夏の日の時の段差

秋野 木星

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デートをしましょう

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土曜日に山岡君、いや誠二くんと初めてのデートをすることになった。
しかし、それは何とも変わったデートになった。


そのデートは、朝、誠二くんが家に来て、うちの両親と話をすることから始まった。
おばあちゃんの家をどうするか話し合うためである。

名古屋の敏子叔母ちゃんとお母さんが電話で話し合って、今回、不動産屋に行く話はなくなったらしい。
ただ、敏子叔母ちゃんは家の売却金からの相続分を、息子の久史の学費にしようとあてにしていたらしく、すべての相続放棄には同意できないと言われたそうだ。
できたら、相場の三分の一でもいいから融通してくれると助かると、そういうことらしい。


「もし由紀恵が山岡君と結婚して、学校も東京ではなくて地元の短大に行くのなら、うちとしては君にうちの相続分を譲ってもいいと思っている。だから家を購入する経費として実際必要になるのは、相場の三分の一の値段ということになるな」

由紀恵と誠二は顔を見合わせた。
そうなると、とても安くあの家が手に入ることになる。

「わかりました。由紀恵さんと話し合って、夜にでもお返事したいと思います」

…………しばらくお付き合いしてからって、言ってたのにぃ。


誠二くんが「海が見える展望台に行ってみよう」と言うので、車に乗せてもらって鷲見山わしみやまスカイラインを山頂のほうへ登っていくことになった。
誠二くんの車は軽四だったが、ターボエンジンだったので、軽快に山道を走って行った。

「これ新車だね。いつ買ったの?」

「大学を卒業した時だよ。あの家の為に貯めてた金に手を付けるのにちょっと躊躇ちゅうちょしたけど、会社が通勤には不便なとこにあるからな。バスを乗り継いで行くより、自家用車の方が早いと思って奮発したんだよ」

「私も高校を出たら免許を取らなきゃいけないよねぇ」

「そうだね、保育園の先生は車で通勤している人が多いと思うよ」

「教習所の費用に新車か……始めはなにかと物入りだね。今朝のお父さんたちの話はどうする?」

「由紀ちゃんの考え次第だね。お金の方は半分くらいは今貯めてるので何とかなると思う。あとの半分はうちの親父が貸してくれるかもしれない。別れ家を建てるつもりで、少しは援助してやるって言ってたから」

「そうかー。そうすると結婚しちゃった方がいいのかもねー」

「……お金のことは抜きでさ、由紀ちゃんは僕のことをどう思ってるわけ?」

「んーどうって好きだよ、普通に。でも恵子が恋してた時みたいにのぼせてる感じはしないの。だって、誠二くんのことまだよく知らないし」

「それは、そうかもな。それに恵子さんと由紀ちゃんは別人だから、恋について同じような表現方法になるとも限らないしな」

「へぇー、そうなの? そういえば、なんで誠二くんは私と結婚しようと思ったのよ。私達、同じ時間しか知り合えてないでしょ?」

「んー、一番大きいのは相手のことを考えていた時間の長さが違うことじゃないかな。君にとっては二、三日の出会いでも、僕にとっては五年越しの思いだからね。最初の君の印象はおかしな女だったけど、可愛い子に頼られると男はだんだんその気になるんだよ」

「ほーほー」


「それでもって出会い方が普通の状況じゃなかっただろ? そうなると、あの子はどうなったんだろうと一年間考え続けるわけ。それを三年近く繰り返すと、ハマってしまったの、君に。他の子に告白されてもなんか浮気をしてるみたいでつき合えないのよ。こうなると腹をくくるしかないなーと、全面降伏をしたんだよ、三年前に」

「ふぅーん。それでその告白した子はどうなったの?」

「そこっ? 気になるのはそこかよっ」

気になります。
ライバル不在で断られて、なんだかお気の毒だ。


誠二くんが私のことを考えている間、私は時の段差をすごいスピードでスライドし続けていたし、その間気になっていたのは主におばあちゃんのことや自分の行く末だもんね。

二人の思いに温度差があるのも仕方がないね。

そうか、誠二くんの思いに追いつくのは二年も必要なんだ。
今のおばあちゃんちを取り巻く状況を考えると、そんな悠長なやり方をしてたら駄目だ。

ということは、私に覚悟と決断があれば……



展望台には大勢の団体客がいたけれど、由紀恵たちが駐車場に車を停めて歩いて行く間に、観光バスに乗って去って行った。
人がまばらになったので、海の見えるベンチに座って誠二くんとじっくり話をする。

「さっきの話を聞いて私、決めたの。誠二くんと結婚する。それで、おばあちゃんの家を買おう!」

「えっ? さっきの話のどこが決め手なのさ……」

「全部。うーん、車の事とかも考えたら、私が県立短大に受かった方がいいね。誠二くん、数学得意?」

「は? そりゃあ、工学部だったから得意は得意だけどさ」

「じゃあ、私に教えてっ。私は中学校で数学の知識が止まってるから、覚悟して教えてよ。英語もやらなきゃ。結婚は……籍だけ入れて、結婚式は私が短大を卒業してからにしたらどうかな。どう思う?」

「ん?……ああ、それでいいけど……」

「あとは……結婚指輪だね。誠二くん、今日カードを持ってる? 一番安くてシンプルなやつを買ってくれる? それで、明後日の月曜日に私が市役所で婚姻届けを貰ってくるから、夜にうちに寄ってくれたら二人で書けるよ」


由紀恵が次々提案するのを誠二くんはじっと聞いていたが、急に由紀恵の手を取って握りしめてきた。
そして正面に向き合って、由紀恵の顔をじっと見る。

「本気で言ってるんだなっ? 僕は一度結婚したら、もう二度と由紀恵を離さないぞ。あんなふうに時に連れて行かれて気を揉みながら待つのは、もうまっぴらごめんだからなっ」

「本気? 本気に決まってるじゃない! 私、誠二くんと二人で頑張って、一緒に生きていきたい」

「よおっしっ、覚悟しろよ。もう我慢しないからな」

誠二くんはそう言い放つと、由紀恵をかきいだいて力の限り抱きしめた。
骨が折れるっと思ったけど、我慢した。

誠二くんが震えていたからだ。


ずっと、心配してくれてたんだね。ずっと、私のことを思ってくれてたんだね。

由紀恵は両腕を広げて、誠二くんの身体の震えが止まるまで、背中を優しくさすり続けた。




**********




展望台の近くのレストランで昼食を食べてから、二人は山を下り、モールに入っている本屋に行った。
数学の基礎問題集を買うためだ。

「あちこち手を出さなくていいよ。こういうのを全部解けるようにすることが大切なんだ」

誠二くんにアドバイスされて、中学から高校に入った時の「高一ギャップをなんとかする数学」という本と、「大学入試基礎の基礎 数学」という本を二冊だけ買った。


その後で宝飾店に行って、本当に一番安い結婚指輪を買ってもらった。
店員さんはがっかりしていたが、由紀恵は嬉しかった。
私達は指輪より大きな買い物がある。

おばあちゃんの家が私と誠二くんを繋ぐものだ。


モールの駐車場で、偶然にアッコとカッちゃんに出くわした。

「由紀恵! もう、携帯に出ないと思ったらデートだったの?」

「あれ? 携帯?」

カバンの中の携帯を確かめてみたら、着信履歴に二人の名前が並んでいた。
マナーモードにして夢中で話をしていたので気づかなかったらしい。

「なんかあったっけー?」

「後輩たちの演劇祭の応援」

「あっちゃーぁ、すっかり忘れてた。ごめんー」

「もういいよ、今年は銀賞だった。演出がもう一歩だよね、笠井は」

「そう言うなって、アッコにはそう見えただろうけど、あの子もそれなりに頑張ってたよ」

いつも穏やかなカッちゃんが、アッコをなだめてる。
この二人は部を引退しても部長、副部長のいいコンビだ。


二人がチラチラと誠二くんを見るので紹介しておくことにした。

「この人、婚約者の山岡誠二くん」

「「は??…………」」

「誠二くん、この二人はアッコとカッちゃん。演劇部で一緒だったの」

「どーも、由紀恵がいつもお世話になってます」

由紀恵だって。
なんか身内の挨拶みたい。

「はぁあ?! 由紀恵っ、い、いつの間に?!」

「それが今日決まったのよー また後で詳しく話すね。今日はホント、ごめん」

「いいけど……あ、あの、おめでとう?」

「ありがとねー! じゃあ、またね」


後ろで二人が「えーっ、どういうことぉー?!!」と叫んでいる声を聞きながら、車の方へ歩いて行っていると、誠二くんが嬉しそうに笑った。

「婚約者、だってー! そういうふうに紹介されると、ゾクゾクするな」

「ん? でも婚約者の命は短いよ、何日か後には旦那様だもの。うちの主人って言うのかなぁ、変な感じだねっ」

「えー、ダーリンがいいな。あなたぁー、でもいいぞ」

「……本当に男兄弟ばかりだと、変な妄想が育つんだね。誠二くんのお母さんはお父さんのことをそう呼ぶの?」

「そう言えば、聞いたことがない」

「でしょう? そんな言葉は妄想小説の中にしか存在してないんじゃないの?」

「由紀ちゃん……君は、男の夢を削るのが上手いね」

「まあまあ、たまには呼んであげるわよ」

「ホントっ?!」

ふむ、この言葉は使えるんだな。覚えとこう。


由紀恵は男女交際について、一つ勉強になったなと嬉しくなった。
ふふん、私も順調に成長出来てるじゃない?
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