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五
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五
朝の仕込みを終えて厨房から顔を出すと、ドアベルが鳴った。マントを羽織ったそのシルエットはもう見間違えようもなくペルフェだった。
もう最近では「来るかな?」じゃなく、「今日も来てくれた」って思うようになってる自分が少し怖い。
「おにいさん、おはようございます」
ペルフェは声を弾ませて、いつもの奥の席へ向かう。顔色は昨日よりマシだけど、目が少し腫れてる気がする。
「おはよう。今日は紅茶からにするか?」
「はい……おにいさんの淹れてくれる紅茶が、一番落ち着きます」
スープを温めながら、俺は無意識に微笑んでた。
「お兄ちゃん、また王子様に優しい目してる~」
ヒナが横からからかうけど、もう否定する気力もない。ペルフェが紅茶を一口飲んで、ふうっと息をつく。
その時、またドアベルがカランカランと鳴る。
入ってきたのはマリアおばちゃんだった。
今日はいつもより少し早い時間の来店だ。
おばちゃんはカウンター席に座ると、ヒナに「いつものカレーお願いねぇ」と笑顔で注文し、すぐにペルフェの席に視線を向けた。
「あら、王子様! 今日もいらっしゃったのねぇ」
ペルフェがびっくりして顔を上げ、慌てて頭を下げる。俺もまさかマリアおばちゃんがペルフェに声をかけるなんて思わず驚いた。
「マ、マリアさん……おはようございます」
しかもペルフェは当然に返事をしている。もしかして知り合いなのか?
おばちゃんはニコニコしながら近づいてきて、ペルフェの隣の席に腰を下ろす。
「ふふ、顔色が少しマシになったみたいじゃない。ここのスープのおかげかしら? 昔、王宮で作ってた私のスープより美味しそうに見えるわよ」
ペルフェは少し照れくさそうに微笑む。
王宮? 私のスープ? なんのことだかさっぱり分からない。
「マリアさんのスープも……すごく美味しかったです。王宮にいた頃、時々こっそり厨房に寄って……」
おばちゃんの目が優しく細まる。
「覚えててくれたのねぇ。あの頃は王子様、まだ小さくて……みんなが冷たくするから、厨房に来ては私の料理を食べて、ちょっと元気になってたわよね」
私の料理、という単語から俺の脳内にはマリアおばちゃんがシェフまたは乳母だったのでは、という疑問が浮上した。
仮にマリアおばちゃんが王宮のシェフだったとしよう。
俺は鍋をかき混ぜる手を止めて、思わず厨房の影から二人の方を凝視する。
原作にそんな記述はなかったはずだ。いや、あったとしてもただの脇役の常連としてしか出てこなかったはずだ。
なのに今、目の前でペルフェが「おばちゃんのスープも美味しかった」って昔を懐かしむように話してる。
バタフライエフェクト……もうバタフライエフェクトだけでは収まらない程の改変が起きている。いや、それ以前に俺の知らない過去がこんなに近くにあるなんて。もうここは俺の知ってる書籍の世界じゃないんだ。
現実なんだ。
それにしてもマリアおばちゃんが王宮にいたってことは、ペルフェの体調のことももっと詳しく知ってる可能性があるのか?
胸がざわついた。
ただの世間話好きのおばちゃんじゃなかったのかよ……。
頭がくらくらする。
今は、黙って聞いておくしかない。
彼女は声を少し潜めて続ける。
「でも最近、咳がひどいって聞いたわよ。王宮の使用人さんたちが市場でぼやいてて……『第二王子が夜吐血している』って。……あんまり無理しないでね」
ペルフェの表情が一瞬曇る。
「……ありがとうございます。でも、ここに来ると……少し楽になるんです。おにいさんのスープも、紅茶も……」
おばちゃんはペルフェの頭を軽く撫でて、優しく笑う。
……おばちゃんが撫でてるのを見ると、なんか胸がモヤモヤする。俺が撫でてる時はあんなに赤くならねえのに……いや、待て、俺は何考えてんだ。
「そうよねぇ。ここは王宮みたいに冷たくないもの。ここでゆっくりしていきなさい。王宮のシェフだった私から言わせてもらうと、アレンくんの料理は体に優しいわよ。……あの子、昔の私みたいに、誰かを癒したいって気持ちが強いんだから」
ペルフェが小さく頷き、頰を赤らめる。
「はい……おにいさん、いつも優しくて……」
おばちゃんはクスクス笑って立ち上がる。
「ふふ、じゃあ私はカレー食べて帰るわね。王子様、今日も頑張りなさいね。……王宮の噂、もっと酷くなってるみたいだから」
そう言い残してカウンターに戻ったおばちゃんの背中を見送りながら、俺は胸の奥がざわついた。
王宮の噂……。
吐血までしてるってのに、ペルフェはまだここで微笑んでる。
ペルフェは小さく息をついて、紅茶の器を両手で包むように持った。その瞳が少し潤んで見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「……昨日、おにいさんに抱きしめてもらって、咳が少し楽になりました」
「そうか。なら、今日も必要ならいつでも言えよ」
厨房から顔を出して言えばペルフェの顔はりんごみたいになった。
「…ありがとうございます。おにいさん」
目を伏せるその仕草が初々しくてまた頭を撫でそうになったけれど、俺は自制して出来上がった紅スープを置いた。
その時、またドアベルが鳴った。
入ってきたのは、見覚えのない少年だった。
銀髪に近い淡い金髪、幼い顔立ちなのに青い目が鋭くて、明らかに王族の雰囲気を醸し出している小さな少年。
……第三王子、ルシアンだ。
ルシアンが店内を見回して、ペルフェに視線を止めた。
「にい。ここにいたのか」
ペルフェがびっくりして立ち上がるその動きがあまりに急で、テーブルに置いた紅茶のカップがカタンと揺れた。
ペルフェの顔から血の気が引いていくのが、厨房の影から見ていてもはっきりわかった。
「ルシアン……どうして?」
ルシアンが俺を冷たく睨む。その瞳には、警戒と軽蔑が混じっていた。
まるで俺がここにいること自体が罪だと言わんばかりだ。
「にいの体調が急に悪化したと聞いて。そしたらこの店に毎日通ってるって聞いたから……店主が何かしてるんじゃないかと」
俺は思わず身を乗り出した。
「何かしてるって……俺はただ、ペルフェを休ませてるだけだ」
ルシアンの口元が歪む。嘲るような、冷たい笑みだった。
「休ませてる? にいは……王宮で守れなかった。お前みたいな平民に頼る必要はない。毒の進行が早まってる……王宮に連れ帰る」
毒? なんのことだ。ルシアンの口ぶりはまるでペルフェが毒に侵されているみたいな……。
マリアおばちゃんの言葉が頭をよぎった。夜吐血しているって。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
ペルフェの細い肩が震えているのが見えて、俺は無意識に拳を握っていた。
「ルシアン、違うんです。おにいさんは優しいんです」
ペルフェが震える声で庇う。
その薄い体が、必死にルシアンに向き合おうとしている。
俺は思わず一歩踏み出しそうになったけど、足が動かない。王族の前に平民が口を挟むなんて……でも、放っておけない。
「にい……」
ルシアンが一瞬表情を緩めて呟く。
その声には、ほんの少しだけ兄への心配が滲んでいた気がした。しかしすぐにクールな仮面に戻る。
まるで弱さを見せることが許されないように。
「にいの体は限界だ。王宮なら医者も設備も薬もある。さっさと帰ろう」
「いや、僕は……」
ペルフェの声が途切れる。
その瞳に、怯えと諦めが混じっていた。
このままじゃ、ペルフェが連れていかれる。咄嗟にそう思った。
王宮にいるのに毒が進行してるってどういう事だよ。
ペルフェが立ち上がろうとして、ふらりと倒れる。俺は咄嗟に受け止めるけど……まずいぞこれ。熱が高いし体が熱い。目なんか潤んでるし息は荒いし顔色だって良くない。
ルシアンが無表情で歩み寄ってきて俺の腕の中からペルフェを引き剥がした。
「お前、にいに何をした? まさか毒でも盛ったのか?」
「違う! 俺は何もしてない!」
俺は思わず怒鳴ってたけど、ルシアンが鼻で笑う。
「ならなんだ? お前の血に解毒作用があるのか?」
「そんなわけないだろう!」
俺の反応を見てルシアンの口元に笑みが浮かんだ。そして俺を見下して言い放つ。
「まさかお前がにいを誑かしていたとはな……ただの平民が」
ダメだ。こいつには何言っても通じない。頭がくらくらしてきた。畜生、クソガキめ!
俺の直感が王宮は危ないと告げている。
このままじゃ、ペルフェが……絶対に渡さない。
「王宮には帰さねえ、俺が守る」
ペルフェの細っこい体を抱きしめてルシアンを睨む。年下相手に大人気ないかもしれないが、どうにかしてペルフェをこのガキに渡したくなかった。
「っ、本気か」
「ああ」
「にいを、兄さんを貴方は守れるのか」
「命に変えても守ってやる」
ルシアンは悔しそうに顔を顰めると、ふん! と鼻を鳴らして背中を向ける。
「……にいのこと任せたぞ」
あの後、ルシアンが店を出て行った瞬間、食堂の中が急に静かになった。
ペルフェはまだ俺の胸に顔を埋めたまま、細い肩を震わせている。
俺は強く抱きしめて、背中をゆっくり撫で続けた。
「もう怖がらせない。俺が守るから」
ペルフェが小さく頷いて、俺のシャツを握る手が少し強くなる。
「……おにいさん、ありがとう……本当に、ありがとうございます」
声が震えてる。涙がシャツに染みてるのがわかる。
俺はペルフェの髪を優しく梳いて笑いかける。
「泣くなよ。もう一人じゃないんだから」
ペルフェが顔を上げて、潤んだ目で俺を見る。
その瞳に、怯えと信頼が混じっていて、胸がぎゅっと締めつけられた。
ヒナが厨房からそっと顔を出す。
「兄貴……王子様、大丈夫?」
俺はペルフェを抱いたまま頷いた。
「ああ。今日はもう店閉める。ヒナ、片付け頼む
ヒナは珍しく真剣な顔で「うん……お兄ちゃん、頑張ってね」と言って厨房に戻った。
妹の優しさが、なんだか胸に染みる。
俺はペルフェを抱えたまま、階段を上って自分の部屋へ連れて行った。
ベッドに寝かせて、薪ストーブを強く焚く。
部屋の中がすぐに暖かくなって、薪がぱちぱちと音を立てる。
「今日はここで休め。体内の毒は……汗をかけば出てくはずだ」
ペルフェが毛布にくるまって、小さく頷く。
「…おにいさんがいてくれるなら、怖くないです」
俺はベッドの端に座って、ペルフェの額に手を当てた。
まだ熱い。
なんだか昔にもこんなことがあったなと思いながらも俺もベッドに入り、ペルフェを抱きしめる。ベッドは一つしかないし、一人にするのも不安だったからの行動だ。
「お、おにいさん!?」
「いいから、今日は寝ろ」
「は、はい……」
少し強引だったろうか。
朝の仕込みを終えて厨房から顔を出すと、ドアベルが鳴った。マントを羽織ったそのシルエットはもう見間違えようもなくペルフェだった。
もう最近では「来るかな?」じゃなく、「今日も来てくれた」って思うようになってる自分が少し怖い。
「おにいさん、おはようございます」
ペルフェは声を弾ませて、いつもの奥の席へ向かう。顔色は昨日よりマシだけど、目が少し腫れてる気がする。
「おはよう。今日は紅茶からにするか?」
「はい……おにいさんの淹れてくれる紅茶が、一番落ち着きます」
スープを温めながら、俺は無意識に微笑んでた。
「お兄ちゃん、また王子様に優しい目してる~」
ヒナが横からからかうけど、もう否定する気力もない。ペルフェが紅茶を一口飲んで、ふうっと息をつく。
その時、またドアベルがカランカランと鳴る。
入ってきたのはマリアおばちゃんだった。
今日はいつもより少し早い時間の来店だ。
おばちゃんはカウンター席に座ると、ヒナに「いつものカレーお願いねぇ」と笑顔で注文し、すぐにペルフェの席に視線を向けた。
「あら、王子様! 今日もいらっしゃったのねぇ」
ペルフェがびっくりして顔を上げ、慌てて頭を下げる。俺もまさかマリアおばちゃんがペルフェに声をかけるなんて思わず驚いた。
「マ、マリアさん……おはようございます」
しかもペルフェは当然に返事をしている。もしかして知り合いなのか?
おばちゃんはニコニコしながら近づいてきて、ペルフェの隣の席に腰を下ろす。
「ふふ、顔色が少しマシになったみたいじゃない。ここのスープのおかげかしら? 昔、王宮で作ってた私のスープより美味しそうに見えるわよ」
ペルフェは少し照れくさそうに微笑む。
王宮? 私のスープ? なんのことだかさっぱり分からない。
「マリアさんのスープも……すごく美味しかったです。王宮にいた頃、時々こっそり厨房に寄って……」
おばちゃんの目が優しく細まる。
「覚えててくれたのねぇ。あの頃は王子様、まだ小さくて……みんなが冷たくするから、厨房に来ては私の料理を食べて、ちょっと元気になってたわよね」
私の料理、という単語から俺の脳内にはマリアおばちゃんがシェフまたは乳母だったのでは、という疑問が浮上した。
仮にマリアおばちゃんが王宮のシェフだったとしよう。
俺は鍋をかき混ぜる手を止めて、思わず厨房の影から二人の方を凝視する。
原作にそんな記述はなかったはずだ。いや、あったとしてもただの脇役の常連としてしか出てこなかったはずだ。
なのに今、目の前でペルフェが「おばちゃんのスープも美味しかった」って昔を懐かしむように話してる。
バタフライエフェクト……もうバタフライエフェクトだけでは収まらない程の改変が起きている。いや、それ以前に俺の知らない過去がこんなに近くにあるなんて。もうここは俺の知ってる書籍の世界じゃないんだ。
現実なんだ。
それにしてもマリアおばちゃんが王宮にいたってことは、ペルフェの体調のことももっと詳しく知ってる可能性があるのか?
胸がざわついた。
ただの世間話好きのおばちゃんじゃなかったのかよ……。
頭がくらくらする。
今は、黙って聞いておくしかない。
彼女は声を少し潜めて続ける。
「でも最近、咳がひどいって聞いたわよ。王宮の使用人さんたちが市場でぼやいてて……『第二王子が夜吐血している』って。……あんまり無理しないでね」
ペルフェの表情が一瞬曇る。
「……ありがとうございます。でも、ここに来ると……少し楽になるんです。おにいさんのスープも、紅茶も……」
おばちゃんはペルフェの頭を軽く撫でて、優しく笑う。
……おばちゃんが撫でてるのを見ると、なんか胸がモヤモヤする。俺が撫でてる時はあんなに赤くならねえのに……いや、待て、俺は何考えてんだ。
「そうよねぇ。ここは王宮みたいに冷たくないもの。ここでゆっくりしていきなさい。王宮のシェフだった私から言わせてもらうと、アレンくんの料理は体に優しいわよ。……あの子、昔の私みたいに、誰かを癒したいって気持ちが強いんだから」
ペルフェが小さく頷き、頰を赤らめる。
「はい……おにいさん、いつも優しくて……」
おばちゃんはクスクス笑って立ち上がる。
「ふふ、じゃあ私はカレー食べて帰るわね。王子様、今日も頑張りなさいね。……王宮の噂、もっと酷くなってるみたいだから」
そう言い残してカウンターに戻ったおばちゃんの背中を見送りながら、俺は胸の奥がざわついた。
王宮の噂……。
吐血までしてるってのに、ペルフェはまだここで微笑んでる。
ペルフェは小さく息をついて、紅茶の器を両手で包むように持った。その瞳が少し潤んで見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「……昨日、おにいさんに抱きしめてもらって、咳が少し楽になりました」
「そうか。なら、今日も必要ならいつでも言えよ」
厨房から顔を出して言えばペルフェの顔はりんごみたいになった。
「…ありがとうございます。おにいさん」
目を伏せるその仕草が初々しくてまた頭を撫でそうになったけれど、俺は自制して出来上がった紅スープを置いた。
その時、またドアベルが鳴った。
入ってきたのは、見覚えのない少年だった。
銀髪に近い淡い金髪、幼い顔立ちなのに青い目が鋭くて、明らかに王族の雰囲気を醸し出している小さな少年。
……第三王子、ルシアンだ。
ルシアンが店内を見回して、ペルフェに視線を止めた。
「にい。ここにいたのか」
ペルフェがびっくりして立ち上がるその動きがあまりに急で、テーブルに置いた紅茶のカップがカタンと揺れた。
ペルフェの顔から血の気が引いていくのが、厨房の影から見ていてもはっきりわかった。
「ルシアン……どうして?」
ルシアンが俺を冷たく睨む。その瞳には、警戒と軽蔑が混じっていた。
まるで俺がここにいること自体が罪だと言わんばかりだ。
「にいの体調が急に悪化したと聞いて。そしたらこの店に毎日通ってるって聞いたから……店主が何かしてるんじゃないかと」
俺は思わず身を乗り出した。
「何かしてるって……俺はただ、ペルフェを休ませてるだけだ」
ルシアンの口元が歪む。嘲るような、冷たい笑みだった。
「休ませてる? にいは……王宮で守れなかった。お前みたいな平民に頼る必要はない。毒の進行が早まってる……王宮に連れ帰る」
毒? なんのことだ。ルシアンの口ぶりはまるでペルフェが毒に侵されているみたいな……。
マリアおばちゃんの言葉が頭をよぎった。夜吐血しているって。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
ペルフェの細い肩が震えているのが見えて、俺は無意識に拳を握っていた。
「ルシアン、違うんです。おにいさんは優しいんです」
ペルフェが震える声で庇う。
その薄い体が、必死にルシアンに向き合おうとしている。
俺は思わず一歩踏み出しそうになったけど、足が動かない。王族の前に平民が口を挟むなんて……でも、放っておけない。
「にい……」
ルシアンが一瞬表情を緩めて呟く。
その声には、ほんの少しだけ兄への心配が滲んでいた気がした。しかしすぐにクールな仮面に戻る。
まるで弱さを見せることが許されないように。
「にいの体は限界だ。王宮なら医者も設備も薬もある。さっさと帰ろう」
「いや、僕は……」
ペルフェの声が途切れる。
その瞳に、怯えと諦めが混じっていた。
このままじゃ、ペルフェが連れていかれる。咄嗟にそう思った。
王宮にいるのに毒が進行してるってどういう事だよ。
ペルフェが立ち上がろうとして、ふらりと倒れる。俺は咄嗟に受け止めるけど……まずいぞこれ。熱が高いし体が熱い。目なんか潤んでるし息は荒いし顔色だって良くない。
ルシアンが無表情で歩み寄ってきて俺の腕の中からペルフェを引き剥がした。
「お前、にいに何をした? まさか毒でも盛ったのか?」
「違う! 俺は何もしてない!」
俺は思わず怒鳴ってたけど、ルシアンが鼻で笑う。
「ならなんだ? お前の血に解毒作用があるのか?」
「そんなわけないだろう!」
俺の反応を見てルシアンの口元に笑みが浮かんだ。そして俺を見下して言い放つ。
「まさかお前がにいを誑かしていたとはな……ただの平民が」
ダメだ。こいつには何言っても通じない。頭がくらくらしてきた。畜生、クソガキめ!
俺の直感が王宮は危ないと告げている。
このままじゃ、ペルフェが……絶対に渡さない。
「王宮には帰さねえ、俺が守る」
ペルフェの細っこい体を抱きしめてルシアンを睨む。年下相手に大人気ないかもしれないが、どうにかしてペルフェをこのガキに渡したくなかった。
「っ、本気か」
「ああ」
「にいを、兄さんを貴方は守れるのか」
「命に変えても守ってやる」
ルシアンは悔しそうに顔を顰めると、ふん! と鼻を鳴らして背中を向ける。
「……にいのこと任せたぞ」
あの後、ルシアンが店を出て行った瞬間、食堂の中が急に静かになった。
ペルフェはまだ俺の胸に顔を埋めたまま、細い肩を震わせている。
俺は強く抱きしめて、背中をゆっくり撫で続けた。
「もう怖がらせない。俺が守るから」
ペルフェが小さく頷いて、俺のシャツを握る手が少し強くなる。
「……おにいさん、ありがとう……本当に、ありがとうございます」
声が震えてる。涙がシャツに染みてるのがわかる。
俺はペルフェの髪を優しく梳いて笑いかける。
「泣くなよ。もう一人じゃないんだから」
ペルフェが顔を上げて、潤んだ目で俺を見る。
その瞳に、怯えと信頼が混じっていて、胸がぎゅっと締めつけられた。
ヒナが厨房からそっと顔を出す。
「兄貴……王子様、大丈夫?」
俺はペルフェを抱いたまま頷いた。
「ああ。今日はもう店閉める。ヒナ、片付け頼む
ヒナは珍しく真剣な顔で「うん……お兄ちゃん、頑張ってね」と言って厨房に戻った。
妹の優しさが、なんだか胸に染みる。
俺はペルフェを抱えたまま、階段を上って自分の部屋へ連れて行った。
ベッドに寝かせて、薪ストーブを強く焚く。
部屋の中がすぐに暖かくなって、薪がぱちぱちと音を立てる。
「今日はここで休め。体内の毒は……汗をかけば出てくはずだ」
ペルフェが毛布にくるまって、小さく頷く。
「…おにいさんがいてくれるなら、怖くないです」
俺はベッドの端に座って、ペルフェの額に手を当てた。
まだ熱い。
なんだか昔にもこんなことがあったなと思いながらも俺もベッドに入り、ペルフェを抱きしめる。ベッドは一つしかないし、一人にするのも不安だったからの行動だ。
「お、おにいさん!?」
「いいから、今日は寝ろ」
「は、はい……」
少し強引だったろうか。
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