たかが、恋

水野七緒

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第5話

7・混乱したまま

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 昼休みが終わり、5時間目の数学がはじまった。
 それなのに私の頭のなかは未だ混乱したまま。予習で理解できなかった計算式の解説も、耳からするんと通り抜けてしまう。

(なんであんなこと言っちゃったんだろう)

 どう考えても、告白するのはまだ早い。
 今の結麻ちゃんにとって、間中くんはせいぜい「いとこのクラスメイト」で「サッカー部の元気な1年生」といったところ。恋愛相手にはほど遠いはずだ。

(なのに「作戦を考える」って、これじゃ、まるで──)

 そこまで考えたところで、私は勢いよく頭を振った。
 そんなはずない。私が、間中くんの失恋を望むはずがない。
 だって「協力する」って約束したんだ。
 でも、それなら正直に「無理だ」って伝えるべきで、それをしないのは不誠実で、協力者失格で、ついでに友達失格なわけで──
 さんざん悩んだ末、私は作戦会議の延期を申し出た。
 理由はいろいろ。「急に図書当番になった」とか「どうしても今日中に読みたい本ができた」とか「宿題を済ませるのを忘れたから昼休み中に終わらせたい」などなど。あとから振り返ってみれば、どれもどうしようもない言い訳だ。
 当然、1回目・2回目は「そっかぁ」と納得してくれた間中くんも、3回目くらいからは不審そうな表情を見せるようになった。
 でも、だからって作戦会議に応じるわけにはいかない。今やったら、きっと私は私を許せなくなってしまう。

(そんなの嫌だ)

 嘘はつきたくない。卑怯なこともしたくない。間中くんの太陽みたいな笑顔の前で、卑屈に背中を丸めたくはない。
 けれども、そんな私の心情など、間中くんは知るよしもない。
 とある昼休み、ついに彼は実力行使に出た。当番のため図書室に向かおうとした私の前に、でんっと立ちはだかったのだ。

「佐島、話がある」
「ごめん、これから図書委員の仕事……」
「それなら1組のヤツが替わるって言ってる。先生にも許可をもらった」

 えっ、そんなの聞いてないよ!
 しかも、私がいないところで決めるなんてあまりにも勝手すぎるよ!
 なのに、間中くんのひと睨みで、私は抗議の言葉をのみこんだ。

「行くぞ」

 間中くんの声は、クール系男子を演じていたときよりも低かった。
 たぶん──ううん、間違いなく、彼は今本気で怒っていた。
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