夏の日の時の段差

秋野 木星

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緑の手

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由紀恵はおばあちゃんの家に帰って、これからどうするか考えることにした。

山岡君のあの予想だと、この後すぐに時の段差を滑り落ちても、もとの時代に帰れるわけじゃなさそうだ。
また未来に行くのかなぁ……
いつになったら終わるんだろう?


私が生きてて欲しいって、おばあちゃんに言ったのが悪かったんだろうか。
あんなに細くなって、寝たきりで何もできないのに、おばあちゃんに生きることを強いた?

でも、おばあちゃんも生きたいって思ったんだよね。
私の大きくなった姿が見たいって強く思ってるから、まだ死なないんだ。
死ねないんだ……

だとしたら、結婚式の写真でも何でも持って来て、安心させてあげるのがいいんだろうな。

満足して……そして、逝かせてあげる。


よし。
明日はもう一度、時の段差を落ちてみよう。

そして、そしておばあちゃんを楽にして、それで……逝かせてあげるんだ。


気持ちが定まったので、今日はここでゆっくりして明日出発することにした。

どうやって時間を潰そうかな。

「そういえば二階にお母さんたちの昔のマンガがあったよね。それでも読むか」


由紀恵は二階に上がって、本棚のある真ん中の部屋へ入っていった。
すると部屋の南側の窓が開いて、カーテンが揺れている。

「もうっ、敏子叔母ちゃんったらぁ。ちゃんと窓を閉めて帰ってよ!」

ぶつぶつ言いながら窓を閉めた後で由紀恵が振り返ると、部屋の中には寒々しいぐらいに空っぽになった本棚が壁際に三つ並んでいた。


本がない。
……整理したんだ。

おばあちゃんがもう長くないって思ったのかなぁ、敏子おばちゃん。
悲しくなる現実を目の前に見せられた気がした。


何度か深呼吸をして、落ち込む気持ちを振り払ってから、由紀恵はわずかに残った本を見ていった。

「マンガは全部なくなってる。これは?……『緑の手』か。ふーん、面白そう。これ、読んだことないや。童話かな?」

由紀恵はその本を持って下に降りた。

寝るのにはちょっと早いけど、布団を敷いてそこに寝転んで、本を読むことにした。




**********




『私は土を掘る。適度に深く。小石や雑草の……』


その本は、地面に根をおろし、地元や地域社会との連携の中で、家族と愛を育み、子ども達を一人前にして社会に送り出した、一人の女性の生涯を描いたものだった。

地味だ。

「こんな起伏の無いストーリー展開なんて脚本にならないね」と演劇部の友人であり部長でもあるアッコならそう言うだろう。
ネット小説が好きな副部長のカッちゃんだったら「特殊な力も持たない人生になんの魅力も感じない」と言い切るかもしれない。


……はたしてそうだろうか?



由紀恵はこの本を読んで、初めて自分が考えていた未来に疑問を持った。

田舎の狭い世界の中で平凡に一生を終えるなんて、嫌だと思っていた。
部活で培った演技力を、日本の中心で試してみたいと思っていた。


平凡……何をもって、この「日常」をその一言の言葉の中に押し込めて評したのだろう。


この本を読んだ後だと、感性が雑になっていたとしか思えない。
日々の暮らしの営みというのは、こんなに驚きと発見に満ち満ちているのに。


茶色の土の中から、黒い一粒の種の中から、魔法のように出て来る様々な形をした葉っぱ。

それが伸びていき、何色もの花をつけ、そして実を結ぶ。

自然が有するその魔法を、助け育てる「緑の手」


育ち、花をつけ、実を結ぶ。
そして、
実を大きく育て上げると、その実を土に返し、子種を子孫に伝えていく。


自然の摂理に添って、大きく力を増す魔法。

それを紡ぐ緑の手。


おばあちゃんが、私達やこの世界全体を包み込んで、緑の手で優しく触れていきながら未来を紡いでいっている映像が頭に浮かんだ。

そして次には、お母さんが……

その後には、私が!



そうやってこの自然の生き物である人間は、生まれて、生きて、死んで、歴史を紡いできたのだろう。
過去から現在、未来へと向かって。

「平凡」と言われがちな日々の細やかな日常を繰り返しながら……


アッコ、ドラマのない人生なんてないんじゃないかな?
感性を鋭くしたら、あちこちにコメディーも、スリルも、サスペンスも、転がっているような気がする。

ねぇカッちゃん、ここに生きていることだけで凄い力を持ってるんじゃないかな?
他の生物とは違って、考えて、動けるんだよ、人間って。



……子どもを、創りたいな。



ポツンとそんな考えが頭の中に湧いてきた。
何もない所から、可能性の塊を産み出す。


役者より……面白そうかも。
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