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第5話

5・顔を合わせてはみたものの

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 できることなら、このまま走って逃げだしたい。だって、いたたまれなさが半端ない。
 けれど、わざわざ声をかけてもらって、そんなことをするわけにもいかないだろう。

「……どうも」

 振り向いて、小さく頭を下げる。
 八尾さんの隣には、ナツさんがいた。ただ、あからさまなほど俺から顔を背けている。
 なんだ、それ。その態度は、さすがにあんまりすぎやしないか?
 代わりに「ほれ」と手を差し出してくれたのは八尾さんだ。小柄なわりにがっちりとした手で、昨日俺の内股を撫でてきたナツさんとはぜんぜん違う。

「すみません、ありがとうございます」
「いや……ていうかお前、こんなとこで何してんの?」
「ちょっと用事があって。でも、もう終わりましたんで」

 それじゃ、と一礼してその場を去ろうとした俺に、またもや八尾さんが声をかけてきた。

「だったら青野も一緒に来るか? 俺ら、これから猫カフェに行くんだけど」

 気さくな口調から推察すると、特に含むところはないのだろう。とはいえ、今の俺の答えは「遠慮します」一択だ。
 ところが、そう口にする前に、ナツさんが八尾さんの腕を強く引いた。

「やだ。青野が来るならオレは行かない」
「……は?」
「行かないったら行かない! 八尾とふたりきりじゃなきゃ行かない!」

 いや、待ってくれ。
 俺は「行く」なんて一言も言ってないし、むしろ断るつもりでいたし、猫カフェにもそれほど興味ないし、というか──

(「八尾さんとふたりきりがいい」って)

 そんなに俺と同席したくないのか。それとも、仲のいいふたりにとって俺は「邪魔者だ」とでも言いたいのか。

「なんだ、お前らケンカでもしたのか?」

 困惑した様子の八尾さんに「いえ」と答えて、俺はもう一度頭を下げた。

「あいにく、今日は俺も用事がありますんで」
「……そっか。じゃあ、またな」
「はい」

 ぜひ、次はナツさんがいないときに。
 嫌みったらしくそう言ってやろうかと思ったけれど、結局口にしないまま、俺はその場をあとにした。

「くそ」

 やっぱり、さっさと帰るべきだった。ナツさんのことなんて放っておけばよかった。そうすれば、こんな不愉快でみじめな思いをしなくても済んだのに。
 でも、これではっきりと心が決まった。

(もうナツさんのことはどうだっていい)

 あんな人知らない。もう二度と関わらない。今後、ナツさんがどうなったって、俺の知ったことじゃない。
 いつになるかわからないけれど、夏樹さんがこっちの世界に戻ってきてくれるまで、俺は「星井夏樹」とは関わらない。
 そうだ、それが一番いいのだ。

 なのに──運命の神様は意地が悪い。
 どうしたって、俺とナツさんを関わらせようとするのだから。
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