50 / 86
第5話
7・モフモフ野郎と買い物(その2)
しおりを挟む
予定していた買い物を無事に終えた俺たちは、同じショッピングモール内のフードコートで昼飯を食うことにした。
俺は味噌ラーメンで、大賀は鉄火丼の大盛り。
一瞬「狼って魚を食うんだっけ?」って思ったけど、こいつは高校時代からツナ缶が好きだったし、そのあたりは人間のときと変わらないのかもな。
「買ったエプロンってどんなヤツ?」
「モスグリーンの、首からかけるタイプだ」
「柄は?」
「特にない」
「残念。花柄じゃないのか」
冗談半分でそう言うと「あまりからかうな」と睨まれた。
もしも今、尻尾が見えていたら、ビシッと叩くように揺れていたに違いない。
「じゃあ、早速今晩使ってみるか」
「もちろんそのつもりだ」
「それと、これも」
こっそり買っておいたプレゼントを、リュックサックから取り出した。
大賀は、わずかに眉をあげた。
「これは……」
「お前にやる。マジで料理やる気みたいだし」
大賀はジッと袋を見つめたあと、こちらをうかがうように視線をあげた。
「今、ここで見ても?」
「おう、もちろん」
どうぞどうぞと押しやると、大賀はようやくプレゼントを受け取った。
男の俺から見てもデカい手が、店のロゴが入ったテープを丁寧に剥がしていく。
袋から出てきたのは──
「はさみ──か?」
「そう、キッチンばさみ。ひとつ持っていると便利だぞ」
切りにくい皮付きの鶏肉なんてバチバチ切れるし、ネギのみじん切りも簡単にできちまう。
なによりまな板が必要ない。つまり、ちょっとばかり食材をカットしたいときにすごく重宝するんだ。
「これからは包丁だけじゃなく、そっちも使ってみろよ」
「……」
「……大賀?」
あれ、反応なし?
もしかして迷惑だったか?
ひそかに焦っていると、大賀は意外な言葉を口にした。
「すまない」
「えっ」
「お前には世話になっているのに、このようなものまで……」
「いや、そんな大層なもんじゃねーって!」
ただのキッチングッズだぞ。値段もリーズナブルだし、一昨日バイト代が入ったばかりだからそこそこ金も持っていたし。
何より、さっきも言ったけどさ。
「お前、本気で料理をがんばる気みたいだから」
そういうのって、教える側としても労いたくなるもんなんだよ。
だから素直に受け取ってくれ。
そのほうが、贈った側としてはすごく嬉しい。
俺がそう伝えると、大賀はようやく「そうか」と口元を緩めた。
「だったら有り難くいただくとしよう」
「おう、大事にしろよ」
「当然だ」
大賀は大きくうなずくと、キッチンばさみを袋に戻した。さらに丁寧な手つきで、剥がしたシールを貼りなおしている。
やばい、妙にこそばゆい。
ケツのあたりがゾワゾワしてやがる。
「やっぱヘンな感じだな。俺が、お前の努力をねぎらうなんて」
「そうか?」
「そうだろ。だって一度もなかったし……高校時代はさ」
大賀が才能に溺れるようなやつじゃないことは、当時からちゃんと知っていた。「神童」と称されながら、それに見合うだけの努力をしていたことも。
でも、あの頃の俺はそれを認めることができなかった。
「大賀も努力しているだろうけれど、俺はもっと頑張っている。もっともっと頑張っている」──3年間ずっとそんな調子だったから、とてもじゃないけど大賀をねぎらう気にはなれなかった。
(なのに今は、すんなり受け入れられるんだよな)
やっぱり、野球を辞めたことが大きいのかもしれない。
それと、フィールドが変わって立場が逆転したことも。
(料理に関しては、明らかに俺のほうが上だもんな)
いや、ほんと大したことを教えているわけじゃないんだけどさ。
それでも影響は大きい気がするんだ。
実際、料理を教えるようになってから、大賀に抱いていた複雑な感情もだいぶ落ち着いてきたように感じるし。
「じゃあ、今日は包丁もまな板も使わない料理に挑戦するか」
「というと?」
「ブロッコリーを使ったやつかなぁ。あれこそ、キッチンばさみ大活躍だし」
ずっと背中を追っていた「神童」が、今は俺の背中を追っている。
その事実が、単純に嬉しくて誇らしい。
だからこそ、俺は気づかなかったんだろう。
こいつが料理をやりはじめた本当の理由とか、そもそも何故うちに転がり込んできたのか──とか。
神森に「面倒を見てほしい」と頼まれていた期間は、もうとっくに過ぎていたというのに。
俺は味噌ラーメンで、大賀は鉄火丼の大盛り。
一瞬「狼って魚を食うんだっけ?」って思ったけど、こいつは高校時代からツナ缶が好きだったし、そのあたりは人間のときと変わらないのかもな。
「買ったエプロンってどんなヤツ?」
「モスグリーンの、首からかけるタイプだ」
「柄は?」
「特にない」
「残念。花柄じゃないのか」
冗談半分でそう言うと「あまりからかうな」と睨まれた。
もしも今、尻尾が見えていたら、ビシッと叩くように揺れていたに違いない。
「じゃあ、早速今晩使ってみるか」
「もちろんそのつもりだ」
「それと、これも」
こっそり買っておいたプレゼントを、リュックサックから取り出した。
大賀は、わずかに眉をあげた。
「これは……」
「お前にやる。マジで料理やる気みたいだし」
大賀はジッと袋を見つめたあと、こちらをうかがうように視線をあげた。
「今、ここで見ても?」
「おう、もちろん」
どうぞどうぞと押しやると、大賀はようやくプレゼントを受け取った。
男の俺から見てもデカい手が、店のロゴが入ったテープを丁寧に剥がしていく。
袋から出てきたのは──
「はさみ──か?」
「そう、キッチンばさみ。ひとつ持っていると便利だぞ」
切りにくい皮付きの鶏肉なんてバチバチ切れるし、ネギのみじん切りも簡単にできちまう。
なによりまな板が必要ない。つまり、ちょっとばかり食材をカットしたいときにすごく重宝するんだ。
「これからは包丁だけじゃなく、そっちも使ってみろよ」
「……」
「……大賀?」
あれ、反応なし?
もしかして迷惑だったか?
ひそかに焦っていると、大賀は意外な言葉を口にした。
「すまない」
「えっ」
「お前には世話になっているのに、このようなものまで……」
「いや、そんな大層なもんじゃねーって!」
ただのキッチングッズだぞ。値段もリーズナブルだし、一昨日バイト代が入ったばかりだからそこそこ金も持っていたし。
何より、さっきも言ったけどさ。
「お前、本気で料理をがんばる気みたいだから」
そういうのって、教える側としても労いたくなるもんなんだよ。
だから素直に受け取ってくれ。
そのほうが、贈った側としてはすごく嬉しい。
俺がそう伝えると、大賀はようやく「そうか」と口元を緩めた。
「だったら有り難くいただくとしよう」
「おう、大事にしろよ」
「当然だ」
大賀は大きくうなずくと、キッチンばさみを袋に戻した。さらに丁寧な手つきで、剥がしたシールを貼りなおしている。
やばい、妙にこそばゆい。
ケツのあたりがゾワゾワしてやがる。
「やっぱヘンな感じだな。俺が、お前の努力をねぎらうなんて」
「そうか?」
「そうだろ。だって一度もなかったし……高校時代はさ」
大賀が才能に溺れるようなやつじゃないことは、当時からちゃんと知っていた。「神童」と称されながら、それに見合うだけの努力をしていたことも。
でも、あの頃の俺はそれを認めることができなかった。
「大賀も努力しているだろうけれど、俺はもっと頑張っている。もっともっと頑張っている」──3年間ずっとそんな調子だったから、とてもじゃないけど大賀をねぎらう気にはなれなかった。
(なのに今は、すんなり受け入れられるんだよな)
やっぱり、野球を辞めたことが大きいのかもしれない。
それと、フィールドが変わって立場が逆転したことも。
(料理に関しては、明らかに俺のほうが上だもんな)
いや、ほんと大したことを教えているわけじゃないんだけどさ。
それでも影響は大きい気がするんだ。
実際、料理を教えるようになってから、大賀に抱いていた複雑な感情もだいぶ落ち着いてきたように感じるし。
「じゃあ、今日は包丁もまな板も使わない料理に挑戦するか」
「というと?」
「ブロッコリーを使ったやつかなぁ。あれこそ、キッチンばさみ大活躍だし」
ずっと背中を追っていた「神童」が、今は俺の背中を追っている。
その事実が、単純に嬉しくて誇らしい。
だからこそ、俺は気づかなかったんだろう。
こいつが料理をやりはじめた本当の理由とか、そもそも何故うちに転がり込んできたのか──とか。
神森に「面倒を見てほしい」と頼まれていた期間は、もうとっくに過ぎていたというのに。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる