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#2 初登校

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 数日が経ち、寮生活には少しずつ慣れ始めた。そしていよいよ、今日から学校が始まる。私は少し早めに起きて学校に行く準備をしていた。今日は入学式がある。そして、授業も始まる日だ。何事も出だしが肝心、用意しすぎるなんてことはなかった。

「あれ、いちごちゃん早いわねぇ。朝ごはん食べるなら、もう少し待ってもらわないと……」
「あ、由梨ちゃんおはよう。起こしちゃった?」
「いいえ。……取り敢えず、顔洗ってくるわね」

 そう言って由梨ちゃんは部屋を出て行った。寮はフロアごとに洗面所があって、それなりに混雑するから由梨ちゃんが戻ってくるまでに制服に着替えることにした。

「へぇ、星花のブレザーってこんな感じなんだ」

 姿見の前で思わずくるっと一回転してみる。ブルーのジャケットにチェック柄のスカート。ネクタイは自分で結ぶタイプで、ブルー以外にグレーやクリーム色もある。制服がおしゃれだと気分が上がる。

「いちごちゃん、お待たせ。ふふ、制服よく似合ってるわよ。まぁ、朝食の時はまだパジャマでもいいんだけど」
「え? そうだったの? 由梨ちゃんはどうする? 着替えるなら私、先に食堂へ行くけど」

 流石にいつも落ち着いた由梨ちゃんといえど、人前で着替えるようなことはしな……脱ぎ始めたし!! 思わず背中を向けてしまう。

「なぁに? お風呂では見てたじゃない?」
「だ、だって……由梨ちゃん、寝る時ブラしてないの?」
「えぇ。だって窮屈じゃない? いちごちゃんは着けて寝るんだ」
「……ナイトブラして寝てる。由梨ちゃんのサイズもきっとあるだろうから、今度見に行こうよ」
「うふふ、デートかしら。もう着替えたからこっち向いていいわよ」

 振り返ると、由梨ちゃんは紺色のリボンタイを結んでいた。それがとても様になっていてカッコイイ。
 それから二人で一緒に食堂に行き、食事をした。朝食はホテルみたいにごはん系とパン系で選べるらしく、私はごはん系で由梨ちゃんはパン系を選んだ。
 朝食を済ませたら寮を出て学校に向かう。まぁ、同じ敷地内なんだけど。昇降口に向かっていると、人の流れが増えていく。寮もあるけれど、普通に自宅から通う人もいるわけで、由梨ちゃんから聞いていたように私たちは同じクラスで一年二組になった。

「それじゃあ、席は遠いっぽいからまたあとでね。周りとちゃんと仲良くするんだよ」
「う、うん……わかった。ありがとう、由梨ちゃん」

 お姉さんを超えてお母さんみたいなことを言いだす由梨ちゃん。どうやら由梨ちゃんは出席番号一番らしい。私は十三番だから……。
 教室に入り、自分の席を探す。なるほど、窓側と廊下側だけ六人で真ん中の四列は七人並ぶらしい。つまり二列目の一番後ろ。目が悪くないから大丈夫だけど……なるほど確かに由梨ちゃんからは遠い。

「えーっと、佐野いちごちゃんよね? 私は佐藤瑠璃子。よろしくね!」

 明るい茶髪でショートヘアの女の子に声をかけられた。元気いっぱいな印象の子だ。席は目の前。

「私は高橋春菜! よろしくね~」

 黒髪ロングヘアーのおっとりとした雰囲気の子が挨拶してきた。この子はなんとなく分かり合えそうな気がする。席は右前。

「私は千葉柘榴です。よろしく」

 こちらは黒髪ロングストレートの眼鏡っ子。柘榴ってまたずいぶん変わった名前だなぁ。席は真右。
 柘榴ちゃんは高等部からだけど、瑠璃子ちゃんと春菜ちゃんは中等部からここに通っているらしい。
 ホームルームが始まり、担任の先生が入ってきた。

「初めまして、一年二組の担任になりました、出水綾香といいます。担当教科は歴史で、今年が初めての担任です。頑張りますね」

 出水先生は若い女の人で、すごく美人だった。柔らかな雰囲気のある声をしている。年齢は二十代半ばくらいだろうか?

「さて、入学式が行われる講堂まで移動します。一番の方、列を作るのをお願いしてもいいですか?」

 由梨ちゃんの指示で二組が廊下に一列で並ぶ。すると他のクラスも同じように列を作っていて、ぞろぞろと講堂へと向かい始めた。おしゃれで広くてきれいな講堂で、理事長や生徒会長の話を聞く。こういう時の話ってなんだか眠くなってしまいがちだけど、美人さんが堂々と話している姿はなんだか見入ってしまって、眠気とは程遠かった。
 式が終わったあとは教室に戻ってホームルーム、といってもクラス内での自己紹介がメインだった。その後は解散となった。流石に初日から授業があるわけではないのだ。

「いちごちゃん、この後時間ある?ちょっと付き合って欲しいところがあるの」
「えっと、特に予定はないけど……どこに?」
「それは着いてからのお楽しみ」

 由梨ちゃんに連れて来られたのは旧校舎だった。この学校にはメインで使っている新校舎だけでなく、文化部の部室として主に使われている旧校舎があるのだ。
 旧校舎はこの町にとって歴史的に価値がある建物らしくて、大切に残しているらしい。

「旧校舎はね、わりと自由に出入りできるから部活以外のちょっとした集まりにも使ってるんだ。ほら、文化部って集まりさえすれば活動できる場合もあって、固定の荷物がないところもあるから、そういうところはけっこう自由なんだよね。教室数もいっぱいあるし」

 由梨ちゃんの説明を聞きながら、中に入る。靴を脱いでスリッパに履き替えるタイプらしい。

「部活以外の集まりって?」
「学校側が公認してない同好会と……お茶会!」
「お茶会?」
「そう、サロンって言うひともいるけど、お茶会が主流かなあ。お友達同士が人を誘い合って、おしゃべりする会なの。部活や同好会みたいな強い結びつきはないんだけど、校内の社交の場って感じで楽しいよ」

 由梨ちゃんは楽しげに説明してくれた。でも、私としては正直言って少し怖い。だって、どんなお話をしていいのか分からないんだもの。星花女子は特別なお嬢様学校というわけじゃないけど、どこか上品さが漂っている。小市民の私はどうしても緊張してしまう。
 由梨ちゃんに誘われたから参加しないわけじゃない。ただ、不安なのだ。もとからそこまで社交的なタイプではないのだ。

「あれ、どうしたの、いちごちゃん」
「あの……実は……その……あんまり人付き合いが得意じゃなくて……なんていうか……コミュ障気味っていうか……」
「 大丈夫だよ、そんなに難しく考えないでも。みんな優しい人ばかりだし、むしろいちごちゃん相手なら絶対に優しくするから!」
「うん? よく分かんないけど……ありがとう。由梨ちゃんが前に言ってたメンバーがどうこうって?」
「そう、お茶会のこと。……このお部屋だね」

 由梨ちゃんが教室の扉を開けて、私に恭しく手を差し出す。

「お待ちしておりました、いちご。……ようこそ、星花女子学園ティーパーティー……果実会に」

 これは運命の出会い。恋という果実が実るまでの私たちの物語。
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