疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第6話

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「あーやっちまったよ」

 あの後、体調不良(仮病)を訴えて学校を早退した俺は今宮と共に電車に乗っていた。昼過ぎの車内は通勤時間帯とは打って変わって平穏そのものであるが、ちょっとした背徳感のようなものがあって居心地は良くない。
 少しでもそれを紛らわそうと俺は今宮に目的地について尋ねてみた。

「なあ、結局どこ行くんだよ?」
「うーん、そうですわねぇ。卓球ができる所……とでも言っておきましょうか」
「なんだよ、それ。もっとこう具体的にはねえの?」
「……はぁ。説明するのも面倒ですわ」

 それだけ言って今宮はイヤホンで外界をシャットオフ。
 コミュ障かよ、とツッコミたいが「あなたに興味がないだけ」と返されるのが容易に想像できるため、黙っておく。
 男は黙って耐えるものとはよく言ったものだぜ。

 「降りますわよ」
 「へいへい」
 
 …………もう到着か。
 三駅隣の駅で俺たちは電車を降りる。
 駅前の繁華街を歩くこと数分、今宮はあるお店の前で立ち止まった。

「ここか?」
「そうですわ」

 俺たちの目の前にあったのはデートとかで来てもおかしくないくらいおしゃれなカフェだった。
 あれれー? おかしいぞ。
 俺たちは卓球をやりにきたんじゃねーのか?
 不審がる俺をよそに今宮はそのお店の中に入っていく。
 入店するとすぐに優しそうなお姉さんが俺たちを出迎えた。

「いらっしゃいませお嬢様 ……と一緒にいるのは誰ですか」
「有賀、紹介しますわ。こちら同じく七原学園一年の越谷さん」
「ど、どうもー越谷です」

 なんか店員さん(有賀さん?)の言い方に敵意があったような。
 
「これは失礼いたしました。てっきり先日の方々と同類かと思いまして。……私はこの店の店主の有賀と申します」

 あーやっぱりそうだったんですね。

「いえいえ、こういうのもう慣れたんで。……それよりもお嬢様って有賀さんは今宮とどういう関係なんですか?」 
「有賀は以前私の家で使用人として働いていたことがありますわ。その縁もあってよくしてもらってますの」

 先日の方々とは今は亡き入部希望者(仮)たちのことだろう。
 今宮の口ぶりからいっても、さんざん苦労をかけられただろうに。

「それにしても今宮に付き合わされるなんて大変……ごふっ!」

 思わず漏れた本音に今宮からは鉄拳が飛ぶが、一方の有賀さんは笑顔で俺の言葉を否定する。
 
「別に私は構いません、お嬢様の役に立てるならそれで」
「まあ! そんなことを言わないでくださいまし。有賀は家族みたいなものですわ」
「お、お嬢様」

 などと二人は俺が目の前にいるにも関わらず手を取り合って感動ドラマ(笑)を繰り広げている。
 邪魔をするのは野暮だとは思ったが、このまま百合百合され続けても困る。
 ……ので仕方なく二人の世界に割って入った。

「んんっ! ……えっと俺ら卓球しに来たんですけど」
「おっとそうでしたね、では気を取り直して当店のご紹介をさせていただきますね。当店では卓球とカフェをコンセプトに1階部分はカフェ、地下は卓球ができるスペースとなっております」
「へえーすげえ」

 一見おしゃれなだけに見えるが、よくよく見ると内装に卓球関連の物が使われていた。こういう細かい配慮には店主の有賀さんのこだわりや卓球に対する熱意を感じる。

「お嬢様、越谷様。何か召し上がっていかれますか?」
「あー俺は大丈夫っす」
「私も今はいいですわ、それより卓球台は空いています?」
「もちろんです、本日は貸し切りですよ!」

 にこにこと上機嫌な有賀さんに連れられて階段を下ると、既に卓球台が用意されていた。こういう地下の卓球場といえばだいたい天井が低かったり台と台のスペースが狭かったりするものだが、ここはちゃんとそういった配慮がなされている。
 卓球台の間隔は適切だし、高さも申し分ない。
 しまいには最新の卓球マシーンも完備ときた。
 まさに至れり尽せりって感じだな。

「ほんと、すげえよこの店」
「それは何よりですわ、有賀が聞いたら喜びますわよ」
「……で卓球するって言っても何からやるんだ?」
「とりあえず今のあなたの実力を知ってからでないと話になりませんわ。少し私と試合してくださいまし」
「……わかった」

 まずは現状把握ってか。
 お互い、台についてラケットを構える。
 さすがは今宮、対峙しただけなのにとてつもない圧だ。
 …………なんかこういうの懐かしいな。
 しばらくぶりの高揚感を噛み締めながら、俺はトスを上げる。

「いくぜ」

 狙うは相手のフォア前。
 回転の種類を悟られぬよう、打球面を見せる時間を限りなく少なくしてピンポン玉に横軸の回転をかける。だが放たれたボールは卓球台の側面に激突し、あえなく床に落ちた。

「ははっ」

 あの日以降、何万回と見てきた光景に乾いた笑いが漏れる。
 わかりきっていたことだけに別にダメージは大してない。
 悔しいだとか、辛いだとかはもうとっくに通り過ぎてしまった。
 
「はやく、ボール拾いなさいな」
「……まだやんのか?」
「1球じゃ判断がつきませんもの」

 こいつは鬼か。
 …………でも、まあ、俺の現状を見せるにはそれがベストだろう。
 気乗りはしないが、それでも続ける。
 案の定、次のサーブも成功しなかった。 

「次、私ですわよ」
「ほらよ」

 サーブは2球交代であるため、今度は今宮から。

「行きますわよ」
 
 サーブの瞬間、ほのかに今宮の圧が増す。

 ――これは下回転か!
 俺は放たれたサーブの種類を回転の種類を見抜き、落ち着いてツッツキで処理する。意外にも今宮もツッツキで返球してくるが、返しが甘い。
 
 ――絶好のチャンスだ。
 逃す手はねえ。
 俺は鋭くラケットを斜め上に振って、下回転を上回転へと掛けなおす。
 これは卓球における基礎技術でドライブと呼ばれるもの。
 だがその勢いとは裏腹に、俺のドライブはふわふわと緩いボールになってしまい、逆にチャンスボールとして今宮に打ち抜かれてしまった。

「――これは想像以上ですわね」

 あっさりと3失点したところで今宮からは素直な感想が出る。
 
「な、言ったろ?」
「ひどいという意味で言ったのではありませんわ。むしろ私の想像よりも良かったですわよ」

 予想だにしていない言葉に、俺はつい卑屈になって反論してしまう。

「いやいや、ちゃんと見てたか俺の動き? 素人以下だったろ?」
「確かにドライブはひどかったですわね。あんなに軽いドライブは見たことがないというか、端的に言って3歳の頃の私の方がマシなくらいでした」
「…………そうだろうな、俺ですらそう思うくらいだ」
「でもサーブはどうにかなりそうでしてよ。あなたは以前の複雑なフォームのままドライブを打とうとしているのではなくて?」
「ああ、その方がサーブを強打されねえからな」
「それが駄目なんですわ。入るかわからないサーブよりかは絶対に入るドライブの方が相手からすれば十分脅威ですもの。今までのフォームを変えて、入るようにすればそれでサーブの問題は解決ですわよ」
「そうだとしてもドライブがあの様じゃ……」

 ――勝てるはずがねえ。
 だが今宮はそんな弱気なことを言いかけた俺を一刀両断して見せた。

「――できないなら、しなければいい」
「…………は?」
 
 思わず呆然とする俺に今宮は次々と畳みかけてくる。

「今でこそ前陣速攻が絶対のような風潮がありますが、昔はドライブを主軸にしない、ブロックなどで相手を翻弄する戦型も珍しくなかった。むしろドライブが主体の今だからこそ、そういう特殊な戦型は通用しやすくなってるはずですわ」
「……ブロックにしたって勝てるかわかんねえぞ」
「それも工夫次第でどうとでもなりますわ。…………まぁ全国レベルには通用しないですけど、それは元からですし」

 …………ははっ。ぐうの音も出ねえ。
 どうせ俺は万年県止まりですよー。 

「はぁ、冗談ですわよ。そんなに落ち込まないでくださる?」
「落ち込んでねえよ。ちょっぴり気分がブルーになっただけだ」
「それを落ち込むと言うんですわ。……安心してくださいまし。私だってブロックだけで勝てるとは思ってなくてよ」
「なんだ? このラケット?」

 呆れたとばかりの今宮に渡されたラケットを手に取ってみる。
 バック側に貼られていたのは普通の裏ラバー。
 ラケットも特に俺の戦型にあったものだ。
 ここまでは別に今のラケットと変わりはない。
 だがフォア面に貼られていたのは…………。

「このラバーもしかして」
「そうその通りですわ。これならブロック主体でも十分揺さぶりをかけることができますわ」
「確かにそうだが……俺は今まで使ったことがないぞ」
「大丈夫ですわよ。…………それともあなたは挑みもせず逃げるおつもりで?」
「言うじゃねえか」

 そうだ、やるしかねえ。
 せっかく見えかけた希望なんだ。
 みすみすと手放してたまるものか。
 …………それに。
 ふと脳裏に浮かぶあいつの笑顔。
 このまま逃げるってのはあいつに負けた気がして癪だからな。

「やってやるよ。――越谷廉太郎、インターハイに出場するぜ」

 勝負は来週。地区予選だ。
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