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第3章 時震後1年が経過した

52. 1493年4月、アラビア第一油田からの石油積み出し

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 西山亮は、サルワ港に最近供用が開始された空港で妻と子供たちを待っていた。西山がサルワについた時には、この地はただ広がる湾の水辺と海岸近くの灌木にまばらな草地以外なにもなかった。

 しかし、今は空港から見える港には、径50m高さ10mの巨大なタンクが10基とその周辺には石油ポンプなどの機械棟、さらにプレハブ2階建てで長さが30mほどの事務所が20棟以上立ち並んでいる。港には最大50万トンの巨大タンカーが係留できる長大な桟橋が3本完成して、実際に2隻のタンカーが係留されており、1隻が出航しようとしている。

 あれらの石油積み込み設備は、桟橋や港の護岸などの他に、タンクの基礎構造等を担当したスーパー・ゼネコンの栄光建設㈱と共に、西山の勤めるKT化工建設㈱が担当して施工したものだ。それも、5月に着工して年内に積み込み開始というとんでもないスケジュールの施工である。

 アラビア第1油田(ガワール油田)は、ここサルワから内陸100kmの位置にあるが、260mの高みにあって、途中に高地もなく一方的に下っている。だから、油送管を敷設すれば自然流下で港まで輸送可能であり、さらにはまだ採掘されていない油井は自噴する。

 だから、1200㎜の油送管で日量17万kL、年間6千万kLの油を輸送できるのだ。幸い、必要な管材が日本に在庫としてあったために10月にはパイプの敷設は完成して、12月初旬に積み出しに必要な他の施設も最小限は仮完成したのでクリスマスイブの日に、積載量25万トンのタンカーの出航を見送ることができた。

 そのタンカー日令丸は、20日かけて東京港に入港するのだ。この頃日本では、石油製品は厳しい統制下にあって、厳しく使用が制限されているが、それでも、1月末時点でほぼ日本中の燃料油は枯渇する予定になっている。だから、クリスマスイブのタンカー出航は日本でも大きく報じられた。

 ちなみに、日本から直線で8千㎞のアラビアは、日本の静止衛星を通じてインターネットで繋がっている。ただ、容量は限られているので、通信は一般の人々からは制限されている。なので、開発事業の関係者の家族などはその勤務している会社または組織を通して通信を行っている。

 だから、西山も日本の妻と子供たちとインターネットを通じて連絡は取りあっているが、容量の制限から動画は到底使えず、添付の写真も容量を落としたものを2から3枚が限度である。この通信の改善のために政府は通信衛星の打ち上げを計画しているが、現状の見込みでは豪州、米州、アラビア、欧州をカバーする衛星網を2年後に構築する予定である。

 石油については、その後サルワから月に350~400万トンの原油が、日本各地の石油精製工場に向けて積み出されている。一方で、その間にも油井の増設、径1200㎜のNo.2油送管の増設が進められており、1493年4月末には積出し能力は月800万トンに達する。

 時震によって、航行中の多くのタンカーが失われたために、現在既存の造船所では全力を挙げてタンカーの建造を行っている。時震後の年間の日本での石油必要量が1億2千万トンとして、タンカーが年間15回は運べるので、必要なタンカーの船腹量は800万トンである。

 日本船籍ではないものも含め、時震によって失われた船を除いた活用可能なタンカーは300万トンである。つまり、年間4千5百万トンまでのアラビアの石油は運べることになるが、1億2千万トンを運ぶためには500万トンのタンカーを建造する必要があるということになる。

 日本の船舶の建造能力は1500万トン/年であるので、能力的には500万トンのタンカー建造は可能であり、溶接ロボットの活用等3交代24時間操業体制の構築によって、5月には必要な船腹量は確保できる見込みである。
 サルワ港と、アラビア第1油田の油井地区にはそれぞれ、7500人、5500人が居住して、建設と油井の輸送設備の操業に当たっている。しかし、これらの人々は基本的に職に就いている者のみであり、政府の定住促進策の優遇措置の下で家族を含めた最終的に定住を希望している。

 だから、妻帯者は順次家族がやって来るので、大体2.5倍の人口になる予定になっている。ただ、乾燥地帯で居住性が良いとは言えないアラビア半島において、定住することに関してはためらう者も多かった。だから、日本政府の定住の優遇策は、気候のよい豪州や、米州に比べ職の保証、家を与え、エアコンの費用は補助するなど、より優位にあった。

 さらには、5年後には、殆どペナルティ無しに、去ることも可能であるという点もあって、85%以上のものが定住することに同意している。その意味では、西山もその一員であるということだ。西山の妻は中学校の教諭であり、子供は高校1年の長女と、中学2年の長男の2人である。

 妻の涼子は、教師という多忙な職業で夫は留守がちであったが、幸い実家が近いために子育て中は専業主婦の実母に大いに世話になった。何度か、長期の仕事で海外にも行っていた夫が、地震の後の緊急業務のために、アラビア第1油田開発の責任のある仕事で行くということで少し驚いたが、仕事の意義はよく解った。

 それは、日本のために絶対必要な仕事で、予定通り仕事をこなさないと、日本の社会活動が止まってしまう。だから、子供たちも父親の仕事を大いに誇りに思っている。ただ、今回の仕事は以前の海外の仕事と違って、空路が無いので、簡単に行き来が出来ない。

 とはいえ1年後には空港も出来るということなので、その後は以前の海外の仕事と変わらないことになる。だから、その仕事が終わったらまた国内の仕事もしながら、以前と同じように暮らしていくものと思っていた。しかし、時震後の日本と日本人の在り方という面で、政府の意向として日本人が海外に出ていき定住するのが普通になるように導くということをマスコミが報じるようになってきた。

 15世紀末の地球において、日本は圧倒的な人口大国である。そして、この時代の人々と比べ一人当たりで莫大な資源を消費しないとその文明を保てず、その資源の大部分を海外から調達する必要がある。しかし、それらの資源は現在においては必要とされていなかったので、新規に農場または採掘場として開発する必要がある。

 その開発の大部分を、日本人は自らの手ですでに始めているわけであるが、開発の後には農場または採掘場の操業を行う必要があり、加えてその農場や採掘場の利権を守る必要がある。そのためには、日本人がその操業を担い、農場や採掘場にはそこに住み着くことで利権を主張する必要がある。

 日本政府は、それらの農場・資源地帯を将来に渡って植民地として保有する考えはなく、それなりの体裁を整えた地方は、先住民と居住している日本人と共同で国として独立させるつもりである。ただ、圧倒的に優れた教育を受けた人材による最大の人口大国というアドバンテージを生かして、その独立に際して、また国家樹立以降も主導権を握るということだ。

 その点では豪州、アラビア、南アフリカに関してはすでに方針は確定しており、アメリカ共和国についても人口で最大の割合を占めることで、それを実現しようとしているところだ。

 そのような議論の中で、西山涼子にも政府の委託を受けた会社から接触があった。
「私どもは、政府の海外開発室から委託を受けまして、現在アラビア第1油田の開発に携わっている留守宅の皆さんを訪問させて頂いています。ご存知のように、海外の開発関係を管轄している海外開発室は内閣直轄の組織で、各省から派遣された人員で構成されています。
 訪問の主旨は、ご主人の任地のアラビアに、ご家族でお住みになって頂きたいということです。ご承知のように石油は我が国の産業のみならず生活に絶対的に必要な資源です。アラビア第1油田、これはガワール油田と呼ばれていましたが、文字通り世界最大の油田です。

 まだ、開発されたばかりの現在の最新の資源量は、180億kLと推定されており、我が国の需要に100年は対応できるものです。ここは、我が国の文明を維持するためには是非とも押さえる必要があります。ですから、現在その地に働いておられる方とそのご家族には、是非とも根を下ろして居住して頂きたいということです」

「ええ、政府がその意向というのはマスコミの報道で知っております。ただ、私は教職に就いていまして……、それと主人もプラント建設の仕事で、一旦仕事が終わったら、もう仕事が無いと思うのです。それに、何と言っても、あの地の暑さはねえ……」
 涼子が困った顔で応じる。

「その点ですが、まずご主人の職の件ですね。いずれにせよ、政府が職については責任を持ちますが、ご主人については、今の会社で十分活躍されることになります。これは、今アラビア第1油田から油が送られてきていますが、あくまで仮の設備が多く到底完成したとは言えない状況です。
 さらには、まだ設備は増設を続けて行かなくてはなりません。その際に、今のように無理を重ねた特急工事はなくなりますので、石油設備と建設のみで10年は必要です。加えて、現地には石油化学プラントを建設されますか、そっちの担当もお願いすることになるはずです。

 また奥さんご本人のことですが、中学の教職の職におられるということですね。私どもが今動いていますが、その結果、今後も増えるアラビア第1油田関係の仕事をされる方々のうちで、高い割合の方が家族を帯同することになります。
 そうすると、現地に日本の教育システムが持ち込まれることになりますから、当然中学の教員も必要になります。政府としては、今現地で働いておられる方々の配偶者が、教員等の現地で必要なスキルを持った方というのは理想的なのです。

 また、港のサルワはまだ大きな街ではありませんし、確かに現地は降水量も低く油井のある地区の夏は大変暑くなります。ただ、現地で宿舎はご用意しますし、それは無論エアコン完備で、エアコンの電気量は無償です。また宿舎については、10年お住みになれば、無償で提供します。
 これは、気候が比較的穏やかな豪州や南アにはない特典ですよ。さらに、お子さんの教育についてもご懸念があるかと思いますが、現地には高等学校はもちろん、大学は中東地区からも学生を集める形で国際大学を建設します。それに、サルワを主都として、アラビア共和国を建国する予定になっておりますので、10年後のサルワの人口を最低10万人と踏んでおります」

 結局このような口説き文句で、涼子はサルワに居住することを了承したのだ。夫の亮は、正直嬉しかった。今までは、妻が教職でかつ妻の実家に世話になってようやく子育てをしてきたのだが、留守がちの亭主としては、家での存在感は薄く、借家である家にいてもあまり居心地は良くなかった。

 そもそもが、家にいる期間は年間の3割以下であとは現場のある地に住んでいる状態である。しかし、妻とも子供たちとも、きちんと向かい合ってきたし、ちゃんと愛情で繋がっているとは思っている。
 正直に言って、このアラビア第1油田の仕事はハードだった。通常だったら、3年がかりでも怪しい仕事を1年以下でやろうというもので、日本の事情を考えれば、『できませんせした』とは絶対に言えない仕事だ。

 幸い現地はほぼ剥き出しの大地で、危険な動植物と言えば毒蛇がまれにいる位で、先住民もいるにはいるがごく僅かで敵対的ではない。だから、問題はほとんど全てが、工期とテクニカルなことであったが、それを解決するために全身全霊を振る絞る必要があった。

 碌な現地調査も出来ないままで、21世紀の衛星写真を頼りに国内で基本設計を作って現地に乗り込んだが、500年後の世界の地形はもちろん大きく違っており、大幅な変更が必要となった。
 そして、仕事は設計作業に並行して建設を行うという無茶ぶりで、毎日問題が出てくる。しかも、建設工事は2交代の24時間作業であり、西山はその総監督としては全てに責任があるわけで、寝る暇のないことも数多くあった。

 出てくる問題を潰し、繕い、あやして、仮設で取り繕いながら、漸く油をサマワ港に受入れて、大容量ポンプでタンカーに積み込み、クリスマスイブに迎えた日本への積みだしだった。『嬉しかったなあ』西山は今もそう思う。その夜は、本当に久しぶりに仲間と痛飲して、正体を無くして眠り込んだものだ。

 その長く、つらい仕事の中で、妻涼子と交わすメールでのやり取りが大きな助けになったし、子供2人からの近況報告もまた大いに慰めになった。残念ながら、仕事はまだ山を越えたとは言えないが、今後家族と一緒に住めると思えば、心理的には大いに違うだろう。

 ちなみに、サルワ空港であるが、ターミナルビルのボーディンブリッジはまだ完成していないものの、滑走路、エプロン管制塔などは完成していて、2月に仮開港され、すでに延べ48機の旅客機と貨物機が到来している。今日の到着便は、初めての現地で働いている者達の家族が到着する便であり、西川の家族の3人を始め350人が乗っている。

 だから、西川の周りの待っている者達は顔見知りの者が大部分で、皆久しぶりに家族に会えるということでにこにこ顔だ。その受け入れる家族と住む宿舎であるが、基本的には出来たばかりのプレキャスト製の2LDK~5LDKの1戸建てだが、子供2人の西川の家は3LDKである。

 西川とは、自宅に泊まったことがあるので、妻と面識のある部下の加瀬その妻の早智子、それに先住民のメケとペラリの兄妹が一緒だ。メケとペラリは、21世紀ではベドウィンと呼ばれる先住民の子供で、年齢は推定で兄のメケが14歳、妹のペラリが11歳である。

 彼らは、油井地区とサルワ港を結ぶ道路で、メケが怪我からひどい化膿をして意識を失ったところを、助けを求めたペラリに西川と加瀬が気が付いて助けたものだ。現在では、アラビア第1油田のプロジェクトにも80人ほどのアラブ人と先住民が加わっている。

 メケとペラリを助けた時点では、すでに加わっていた者もいて、最初の内はアラビア語をしゃべる彼らの通訳でかろうじて意思疎通ができた。しかし、その後は加瀬早智子が、彼らを引き取る形で日本語を教え、今では彼ら2人はやや片言であるほぼ問題なく意思疎通ができている。

 だから、2人は先住民に関して、日本人との意思疎通の手助けをすることで仕事を手伝って多少給料をもらっている。早智子は、5年の小学校教師の経験があったために、その経験を生かして、先住民の子供のみでなく大人も含めた日本語と算数に理科等の教育を行っている。

 ただ、半日は夫の会社の経理・総務仕事を手伝い、残りの半日が先生役だ。メケとペラリにとっては、生きるのが辛かった乾いた原野での生活に比べれば、今の生活はごく幸せだ。優しい母さん(早智子)がいて、料理を作って美味しいものを食べさせてくれ、綺麗な服を着せてくれ、テレビという凄く面白いものを見せてくれる。

 仕事と言って、言葉を説明したりなどと、いろんなことを頼まれるけど、これは全然辛くない。少し辛いのは、言葉や字を覚えたり、算数とかいろんなものを覚えないといけないことだ。だけど、出来なくても殴られたり、蹴られることもないから頑張ろうという気になる。

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