たかが、恋

水野七緒

文字の大きさ
上 下
66 / 76
第7話

2・あの、さ

しおりを挟む
「いや、大丈夫だって! 後夜祭までにはちゃんと帰ってくるから」

 翌日、金曜日。
 前夜祭を控えて皆がすっかりお祭り気分になっているなか、私たちはいつもの書庫で最後の作戦会議を行っていた。

「ほんとに? 絶対に大丈夫?」
「大丈夫! 試合がはじまるの1時からだし」
「でも、いろいろ調べてみたところ、過去に『アディショナルタイム25分』なんて試合もあったみたいだよ?」
「それはすっげーレアなやつ。ふつうは長くても5分くらい!」
「じゃあ、遅くても3時には会場を出られる感じ?」
「たぶん──あ、でも表彰式とかあるともうちょっと遅くなるかも」
「ほら!」
「でも3時30分までには出られるって! だから絶対間に合うはず!」

 ──あやしい。これは警戒しておいたほうがいいかもしれない。

「ねえ、わかってる? 後夜祭って5時からだよ?」
「けど告白できんの、フォークダンスのときだろ?」

 前夜祭同様、後夜祭も生徒は強制参加なんだけど、必ず出なければいけないのは最初の1時間だけ。そのあとのフォークダンスは自由参加だ。
 ジンクスの「後夜祭で告白」は、どうもこの自由時間のときに行われるらしい。つまり、後夜祭の最初のほうに間に合わなくても、6時に校内にいれば問題なし──というわけだ。

「でも、やっぱり不安だよ。何が起きるかわかんないし」
「なにも起きないって! 佐島は悪いことばっかり考えすぎ!」
「間中くんが脳天気すぎるんだよ!」
「脳天気ってなに?」
「間中くんみたいな人のこと!」

 いやみを込めて言ったつもりなのに、間中くんは「そっかぁ、俺、脳天気なんだぁ」って、やっぱりのんきだ。その様子を見ていたら、あれこれ心配するのもバカバカしくなってしまった。

(まあ、いいか)

 なにか起きたら、そのとき考えよう。
 間中くんの言うとおり、取り越し苦労の可能性もあるわけだし。

「じゃあ、当日のことだけど──自由時間になったら、間中くんはすぐに図書室に向かってね」
「図書室? なんで?」
「そこで告白してもらうから」

 お姉ちゃん情報によると、当日告白する場所として一番多いのが中庭、その次が屋上で、3番目が教室らしい。

「だからその3カ所は避けようと思って。告白するところ、誰かに見られたくないでしょ?」
「うん、それは嫌」

 その点、図書室周辺は誰も来やしない。文化祭の展示会場からも外れているから、告白する場所としてはうってつけなのだ。

「俺はただ待っていればいいの?」
「うん。結麻ちゃんは、私が図書室まで連れていく」

 もちろん、結麻ちゃんの自由時間の予定はすでに予約済みだ。
 正面玄関で待ち合わせたあと、私が案内することになっている。

「だから、うまいこと抜け出してね。坂田くんとかに捕まらないようにね」
「わかった! 絶対ちゃんとうまくやる!」

 他にも気になっていることをいくつか確認して、私たちは書庫をあとにした。
 今日はこのあと授業はなく、前夜祭が行われる予定だ。

「あの、さ」

 渡り廊下の一歩手前くらいで、私はあえて立ち止まった。
 間中くんも遅れて立ち止まると「なに?」と不思議そうに振り返った。

「あ、その……ええと……」

 ああ、緊張する。
 本当は、もっと自然に言えれば良かったのに。

「ええと……決勝戦がんばって」

 とたんに、鼓動が早くなる。両手にぶわっと汗がにじんだ。
 だって、こんなの──わざわざ「好き」ってアピールしているみたい。
 でも、そんなふうに思っているのはやっぱり私だけなのだ。

「おう、がんばる!」

 当たり前と言わんばかりの、いつもの笑顔。
 友達として向けられたそれに、私は「ん」と小さくうなずいた。
しおりを挟む

処理中です...