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第2章 過去の文明への干渉開始

40.1492年10月、アメリカ共和国の建設

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 イク・キミオ・ジャクソンは、恋人の夏目佐奈と新橋駅で待ち合わせていた。いつものように、改札を抜けるとふっくらした彼女の優しい顔と、その割にすらりとした肢体が目に入る。
「やあ、佐奈、だいぶ涼しくなってきたね。どう、卒論は順調?」

「ええ、夜はもう寒くなったわね。卒論はね、ちょっと試験結果が思わしくなくて、佐治先生と調整中よ」
 2人肩を並べ、自然に人込みを縫って歩き始める。やがて、彼らが入った店は、もう3年来彼らが学生どうしの時から行きつけで、おしゃれな和食主体の店である。

「へい、いらっしゃい」
 いつものように50年配の店主が迎えると、サツマイモを煮て短冊に切った突き出しがでてくる。近頃は春に急きょ植えられた、サツマイモやジャガイモが大量に収穫されて出回っているが、その代わりにパンや麺類が高騰している。

 また、コメもいつもの2倍程度の値段になっているが、なんといっても最も値段があがっているのは、砂糖と食用油である。だから、サツマイモはその甘み故に好まれてはいるが、ジャガイモと共に主食を座を占めつつあって、聊か飽きられつつある。ただ、もうすぐ作付け面積を1.7倍程度まで増やしたコメの収穫に入るので、それまでの辛抱だと農水省の懸命のアピールである。

 だから、この店のみならず多くの店では、てんぷらはすでにメニューから姿を消している。一方で、砂糖を使った甘みは一つの文化になっているので消える訳もないが、人工甘味料を使ったものが盛りである。しかし、ケーキ屋とかお菓子で砂糖を使ったものは、『天然砂糖使用』とでかでか書いてあるが、値段は人工甘味料使用の3倍以上である。もっとも、ケーキは小麦を使っているのでいずれにせよ高い。
 
 甘いもの好きの佐奈に言わせると、人工甘味料を使った甘みも味つけが急速に進歩しており、最近のものは殆ど砂糖の味と区別がつかないらしい。
 人工甘味料はノンカロリーの物が多いので、「砂糖が出回るようになってもダイエットに効果があったということで、砂糖に帰らない人も多いかも」と佐奈は笑っていた。ちなみに、砂糖や食用油が時震以前の供給量に戻るのはまだ1年半程度かかるらしい。

「キミオさん。どうなの、会社のほうは?」
 キミオは佐奈と同じ新橋に近いS大学を昨年卒業して、JTI(Japanese Technology Introduction)カンパニー、という日本の技術をアメリカに紹介して仲介料を取るという会社に勤めている。

 社長はキミオのアメリカ人の父の同国人の友人であり、大変に業績が伸びていることもあって、その縁で入社したのだ。ちなみに、キミオの両親は妹と共にアメリカに行っていて、時の彼方に消えてしまった。だから、会社は当然ながら仲介の相手が消えてしまって、苦境に立たされているわけであるが、社長のジョナサン・ヘンドリックは意気軒高である。

『世界でも最も豊かなアメリカの大地はそこにあるのだよ。それを、我々アメリカ国籍の米軍の将兵とそれ以外の合計10万ほどの者、それにネイティブの者達にそこを所有して利用する権利があると、今や世界の突出した強者である日本が認めたのだ。
 多分、建国されようとしているアメリカ共和国は、北アメリカ大陸の唯一の国になる。そのアメリカ共和国が、世界一富裕な国になることはすでに約束されているのだ。そして、その富裕なアメリカを建設するためには、必要な機材を供給できる唯一の国である日本から、機材と人を送り出す必要がある。そして、その役割を担うのはまさにわが社なのだ』

「そう言うんだよね、社長が。ホラみたいだけど、考えたら合っているよね。それに社長はアメリカ大統領のケビン・コスミナーと友人なんだって。それもあって、大使館を通して実際にオファーが来ている」
 キミオが佐奈に言うと、彼女はすこし考えて言う。

「そうね。確かにアメリカの大地は豊かだわ。だけど、それは人々が適切かつ効率的に開発したからよね。私も中西部の穀物生産と運河網のことを習ったけど、あの大穀倉地帯も運河網という流通経路があってのことです。確かにインディアンというかネイティブへの、迫害という言葉では済まないほどの負の部分はあるけど、世界一豊かになったのはやはり移り住んだ人たちが優秀だったからよ。
 だけど、不安な点はその開発に携わる21世紀の文明を理解している人数よね。ええと軍人とその家族は基本的に帰るでしょう。ただ、この前調べたら、軍関以外のアメリカ国籍の人が5万8千人だよね。日本人の配偶者もいるけど、果たして何人が帰るのかしら?」

「うん、大使館で調べている。今のところ2万人弱だな。米軍兵士は全員と言っていいけど、その家族は少し減って合計が4万5千人くらい。ということで、アメリカ国籍で6万5千人というところだ。ちょっと少ないんだよね。だから、日本人を大いにリクルートしようという話になっている。
 結局、日本人は1億2千万弱なんだよね。そして、現世界の世界人口はそれ以外で、推定5億人程度だ。その比率たるや21世紀の世界人口70億に対して中国の14億より大きい。そして、日本人は21世紀人としてのベースを持っているから、即戦力に使える」

「ううーん。意外に乗ってくるかもね。今は不景気だからね。多分この不景気はあと3~5年は続くとみられているわ。うわ、日本人だらけのアメリカというのもね。ところで、開発の方向としては19世紀のような方向で問題ないでしょう。ただ、ネイティブの人々をどう扱うのか、もう一応の方向は出ているようだけど?」

「ああ現在160万の人々を対象に、彼らの近隣に農場と小工業の開発地を建設しようとしている。そして、そこで食料は自給させて、中にマーケットを作ってその商品の魅力で引き寄せようとしている。ネイティブは開発地の労働力としても考えているけど、今のように大部分の時間を食料確保に充てている状況は改められるから、出てくる余剰労働力を商業、鉱業、工業に充てようということだな」

「ふーん。なるほど、確かに21世紀の商品を見せられたら抵抗はできないでしょうね。それが確実かもね。ところで、当分はアメリカ政府としてはその開発基地もそうだけど、都市建設、農業開発、道路、空港建設、電源開発などのインフラと赤字だらけでしょう。その資金はどうするの?」

「うん、当面ある程度は軍の持っていた土地を売り払うことで、150億ドル位は確保するけど、基本は借金だな。聞いているだろう?世界開発銀行(WDB: World Development Bank)の設立だ。あれは日本とアメリカ共和国が共同で設立することになる」

「ええ!だって、日本政府なんか、1千百兆円をこえる国債を発行しているのよ。つまり、借金ね。なんか半分日銀が持っているし、債権があるから問題ないと言う人もいるけど、何か怪しい。それにアメリアなんか日本が1兆ドル兆ドルの国債を持っているよ。借金まみれじゃない」

「だけど、アメリカをしかるべく開発できれば、そんな借金など問題にならない富を生み出すことは解るだろう?それだけの土地を含めた資源があるんだから」
「ええ、それはそうね。だけど、今現在はないわ。借金まみれよ」

「うん。だけど将来富を生みだすと例えば銀行が思えば、お金を貸すだろう?」
「うーん、それはそうね。それが銀行の役割りだから」

「そして、一方で日本というか日本政府だ。彼らは確かに大きな額の国債を発行しているので、それは借りているわけだ。だけど、もう何十年も誰も返せとは言わないね。でも、去年、C型感染症騒ぎの時だけど、200兆円の経済対策を打つと政府が言った時、ほとんど誰も文句を言わなかったよ。借金まみれの政府がそんなとんでもない金を出すなんておかしいだろう?」

「うーん、そうだね。だけど私はおかしいとは思ったよ。でも必要であると思ったな」
「じゃあ、日本が中心になって、WDBを作ることは必要じゃないかな?」

「うーん、必要でしょうね。そうでないと人々は今のどうしようもない貧しさのままだわ。そして放っておくと、民族の迫害やら虐殺やら起きるでしょうね。たぶん、世界に散っていく日本に居た人々がそれを起こすような気がする。彼らは知識の面で圧倒的な強者だもの」

「だったら、日本政府が例えば100兆円の基金を積み上げて、アメリカも10兆円を出して、合計110兆円のWDBの 基金にするよ。それは言ってみれば帳簿上のことで、それだけのお札があるわけでない。
 だけど、WDBはその基金から1兆円をアメリカ共和国政府の口座に振り込む手続をすると、その口座にその数値が記帳されて、その範囲で実際に物を買ったりすることができるんだ」

 などという話で、なかなかお互いに酔えなかったりするが、キミオは、誰も自分たちに注目していなことを確認してから、真面目な顔で佐奈の手をとって正面から見る。そして言った。
「佐奈。俺はたぶん今月中にアメリカに渡る。お前は4年生でまだ学生だから、今来てくれとは言わないが、卒業したらアメリカに来て欲しい。そして俺の妻として一緒に暮らしてほしい」

 そして、一拍置いて言った。
「佐奈、俺と結婚してくれ」
 そのとき佐奈の大きな目から涙があふれた。そして、涙のまま笑顔になって頷く、何度も頷いて言う。
「うん、うん、いいよ。ようやく私の魅力に気が付いたか」

 その言葉にキミオは苦笑いして返す。
「うん、そうだな。佐奈と離れなきゃならんと思って気がついたんだ。だけど、今は以前と違って飛行機が使えないから、簡単にはアメリカにも行き来できない。だから、ちょっと迎えには来れないかもしれん。だけど、静止衛星があるから、メールでテキストは送れるので連絡を取り合おう」

 そして、店の中が静まっているのに気づいて周りを見回すと、店主に5人ほどの客が皆彼らのことを温かい目で見ていた。店主がニコニコしてビールを差し出して言う。
「おめでとう。良かったな。まあ、一杯やってくれ」
 2人がコップにビールを受けると、店主が音頭を取る。
「おめでとう。若い2人の良き日に乾杯!」 

「「「「乾杯」」」」客も唱和する。
 その後、ほろ酔いになった2人はいつものホテル街に消えていった。

 キミオは空母ドナルド・レーガンの高いデッキから、岸壁で彼を見送っている佐奈に懸命に手を振っていた。彼女も同じよう手を振っている。この距離では解らないが、多分彼女は涙でこちらは見えないと思う。キミオも涙で視界が曇っている。

 彼女は来年の4月20日ごろに出発すると言っていた。この空母は例外的に早くて8日でロスに着くが、通常の船は12日だから彼女がロスに着くのは5月の初めだ。だから大体7ヵ月半は会えないのだ。
 考えたら、3年前に交際を始め、体の関係が出来たのは2年前だが、その後は1ヶ月も会わなかったことはなかった。彼は、お互いの体をむさぼった昨夜の彼女の細い体を思い出すが、離れている間今後もずっと思いだすことになるだろう。

 彼の現地の役割りは、アメリカ新政府の要望をくみ取って、日本へリクエストを出すことだ。政府間のやり取りは規模を1/3程度に縮小した在日大使館が行うが、日本の民間企業と繋ぐのがJTIカンパニーの役割りだ。

 世界のあちこちの国と地域に、日本に居たその国の人々が散って、多かれ少なかれそこを開発して21世紀の世界に近づけようと努力しているが、圧倒的に先行しているのはアメリカである。それは結局在日米軍という組織と纏まった人員を抱えていたことが大きい。

 現時点での積算で、アメリカが買おうとしている資機材のみで今後1年で2兆円に達する。それは、船舶、建設機械、様々なプラント、セメント、燃料油、仮設住宅、など極めて多岐に渡りそれを発注者として管理する必要があるのだ。
 これらの発注は11月の世界開発銀行(WDB)の設立に先立って行う必要があったので、まずは日本政府が保証する形でJTI社が発注者になって、10月の建国以降はアメリカ政府になった。その時点では財政的な裏付けがなかったが、WDBからアメリア政府への融資によって裏付けが出来ることになる。

 ちなみに、決済通貨は日本円になっており、WDBの融資は日本円で行う。アメリカドルについては、今後十分準備に時間をかけて発行することになっている。また日本政府からのWDBへの拠出した100兆円は、国会の議決はあったが、特段の裏付けなしに振り込みが行われている。
 それは、その100兆円分の国債を日銀が引き受け、日銀が拠出したことになった。つまり、政府の国債1120兆円が100兆円増えて、日銀の国債所有高が100兆円増えたということだ。

 ところで日本の国会で、『何で日本がWDBを作って100兆円もの拠出をするのか、そして、それを貸した国が返す保証は何もないのだから、そのような行為は国民に対する裏切りだ。またアメリカに関しては極めて国土広く資源が豊かであるので、いずれわが日本を追い越すだろう。なんでそんなところを援助するのか』という野党の先生がいた。

 それに対して麻木財務大臣が例のだみ声で答えた。
「ええ、我が国がWDBを作ったわけは、人道的にとか、英知を独り占めにしてはならないとかいう言説もあります。しかし、これはそのようなきれいごとでなく、極めて現実的な理由からとった手段であります。
 ご存知のように我が国は今不景気でありますが、この原因は結局需要がないからであります。つまり、内需のみでは我が国の経済は保持できないのです。
 その不景気を解消するために、有効な方法の要は需要を作り出すことです。すでに行っている豪州、米州、アラビア等での資源開発は、そのために国内企業からの多額の購買を行っており、さらに多くの雇用を生んでおりますので、有効な方法です。しかし、相当事業が進んでいるけれど、残念ながら景気は上向いていません。つまりあれだけでは不十分なのです。

 そこで、WDBによる融資です。つまり、各国・地方には日本に居たそこの出身者が大勢帰国しています。彼らの狙いは、その国・地方を21世紀のような形で発展させることです。その為に必要でもあり有効でもあるのは、インフラ投資と産業革命を起こすことです。
 人類の経済の発達は、生産性の向上によってもたらされてきました。今の日本の我々は100年前の王侯貴族に勝る生活をしていますが、これは生産性の向上によるものです。つまり、一例をあげれば、糸と布を機械で織り、鉄を高炉でつくるからこそ、生産性が向上したのです。

 しかし、そのような社会にするには莫大な投資が必要ですし、投資によって必要なものを買う必要があります。そして、現時点で必要なものを調達できるのは我が国からのみなのです。だから、WDBを通じて融資をすれば我が国の経済が上向くのです。
 さらに、こうした国々の経済が上向けば、豊かになった彼らは我が国の洗練された製品を買うでしょう。また、こうして豊かになった国々が借款を返すのは難しいことではないのです。これは歴史が証明しています」

 財務相は一旦言葉を切って、さらに続けた。
「アメリカに融資をして経済発展を促せば、我が国を凌駕する国になる。その通りだと思います。土地と資源に恵まれた優れた人々の国がそうなるのは当然でしょう。しかし、その国は21世紀のアメリカではありません。
 多分、ネイティブと日系人が最も大きい人口を占める国になるでしょう。そんな国だったら、豊かになってもいいのではないでしょうか、どうですか?」
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