魔法力0の騎士

犬威

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第二章 アルテア大陸

村長の過去

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 その小屋は王宮の物に比べて違う作りになっていて、いわゆる質素な建物だった。

 そして不自然なことにそこだけ魔物がまったく足を踏み入れてはおらず、綺麗なまま。

 そんなことに疑問を抱きつつも、心身ともに疲労しきっていた俺達はすがるような思いで、小屋で休憩できないかという結論に辿り着いたのであった。

 小屋に入ろうとしたところ紫色のポニーテールの女性が突然刃を向けたことにより情けなくも俺は尻餅をついてしまった。


「お前ら魔物なんかに… ってあれ? 魔物じゃない?」


 きょとんとした顔でポニーテールの女性は俺達を眺める。


「か、勘違いだ! 俺達も同じ人間だ」


 確認の為一応敵意がない事を伝えるとようやく安心したのか、ふぅと大きく息を吐いてその後不思議そうに俺達を眺める。


「よくあんな魔物だらけの場所突破してこれたわね…」


 そう、この小屋を除いて他の場所は同じように魔物達に踏み荒らされ、町は瓦礫の山と化し、生きている人間は皆王宮の方へ避難している。

 この場所だけがまるで認知されていないように綺麗なまま、残されているのだ。


「俺達は一応召喚された勇者なんです… 死に物狂いで突破してここまで来たんです。 それにしてもなんでここだけ魔物の脅威にさらされてないんですか?」

「なるほどね… だからあんな魔物がうじゃうじゃいる場所を突破してこれたのね… ここだけ魔物が寄ってこないのはこのマジックアイテムのおかげなの」


 ポニーテールの女性は首に付けられているネックレスを外すと俺たちの前に見えるように置いた。

 置かれた瞬間に置いてあるはずのネックレスの存在がぼやけるような感覚に襲われる。

 すぐに女性は拾い直すとようやくはっきり見えるようになった。

 ネックレスの中心に黒い石みたいなものがはめ込まれていて、おそらくその石の影響で認知が消えてしまうのだとわかった。


「これは… いったい何デス?」

「これはね私がここに残るって言ったらタチバナさんがくれたの… 私は鍛冶職人だからね、ここを、離れるわけにはいかなかったんだ…」


 小屋の奥には確かに炉や様々な武器があり、彼女が鍛冶職人なのだと納得できた。


「タチバナだって!? 思いっきり日本名じゃないか!! 俺らの他にも日本人が居たのか…」


 健吾は驚きを隠せなかったのかつい大きな声が出てしまう。

 召喚された20人の内、日本人は俺と健吾だけだったから、おそらく以前に召喚された人なんだろう。


「静かにして!! このネックレスも万全じゃないのよ! それにもうタチバナさんはここにはいないわ、彼も魔王を倒すべく戦地に向かったのですから」

「すまない、そうか…行き違いになっちまったか…」


 せっかくここでの手掛かりになる人物と会えなかったのは痛い…


「そういえば、名乗るのを忘れていたわね… 私の名前はライカよ、ここで代々鍛冶職人をしているの」

「俺は長澤 誠ながさわ まことです」

桜坂 健吾さくらざか けんごだ」

「エミリーとイイます」


 軽い自己紹介を済ませ、召喚されたばかりの俺達にライカさんはこの世界が置かれている現状を説明してくれた。


「現在人類が危機に晒されているのは言わなくても外の現状を見ればわかるわね」


 なにがなんだかわからないままこの世界に召喚され、能力を与えられ、大雑把な説明しかされないまま、外に出たら最終決戦手前みたいな、すでに手遅れすぎるくらいの現状。

 俺達は嫌というほど仲間の死を持って経験してきた。

 ゲームなどに例えてわかりやすい例が、初期値でラスボス前の敵と戦う感覚だ。
 これがいかに無理難題か、能力がわかっていればいいほうで、一発でも食らえば終わりだ。


 なんでもっと早い段階に召喚できなかったのかと誰しも思った。

 でも、そんな理由もあれを聞いたら納得できた。


 召喚も多大なる生贄を必要とすることを。


 あの大きな袋に入れられていたのはその生贄で間違いなかった。


 いや、正確に言えば袋だけじゃなく、あの王宮の袋の置かれていた後ろの部屋の中に詰められるだけ生贄がいたのだろう。


 なぜこんなことがあの状況下でわかったのか… それは…


 エミリーの能力の一つが【透視】だったからだ。

 エミリーはその【透視】の能力で俺達に伝えてくれた。エミリー自身が一番つらいだろう。
 俺達はエミリーに聞いただけだがエミリーは直接【透視】で見てしまっている。

 その影響だろうか、エミリーはここに来てから俺達よりもあまり寝ていない。


「魔王は突然現れて、勢力を拡大していったわ、街を飲み込み、国を飲み込み、アルテア大陸が飲み込まれた時には既に手を付けられない状態にまで…」


 その間にも勇者召喚は行われていたらしいが、結果は今の通り。


 どうやら俺達が最後の希望というやつだったのかもしれないな…


「私にできるのはそんな人達の力になるような武器だけ… 代々引き継いできた由緒正しき鍛冶業も私で終わり、私は最後まで戦う人がいる限り、この場所で武器を作り続けるわ」


 その決意に満ち溢れる眼差しは、凛としていてとても奇麗だった。

 思えば最初から意識はしていたけど、段々とその感情は強くなっていく。


「そしてここなら自由にしてもらって構わない、ゆっくり休んで行ってくれ」


 久しぶりにその日は魔物の脅威から怯えずに眠ることができた。


 翌日、疲労もいくらかとれて寝覚めも良かったのかだいぶ早く起きてしまった。

 見渡すと奥の炉の近くでライカさんは武器を作っている最中だった。

 上体を起こし、寝ている健吾を避け、ライカさんのほうへ行こうとしたが、エミリーの姿が見えないことに疑問を持った。


 ライカさんなら知ってるかもしれないな…


 俺達に気を使って音をなるべく立てないようにライカさんは剣を研いでいる。


「おはようございます、ライカさん」


 今日も昨日と変わらない長い紫の髪をポニーテールにして、作業着に身を包んだライカさんがくるりと俺の方を向き微笑む。


「ああ、おはよう、よく眠れたかい?」


 振り返った時にふわりと香る石鹸のような香りに思わずどきりとさせられる。
 よく見ると髪がわずかに濡れている。


「はい、久しぶりによく眠れました。 ライカさん、エミリーは見ませんでしたか?起きたら居ないようなので」

「ああ、あの子か、あの子は外の空気を吸ってくるといってさっき少し出て行ったぞ。小屋の周囲少しくらいならこのネックレスの効果範囲だから安全だと思うよ」

「そうですか。 ライカさんは今何を作ってるんですか?」

「これはね、君達の武器を作っているんだ。」


 よく見ると2種類の武器はもうできているのが見えて、残りの1種類の仕上げにかかっているようにも見えた。

 ライカさんには昨日のうちに俺達がどんな能力でどんな武器を使っていたかは伝えていた。


 エミリーの能力は【透視】と【必中】の2つの能力。
【透視】は昨日も説明した通り、物を透過させて見る能力、【必中】は攻撃がどんな場所から投げても当たる能力。この【必中】がなかなか優秀で、投げられさえすれば必ず相手に当たる。
 今までもこの能力には助けられてきた事も結構あって、エミリーは完全に遠距離からの攻撃をお願いしてきた。

 おそらくこの置いてある円月輪はエミリーのために作ってくれたものだろう。


 健吾の能力は【火炎の加護】と【部分硬化】の能力。
【火炎の加護】は炎系の攻撃は無効、さらに周囲に火の手が上がっていると自身の能力が上がる効果も持っている。
 開始早々、炎に包まれていた城下町をさながら火消しのような活躍で、活路を開き、道を作った。
 これは健吾が元々消防士だったのが影響をもたらしていると見えた。

【部分硬化】は一時的に体の一部を完全硬化し、どんな攻撃も一時的に防ぐことができる能力だった。
 そのおかげで、高レベルの魔物からの攻撃を率先して防いでくれたり、隙を作るために盾役になったり、みんなよりも前に出て活躍していった。

 そんな健吾のための武器はおそらくこの大斧だろう。
 健吾の力なら問題なく扱えそうだ。


 そしてこの俺、長澤 誠の能力は…

【完全切断】と【豪運】
【完全切断】は武器による攻撃を一時的に100%まで上昇させ、どんな硬い物でも切断できる能力だ。
 この能力のおかげで、なんとか魔物を倒せていけてるのが現状で、健吾が前に出てエミリーが態勢を崩させてるうちに俺が真っ二つにする。

【豪運】はその名の通り運がいいらしいが、そのおかげでこうやってまだ生きているのかもしれないな。

 そしてそんな俺のために作ってくれている武器は今研いでもらっている刀だ。

 男なら一度刀を使ってみたいというのは誰しもあるだろう。

 だがこの世界には刀が存在していなくてライカさんに伝えるのが大変だった。
 昔見た教科書の要点をなんとか思い出して伝えるとライカさんは快く了承してくれた。

 今見ている限り、さすが長く鍛冶職人の経験があるだけに、記憶にある刀とそっくりな出来に仕上がってきている。

 それをたった1日で3種類も…


「あ、あんまり見られてると少し恥ずかしい…」

「ご、ごめん」


 頬を染め、うつむく姿に俺のほうがどうにかなってしまいそうだった。


「ただ待ってくれているのもあれだから、聞かせて欲しいな君が住んでいた世界の話を」

「いいよ、何から話そうか…」



 久しぶりにこんなに笑ったし、楽しかった。自分の恥ずかしい話やその時に流行った映画の話、ライカにとってそれは新鮮でとても喜んでくれた。


「…がまさかひっくり返すなんて」

「あはは、それは災難だったねぇ」

「随分仲良くなったんだなお二人さん」

「お、健吾ようやく起きたんだ」

「おはようございます、健吾さん、体調はどうですか?」

「ああ、大分休ませてもらったおかげで疲労もだいぶ取れたよ、ありがとう」


 健吾はコキコキと首を鳴らし、眠そうな目で辺りを見る。


「あれ?エミリーはどこに行ったんだ?」


 そういえばそうだ… かれこれライカと話していて3時間近く経っている。

 話に夢中になりすぎていてそんなことにも気づかなかったのか俺は…

 こんなに時間が経っているのに戻ってこないなんておかしい…


「探しに行こう」

「ああ」

「あの、少しでも助けになれれば」


 そういってライカさんは健吾に大斧、俺に刀を手渡す。


「私もおかしいと気づけたはずなのに気づけなかった… 私にはこれくらいしか役に立てませんが…」


 ライカさんも責任を感じているのだろうその表情は暗い。


「俺が気づかなくて話に夢中になってたのも原因ですから、ライカさんは気にしないでください、それにこんないい武器まで作ってくれてありがとうございます」

「ああ、ライカさんは何も悪くないさ、この武器使わせてもらうな!」

「どうか、御武運を…」


 ライカさんを残し、勢いよく小屋から出ると案の定エミリーの姿はどこにも居なかった。


「いったいどこに行ったんだ」


 魔物にできるだけ遭遇しないように注意を払いながら、出くわした場合集まってくる前に仕留めていく。
 武器が高性能になったおかげで、前よりも苦戦することは減っていた。

 だが、一向にエミリーの姿を見つけることが出来ず、夜を迎えてしまった。

 夜になると魔物が活性化する。

 それはこの世界に来て多くの犠牲者を出した最初の夜もそうだった。

 だから極力夜の戦闘は避け、隠れて朝を迎えなければならなかった。

 日も暮れかかってきたところでエミリーの捜索を断念した俺達は完全に夜になる前に、ライカのいる小屋へ戻ってきた。


「ん? あれってもしかして」


 小屋に入ろうとする見覚えのある姿に気づき俺達は駆け出す。

 その後ろ姿はあのエミリーの姿だった。


「心配させやがって、まったく…」


 健吾がため息を吐く。

 そして俺達が小屋に入ろうとしたその時だった。


「きゃああああ!!」


 中からライカさんの悲鳴が聞こえ、慌てて小屋のドアを開けると、腹を貫かれ、ぐったりしているライカさんと手を血に濡らし、立っているエミリーの姿がそこにはあった。

 何が起こってるのか理解しようとするが頭がうまく働かない。


まこと!! ライカさんを助けろ!!」

 健吾のその声に我を取り戻し、大慌てでライカさんを救い出す。


 エミリー… なんで…


 その狂気の犯行を行ったエミリーは天井を見上げ、ぶつぶつと笑っている。


「エミリィイイ!!!」


 健吾が怒りに任せ、エミリーを殴ろうとした時、エミリーの顔が不自然な角度で曲がり、大爆発とともに小屋が崩壊、俺達はそのまま外に爆風で投げ出された。


「ぐっうう、ラ、ライカさん! ライカさん!!」


 痛む体を動かし、投げ出されてしまったライカさんを腕に抱える。


「 … うっ… 」


 よかった、傷だらけだけど息がまだある。
 ライカさんを運びやすいように背中に背負い直す。

 こんな時回復魔法があったらと思ってしまう。
 この世界には魔法がある。

 だけどその魔法を覚える前に戦いは始まっていた。


「くそっ!!!」


 見渡すと、爆発の騒ぎを駆けつけてかぞろぞろと魔物が集まってきている。

 まずい、まずい。

 小屋は爆発で吹き飛び、あの爆発を引き起こしたエミリーは…


「うっぷ…」


 吐きそうになるのを無理やり飲み込む。
 嫌な酸味と嫌悪感が流れ込んでくるようだ。

 それよりもまずはここから逃げなければ… 魔物が…


「誠!!」


 大声が響く。


「お前は逃げろ!!」


【部分硬化】のある健吾は無事だったのか…


「だめだ!!一緒に…」

「黙れ!! これが一番いいんだ、さっさと行け!!!」


 爆発の煙が晴れるとそこには片腕を無くした健吾が大斧を片手で振りかざし、魔物に向かって叫んだ。


「かかってこいやぁあああああ!!!!」


 俺は逃げることを選んだ。

 あれは健吾の最後の頼みだった。
 召喚された最初の夜に健吾とエミリーと話した。

 お互いのこと、前の世界のこと、そして自分がもうどうしようもなくなってしまった時の事。

 ーーーーー


「もし、この中の誰かが生き残る可能性があり、自分がどうしようもなくなった時は俺はそいつを生かすために囮になる」

「そんなっ、一緒に逃げる可能性を探すんだ」

「だめだ、その時は迷わず逃げろよ。 俺が命を懸けて時間を稼いでやる。俺は誰かを助けるために消防士になったんだからよ、この世界でもそれは変わらねぇ、自分より助かる可能性の高いほうを俺は優先する」

「カッコイイですネー!!」

「だろう!」

「俺も男だ、健吾だけにカッコいいことさせるかよ、俺も健吾と同じように可能性の高いほうを優先して行動するよ」

「おー、んじゃ約束だ」

「おう」


 ーーーーー


「ばかやろう… カッコつけやがって…」


 何が【豪運】だ。 

 俺だけ助かったって意味ないんだよ…

 涙を拭い、ただ前だけを見て走る。

 より遠くへ。

 走り続ける。


 健吾のお陰なのか、俺の【豪運】のせいなのかわからないが、魔物に出くわすこともなく、村の焼け跡地のような場所にたどり着いた。



 ここはどうやら魔物が去って、鎮火した建物は残っているここならしばらく隠れられそうだった。

 建物の陰になるように移動して、ゆっくりライカを降ろし横にさせる。

 穴が開けられた腹部からは絶えず血が流れ続けている。服を袖を破り、応急措置でしかないが巻いていく。


「ごめんな… 巻き込んじまって…」

「はぁ… はぁ… マコトのせい… じゃない… 」

「初めて名前で呼んでくれたな…」


「ありがと… マコト…」

「なんだよ… そんな最後みたいな…」


「… マコトの …世界の …話 …楽しかった」

「ライカ…」


「 また… 楽しい …話を 聞かせてね…」

「ああ、何度だって話すぞ、まだ話してないことがたくさんあるんだ! だから」


「ぅん… これ……」

「え?」


 胸元から震える手でライカが取り出したのはさやに仕舞われた小太刀だ。

 受け取り、刀身を出してみるとうっすらと紫がかった色をしている。

 まるでライカのような髪の色を連想させる小太刀。


「… 使って」

「綺麗だ」


「あり… がとう」


「まるでライカみたいな綺麗な刀だ」


「… うれし…」


「大切にするよ…」


「 …ぅ …ん 」


「あのさ… ライカ…」



「 …… 」



「好きだよ」


 瞳は閉じられ、ライカの流れる涙は頬を伝い流れていく。
 まだ手はこんなに温かさを残しているのにまるで眠ってしまったかのようにピクリとも動かない。


 なぁ… 起きてくれよ…


 …まだ話してないことたくさんあるんだよ…


 …俺を一人にしないでくれよ…


 …ライカ


 その日は声にならない声を上げ泣いた。
 翌日ライカを埋め、この場所を守るためだけに、勇者を辞めて、魔王を倒すのは諦めた。

 そしてこんな地獄がいつまで続くのかと思ったが終わりは突然やってくる。

 あっけなくその2週間後にどこかの勇者に魔王は討たれ、世界は平和になった。


 なんでもっと早く終わってくれなかった。

 なんで、俺だけこんな…

 俺から大切な物を奪って。


 残されたのはライカが残してくれた2本の刀。
 一つは雨のような青い太刀、名を雲海うんかいと名付け。

 もう一つの薄紫の小太刀を雷華らいかと名付けた。


 俺は名前を捨て、この場所を守り続けることにした。

 英雄になんてならなくていい、ただこの場所を守る村長として生きていく。
 そんな生き方も悪くない。


 彼女の愛したこの場所を守るために。




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