転生兄が妹の王子を奪っちゃった件

ちなみ

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    六
 
 
 そして翌朝、ペルフェは昨日より少し顔色がマシになっていた。
 歩くたびにふらつくし、咳が出るたびに袖で口を押さえているから万全という訳では無い。
 俺は厨房でスープを温めながら、昨日のルシアンの言葉を反芻していた。
『毒の進行が早まっている』
 口ぶりから誰かに毒を仕込まれたのか。しかし王宮にいながらなぜ治らない。王族なのだからいい医者を呼べば治ると思うのだが。もしかしてそんなに危ない毒なのか?
 しかし、それなら王宮にいてもウチにいても変わらない……。しかしペルフェは食堂にいると体調がいいと言う。
 これは仮説でしかないが、もし、王宮で毒が投与されていたら?
 きっと王宮にいる限り、ペルフェは良くならない。
 なら、解決は二つ。
 一つは王宮から完全に離れること。
 二つ目は、体内の毒を排出させること。
 まあ、これは仮説でしかないのだが。
「おにいさん、おはようございます……」 
 ペルフェが奥の席に座って、弱々しく微笑む。
「おはよう。今日は紅茶じゃなくて、特別なハーブ茶にするぞ」 
 マリアおばちゃんが昨日置いていったハーブの束を、俺は煮出してデトックス茶を作った。俺も飲んだので安全は保証する。
 活性炭の代わりになるものはないけど、発汗を促すハーブと温かいスープで、汗をかかせて毒を出す。王宮から離れて新規投与を止めれば、後は体が自然に回復するはずだ。
 ペルフェがカップを受け取って、湯気を吸い込む。
「……いい匂い。食堂の料理は苦味がなくて好きです」 
「苦味?」
「はい」
 話を聞くと、マリアおばちゃんが夜作ってくれたスープは美味しかったが、それ以外の食事は全て同じ苦味があるらしい。
「僕、特におにいさんが入れた紅茶が好きです」
「……誰が入れても一緒だろ」
 仮説が真実味を帯びてきた。
 もし、本当に王宮の食事に毒が仕込まれているのなら大問題だぞ。
 しかしその前にまずは目の前のことだ。
「飲んでみろ。体を温めて、汗と共に毒を外に出すんだ」 
 ペルフェが小さく頷いて、一口飲む。
「……温かい……体の中まで届くみたい」 
 俺は向かいの席に座って、ペルフェの額に手を当てた。
 まだ少し熱がある。
「俺の部屋でゆっくり休め」
 ペルフェがびっくりして顔を上げる。
「でも……おにいさんに迷惑を……」
「迷惑じゃねえ。俺が決めたんだ」 
 ペルフェが目を伏せるると頰を赤色が差す。
「……ありがとうございます。おにいさん」
 ヒナが厨房から顔を出して、ニヤニヤしながら言ってくる。
「お兄ちゃん、王子様をまた部屋に連れ込むの~? 昨日も抱きしめてたし、今日もイチャイチャ?」
「イチャイチャじゃねえ!  毒を出す治療だ」 
「ふーん、治療ねぇ。兄貴の治療、すっごく優しいよね~」 
 ヒナのからかいに俺はため息をついたけど、ペルフェは赤くなって俯いた。
 ……可愛い。
 午後、客が少ない時間に俺はペルフェを部屋に連れて行った。
 薪ストーブを強く焚いて、毛布を何枚も重ねてベッドに寝かせる。
「今日はここで寝ろ。汗を出すためだが……暑すぎたら言えよ」
 ペルフェが毛布にくるまって、小さく頷く。
「……おにいさん、そばにいてくれますか?」 
「ああ、いるよ」 
 俺はベッドの端に座って、ペルフェの背中を軽くさすった。
 ペルフェが俺の手に自分の手を重ねる。
「……おにいさんの手、温かい……身体の痛みが少し遠くなる気がします」
 時間が経つにつれて、ペルフェの額に汗が浮かぶ。俺はそれをタオルで拭いてやりながら、答えた。
「少しずつ排出されてるはずだ。王宮から離れて、新しく毒が入らないようにすれば……回復するはずだ」 
 ペルフェが目を閉じた。
「……王宮にいると、毎日少しずつ……体が重くなって。でもここに来て、おにいさんに会うと……生きてるって実感がするんです」
 俺はペルフェの髪を優しく撫でた。
「なら、もう王宮には戻さない。俺が全部、何とかするから」
 ペルフェが俺の胸に顔を寄せる。
「……おにいさん、ありがとう……大好きです」
 その言葉に、俺の胸が強く鳴った。
「俺も……お前が好きだ」 
 ずっと心の中でハッキリとしなかった感情がついに言葉になって出た。そうか、俺はずっとペルフェのことが好きだったんだな。だから心配で仕方なかったのか。

 夕方、ペルフェの熱が少し下がった。
 咳も減って、顔色が少し良くなってる。
「明日も……ここにいていいですか?」 
「ああ。毎日でもいい。俺の部屋で休め」 
 ペルフェが微笑んで、俺の手に自分の頰を寄せる。
「……おにいさんのそばにいると、毒が怖くなくなる」
 俺はペルフェを抱きしめた。
「……お前は俺が守る」
 その夜、ペルフェは自ら俺の腕の中に入り眠った。
 俺は薪ストーブの火を見ながら、思う。
 ペルフェは王宮が好きじゃないらしい。なら、俺はペルフェを王宮から完全に逃がす。
 そして毒を全部出す。
 それが全て終わったら……ペルフェと、ずっと一緒に、なんて。
 でもその前にペルフェを勝手に保護して、王宮の連中が黙っているわけが無い。
 さて、俺はこれからどうするか。
 
 夜中、薪ストーブの火が弱くなって部屋が少し冷えてきた頃、ペルフェの体が急に震え始めた。
 最初はただの寒気かと思ったけれど、すぐに息が荒くなって、額に汗が浮かび、眉を寄せて小さくうめき声を上げる。
「いや……やめて……」
 その声に俺はすぐに目を覚まして、ペルフェの肩を抱いた。
「ペルフェ、どうした? 熱か?」 
 ペルフェはまだ眠ったまま、首を振って体を縮こまらせる。
「触らないで……穢れた僕なんて……」
 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
 前にも聞いた『穢れているのに』。
 今度はもっとはっきり、魘されながら繰り返してる。俺はペルフェを強く抱きしめて、背中を優しく撫で続けた。そうするしか出来なかった。
「ペルフェ、俺だ。おにいさんだよ。ここは王宮じゃない。誰もお前を傷つけない」
 そう声をかけるとペルフェの体がびくっと震えて、ようやく目が開く。
 潤んだ瞳で俺を見て、息を荒げながら
「……おにいさん? 夢……だったんですか?」
「ああ、夢だ。俺がいるから、もう大丈夫だ」
 ペルフェが俺の胸に顔を埋める。声が震えていた。
「……王宮で……小さい頃、みんなが『穢れた血』って言って。教育って言って、触られて……痛くて、怖くて……。それ以来、触れられるのが怖くて……でも、おにいさんは違うのに……。夢の中でまた、あの時みたいに……」
 言葉が途切れて、ペルフェが俺のシャツを強く握る。
 俺はペルフェの髪を撫でて、耳元で囁いた。
「もう誰も触らせない。俺以外には、絶対に。お前が触れたいって思う時だけ、触れていいんだ」
 ペルフェが顔を上げて、涙を浮かべながら俺を見る。
「……おにいさん……本当に?」 
「ああ。本当にだ」
 ペルフェが俺の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついてくる。
「おにいさん……大好きです。おにいさんの手だけは怖くない。温かくて……安心する」
 俺はペルフェの背中を抱き返す。
「俺もだ。お前が好きだ。だから、魘されてもいい。俺が全部受け止めるから」
 ペルフェが俺の胸で小さく頷いて、
「……おにいさん、離さないで……ずっと」
「ああ。離さねえよ」
 薪ストーブの火がぱちぱちと音を立てる中、ペルフェは俺の腕の中でようやく落ち着いて、再び眠りについた。
 俺はペルフェの髪を撫で続けながら、思う。
 王宮の連中は最低だ。
 ルシアンの言葉、マリアおばちゃんの噂、ペルフェのこの様子。
 毒はまだ体に残ってる。
 王宮から完全に逃げ切らない限り、きっとこの悪夢は終わらない。俺はペルフェの寝顔を見ながら、決意を新たにした。
 明日から、本格的に動く。
 マリアおばちゃんに王宮の情報を聞き出して、ルシアンを味方につけて……。
 どんな手段でも、ペルフェを自由にする。
 外から、かすかな足音が聞こえた気がした。俺はペルフェを抱きしめる腕に力を入れて決心する。
 俺が、全部守ってやる。

 翌日、ペルフェは昨夜のことを覚えていないようだった。ただ酷く安心したとだけ言っている。嫌なことは覚えていないに限る。
 さて、俺はと言うと早速今日から動く訳だが一度現状を整理しよう。
 ペルフェは王宮で虐められている。
 それは恐らく第一王子派の派閥争いによるものだろう。それくらいは噂に鈍感な俺も知っている。……マリアおばちゃんが言っていたのを覚えていただけだが。
 または出生の差別の可能性もある。
 ペルフェは妾の子であり派閥争いもそうだが差別が特に酷いと聞いた。
 どちらにせよペルフェは王宮で毒を盛られている。
 第三王子のルシアンは味方。多分。
 ……うーん。ここだけ見るとペルフェが王位継承権を破棄して王宮を去れば全て上手く行きそうだが、そうは問屋が卸さないだろう。
 ここはマリアおばちゃんに聞いてみるか。王宮のことは彼女が特に詳しそうだし、なにかと情報通なところがあるから。
 俺は背伸びをして立ち上がる。聞き込みの前に食堂の仕込み作業があるのだ。俺はまだすうすうと寝ているペルフェの頭を撫でて部屋を出た。
「お兄ちゃんおはよう!」
「ああ、おはようヒナ」
 ヒナが用意してくれた朝食を食べエプロンをつけたら業務開始だ。今日はマリアおばちゃんが来てくれるといいけど。

 結果から言おう。マリアおばちゃんは来てくれた。
 マリアおばちゃんはペルフェが毒を盛られている理由は第一王子派の人から間違っても第二王子が国王にならない為に邪魔をされているらしい。やっぱり王宮を出れば解決なのかと思えばそうとも違うらしい。
 どうやら第一王子が極度のブラコンらしく。第二王子、第三王子と溺愛していて離してくれないのだとか。第一王子は毒のこと、知っているのだろうか。
「そうか……ありがとうマリアさん」
「マリアおばちゃんね」
「はい、すみませんマリアおばちゃん」
「……あたしね、昔は王宮の食堂で働いてたのよ」
 マリアおばちゃんは、罪を吐き出すかのようにぽつりと言った。
「そこにはペルフェ様用の薬草の調合係がいてね。厨房と医務院を行き来する役なの」
 少しだけ、笑う。
「食べれるか食べれないか……分かっちゃったのよ。あの匂い。あれは、“治す薬”じゃなくて、“弱らせる薬”の匂いだった」
「……マリアおばちゃん」
「王子様をよろしくね」
 今日もヒナの作ったカレーを頬張る彼女はペルフェが幸せになることを願っている。
「……絶対に幸せにしてみせるよ」
「うん? なに?」
「いえ」
 決意をさらに固めるため。俺はマリアおばちゃんに小さく呟いた。
 カランコロン。
 ドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
 ヒナの元気な挨拶が店内を通り俺は営業モードに戻りドアの方を見る。そこに居たのはちびっ子王子、ルシアンであった。
「……」
「……」
 目と目が合う。双方沈黙。
「おい。席に案内しろ」
 先に喋ったのはルシアンだった。
 その尊大な態度に少しイラッとしたが大人な俺は大人しく厨房から出て、ルシアンを奥の席に案内する。
 ルシアンは唇を突き出して不満です! という顔を精一杯しながら無言のまま座った。
 ペルフェはまだ部屋で寝てるから、今日はここで話すことになる。
「……何の用だ」 
 聞くとルシアンが俺を睨みながら、低い声で言う。
「兄を返せ」
 俺はテーブルに肘をついて、ルシアンを真正面から見据えた。
「返さねえよ。ペルフェはもう王宮には戻らない。毒を盛られてる場所に、戻すわけがないだろ」
 ルシアンの目が一瞬揺れる。
「……毒のことは知ってるのか」
「ああ。マリアおばちゃんから聞いた。第一王子派が、妾の子を排除するために毒を……お前も知ってたんだろ?」
 ルシアンが唇を噛んで、視線を逸らす。
「……知ってた。知ってたけど……ボクじゃ止められなかった。お兄様……第一王子はボクらのことが好きすぎるんだ。心配性で、外出だって苦労してお願いした」
「王子は毒のこと知ってんのかよ?」
 ルシアンは首を横に振った。
「にいの毒は大臣が主犯だ。王様も第一王子も知らない。にいもお兄様を心配させたくないって秘密にしてるし」
 俺は拳を握った。主犯に対し殺意がわいた。
「ペルフェは毎日苦しんで……魘されて……それでも笑ってるんだぞ」
 ルシアンがテーブルを叩いて立ち上がる。
「だからこそ、連れ帰る! 王宮の医者なら……毒を完全に抜けるかもしれない!」
「王宮に戻ったら、また毒を盛られるだろ。お前も本当はわかってるはずだ」
 ルシアンは黙り込んで、座り直す。
「……ボク、守れなかった。第三王子で幼いからって、王宮で誰も味方してくれなくて……みんな冗談だって済まして。ボクだけがにいを心配してたのに、力不足で……」
 その声が少し震えてる。
 クールな仮面の下に、兄への本気の愛情が見えて、俺は少しだけルシアンを認めたくなった。なんて熱い男なんだろう。
「なら、一緒に守ろうぜ。お前も兄思いなんだろ?」 
 ルシアンが俺を睨むけど、目が少し潤んでる。
「……ふん。にいの幸せがボクの願いだ。だからにいが幸せなら……まあ、認めてやってもいい。でも、にいに何かあったら……お前を許さないからな」
 俺は小さく笑った。
「約束する。ペルフェを幸せにする。毒を全部出して、王宮から完全に逃がす」
 ルシアンが立ち上がって、ドアに向かう。
「……にいに伝えておけ。ボクは……にいの味方だ」
 ドアが閉まる音が響いて、俺は深く息をついた。
 ルシアンが味方……か。これで、王宮の内情を少し知れるかもしれない。
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