疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第20話

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 退屈な日がまたやって来た。
 起きて寝るを繰り返すだけの生産性のない日々。
 もう卓球部になんて行きたくもないし、行けるはずもない。
 部活に行けば、つまらなそうに卓球をしている朝倉をまざまざと見せつけられてしまう。  

 ……そもそも卓球への情熱は中学でとっくに枯れ果てた身だ。
 朝倉が引き留めてこない以上、卓球部にいく理由なんてなかった。
 俺は朝倉から逃げたのだ。
 自分に責任があるとわかっていながら。
 
 だがどうしろってんだ?
 卓球からも逃げた俺に何かできるはずもねえ。

 無力感と使命感がないまぜになり、暗い考えばかりが浮かんでくる。
 そうして1日、また1日と部活をサボって早2週間。
 少しでも気を紛らわそうと律儀に学校に登校した俺ではあったが、負のスパイラルからは逃れられなかった。

「起立! 礼!」

 ……今日も長かったな。
 退屈すぎて1ミリも頭に入ってこなかった。
 放課後の話題で盛り上がるクラスメイトをよそに俺は席を立つ。
 速く寝てしまえば何も考えずに済む気がして、早く家に帰りたかった。
 しかし教室のドアに手をかけた所で京介が呼び止めてくる。

「廉太郎、帰るの早いね」
「……それがどうしたんだ」
「いや? そんなに暇なら部活に来たらいいのにって思ってさ」
「…………用事あるんだよ」

 俺は使い慣れた嘘を並べて逃げようとするが、京介はしつこい。

「どうせ大した用事じゃないでしょ? いいから来なよ」
「あのなぁ! 何度も言っただろ俺はサービス」
「ちょっと三浦に越谷。 邪魔なんだけど」
「あーごめんごめん。ほら廉太郎。ちょっと外で話さない?」

 ドアを塞いでいた俺たちを注意しに来たクラスの女子には愛想よく答える京介。
 言外に「ついてこい」という意味を含ませていた。

「…………おう」

 さすがに教室じゃまずいしな。
 俺たちはいつぞやの中庭に場所を移した。

「廉太郎はさ、なんで卓球部に来ないの?」
「なんでって……卓球に嫌気が差したんだよ」
「どうして急に?」
「どうしてもこうしてもねえよ。世間様の扱いを見ればすぐわかるじゃねーか。半分文化部の運動部。スクールカーストの下位にあるのが卓球だ。ただでさえやる意味を感じないのに、才能のない俺じゃ練習しても松陰には勝てないんだとよ。それなら練習するだけ時間の無駄だぜ」

 卓球はモテない。
 ラグビーみたいにガタイが良くてかっこいいって言われることもないし、サッカーみたいな華やかさもない。アニメや漫画でも扱いはキャラを引き立たせるための都合の良い道具として扱われている。
 皆、卓球なんて簡単にできると思っているのだ。
 そんな競技をやって何になる?

「だいたい前から嫌いだったんだよ。卓球なんて。こないだのはちょうどいいきっかけだと思ってな。元々卓球部に入ったのだって朝倉に脅されたからだし、こんな状況なら朝倉も俺を引き留めたりはしないだろ」
「へえーじゃあ廉太郎は卓球が嫌いだったのに朝倉さんが脅すからやってたんだね」
「……まぁそんなとこだ。もういいだろっ」

 目の前を塞ぐ京介を押しのけて立ち去ろうとすると、いきなり胸倉をつかまれた。

「ふざけるのも大概にしろ!」

 初めて聞く京介の一喝に身がすくむ。
 京介はそのまま俺を壁に押し付け、高ぶった感情を叩きつけてきた。

「卓球が好きじゃなかっただって? 練習しても意味がないだって? ならどうして卓球部に入った? なんで朝倉さんの話を断らなかった?」
「ぐっ……それは朝倉が脅したから」
「あれのどこが脅しなんだよっ!? 別にばらされた所で大したことなかっただろ? 勝てないのは中学からずっとそうだろ? 理にかなってないんだよ廉太郎はっ! 卓球が本気で嫌いなら死んでも卓球部なんて入ってんじゃねえよ!」

 京介の言う通りだ。
 別にいくらでも断れた。
 断ったって朝倉なら黙っておいてくれることくらいわかっていた。
 仮に暴露されてクラスで孤立したとしても学校外で友達を作ればいいだけの話だ。 
 トップには勝てないことだって今に始まったことじゃない。
 ずっと前からわかりきっていたことだ。

 ――それでも断らなかったのは。
 ――それでも卓球部に入ったのは。
 卓球が嫌いではなかったからに他ならない訳で、

「だけど、そんな気持ちは忘れちまったんだよ! 皆に迷惑かけて、自分の限界を理解させられて、今じゃなんでやってたのかもわかんねえ」
   
 イップスなりになんとか頑張ってみた。
 本来のプレーとは違うのに挑戦したりしてな。
 その結果があの様だ。
 松陰に才能の差を、道畑浩二さんにはそれ以上のものを見せつけられた。
 そして自暴自棄になって踏みにじった。
 ……憧れさえも。

「……辛いんだ。俺はこんな情けないのかって思い知るのが」

 これ以上は耐えられない。
 今すぐにでも自分を殺してしまいたい。
 こんな思いをするのなら、卓球なんてもうたくさんだ。
 後悔と羞恥がこみあげてきて、俺は嗚咽を漏らさずにはいられなかった。 

「…………わかった。無理に部活に来いとは言わないからさ……その代わりに僕にちょっと付き合ってくれない?」

 しばらくして落ち着いてきた俺に京介は降参のポーズを取る。
 正直言ってありがたい。
 こんな姿を見せた後に部の皆に会うと少し気まずいからな。
 俺は「わかった」とすぐ了承して、気になったことを尋ねる。
 
「……それで、付き合うって何すんだよ」

 すると、まるで冒険に出かけるかのように京介は言った。 

「何って決まってるじゃない? なくしたモノを探しに行くのさ」
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