魔法力0の騎士

犬威

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第二章 アルテア大陸

side オクムラタダシ ~髪~

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「あはは、髪切っちゃった」


 申し訳なさそうに笑いながら優希は似合うかなと聞いてくる。


「どうして… あんなに伸ばしていたじゃないか…」

「いいの、気分転換なんだから、それよりも似合ってる?」


 少し不機嫌そうになりながらもまだ照れくさいのだろう髪の毛をしきりに気にしている。


 優希から突然メールで呼び出された僕は使われていない視聴覚室で話をしている。
 学校では不良達の視線をかいくぐらなければ生活ができないくらいに僕の学校生活は底辺に落ちていた。

 そんな僕と一緒にいる優希までそんな目にあってほしくはないとだいぶ前からこうして人のあまりこないここで何かあったら話したりしていた。

 優希は昔から女の子らしく髪が長かったけど、短い髪も似合わないわけではなかった。

 むしろ似合っている。

 だけど、昨日散々泣いたであろうその腫れている目はそういった言葉を言うのにためらわらせた。

 でも無理をしてこんなにも明るく普段通りに話しかけてくれる優希に答えてあげる言葉なんて一つしか思いつかなかった。


「似合ってるよ、夏だし、僕も短く切ろうかな」

「ありがと、んー忠司はこのままでいいんじゃない?」

「そうかな」

「そうだよ、いまのままが絶対いいから」


 じっと僕の目をみてまっすぐに答える優希、一瞬どきりとさせられたが、その表情が暗い事でそんな気分はすぐに吹き飛んだ。

 昨日いったい何があったんだろう。

 すぐにふいっと後ろを向いて僕に顔を見られるのをまるで拒むかのような仕草を取る。


「そ、それじゃ、私クラスに戻るから」

「え、それだけ?」

「うん、それだけ」


 優希は嘘をつくのがほんとに下手だ。
 早口になるし、不安なのか嘘をつくとき自分の手をしきりにいじっている。
 これは幼馴染である僕が知ってる優希の姿だ。

 本当は話したい内容があるのに言い出せないとき優希はいつもこんな仕草をとるのである。

 普段見せる強気な顔はそれを上手く隠してしまう。
 だけど僕は長い間幼馴染だったからわかるのだ。

 言いたくても言えない本音が。

 足早に僕の前から去ろうとする優希の肩を掴む。


「ちょっと待ってよ」

「痛っ」


 そんなに強く掴んだわけではないのに優希はとても痛がった。


「ご、ごめん、…優希、昨日何があったんだよ…」


 振り返った優希は泣いていた。

 痛みで泣いてるわけじゃないのはすぐにわかる。
 だけど僕に掴まれていた肩を手で抑え、震える手で口元を覆う。


「うっ、私… ほんとは切りたく… なかった… 」


 嗚咽交じりに涙をぬぐいながら優希はぺたんと座り込んだ。

 よほど我慢していたのだろう、僕の手を取り大粒の涙をこぼしていく。

 昔、優希が長い髪を自慢してきたことがあった。
 それだけ優希にとって髪は誇りであったり、艶やかな黒髪は自慢だったのだろう。

 それが今は似合ってはいるもののショートカットになり、あの長い黒髪はすでに面影をなくしていた。


「見て」


 なにをという言葉をいう前におもむろに優希は夏服のブラウスのボタンを開けていく。


「ちょ!?」

「いいから」


 目をそらしそうになった僕を優希が僕の手を引っ張り、ちゃんと見ろと促す。

 中に透けないように白いTシャツを着ていて、優希はブラウスのボタンをはずし終わると、ぐいっと左の肩口をずらすように見せた。


「優希…」


 優希の左肩は真っ青に腫れあがっていた。


「昨日… あの不良達に絡まれてね…」


 その言葉で嫌な予感はあたってしまった。
 昨日確かに珍しく不良たちが僕の所には来ずに、僕は帰宅することができたのだ。


「先生にチクってることもばれてたらしくてね…」


 優希はいじめられてる僕の為に前から先生に色々言っているらしいのは知っている。
 だけどあまり効果はなく、先生達も不良達には手を焼いていた。


「肩をバットで殴られて、髪をめちゃくちゃに切られたの…」


 だから髪を切ったのか…


「次に俺らにちょっかいかけたらこれだけじゃ済まないって、次やったらもっとひどいことするって脅されたの…」


 こらえきれなくなった優希は震えながら再びぽろぽろと泣きながら話す。
 よほど怖かったのだろう、僕も似たような事をされているからその気持ちは痛いほどわかってしまう。


「ごめん、忠司… 私の力じゃ忠司を助けられないよ…」

「いいんだ、僕の事は気にしないで、それよりも僕のせいでこんな目にあわせてしまってごめん」

「ちがっ、忠司のせいじゃ…」

「僕のせいだよ、僕が悪いんだ、これからは僕の為にしようとしなくていいから」

「それじゃあ忠司が…」

「僕もなんとか頑張ってみるから優希はいつもみたいに強気で僕に接しててよ、そのほうが不良達にはいいと思うからさ」

「う… わかった… 今日はもう帰るね、涙で腫れてるし、肩も治療しないといけないから」

「ああ、またな」


 涙を拭い、服を着なおし、優希は視聴覚室から出ていく。

 僕の中で不良達と自分に向けての憎悪と嫌悪が募っていく。
 許せない。


 優希をあんな目に合わせやがって。

 殺してやりたい。

 でも、できない。

 僕は意気地なしで弱虫だ。

 僕に力がないから。

 僕は僕が大嫌いだ。

 こんな弱い僕なんか嫌いだ。


 ーーーーーー
 ーーーー
 ーー


「会って謝らないといけないんだよ、優希と話をしなきゃいけないんだよ、頼むから死んでくれよ」

「ぐっ… ぐあっ…ま、魔法が…」


 魔法を全て跳ね返し、剣で切り刻んでいく。

 男の体からは切り傷によって血が流れだし、戦局は完全にこちらにあった。


 なんて名前だったっけ?こいつ…


 男の体を吹き飛ばし、壁に叩きつける。


「ぐぼっ… そんな… 」


 ぐらりと男の体が倒れ、血を噴出させながら崩れ落ちる。


「まぁ、いいか、それじゃとどめだ」


 血に濡れた剣を振り、血を飛ばし、倒れている男の前に一気に迫る。


「!?」


 ガギンという音と共に僕の剣が男にとどめを刺す前に見慣れた大きな長剣によって妨げられる。


「おいおい、目的を忘れておらんか? 全員殺してしまっては意味ないじゃろ」

「そうだったな、すまない、ユーアール」

「まったく、こいつだけアルバラン様のとこに連れて行くぞ」


 よっとと言ってユーアールは男を担ぐと再び辺りを見渡した。


「この辺りも全て殺しまわったせいか、血の海と化してるのう」

「アンタも殺して回ってただろ」

「フハハハ、まぁアルバラン様の指示じゃからのう」


 これでここいらの村は全て全滅した。ほとんどがアルバラン様に忠誠を誓わない輩だったから殲滅した。
 最後に訪れたここを守っていたこの男は他の人達とは比べられないくらいの強者だったけど。

 はっきり言って僕とは相性が良かった。

 お得意の魔法は完全封殺。
 剣による攻撃もレベルが上がった僕よりも劣る。

 僕もだいぶこの戦いで強くなったな。

 あ、この男の顔どこかで見たことあるなと思ったけど思い出したな。


 名前はたしか…


「ガルディアの第2隊長ストライフ=バーンだったな」





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