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第1章 日本の変革

1.7 超高性能バッテリーとモーターの開発

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 その晩の事件の発端である洋子の誘拐は、彼女が高校の図書館で勉強した後、2㎞ほど離れた家に自転車で帰る途中で行われた。薄暗い中で周りに人家がない路地を自転車で走る彼女の前に、車が回り込んできて急ブレーキで止まる。文句を言う暇もなく車に引きずり込まれたらしい。

 自転車は、そばの草むらに放り出されたが受験の参考書一式が詰まったかばんは死守したそうだ。それから、2時間ほどよくわからない部屋に連れ込まれての時間が非常に苦痛だったらしい。男3人は、大体はたぶん中国語でしゃべっていたが、洋子にはなまりのある日本語でしゃべりかけてきたらしい。

 その中で、誠司のやっているプロジェクトのことを聞いてきたそうだが、これについては知らないと言い通したそうだ。さらに、PCのマドンナのことを知っていて、色がエビ色と言うのを確認していたそうなので、相当な情報が伝わっていたようだ。

 結局、彼らとの話の聞き取りから分かったのは、彼らは、誠司の研究の内容は知らないが、非常に重要なものであると判断しており、その内容がマドンナに詰まっていると思っていたことだ。さらには洋子と誠司を船に乗せて国外に連れ出すつもりであったということである。

 洋子に言わせると、3人とも不快な男で、特に携帯でしゃべっていた男は洋子の体を触っていやらしいことを話しかけるような男で、運転をしていた不気味な男にたしなめられていたとのことである。ちなみに、銃で胸を撃たれた男は心臓に大きな穴が空いた結果、斎藤たちがついた時点ではもう死んでいたそうだ。

 また、誠司が最初に蹴り上げた男は首の骨が折れていて、ほとんど瀕死状態であったそうで、斎藤の指示で放置した結果すぐ死んだので、銃で撃たれた男と一緒に表に出せない死体の処分場に運ばれたそうだ。
 誠司はそれを聞いて結構なショックを受けたが、斎藤にあっさり言われた。

「この男は、入国記録もありませんし、日本にはいなかったことになっていますから、警察がかかわることはありませんよ。それに、ああいう奴はいつか人知れず殺されて消えていくのですよ。間違いなく我が国には害にしかならない奴ですからね。牧村さんが気にすることはないですよ」

 そう言われ、『洋子にいやらしいことしかけたらしいし、まあ気にするとはないな』と、割り切ってしまった。そういう意味では、オタク気味な彼は割り切りも早いのだ。
 手首を複雑骨折した男と、ボートで逃げた男2人は捕まったが、斎藤が何でもない様に論評している。

「どうせ、あいつらはチンピラで大したことは知らないですよ。でも出入国違反ではありますし、ボートと車は中国系のそこそこの会社のもので、ボートが目指していた本船もその会社が持ち主です。
この会社は徹底気に調査しますから、解散までいくでしょうね。でも、中国政府が関わったという証拠は出ないでしょう」

 この件はそれで片付いたが、どこから情報が漏れたかと言う問題と、今後の牧村兄妹のセキュリティの問題がある。前者については、劉という留学生の名前が捕まえられた男から出てきて、斎藤のチームがその夜聞き出した劉のアパートを急襲して連れ出し、地元の警察の場を借りて尋問している。

 その結果、彼は学食で「四菱の工場で行われているプロジェクト」という言葉を聞いて、それをしゃべった学生をつけまわしたらしい。そして、ある程度の情報を集めて、彼が集めた情報を伝えるようにと言われている相手にネットでその情報を送った結果が、あの活劇になったようだ。

 その情報を劉に聞かれたものは、広田教授の研究室の院生2人らしく、その本人たちは無論、全員に外ではプロジェクト関連の話はしゃべらないように厳重に注意があった。留学生の劉は、翌日日本から出国している。
 なお、斎藤たちのチームは、内閣調査室の指示で結成したもので、まだプロジェクトのことは外国には知られていないだろうということで、ようやく人選が終わり、数日前に配置についたばかりらしい。

 この点では某国の動きが早かったということになるが、日本政府の平和ボケは責められてしかるべきである。洋子のガードは無論警備計画の中で計画されており、あと1日あればこの誘拐は起こらなかったと斎藤が言っていた。
 牧村兄妹は、四菱重工の構内の社宅に入ることになり、洋子は通学距離が5㎞ほど遠くなったこともあり、警備上の問題もあって、斎藤のチームによる車での送り迎えになった。なお、放り出された自転車は、無事に見つかり社宅に置かれているが、警備上乗って外に出ることもできない。

 他のメンバーも、家族構成も調べられて、対象者はみな、緊急通信器――これは本人がボタンを押せば場所と共にアラームがコントロールセンターに知らせるもの―を持たせられるようになった。

 四菱重工の会議室で新型バッテリーの開発会議が開かれている。日本の将来のために極めて重要な開発である。出席者は、西山大学からは、マドンナの持ち主の牧村誠司、重田准教授、産業工学科の広田教授、電気工学科の湯川良治教授、機械工学科の三井さつき教授である。

 また、経産省から深山涼子と本庁から柴山課長、四菱重工からは本社技術担当副社長の山口満と西山工場長船山勝ほかのスタッフである。彼らの多くは、核融合発電機開発プロジェクト(現在FRGDP;Fusion Reactor Generation Development Projectと呼ばれている)のメンバーになっている。

 FRGDPのメンバーは、すでにセキュリティ上で安全と認められた者たちなので、歴史に刻まれるかもかもしれないこの会議を傍聴する機会を逃したくなかったのである。

 司会は重田准教授である。
「さて、お集まりの皆さん、一部の方は遠路おいで頂き、またお忙しいなかをご出席いただきましてありがとうございます。今日は超効率バッテリーの開発状況が主要テーマであります。これは、かねてより、現在基本設計がほぼ終わった核融合反応による発電装置のいわば技術的に延長線上にあるとされていました。

 これについては、原子構造を改変することによるバッテリーであり、従来のものと原理が異なります。このバッテリーに関する技術的な検討が終わった結果、基本設計も終わりましたので、その予想スペック、今後の予定を含めてご報告したいと思っています。

 さらには、このモーターを我々はSuper Atomicバッテリーと呼んでいますので、SAバッテリーと呼ばしていただきますが、これが実用化されると、当然殆どすべての内燃機関はモーター駆動になることになると考えています。
 モーターについては、今後極めて多量に大容量のものが生産され使用されることになりますが、現在のものは大幅に生産・運転高率の面で効率が上げたものが開発されましたのでご報告します。
 では、まずSAバッテリーの理論的な背景を皆さんご存知の牧村君から説明してもらいます」

「はい、牧村です。よろしくお願い致します。
 では、まず、これは原子構造の成り立ちから説明する必要があり………」
 と誠司のプロジェクターを使った説明が三十分ほど続いたが、ほとんどの人がぽかんとしている。
 
 ほぼ説明が終わりかけたところで深山が手を挙げて遮った。
「あの、ちょっとよろしいですか?」

「はい?深山さん。ああ、いいですよ」
 誠司が戸惑いながらも頷く。

「あの、今までの牧村さんの説明は国際物理学会であれば、たぶんスタンディングオベーション受けるに値するものだったと思いますが、ちょっとかみ砕いた方がよろしいと思いますよ。
 同じ物理学の徒として、すこし私が要約してよろしいでしょうか?」

「え、ええ」そこで、ようやく誠司も皆が理解していないことに気づいて赤面した。
 彼は、もともと優れた頭脳をもっており、マドンナを得る前にほとんどの物理の世界の知るべき知識は理解していた。そのうえに、この一カ月強、マドンナを使って物理学上の質問を繰り返し、回答を得てさらにその回答の延長を知ることによって、すでに世界の物理学者としても隔絶した段階に達していた。

 ただ、集中しすぎたがために、世間知と言う意味では狭窄状態に陥っており、彼の頭の中の知識のベースを前提にしゃべるものだから、なかなか人が彼のいうことを理解できないという状態であった。それを、その鋭い頭脳で理解していわば通訳してくれていたのが深山であった。
 まあ、誠司の場合は、もともとオタク気味だったのをこじらした状態ということであるが、深山や重田から言われていて気がついてはいる点が多少ましではあるが。

「ああ、深山さん。じゃ、お願いします」
 誠司は言い、場所を譲る。

 ではということで、今度は前に立って深山が誠司の用意したスライドを使って縷々説明する。
「考え方は以上説明したようなもので、現時点では世の中に知られていない全く新しい知見と言うことですね。
 要は、まずこのSAバッテリーは、従来のように金属の中にいわば化学的反応によって状態を変化させて電力を蓄えるものではなく、原子に働きかけてその状態を変えていわば電子の缶詰を作るものです。

 単位重量当たりでは数百倍の充電が可能ですが、一方で電力を流して込んで蓄えるという形にはなりません。
 いわばこの充電の操作は電力を蓄える媒体に対して、核融合で用いる電磁銃で場を形成して、ほぼ核融合に使われる励起装置に似た装置、これを私たちは原子充電励起装置(ACED:Atom Charging Excitation Device) と呼んでいますが、これで原子の変換を起こします。

 システムとしては、反応部に送られてきた電池に電磁銃を照射して反応の場を形成し、ACEDで励起しますと、原子の配列が変わって大量の電気が取り出せるようになります。今考えている電池のサイズですと十秒くらいの処理時間と考えています。
 なお、電池についての具体的なことは電気工学科の湯川教授に説明をお願いします」

 大変わかりやすい説明に期せずして拍手が沸き起こるが、誠司はしょげてしまったので、深山は慌てる。
「あ、あの、この理論を細かいところまで確立したのは牧村さんと重田さんなので、その点は誤解なきようにお願いします」
 彼女の言葉に、聴衆も理解して誠司にも拍手を浴びせる。

 ついで、司会の重田から次の説明者の紹介がある。
「ありがとうございます。牧村君の完璧な説明に深山さんの素晴らしい解説で、大変意義深い説明だったと思います。実際、この発表を物理学会で行えば世界的な大反響があるでしょうが、当分はお預けです。
 では、次に電気工学科の湯川教授に電池製造と電池そのものについての説明をお願いします」

 頭のうすい、五十年配の湯川教授が壇上に立って、同じくプロジェクターを使って説明を始める。
「湯川です。牧村君の理論確立に沿って、まず電池の媒体として何がいいかという所から始めました。
 この場合、金属であることが必須条件で、さらには良導体であることが望ましいわけですが、さらにコストを考える必要があります。その条件で最高の良導体である銀は消えます。安いと言えば鉄ですが、伝導率が銀より一けた低いのと、磁力が生じると問題になるのでこれも消え、結局アルミニウムになりました。

 現状ではアルミは鉄に比べトン当たり5倍以上ですが、核融合発電が始まれば劇的に値段は下がります。また、軽いというのもメリットになります。
 さて、我々はいま標準として、百、2百、5百、千㎾時の電池を考えています。大体電気自動車の消費電力量は少々荒く使っても5㎞/㎾時程度ですから、百㎾時の電池で5百㎞走れることになります。
 それで、いま模型として作った電池を紹介します。安田君、その模型を持ってきて」

 教授の机の前に、柔道三段の安田が4つの立方体をもって教授の前の机に置く。すこし重そうだが一番大きいもので二十五㎝角程度、小さいものは十五㎝角程度である。
 教授が一番大きいものを、持ち上げて見せる。

「これらは、ほぼ実際の製品と同じ大きさでかつ同じ重量になっています。これは私にとってはちょっと重い7㎏ですが、柔道三段の安田君には軽いものだと思います」
 これらの模型を運ぶときまた、教授が持ち上げたとき、皆がどよめく。

 今現在千㎾時の容量の電池などというと、とんでもないサイズになる。それが、二十五㎝角程度の立方体である。 さらに教授は一番大きいモデルを下して、百㎾時の電池を持ち上げて見せる。
「これはわずか2㎏ですからパソコンと一緒ですね」

 さらに模型を置いて続ける。
「電池そのものは、このようなものを標準として考えています。それの製造については、アルミ会社で形を作って、電池会社で電極等を設置して電池として形にします。これは、製造方法を我々が指導すれはそれぞれの会社で問題なくやってくれます。

 問題は充電ですが、これは先ほどの説明があった通りです。
 最初は作られられたままの状態の電池、あるいは放電しきった電池を本体金属とプラスチック等絶縁体の以外のものは一切取り除いた状態で、ベルトコンベアで電磁銃が設置されている反応室にこれを送り、十秒ほど電磁銃ON、励起装置ONとします。

 処理が終わったら、再度電極等を取り付けて充電済み電池として消費者に届けるわけです。ですから、今のガソリンスタンドが電池交換所になるのでしょうね。また、充電と言うか充電処理工場はそれなりの密度で全国に作る必要がありますね」

 説明を聞いて余りの革新の度合いに、やや呆然としている出席者を見渡して湯川教授はさらに続ける。
「さて、実用化スケジュールですが、現在、電磁銃とACEDは現在製造中でたぶんあと1月程度でできます。それで、実際使用できる電池が出来るのは2カ月以内なのですが、その後使用実験を行う必要があります。従って、世に出て販売されるのは安全を見て十カ月後ですね」

 教授のこの言葉に対して「ええ、そんな後なの?」という言葉がでるが、教授はなお言う。
「この電池は媒体にアルミを使っているため、当面は少しコストが割高になります。アルミ工場に核融合発電機:FRG(Fusion Reaction Generator)を設置すれば、アルミは劇的に安くなりますから電池のコストも大幅に下げられます。もっとも今でも従来の電池に比べればべらぼうに安いですが」

 司会の重田が終わらせる。
「はい、湯川教授、ありがとうございました。では、次に新型モーターについて機械工学科の三井教授にお願いします」
 三井教授は小柄でぽっちゃりした工学部には珍しい女性の教授である。近年は電気自動車が話題になっている折り、モーターの改善に取り組んでいたが、いき詰まっていたところをマドンナの助けを借りて壁を破ることができたのだ。

 彼女もプロジェクターを使って説明を開始するが、まずモーターの構造図を見せる。
「通常のモーターの構造は、こういう風になっていて、固定子と回転子があり、これらに銅線が巻線としてまかれており、電力を送ることによって磁力で回転力を起こすものです。とりわけ巻き線に銅が大量に使われておりますので材料費も高く、線を巻くという工程が必要なため、自動化はしていてもコストは低いものではありません。

 そこで、私の研究は、この巻き線の行程を合金や冶金のやり方で、一体成型できないかというものです。結論から言うと、このプロジェクトの力を借りて(これはマドンナに何度も質問をしてその回答を得たことを指す)成功しました。
 まさに、ある条件である形状に固定子と回転子を組み合わせ、さらに給電の方法を、インバータを使ってある条件で行うことで回転する一体成型のモーターが完成しました。

 その結果、試算では五十㎾で六十%、百㎾で五十%のコスト削減が出来ます。さらには、この工程を自動化すれば労務費の割合が非常に小さくなりますので、すでに日本では殆ど作られていないモーターの生産を国内で行っても人権費の安い海外に十分対抗出来ます。

 もう一つの大きなメリットは効率の向上です。大体七十五㎾のモーター効率が現状では九十五%程度ですが、このタイプのモーターは九十七~九十八%になりますのでロスが半分と言うことです。
 大した違いはないとお思いかもしれませんが、ロス分は結局熱になりますので、ロスが半分になるというということは装置上は大変なメリットなのです。なお、このモーターを私どもの研究室ではMM(Mold Method)モーターと呼んでいます」
 彼女の発表も驚きと感動の拍手に包まれた。
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