夫だよ。一番大事なのはここの人を守ることだから、仕方がなければまず大将をやっつけて、次にその家来たちをやって、それでも逃げずに攻めてきて、皆が危なくなったらその相手もやっつけると言っていた。それに、危ないのは判っているので、援軍が来るらしいわ」

     ―*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 彼女らはまだ塩竃ベースで戦場になるそうな場所から離れているので余裕はあったが、しかし、大崎の建設基地では、元人で働いているものは緊張に満ちていた。基地内の建設事務所の、元人のまとめ役の元国人領主である城崎源吾が所長の村崎に向かって心配そうに言う。

「なあ、村崎さんや。今回の話は、伊達尚宗公が総大将で、阿部勝親など10以上の国人領主が味方している。稲刈りも終わって、兵も集めやすいので、総勢2万になると言われておって、大層なことになっているが、大丈夫なのかのう」
 その言葉に、基地の警備班長である杵島直人3尉が平静な声で応じる。

「ああ、源吾さんが心配するのはよく解るが、大丈夫さ。確かに、伊達尚宗が家来とか配下の国人領主で言われて、ここに攻め込むことを決意したことは事実だよ。しかし、それが判った時点で北海道には援軍の要請は出しているからね。既に応援部隊の編成は終わっており、時期が判れば1日でここに到着する。
 それにほら、彼等の動きは終始掴んでいる」

 杵島は、タブレットを城崎に見せる。そこには、200騎ほどの騎馬と、槍を持った2千ほどの隊列に荷駄がうねうねと動いている。
「まだ、途中で農民兵を吸収し、合力する領主の兵を吸収しでここまで4日はかかる。その兵数は調べたところでは源吾さんの言う通り2万というところだな。だけど、彼等が来る半日前には援軍は届くよ」

 それから、緩んでいた顔を引き締めて、決然と言う。
「これまで、伊達家、最上家、上杉家などには散々警告してきた。攻めてきたら大将から叩くとね。まず、戦闘車によって軍勢をズタズタにする。それで解らないようだったら、伊達尚宗の本陣を砲撃して、さらに国人領主を順次狙撃していく。伊達尚宗は39歳にして戦死するわけだ」

 55歳の城崎源吾とて、国人領主として、多くの戦場に参加して、命のやり取りもこなしてきている。
しかし、火薬も鉄砲も知られていないこの時代、警備隊の持つ小銃はすでに理解の外にあり、見せられた映像の自衛隊の重火器は戦に使っていい物とは思えなかった。実際のところ彼がこなしてきた戦いにおいて、戦死者はさほど多くなく、100人同士の戦いで数人という所だった。

 それが、自衛隊の持つ重火器であれば、密集したところに命中すれば10人ほども一度に死ぬだろう。しかもそれらの恐ろしさは、射程が極めて長い事にある。しかも、彼等の兵器には空を舞えるものもある。だからこそ、彼等の言うように大将から先に殺戮していくということが可能になるわけだ。

 城崎は、親しくしていた何人かの旧知には『絶対に日本への戦いに加わるな、真っ先に死ぬぞ』と伝えていた。そして、3人の伝えたうちの1人は彼の言うことを聞かなかったが、2人は伊達の軍に参加していない。『良き時期に年を取ったものよ。もっと若ければ否が応でも日本との戦に巻き込まれただろう』真実彼はそう思っていた。

 ちなみに、彼は1万石足らずの領を塩竃ベースに託して、彼の子供たちは元の領で準備されている酪農ファームの建設に参加している。長男の寛治は家督を継げないことに不満そうではあったが、日本とその歴史を学ぶにつれて父の選択が正しいと言うようになった。

 自衛隊の宮城派遣戦闘団が北海道から到着した。兵員輸送トラック20台、戦闘ジープ5台、バイク20台、戦闘ヘリ5機、10式戦車3両、16式機動戦闘車3台でドライバーを除いた戦闘員は450人である。
 戦闘団長の狭山1佐が建設事務所で、ドローンからの映像を見て声を上げる。

「2万の兵というのは凄いな。なかなか見られん光景ではあるが、ちょっとみすぼらしいなあ」
 それは、事務所の50インチの画面で見ていた21世紀人の皆が思ったことであるが、騎馬850騎、兵約2万の内1万5千以上は農民兵であり、みすぼらしい服に簡単な鎧めいたものをつけている。まだ、その隊列は3kmほど先の平らな盆地に差し掛かって、細い縦列になっていたものが、広がって幅広い隊列になったところだ。

「さて、決戦場にやって来たようだからお相手はするかな」
 狭山1佐は言って、事務所からでて外に待機している連中に声をかける。

「では、宮城派遣戦闘団の諸君、敵が平原に出て来た。そろそろ迎え打とう」

「「「「「「「は!」」」」」」」
 その声で一斉に返事をして、隊員たちはそれぞれの車両に駆け寄る。

 それぞれ3両の戦車と戦闘車が先頭にゆっくりゆっくり進み、そのあとにジープ、トラック、バイクが続く。彼我は1㎞ほどの間をあけて止まったが、総大将の伊達尚宗はその相手の異様な姿に戸惑っていた。

「殿、あれは戦車というものです。あの長大な棒みたいなものが砲というものでしょう」
 小姓の峰が『自衛隊の兵器』という本のカラー写真を指して言う。

「うーん、そっくりじゃ。しかし戦車を出してくるとは!」
 尚宗は心底から国人共の口車に乗ったことを後悔した。

 そして、何ほどの時間も経たずに、その鉄の塊のその棒のような砲から白煙が撒きあがり、火矢を発するとともに車体が僅かに後退する。そして、頭上をシャーアという音を立てて何かが通り過ぎ、すぐに後ろでドガーンという炸裂音が響くが、その一瞬後にはドーンという6発の発射音が重なった音響が響く。

 兵達の大半は後ろの爆発を茫然と見ており、残り少数は正面のそれを成した鉄の塊を見ていた。そこに、ブオーン、ゴウ、ゴウ、ゴウという大音響を立てて、戦車と同じ色の鉄の塊が飛んでくる。3機の戦闘ヘリだが、それは地上10mほどの低空を高速で2万の軍の上空を駆け抜ける。

 それらの轟音に驚いた馬が暴れ始め、すでに騎馬軍団は隊列を保てずにズタズタになって、大半の騎士が振り落とされる。3機の戦闘ヘリが、何度も何度も軍団の上を高速で飛びまわるので、馬はすでに逃げてしまい兵たちは地上に蹲るか、必死に逃げ出している。

 そこに、戦車と高機動車の計6台が前進を始める。軍団から100mまでは時速70㎞の10式戦車の全速で進み、それからは時速20kmで進む。それを見て腰を抜かした少数を除いて、動けるものは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 伊達尚宗は、流石に主君を置いて逃げなかったが、馬を失った馬廻りの者達に引きずられるように逃げていった。その乗馬は流石に名馬であり逃げてはいたが帰ってきたので、彼はそれに乗って自分の城に帰ることができた。

「なんだかな。まあ、そんなものかなあ」
 それを指揮車のジープに乗って見ていた狭山1佐が呟いた。
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