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第4話
12・神様、帰宅
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電車を下りてからも普段どおりに振る舞っていた大賀だったけれど、実は相当無理をしていたらしい。
鍵を開けて玄関に入ったとたん、崩れるように倒れ込んでしまった。
「バカ、もう少し頑張れ!」
「……」
「せめて部屋まで歩け! ほら、肩を貸してやるから!」
いちおう弁明するが、俺は決して小柄というわけではない。身長は平均よりも高めだし、体力も人並み以上はあると自負している。
ただ、大賀はそんな俺をはるかに上回る大男だ。こんなヤツを楽々と部屋まで運べるのは、俺の周囲にはひとりもいない。
ようやく、大賀が身体を起こした。腋の下に素早く頭をすべりこませると「ほら、立つぞ」と声をかけた。
「すまない」
「そう思ってんなら、次からは無茶すんな」
「無茶はしていない」
「嘘つけ。尻尾がぐったりしているぞ」
ヤツのモフモフ尻尾は、当然ながら帰宅すると同時に具現化していた。エネルギー切れを起こしかけているなか、相当がんばって隠し続けていたのだろう。
「なにか食うか? 力になりそうなものとか」
「必要ない。朝食以外の食事は作用しない」
「……そうだったな」
こいつのエネルギー切れの対処法は「寝ること」だ。つまり、今こいつが心底求めているのは「睡眠」なのだ。
ようやく部屋まで辿り着き、俺は左手でドアを開けた。
「ちょっとそのへんに寄りかかってろ。今、布団敷いてやるから」
「いい。自分でやる」
「遠慮すんな。今日の──礼みたいなもんだから」
少し間が開いたのは、こいつの勝手な行動を受け入れたくなかったから。
けど、助かったのも事実だ。だったら「お礼」ってことにしてもいいだろう。
押し入れから客用の敷き布団を引っ張り出していると、眠たげな声で「若井」と呼ばれた。
「なんだよ。早く布団を敷けってか」
「そうじゃない」
「じゃあ、何──」
「あの男に屈するな」
静かな、真摯な声だった。
「お前を傷つけるやつを許すな。屈するな」
「……は? なに言って……」
「戦えないなら誰かの手を借りろ。それでもダメなら迷わず立ち去れ」
「いや、俺は……」
「決して譲るな。じゃないと……」
そこまで言ったところで、大賀はパタンと倒れた。
まるで電池が切れた人形みたいに。
「……大賀?」
恐る恐る呼びかけてみたものの、反応はまったくない。
さすがにギョッとして、俺は大賀にもとに駆け寄った。
まさか──だってこいつ、神様だろ?
けど、神様だって倒れることがあるかもしれない。それに、少し前まで人間だったから「万が一」みたいなこともあり得るのかも。
悪い可能性ばかりを思い浮かべながら、俺は大賀の口元に手をさらした。
──よかった、ちゃんと息をしている。
身体もあたたかい。たぶん睡魔に負けただけだな、これ。
ホッとしたとたん、さっきのこいつの言葉が脳裏によみがえった。
──「屈するな」
──「お前を傷つけるやつを許すな」
──「決して譲るな」
正論、正論。ぜんぶ正論。
本当にこいつは「正しいこと」が大好きだ。
「簡単に言いやがって」
どす黒い気持ちが、胸に湧きおこる。
もちろん、わかってはいるんだ。こいつが本気で心配してくれていることくらい。
なのに、素直に受け取れない。それはたぶん、こいつが「元神童」だからだ。「天才ピッチャー」で「不動のエース」で、3年間、一度も俺はこいつに勝てなかった。
(負けたくない)
今日みたいに助けられたくない。
もう二度と、こいつにだけは格好悪いところを見られたくない。
「……決めた」
まずは朝ごはんだ。
明日の朝こそ、とびきりのやつを作ってやる。
(今朝作りそこねた分と、今日助けてもらった分)
その両方の借りを、一気に返してやろうじゃないか。
鍵を開けて玄関に入ったとたん、崩れるように倒れ込んでしまった。
「バカ、もう少し頑張れ!」
「……」
「せめて部屋まで歩け! ほら、肩を貸してやるから!」
いちおう弁明するが、俺は決して小柄というわけではない。身長は平均よりも高めだし、体力も人並み以上はあると自負している。
ただ、大賀はそんな俺をはるかに上回る大男だ。こんなヤツを楽々と部屋まで運べるのは、俺の周囲にはひとりもいない。
ようやく、大賀が身体を起こした。腋の下に素早く頭をすべりこませると「ほら、立つぞ」と声をかけた。
「すまない」
「そう思ってんなら、次からは無茶すんな」
「無茶はしていない」
「嘘つけ。尻尾がぐったりしているぞ」
ヤツのモフモフ尻尾は、当然ながら帰宅すると同時に具現化していた。エネルギー切れを起こしかけているなか、相当がんばって隠し続けていたのだろう。
「なにか食うか? 力になりそうなものとか」
「必要ない。朝食以外の食事は作用しない」
「……そうだったな」
こいつのエネルギー切れの対処法は「寝ること」だ。つまり、今こいつが心底求めているのは「睡眠」なのだ。
ようやく部屋まで辿り着き、俺は左手でドアを開けた。
「ちょっとそのへんに寄りかかってろ。今、布団敷いてやるから」
「いい。自分でやる」
「遠慮すんな。今日の──礼みたいなもんだから」
少し間が開いたのは、こいつの勝手な行動を受け入れたくなかったから。
けど、助かったのも事実だ。だったら「お礼」ってことにしてもいいだろう。
押し入れから客用の敷き布団を引っ張り出していると、眠たげな声で「若井」と呼ばれた。
「なんだよ。早く布団を敷けってか」
「そうじゃない」
「じゃあ、何──」
「あの男に屈するな」
静かな、真摯な声だった。
「お前を傷つけるやつを許すな。屈するな」
「……は? なに言って……」
「戦えないなら誰かの手を借りろ。それでもダメなら迷わず立ち去れ」
「いや、俺は……」
「決して譲るな。じゃないと……」
そこまで言ったところで、大賀はパタンと倒れた。
まるで電池が切れた人形みたいに。
「……大賀?」
恐る恐る呼びかけてみたものの、反応はまったくない。
さすがにギョッとして、俺は大賀にもとに駆け寄った。
まさか──だってこいつ、神様だろ?
けど、神様だって倒れることがあるかもしれない。それに、少し前まで人間だったから「万が一」みたいなこともあり得るのかも。
悪い可能性ばかりを思い浮かべながら、俺は大賀の口元に手をさらした。
──よかった、ちゃんと息をしている。
身体もあたたかい。たぶん睡魔に負けただけだな、これ。
ホッとしたとたん、さっきのこいつの言葉が脳裏によみがえった。
──「屈するな」
──「お前を傷つけるやつを許すな」
──「決して譲るな」
正論、正論。ぜんぶ正論。
本当にこいつは「正しいこと」が大好きだ。
「簡単に言いやがって」
どす黒い気持ちが、胸に湧きおこる。
もちろん、わかってはいるんだ。こいつが本気で心配してくれていることくらい。
なのに、素直に受け取れない。それはたぶん、こいつが「元神童」だからだ。「天才ピッチャー」で「不動のエース」で、3年間、一度も俺はこいつに勝てなかった。
(負けたくない)
今日みたいに助けられたくない。
もう二度と、こいつにだけは格好悪いところを見られたくない。
「……決めた」
まずは朝ごはんだ。
明日の朝こそ、とびきりのやつを作ってやる。
(今朝作りそこねた分と、今日助けてもらった分)
その両方の借りを、一気に返してやろうじゃないか。
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