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第8話
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お風呂から上がると、ふわっと温かい空気が背中にまとわりつくのを感じた。手拭いで髪をざっと拭きながら、脱衣所に戻る。広くはないけど清潔な空間だ。
脱衣所に備え付けられた鏡に映る自分の顔を見て、ふとため息が出た。頬がほんのり赤くて、ちょっと疲れたような顔つき。まるで一日の終わりを物語っているみたいだ。けど、これから夕食。リーシアさんと一緒に食べることを思うと、なんだか胸が軽くなった。
置いておいた服を手に取り、体を拭きながら着替えていく。お風呂上がりのほてった肌に服がひんやりと触れて気持ちいい。こちらの世界に来てから、いつもどこか不安定な気分だったけど、こうして小さな安らぎを感じられる時間があると、それも少し和らぐ。
「シズク、準備できたか?」
「はい、今行きます!」
声を返しながら、私は荷物をまとめて扉を開けた。
脱衣所の外には、すっかり服を着込んだリーシアさんが立っていた。髪はまだ少し湿っているけど、全然気にしていない様子で、いつもの落ち着いた表情をしている。見れば見るほど、凛としたその姿に見惚れてしまいそうになる。
「ほら、夕食にしよう。そろそろお腹も空いただろう?」
「はい、確かに。すごく空きました」
笑いながら答えると、リーシアさんも満足そうに頷いた。こういう気遣いが自然にできるところが、本当に素敵だなと思う。
二人で並んで階段を降りていくと、宿の食堂からはほのかな明かりと香ばしい匂いが漂ってきた。木製のテーブルがいくつも並ぶその空間は、小ぢんまりとしていながら温かみがあって居心地がいい。窓の外はすっかり暗くなっていて、星がちらちらと瞬いているのが見えた。
「ユミルの父さん、この宿の主人が作る料理は美味いぞ。特にパンだな」
リーシアさんが席につくと同時に言った。私はその隣に腰を下ろしながら、つい頷いてしまう。パンが焼ける香りが食堂中に広がっていて、それだけで幸せな気分になれる。
宿の女将さん―ユミルさんのお母さん―が手際よく料理を運んできた。木の皿に盛られたパンと、スープ、それから少しのサラダ。決して豪華な食事ではないけれど、どれも丁寧に作られていることが見てわかる。
「さあ、食べよう」
「いただきます」
二人で声を揃えて手を合わせ、食事を始めた。
パンは表面がカリッとしていて、中はふんわり柔らかい。一口食べると、小麦の香りとほんのりとした甘みが口の中に広がった。スープは具沢山で、野菜の旨味がぎゅっと詰まっている。スプーンで掬うたびに湯気が上がり、その温かさが体に染み渡る。
「美味しいですね。こんなにしっかりしたパン、久しぶりに食べました」
思わず感想を口にすると、リーシアさんが少し得意げに笑った。
「だろう? ここは隠れた名宿だからな」
その言葉に思わず笑みがこぼれる。普段のリーシアさんは冷静で少しクールな印象だけど、こうして自慢げに話す姿はちょっと可愛い。それに椅子の奥からのぞく尻尾がゆらゆらとご機嫌な雰囲気を醸し出していて非常に可愛らしい。
しばらく食事を楽しみながら、二人でぽつぽつと会話を交わす。森での出来事や、これからどうするか、そんな他愛ない話が自然と続いた。
「明日、冒険者ギルドに行ってみるか? 登録しておけば何かと便利だ」
「そうですね。私も一度見てみたいですし」
冒険者ギルド。ファンタジー世界でよく耳にするその響きに、胸が少し躍る。けれど同時に、未知の世界への不安もあった。私にできるのだろうか、と。
「心配するな。冒険者として必要なことは、少しずつ覚えていけばいい。それに、私がついている」
リーシアさんはパンをちぎりながら、軽くそう言った。その言葉に、不思議と安心感が湧いてくる。きっとこの人となら、大丈夫だ。そう思えるのが不思議だった。
「ありがとうございます。頼りにしてます」
素直にそう言うと、リーシアさんは少し照れたように目をそらした。その仕草がなんだか微笑ましくて、私も小さく笑ってしまう。
食事を終える頃には、すっかり夜も更けていた。星の光が窓から差し込んでいて、それが心地よい眠気を誘う。宿の食堂は静かで、暖かな空気に包まれている。
「さて、今日はもう休もうか。明日に備えて、な」
「はい、おやすみなさい」
こうして、一日が静かに終わった。明日から始まる冒険者としての生活に思いを馳せながら、私はその夜、ぐっすりと眠った。
脱衣所に備え付けられた鏡に映る自分の顔を見て、ふとため息が出た。頬がほんのり赤くて、ちょっと疲れたような顔つき。まるで一日の終わりを物語っているみたいだ。けど、これから夕食。リーシアさんと一緒に食べることを思うと、なんだか胸が軽くなった。
置いておいた服を手に取り、体を拭きながら着替えていく。お風呂上がりのほてった肌に服がひんやりと触れて気持ちいい。こちらの世界に来てから、いつもどこか不安定な気分だったけど、こうして小さな安らぎを感じられる時間があると、それも少し和らぐ。
「シズク、準備できたか?」
「はい、今行きます!」
声を返しながら、私は荷物をまとめて扉を開けた。
脱衣所の外には、すっかり服を着込んだリーシアさんが立っていた。髪はまだ少し湿っているけど、全然気にしていない様子で、いつもの落ち着いた表情をしている。見れば見るほど、凛としたその姿に見惚れてしまいそうになる。
「ほら、夕食にしよう。そろそろお腹も空いただろう?」
「はい、確かに。すごく空きました」
笑いながら答えると、リーシアさんも満足そうに頷いた。こういう気遣いが自然にできるところが、本当に素敵だなと思う。
二人で並んで階段を降りていくと、宿の食堂からはほのかな明かりと香ばしい匂いが漂ってきた。木製のテーブルがいくつも並ぶその空間は、小ぢんまりとしていながら温かみがあって居心地がいい。窓の外はすっかり暗くなっていて、星がちらちらと瞬いているのが見えた。
「ユミルの父さん、この宿の主人が作る料理は美味いぞ。特にパンだな」
リーシアさんが席につくと同時に言った。私はその隣に腰を下ろしながら、つい頷いてしまう。パンが焼ける香りが食堂中に広がっていて、それだけで幸せな気分になれる。
宿の女将さん―ユミルさんのお母さん―が手際よく料理を運んできた。木の皿に盛られたパンと、スープ、それから少しのサラダ。決して豪華な食事ではないけれど、どれも丁寧に作られていることが見てわかる。
「さあ、食べよう」
「いただきます」
二人で声を揃えて手を合わせ、食事を始めた。
パンは表面がカリッとしていて、中はふんわり柔らかい。一口食べると、小麦の香りとほんのりとした甘みが口の中に広がった。スープは具沢山で、野菜の旨味がぎゅっと詰まっている。スプーンで掬うたびに湯気が上がり、その温かさが体に染み渡る。
「美味しいですね。こんなにしっかりしたパン、久しぶりに食べました」
思わず感想を口にすると、リーシアさんが少し得意げに笑った。
「だろう? ここは隠れた名宿だからな」
その言葉に思わず笑みがこぼれる。普段のリーシアさんは冷静で少しクールな印象だけど、こうして自慢げに話す姿はちょっと可愛い。それに椅子の奥からのぞく尻尾がゆらゆらとご機嫌な雰囲気を醸し出していて非常に可愛らしい。
しばらく食事を楽しみながら、二人でぽつぽつと会話を交わす。森での出来事や、これからどうするか、そんな他愛ない話が自然と続いた。
「明日、冒険者ギルドに行ってみるか? 登録しておけば何かと便利だ」
「そうですね。私も一度見てみたいですし」
冒険者ギルド。ファンタジー世界でよく耳にするその響きに、胸が少し躍る。けれど同時に、未知の世界への不安もあった。私にできるのだろうか、と。
「心配するな。冒険者として必要なことは、少しずつ覚えていけばいい。それに、私がついている」
リーシアさんはパンをちぎりながら、軽くそう言った。その言葉に、不思議と安心感が湧いてくる。きっとこの人となら、大丈夫だ。そう思えるのが不思議だった。
「ありがとうございます。頼りにしてます」
素直にそう言うと、リーシアさんは少し照れたように目をそらした。その仕草がなんだか微笑ましくて、私も小さく笑ってしまう。
食事を終える頃には、すっかり夜も更けていた。星の光が窓から差し込んでいて、それが心地よい眠気を誘う。宿の食堂は静かで、暖かな空気に包まれている。
「さて、今日はもう休もうか。明日に備えて、な」
「はい、おやすみなさい」
こうして、一日が静かに終わった。明日から始まる冒険者としての生活に思いを馳せながら、私はその夜、ぐっすりと眠った。
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