上 下
51 / 86
第5話

8・嵐の予感

しおりを挟む
ここのところ調子がいい。
朝、起きるのが辛くないし、台所に立つのもけっこう楽しい。
その理由は、間違いなくこのモフモフ野郎にある。

「フライパン、あったまったか?」
「ああ」
「よし、さっきのウインナーをもう一度入れろ」
「……茹でて終わりではないのか?」
「それでも食えるけど、炒めると皮がパリッとしてさらにうまいんだよ」

なるほど、と呟いて大賀は熱いフライパンにウインナーを投入する。
ジュッと熱そうな音がして、うまそうなにおいが漂ってきた。
今朝のメインは、ウインナーと目玉焼き。
よくあるチェーン店の「朝定食」っぽい、ある意味「ど定番」の朝ごはん。
ちなみに俺は、目玉焼きとウインナーをごはんの上にのっけて食う。だって、そのほうが洗い物が少なくて済むだろ?

「あとはバナナとヨーグルトだな。バナナは1本しかないから半分ずつ食おうぜ」

ほら、と手渡すと、大賀の尻尾がふわふわと揺れた。

「これを使っても?」

ヤツが手にしたのは、俺がプレゼントしたキッチンばさみだ。

「おう、使え使え。まな板洗わずに済むもんな」
「ああ」

思っていた以上に、大賀はキッチンばさみを気に入ってくれたらしい。
その一方で、包丁の練習も毎日欠かさないんだから、真面目というかなんというか──まあ、それだけ料理にハマったってことなのかもな。

(そのうち、俺よりうまくなったりしてな)

それはそれで悪くない気がした。
だって、そのほうが教えがいがあるだろ?
まあ、俺にとって料理はそれほど重要なポジションじゃないから「追い越されて悔しい」みたいな気持ちにならないだけかもしれねーけど。
朝飯を食ったあとは、大賀に「今日の宿題」を言い渡して大学へ。
最近、講義中に居眠りすることがなくなった。
食欲も戻ってきたみたいで、昼と夕方になるとちゃんと腹が空いてくる。
ってことで、バイト前に肉まんをひとつ。今日は19時あがりだから、これくらいで十分だ。
バイトに行くのも、最近は楽しい。入院していた店長が無事に復帰して、シフトがちゃんと回るようになったおかげだ。
坂沼さんと顔を合わせることもあるけど、最近あの人は俺に突っかかってこない。というか、むしろ避けられている気さえする。
もしかして、大賀のおかげかな。「若井叶斗のバックにはヤバいやつがいる」とか思われていたりして。
まあ、あいつは神様だから、ある意味「ヤバいやつ」ではあるんだけど。
原因となったトイレットペーパーの件も、あれから何も言ってこない。やっぱり、ただの言いがかりだったんだろうな。あの件、事実だとしても俺は絶対に無関係だし。
そんなこんなで、この日も楽しくバイトを終えた俺は「それじゃ、お先しまーす」と店を後にした。
さて、大賀は宿題を終えているかな。
明日の朝ごはんは何にしよう。

(たまには、ふたりで食材を買いに行くか)

サラダやスープの具材、そろそろあいつに選ばせてみたいし。
鼻歌まじりにあれこれ考えながら、俺はスマホを取りだそうとした。

「叶斗くーん、久しぶり~」

いきなり変質者のごとく現れた、癖がありすぎる天パの男。

「うおっ………えっ、神森!?」
「うん、久しぶり~」

ヘラヘラ笑顔のこいつによって、楽しい時間は終わりを迎えようとしていた。
しおりを挟む

処理中です...