Fatal reunion〜再会から始まる異世界生活

霜月かずひこ

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第一章:自罰的な臆病者

第十話 渚のドラゴン・デッドリーレイディオ

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「…………海だー!」

 入り口を通ると、一気に視界が開けた。
 あたり一面の砂浜に透き通る海面のコラボレーション。
 まさに、これぞ海!と言わんばかりの光景である。
 だがそれは一つの異物を除けばの話だ。
 少し後方に視線をやると、そこには場違いな石のドアが突き刺さっていた。

「……まさか城の一角にあるドアの先がこんなところに繋がってるなんてね」

「ふふっ凄いでしょ。『海が近くになかったから、持ってきちゃえ』ってことで3代目の王様が海のある世界をこのドアに繋げちゃったんだって」

 俺が聞いた話によると最初は王族のプライベートビーチだったらしい。
 しかしある時に飢饉が発生したこときっかけに漁師にも貸し出すようになったんだとか。
 そういった理由からもう一つある出口は街の市場に繋がっているのだ。

「んで肝心の魔物についての情報とかはないの?」

「あるよ。その魔物はドラゴンが骨だけになったかのような見た目をしているみたいなんだ。分類的には骸骨竜に相当するんじゃないかな」

「なるほど。出現時間と場所は?」

「砂浜に現れるみたいなんだけど時間帯は定まってないみたい。基本的に海の中にずっと隠れているからここの漁師さんたちも手を焼いているんだって」

「ワーオ。そいつは厄介だね」

 夜にだけ現れるとか住処が判っているんだったら対策はしやすいのに。
 その情報だけでは作戦が立てづらい。

「まぁ……最悪の場合、そいつが現れるまで待っとけばいいか」

「うん、それで良いと思う。じゃあメロアは漁師さんたちが戦闘に巻き込まれないように注意喚起してくるから……悪いんだけど、二人はここで待っててね」

「それくらいお安い御用だって。俺らで仲良く時間潰しとくからさ」

「……仲良くはないけど、時間を潰すだけなら問題はないわ。でもメロア、なるべく早く戻ってくるのよ? さすがに氷夜と長時間は気が持ちそうにないわ」

「うん、任せて小春。急いで行ってくる!」

 メロアちゃんは漁師さんたちの駐在所へと駆けていく。
 やがてメロアちゃんの姿が見えなくなると、小春は落ちていた流木の上に腰を下ろした。

「……氷夜も楽にしたら?」

「え? ああ」

 言われるがまま俺も砂浜に腰を下ろす。

「ってなんでわざわざそっちに座るのよ? 服が汚れるでしょ? ほら、私の隣に座って良いから」

「…………あざっす」

「…………」

「……………………っ」

 ええっと。
 俺くん、普段どんな感じで話してたっけ?
 まさか隣に座れなんて言われるとは思ってなかったから、何を話していいか分からない。

「…………」

 なんとなく話すきっかけを掴めないでいると、小春が沈黙を破った。

「なんか懐かしいわね。覚えてる? 前にも一緒に海が来たことがあったわよね?」

「あぁ確か……小春のお父さんがアサリを食べたくなったとかで急に塩日狩りに行くことになったんだっけ」

「そうそう。いつもゴールデンウイークはキャンプに行くのが定番だったのに、その時だけは海に行くって言いだしてさ。あんたの家族も巻き込んで近くの海水浴場に行ったのよね」

「小春の父さん砂で埋めたり、砂でお城を作ったりしたっけ」

「やったわね。あの時は楽しかったな」

 いつもなら毛嫌いしそうな話題だというのに、この話題に関してはやけにしおらしい小春。

「珍しいじゃん。小春がそんなこと言うなんて。昔のことは全部黒歴史にしてるのかと思ってたよ」

「そう? 別に私はそこまで冷酷じゃないわよ。今と昔のあんたは別々で考えてるから。楽しかったことまで否定するつもりはないわ」

「でも今でも懐かしいって思うってことはやっぱり?」

「……話聞いてた? 嬉しかったのは昔の話! 今はあんたなんてなんとも思ってないから!」

「そ、そんなぁ。およよ。氷夜くんフラれちゃって悲しいです」

「ふん、これっぽっちもそう思ってない癖によく言うわね。しかもなんでちょっと嬉しそうなのよ」

「いやどこが嬉しそうなのさ?」

 確かに悲しんだのは半分冗談だ。
 でも氷夜くんはフラれて喜ぶようなドMでもない。
 本当だよ?

「まぁ……私があんたのこと好きって勘違いされてるよりかはよっぽどいいか」

 諦めにも似たような愚痴をこぼしてから小春は俺に向き直る。

「それより……おじさまとおばさまは元気?」

「そりゃもちろん仲良くやって……っ!?」

 ますよと言おうとした矢先、唐突に何かがフラッシュバックした。

「お前がちゃんと見てないからだろ!?」

「あなただって○○のことを見てなかったじゃない!?」

 何だこれ。
 知らない。こんなの知らない。
 これは一体、誰の……

「――氷夜?」

「な、何でもない。俺くんも懐かしくなちゃって感傷に浸ってただけ。父さんも母さんも今頃のんびり暮らしてるんじゃないかな」

「そっか。あんたも早く帰れるといいわね」

「あぁ」

 そう、のんびり暮らしているはずだ。
 あいにく母さんは遠くで暮らしているからどうしてるかはわからないけど、
 二人はそれぞれきっと上手くやっているはず。
 でもそうだとしたら今朝見た夢は一体何なんだ?
 あれだけ優しかった二人があんなヒステリックに叫ぶはずが……
 なんて考えこんでいたからだろうか。
 俺は海中から怪物が迫ってきているのに気づかなかった。

「氷夜!」

 小春が叫ぶと同時に海面から骸骨のドラゴンが飛び出してくる。
 ――回避は間に合わない。
 腰の剣を抜いてどうにかなる問題でもない。
 ……あ、このままだと俺は死……

「デア・イグニス」

 ぬと覚悟したその時、突如として現れた火球が骸骨竜を打ち落とした。

「お待たせひよよん」

「メロアちゃん! マジ助かったよ。メロアちゃんは命の恩人だって!」

「あはは……ひよよんてば大げさだなぁ。でも安心するのはまだ早いよ。さっきのはあくまでも牽制だから、ほら」

 メロアちゃんが向けた視線の先には平然と佇む骸骨竜の姿があった。

「……マジかよ」

 メロアちゃんの魔法は確実に直撃していたはずだが、効いてなかったのか。

「繧「繧ッ繧繝悶Ξ繧ケ!」

 骸骨竜は砂浜に並び立つ俺たちに咆哮を浴びせると、闇の魔法を放ってきた。

「くっ」

 見た目こそ派手だが込められた魔力は多くはない。
 距離も十分。
 これなら受け止められる!

「今度は俺が……」

「全く……しょうがないわね」

 まさに一歩踏み出そうとしていた俺の前に小春が割って入った。

「ちょ小春!? 危ないって!」

 闇の波動が迫りくる中、俺の制止をよそに小春はぞっと目を閉じる。

「ライトニングクリエイション……」

 唱えたのは仮初の呪文。
 それは本来なら何の意味も持たないはずのもの。
 だが意味があると強く信じられたことでそれは力を生み出し、光の具現化を可能にする。
 そして現れたのは光の鋭槍。
 小春はようやく目を見開くと骸骨竜に向かって、光の槍を射出する。

「バレッドスピアー!」

 高密度の魔力によって構成された光槍が骸骨竜の一撃を見事に相殺した。


「すげえ」

 あれほど恥ずかしがっていたのに、この土壇場で躊躇なくやってくれるなんて。
 しかも新技だった。
 実戦で通用するレベルの魔法に氷夜くん好みの厨二詠唱。
 まさに氷夜くんの理想の体現である。

 ……とはいえそれは小春を騙していることは事実なわけで
 感動と同時に罪悪感が湧いてきた。
 ……後でこっそり謝ろう。
 たぶん許してはくれないだろうけど。

「ほら、ぼうっとしてないの。後は任せたわよ氷夜!」

「おっとそうだった。わかってますって」

 ここまでお膳立てをされりゃ、鈍感系主人公の俺くんでも察しますよ!

「っっと」

 剣を抜いたまま奴の懐に滑り込むと、隙だらけになったその横腹に剣を振り下ろす。
 しかし、

「躱されたっ!?」

 そう、奴は躱した。
 骸骨竜は器用にバックステップを踏んで俺の攻撃を回避したのだ。
 そして馬鹿みたいに空振りした俺に向けて尻尾を振り回してくる。
 ――もう止まられない!
 ――やるしかない!

「はぁあ!」

 咄嗟に剣を切り返して迫りくる尾の一撃を受け止める。

「ぐっ!」

 腕に伝わる鈍い衝撃。
 人間の数倍の質量を持つ怪物が放つそれは常人に止められる代物ではない。
 俺は骸骨竜の力に負けて大きく後ろへと退いた。

「いてて……派手なことしてくれるねぇ」

「だ、大丈夫!? あんた派手に吹っ飛んでたわよ!?」

「大丈夫だって。あれくらいなら日常茶飯事だから。それより今はあいつに集中しないとさ」

 服についた砂を払いながら、俺は小春に注意を促す。

「そうだったわね。でもどうする? 今度は三人で時間差攻撃を仕掛けてみる?」

「いやたぶん通じないと思う。あの速さじゃまともに魔法が当たるかどうかってところだし、俺くんが無視されて二人の方に距離を詰められたら一大事だからね」

「だったらメロアが二人に身体強化の魔法でサポートするとかは?」

「そっちも厳しいんじゃないかな。あいつめっちゃ堅かったし、魔法で強化されたとしてもダメージを与えられるかどうかって感じ」

「そっかぁ。困ったね」

 現状、これといった有効打がない。
 もちろんメロアちゃんが全力を出せば骸骨竜も楽勝ではある。
 だが小春の腕試しに来ている以上、メロアちゃんが手を出すわけには……

「じゃあ逃げることも、躱すことも出来ないくらい広範囲かつ高威力の魔法を使えばあいつを倒せるのよね?」

「いやいやいや。確かにその通りだけどさ。いくら何でも発想が脳筋すぎませんかね」

「何よ悪い?」

「悪いも何も大規模な魔法を使いこなせるのかが心配だし、そんな魔法をぶっ放したら周辺への被害が……」

「別に良いんじゃないかな?」

「え? メロアちゃん?」

「魔法に関してはメロアがサポートできるもん。せっかくの腕試しに遠慮なんてしてたら意味がないよ」

 小春を庇いつつメロアちゃんは俺を見る。

「それともひよよんはメロアを信用できない?」

 ああ、頼もしすぎて嫌になるね。
 ここまで言われちゃったら俺くんも引き下がるしかない。

「わかったよ。我らが魔法使い様がそうおっしゃるなら何の問題もないって」

「だよね。ひよよんならわかってくれると思ってたよ。小春は気にせず全力を出しちゃっていいよ」

「ありがとメロア。恩に着るわ。氷夜も心配は無用よ。特等席で私の雄姿を見ておきなさい」

「またまた。かっこつけちゃって……ぶほぉっ!」

 しょうがないなぁと後方彼氏面をしようとして、俺は思わず噴き出した。

「おいおい……マジですか?」

 それは異常な光景だった。
 空を覆いつくす程の無数の光の柱。
 10、11、12……って駄目だ。
 とてもじゃないが数えきれない。
 俺にわかるのは今、目の前でとんでもない魔法が行使されようとしているということだけだ。

「さぁ。とっておきを見せてあげるわ!」

 唖然とする俺をよそに小春は空に浮かぶ柱をおもちゃみたいにくるくると回転させると、

「ライトニングクリエイション……」

 一斉にそれらを解き放つ。

「デスパレイド・レイン!」

 小春の号令と同時に無数の光の柱が標的に向かって掃射された。

「繧??縺?▲縺ヲ豁サ縺ャ!」

 本能的に危機を悟ったのか骸骨竜は海に逃げ込もうとする。
 だが間に合わない。
 奴に逃げ場などない。
 光の雨からは誰も逃れることなどできない。

「…………」

 数秒にも渡って続く光の絨毯爆撃を受けて骸骨竜は力なく地面に倒れ込んだ。
 爆撃の余波でクレーターのような穴が出来た砂浜から目を逸らしつつ、小春はそっと息を吐く。

「ふぅ。なんとかなったわね。意外と私もやるでしょ?」

「いやいや。意外どころかむしろやりすぎなくらいなんですが」

「うっうるさいわね。まぁ……確かにちょっとやりすぎちゃったかもしれないわ。ごめんねメロア」

「ううん。そんなことないよ。これくらいの被害なら……ほら」

 唄うように魔法を唱えるメロアちゃん。
 すると先ほどまで惨状としか言いようのなかった砂浜がすっかり元通りになった。

「あんた……本当に凄いのね。あんなので浮かれてた自分が馬鹿みたいだわ」

「えへへ。一応これでもメロアはアキト様直属の魔法使いだからね。小春だってあれだけの魔法を使えるようになったんだからもっと自信持っていいんじゃないかな」

「……ありがと。メロア。次はもっと魔法の威力も調節出来るように頑張ってみる」

 決意を新たにした小春の手をメロアちゃんが握る。

「うん! その意気だよ!」

 互いを褒めたたえる二人の姿はまるで十年来の親友のようだ。
 ……うんうん、百合百合してていいですね。
 なんて安心していたのもつかの間、メロアちゃんが爆弾を投下した。

「でもライトニングなんちゃらってまるでひよよんみたいな真似をするとは思わなかったな」

 あまりにも直球なその言葉に一瞬、空気が凍り付く。

「え? ちょっとそれどういうこと?」

「ん? そのままの意味だよ? わざわざ自分の魔法に名前をつけるなんて小春は嫌いだと思ってたから意外だなって思ったの。固有魔法は詠唱がなくても発動出来るって話は一番最初にしたよね?」

「え、ええ。で、でも氷夜が言ってたのよ? 固有魔法を極めるには自分で自分の魔法を定義するのが一番。そもそも詠唱がないと威力が引き出せないって―」

「え? ひよよんが?」

「…………」

 おっと。これはまずいですね。

「……まず詠唱がないと威力を最大限引き出せないというのは嘘だよ。だって詠唱があってもなくても固有魔法には影響がないだもん。付けたら駄目なわけじゃないんだけど、他の世界から転移してきた人以外は物好きな人しかつけないかな」

「そうだったんだ。そうだったんだ。ふふふ」

 あ、俺くん、人生終了のお知らせ。

「も、もちろん名前をつけることで魔法を再定義するということは人によっては効果があると思うよ? ただメロア的には魔物と戦った方が効果があるんじゃないかなって思うんだ」

 刑事からの追求を躱そうとする容疑者のように早口で喋った後、メロアちゃんは深々と頭を下げた。

「――ごめんね小春」

「ふふふ……何を謝っているのかしらメロア。私はあんたにはこれっぽっちも怒ってないわよ。」

 セリフこそ優しげだが、そこに込められた想いは全くの別物だ。
 自身の魔法で作り上げた光の鞭を携えながら、小春は静かに問いかけてきた。

「……ねえ、虫けら最後に言いたいことない?」

「ち、違うんだ。落ち着いて! カームダウンだよ小春!」

 ここで対応を間違えたら死ぬ!
 半ば確信めいた死の予感が生存本能を呼び起こし、口下手な俺くんを突き動かす。

「確かに俺くんは誤解させるような言い方をしたさ。でも別に間違ったことは言ってない! メロアちゃんも言ってたでしょ? 人によっては効果があるって!」

「……ひよよん」

「……あんただって本当はわかってるんでしょ」

 ワーオ。
 メロアちゃんまで可哀そうな物を見るような目を向けてくるぞ☆
 そうっすね。
 さすがに苦しすぎましたね。

「――すみませんでした」

「……ちゃんと言えたじゃない。でも…………もう遅いのよ」

 光の鞭でバチバチと音を奏でながら、小春は冷たい笑みをこちらに向けてくる。

「覚悟は……出来てるんでしょうね?」

「い、嫌だ。俺くんまだ死にたくな……」

「問答無用!」

「ぎいいいああああああっ!!!」

 太陽がさんさんと照らす砂浜に俺の絶叫が木霊した。
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