断罪のゆりかご ―冷徹なる処刑官アネットと終焉の王国―

楠富 つかさ

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第一章 断罪の剣

第四話 崩壊する理性

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 数日後の昼下がり、ルーイェッジア王国城門前広場は再び処刑の場となっていた。今回は先週刑の執行を延期した二人を合わせて五人に対し刑を執行する。斬首の対象はなく、棒打ちと鞭打ちのみとなる。なお、ルーイェッジア王国における刑罰は他に流刑があるが、これは貴族が犯した横領や脱税に課される罰で、公開処刑とは意味を異にするものである。

「落ち着いて対応しろ」
「は、はい」

 晒し台の前にはティナが立っている。彼女は昨日までアネットとの稽古に励み、自身の恐怖心と向き合おうと決意を新たにしていた。広場を埋め尽くす民衆の視線が突き刺さる中、ティナは立会人である神官に向けて確認をする。

「罪人バラックは別れを告げられたことに腹を立て、交際していた女性を暴行し姦淫した罪により、女王より棒打ち二十回を賜った。間違いありませんか?」

 神官が頷くが、罪人バラックは抵抗する。

「あいつが、あいつが悪いんだ! 俺は悪くねぇ!!」
「ルーイェッジア王国騎士団処刑官ティナ、執行します」

 男の背中目掛けて棒を振り下ろした。乾いた音が響き、男の体がびくりと震える。ティナは唇を噛み締め、二度、三度と棒を打ち込んだ。その度に男は苦悶の声を上げ、体をよじらせる。それでもなお、ティナは正確無比に打棒を振り下ろし続ける。度重なる殴打により罪人の背に血が滲もうと、気絶してしまおうと、それで構わないと女王が決めたのだから、処刑人としての使命を全うする。雑念を取り払い澄んだ思いで振り下ろす。

「執行完了」

 ティナとて処刑人を半年はやってきたのだ。今回が初めてではない。達成の実感が、ずたずたになった自尊心をかすかに癒す。
 そうして次の罪人に対する棒打ちの刑を執行し始める。今度の男は強盗により棒打ち十五回を女王から賜った。
 恙なく刑の執行は進み、十四度目の打撃を加えようとした、その瞬間だった。
 男は晒し台の上で激しく暴れ出した。手足をもがれた獣のように、制御を失った動きで体を捩る。それは抵抗というよりも、痙攣のように見えた。ティナは狙いを定めようとするが、男の予期せぬ動きに視線が泳いだ。振り下ろされた棒は、狙っていた背中から大きく逸れ、男の頭部を直撃。

――ガツン!――

 嫌な音が広場に響き渡る。男の体はそのまま糸が切れたようにぐったりと横たわり、動きを止めた。頭部からは血が滲み出し、晒し台の木肌をじわりと染めていく。
 広場は水を打ったように静まり返った。民衆のざわめきも、罵声も、何も聞こえない。
 ティナの視線は、動かなくなった男の頭部に釘付けになっていた。手から棒が滑り落ち、鈍い音を立てて地面に転がる。その音が思い出させるのは先週の一件。落ちた首が自身を見つめ、血まみれになったあの日。

「……あ」

 掠れた声が、ティナの喉から漏れる。彼女は震える手で自分の顔に触れた。そこに血はついていない。しかし、頭の中で鮮血が飛び散る光景が鮮明に蘇り、自身の両手が血でべっとりと汚れているかのような錯覚に陥った。
 心臓が異常な速さで脈打ち、呼吸が浅くなる。目の前がぐらぐらと揺れ、足元がおぼつかない。膝から力が抜け、ティナはその場にへたり込んでしまった。初めて人を、それも自分の手で殺めてしまったという現実が、重くのしかかる。
 だが、次の瞬間、ティナの表情がゆっくりと、そして奇妙に変化した。呆然としていた瞳に、どこか見知らぬ、冷たい光が宿り始める。震えていた体は、次第に落ち着きを取り戻していった。

「……こんなもの、だったのね」

 ティナは独り言のように呟いた。それは、これまで彼女の心を縛っていた命を奪うことへの畏れが、偶発的な事故によって呆気なく打ち破られたことへの、驚きとも諦めともつかない感情だった。戦争が終わり命を奪い合う日々が少しずつ離れていった。だが、こうして意図せずとも、その一線を越えてしまった。
 民衆の戸惑いの視線が突き刺さる中、ティナはゆっくりと立ち上がった。その顔には、先ほどの混乱や恐怖はどこにも見当たらない。まるで憑き物が落ちたかのように、ただ虚ろな、しかしどこか固い決意を秘めた表情だった。

「十、五……これにて執行完了です」

 物言わぬ身となった罪人に、ティナは拾い上げた打棒でもう一度殴りつけた。執行完了の言葉とともに、神官が死体を回収する。
 これは不可抗力だったのだとティナはアネットへ報告する。アネットもまた、何も言わずに頷く。
 刑の執行を阻害した罪人をその場の判断で殺められるのと同様に、刑を執行する結果として罪人が死んだとて、それは処刑人に許された権限なのだから。

「残る鞭打ちは別の者が担当する。お前は下がれ」
「はい、かしこまりました、アネット様」

 その声に滲む僅かな喜色に、アネットは嫌な予感を抱いていた。
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