モフモフ野郎と俺の朝ごはん

水野七緒

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第4話

2・手抜きの朝

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 嫌な気分で、布団から起き出した。
 顔を洗って台所に立ったけれど、いまいち頭が働かない。
 原因はわかっている。今週から、また坂沼さんが店に顔を出すようになったからだ。

(しかも、今日はクローズまでいるはずだし)

 考えただけで、胃のあたりがもったりと重くなる。
 ダメだ、とりあえず手を動かそう。今日は目玉焼きだ。冷蔵庫から玉子をふたつ取り出した。まずはフライパンに油──いや、その前に玉子を器に割り入れておかないと。
 ぼた、と鈍い音がした。器に落としたはずの玉子が、なぜかシンクの上に落ちていた。

「……」

 え、なんで?
 なんで、シンクに玉子が落ちてんだ?

(……ああ)

 そうか、割った玉子を器じゃなくてシンクの上に落としたのか。
 まいったな、うっかりしているなぁ、俺。
 アハハ、と洩れた声にはどうしたって力がこもらない。
 無駄にした玉子を素手で掴んで、廃棄用のビニール袋に入れる。ぐちゃぐちゃになった黄身を眺めているうちに、どうしようもない罪悪感が湧いてきた。だって、食べ物を無駄にするなんて最悪だ。俺がつまらないミスさえしなければ、この玉子は目玉焼きとして、俺か大賀の腹におさまったのに。
 そのまま、しばらく動けなかった。顔を洗い終えた大賀に「どうした?」と声をかけられるまで、俺はぼんやりと立ち尽くしていた。


 結局、この日の朝食はトーストしたパンと目玉焼きだけになった。

「ごめんな、手抜きごはんで」
「そうは思わないが」
「いや、どう考えたって手抜きだろ」

 野菜も果物も、スープ類も何もない。こんなの、お客さんに出すなんて申し訳ない。
 けれど、大賀は気にすることなく大口でトーストにかじりついている。
 俺は、トーストに目玉焼きをのっけて食うのが好きだけど、大賀は絶対別々に食う。もちろん、皿の上にこぼれた黄身をパンの耳で拭うなんてこともしない。俺は、そういう「行儀の悪い食い方」が好きなんだけど、大賀は違うんだろうな。うん、さすがは神様だ。
 ふと、今朝みた夢のことが脳裏をよぎった。懐かしい面子で、パンケーキを頬張っていた夢。

「なぁ、高校んとき、皆でパンケーキを食いに行ったの覚えてるか?」
「パンケーキ……」
「3年の春に行っただろ、野球部員5~6人で」
「ああ、覚えている」

 大賀の尻尾が、パタパタと揺れた。

「不思議な食べ物だった。ホットケーキともまた違う」
「な、あれ、あまりにもトロトロでほぼ飲み物だったよなぁ」
「……? 飲み物ではないと思うが」
「バカ、比喩として言ってんだろ」

 大賀の尻尾は、あいかわらず揺れている。
 そうか、パンケーキ、気に入っていたのか。
 だったら、朝ごはんに取り入れるのも有りだよな。あんなフワフワなやつはさすがに無理だけど、オーソドックスなやつなら俺でも作れるし、休日に多めに作って冷凍保存しておけば、朝食作りの時短にもなるし。
 そんなことを考えながらトーストにかじりつくと、乗せていた目玉焼きがもろくも崩れた。
 くそ、食べるとこ間違えた。指先が、崩れた黄身でベタベタになっている。これまたお行儀悪く舌で舐めとっていると、大賀がウエットティッシュをよこしてくれた。

「唇にもついているぞ」
「マジで? どこ?」

 右とか左とか答えるかと思いきや、当たり前のように大賀の手がのびてきた。

「いや、子供じゃないんだから」

 ヤツの指先から逃げるように身体を退いて「どこだよ?」と訊きなおす。

「そこだ。唇の端」

 なるほど、右端か。
 ひとまず、ウエットティッシュで丁寧に拭う。大賀に見せると無言でうなずいたから、どうやらちゃんととれたようだ。

「お前、誰にでもそういうことすんの?」
「誰にでも、とは?」
「汚れてるとこ、指で拭ってやったりとか」

 そういうことをされて喜ぶの、お前のことを好きな女子だけじゃねーの?
 そう指摘すると、大賀は不思議そうに首を傾げた。

「女性は喜ぶのか?」
「お前のことが好きならな」

 そういえば、神様って恋愛とかすんのかな。
 つーか、大賀って恋愛したことあるのかな。

「お前さぁ……」

 初恋っていつ、と訊ねようとしたところでスマホがブルルと震えた。
 メッセージアプリからの通知──坂沼さんからだ。

──「今日1時間早く入って」

 依頼ではなく、いきなりの命令形。
 ああ、また胃のあたりが重くなってくる。

「どうした?」
「ああ、いや……バイト先から連絡。『1時間早く入って』って」
「ずいぶん突然だな」

 大賀は、不愉快そうに顔をしかめた。

「そういうものは、まずお前の都合を聞いてから決めることじゃないのか?」
「まあ、そうなんだろうけど。普通は」

 でも、あの人、普通じゃないし。
 そんなことを思いながら、俺は残りのトーストにかじりつく。
 なんだか味がしねぇ。さっきまで、まあまま美味しく食ってたのに。
 大賀は、何か言いたげにこっちを見ている。俺は、それに気づかないふりをして、ただ黙々と朝食を口に運んだ。
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