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S君の場合
しおりを挟む棟方正宗の人生は退屈だった。
医者の両親、努力せずとも彼らの望む私立中学に合格できるだけのアタマ、運動面でも特に困ったことがない身体能力。
顔の造形は若い頃に美丈夫と評判だった祖父譲り。
唯一、成長期がまだ来ず時たま少女に間違われることがあったが、自分は3月生まれだし、父と母どちらも高身長の家系だからそのうち身長も伸びるだろう。
とにかく人生がぬるくてぬるくて手応えがなくて。
正宗は中学二年生にして人生に退屈していた。
きっと自分はこのまま大した努力もせずに親とおなじように医学の道へ進み、妥当な家柄の女と結婚し、高揚感も達成感も感じることなく生きて死ぬ。そんな未来しか見えない。
──今思えばなんて生意気で何もわかっていない子供だったのか。
けれど。
二年生に進級したばかりのあの日。
終わりかけの桜の最後の花弁が散っていたあの日。
正宗は自分の人生を変える金の光に出会った。
*
「ね、ね、君さぁ、その制服ってことはあそこのお坊っちゃま学校の生徒くんだよね~? ってことはお小遣いいっぱい貰ってるでしょー? ちょぉっと、お兄さんに譲ってくれなーい?」
品の無いにやけヅラ。汚ならしく染められた、根本が黒の傷んだ茶髪。胸元がほぼ見えている開襟シャツのボタンの意味はあるのか。そして今時、腰の位置で穿かれたチェックのズボンはダサいんじゃないのか。踵の踏み潰されたスニーカーは何年ものなのか。
(こんな典型的な馬鹿、まだ絶滅してないんだなぁ。このブレザーは駅の向こうの底辺高校か……)
学校からの一人の帰り道。
底辺高校の不良生徒に絡まれ、人気の無い路地裏に連れ込まれた正宗は冷静に眼鏡の奥から相手を観察した。
相手は高校生、自分は成長期がこれからの中学生。
護身術として空手と剣道を習ってはいたが、目の前のバカとは体格差がまるで大人と子供だった。
さて、どうしたものか。
ここは誰かに助けを求めた方が得策だろうか。
そう考えてポケットに入れたスマホの緊急SOS機能を作動させようとしたその時────
「せんぱーい、そんなとこでガキかまってナニしてんのー? 今日は、俺とホテル行く約束っしょー?」
能天気な声と共に金の光が現れた。
……いや、違う。
その光はただその人物の金髪が逆光を弾いただけで。
現れたのはただの人間の男で。
しかも正宗に絡んでいるバカと同じ制服を着ていて。
なのに。
(なんでそんな綺麗なんだ)
目が離せなかった。
サラサラと流れる、上の方だけを結んだ金の髪。脱色されているはずなのに、バカとは輝きが違って。
珍しそうにこちらを見てくる色素の薄い瞳を縁取るまつ毛は感心するほど、長い。
人形めいた美しさを持っているのに、耳には痛々しいほどの数のピアスが開けられていて。その対比がまた正宗を惹き付けた。
「あー、悪ぃ綾世。お前とのホテル代のつもりだった金、別のことに使っちまってよ。だから今、コイツから貰おうと……」
「えーっ? マジかよ先輩。俺、先輩のしゃぶるの楽しみにしてたのにぃ」
信じられない。拗ねたように唇を尖らせながら『あやせ』と呼ばれた男が軽い足取りで近づいてくる。
(ホテル……? しゃぶる……? コイツら、男同士で何言って……)
もしかして、ホモというやつなのか。
バカに絡まれた時だってこんなに混乱しなかったのに。
今まで色事とは無関係に生きてきた正宗の頭の中をグルグルと『あやせ』の声が回る。
「……でもぉ、俺のために金作ろうとした先輩チョーかわいー。嬉しいから、今日は特別サービスしたげる♪」
そこからの映像はまるでスローモーションだった。
蠱惑的に微笑んだ『あやせ』が紅い舌を出しながら『先輩』へと顔を近づける。
唇が。二人の唇が密着してピチャピチャと水音がし始める。
キスの経験が無い正宗の目からも二人が舌を絡ませあってるのは明らかだった。
「ちょっと待って、こいつ……」
「だーめ。先輩はこっち」
『あやせ』がねだるように白い手でバカの後頭部を押さえつける。
その光景に、ズクリと、何かが疼いた気がした。
(なんなんだよ、これ──!)
……と、行為に夢中だと思われた『あやせ』が横目で正宗に目配せをする。
ひらひらと犬を追い払うように。バカの頭を押さえるのとは反対の手を振ってくる。
(今のうちに逃げろってことか……っ)
我に返った正宗は自分の鞄を掴んで駆け出した。
そしてこの日、正宗は精通を経験した。
*
金の光との出会いから6年以上。
正宗は綾世だけを見てきた。
彼に関する情報をできるだけ集めて。彼が誰とでも寝るような人間だと知って。それでも忘れられなくて。
いつか、綾世と再会できた時に彼に釣り合う男になれるよう努力を続けてきた。
けれど自分はつい先日まで10代の子供で。
綾世が出入りするお店にもクラブにも入る資格がなくて。
夜に出歩くことや一人暮らしも二十歳になるまで親から許されなかった。
だから一ヶ月前、誕生日後にすぐに綾世に会いに行き声をかけた。余裕ぶっていたが本当は心臓と頭が熱くなりすぎて爆発するかと思った。
「案の定あやチャン俺のこと全然わかんないんだもんなぁ……」
確かに自分は中学二年生の時から30センチ近く背も伸びたし、ゴツくもなった。声も低くなった。
「でも、俺にあれだけキョーレツな体験させたんだから、あやチャンだってちょっとくらい覚えててもイーんじゃない?」
明け方まで正宗に喘がされ、疲れて正宗の腕の中で眠る綾世の頬を撫でる。
「……淫乱ビッチなあやチャン。俺の最愛の人。もう二度と、俺以外とセックスなんてさせないからね」
そうキスをされた綾世が震えたのは、きっと裸で寝ているからだけじゃない。
fin
10
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続き‥‥続きありますか?!?!
お読みいただきありがとうございます♪
今のところ続きは書いていないのですが、
気に入っているキャラクターたちなので
ネタがおりてきたら書きたいです(*^^*)