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第4話

13・お礼の朝ごはん(その1)

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 翌朝、俺はいつもよりも1時間早く台所に立った。
 まずは玉子と牛乳をしっかり混ぜ、そこにホットケーキミックスを投入する。このまま一気に掻き混ぜたいところだけど、大事なポイントはここ。パンケーキは、粉を混ぜすぎるとダメ。

(たしか、ダマが残るくらいがベストだったよな)

 フライパンは、まずは中火で。いつもは、そのあとすぐにバターを溶かして生地を入れるんだけど、今日は丁寧に、いったんガスを止めて、濡れ布巾でフライパンの熱を冷まして。

(バターは……サービスってことで多めに)

 濃厚なにおいが漂ってきたところで、ぼってりとした生地を落としていく。スプーンを使い、ミニサイズのものを10個くらい。
 そう、今朝作るのは一口サイズの「ミニミニパンケーキ」──巷では「パンケーキシリアル」って呼ばれているやつだ。牛乳をかけてシリアル風に食べるやつもいるらしいけど、俺的にはちょっと無理。無難にフルーツ乗せがいいな。あとはヨーグルトとかはちみつとか。

(ああ、でもツナマヨとかも合いそうだよな)

 クレープの具材になるものは、だいたいイケる気がする。ハムやチーズ、トマト、レタス、玉子サラダとも合いそうだ。
 もしくは、カップスープに浸して食うのはどうだ? 牛乳をかけるよりは、たぶんうまいと思うんだけど。
 あれこれ考えるのは楽しい。
 ついでに、大賀の反応を想像するのも楽しい。
 だって、絶対あいつ、こんなの食ったことないだろ。高校時代、皆でパンケーキを食いにいったときだって、おっかなびっくり口に運んでいたし。

「早いな」

 パンケーキを焼きはじめて10分ほど経ったころ、大賀がのそっと顔を出した。

「今日は早起きしたからな」
「いい匂いだ」
「な、やっぱバターは最強だよな!」

 よし、いい感じに焼きあがった。
 真っ白な大皿にザッと移して、再びフライパンにバターを投入する。

「まだ焼くのか?」
「だって、これだけじゃ足りないだろ」
「まあ、そうだが」

 こんもりと盛り上がるパンケーキシリアルの山を、大賀は興味深そうに眺めている。

「何をつけて食いたい?」
「……何、とは?」
「このままだと味気ないだろ? ヨーグルトをかけるとかフルーツを盛るとか、はちみつをかけるとか」

 大賀はしばらく黙り込んだあと「よくわからん」と呟いた。

「こんな食べ物、見たことがない」
「だろ? 絶対そう言うと思った!」

 だから、作ったんだけどさ。お前を驚かせてやりたくて。
 ふつふつと気泡のできたパンケーキを、手際よくひっくり返していく。
 大賀の尻尾がぷらぷらと揺れた。
 あれ、こいつ、ひっくり返すのに合わせて尻尾を揺らしてる? たぶん無意識なんだろうけれど。

「やってみるか?」
「いいのか?」
「ひっくり返すくらいなら。大して難しくないし」

 ほら、とスプーンを渡すと、大賀は恐る恐る作業をはじめる。
 最初は少し手間取っていたくせに、すぐにコツを掴んでリズミカルにひっくり返しはじめた。こいつ、なかなかスジがいいな。お好み焼きとかひっくり返すのも、案外うまかったりして。
 すると、フライパンを見つめたまま、大賀がぽつと呟いた。

「迷惑だったか?」
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