64 / 86
第7話
3・後輩への仕打ち
しおりを挟む
その日は俺も川野ちゃんも20時あがりだったので、一駅隣のカフェで話を聞くことにした。ちなみに、その店では川野ちゃんの彼氏がバイトをしていて、俺にこっそりシュークリームをサービスしてくれた。彼氏くんいわく、この店で一番うまいスイーツらしい。
「すみません、こんな遅い時間に付き合ってもらって」
「いいって。俺、このあと予定ないし」
シュークリームを頬張っていると、彼氏くんもドリンクを手にやってきた。ただ事じゃない雰囲気を察した店長が「休憩していいよ」と許可をくれたらしい。
「こいつ、ここんとこ、ずっと泣いてたんっす。『社員が嫌だ、また嫌がらせされた』って」
「社員って、坂沼さんだよな。なにされたんだ?」
「いろいろです。ちゃんと5分前には出勤したのにタイムカードを押させてくれなくて遅刻扱いにされたり、1番休憩のときにバックヤードに入れてもらえなくて、お店の外に行くしかなかったり」
「1番……って30分休憩じゃん」
勤務中はコンビニや他の飲食店へ行くのは御法度なので、バックヤードに入れないとなると、従業員用のトイレに閉じこもるか、店の外で待つしかない。まだ肌寒いこの時期、それはあまりにも辛すぎる。
「なにか心当たりは?」
「……ひとつだけ」
今から1ヶ月ほど前のこと。1番休憩に入ろうとした川野ちゃんが、バックヤードで動画サイトを閲覧中の坂沼さんとバッティングしたことがあった。川野ちゃん自身は特に何も言わなかったそうだけど、彼女の同席に坂沼さんは気まずさを覚えたのだろう。「キミも観たいチャンネルがあるなら観てもいいよ」と声をかけてきた。
ところが、彼女はそれを断った。「今は遊ぶ時間じゃありませんので」──まじめな川野ちゃんらしい返答だ。
けれども、坂沼さんはそれを自分に対する嫌みだと受け取ったらしい。
「それ以来、いろいろ嫌がらせをされて……最初は気のせいだって思おうとしてたんです。でも、あまりにも続くから『ああ、これはわざとなんだ』って」
「店長には?」
「言いました。注意もしてもらいました」
その結果、今度はネチネチと嫌味を言われるようになったらしい。
「私が何かやるたびに、あれこれ言ってくるんです。たとえば『アイスコーヒーの量がバラバラじゃない?』とか『オーダーが入ってからの作業が遅すぎない?』とか。でも、慎重にコーヒーを淹れていると『お客さんを待たせすぎでしょ』って言われるし、オーダーが入ってすぐに作業に取りかかると『バタバタしていて見てられない』って。もうどうすればいいのかわからなくて」
聞いているだけで、気分が悪くなってきた。
たしかに、坂沼さんのそれは明らかな「嫌がらせ」だ。
「あのさ、大丈夫だよ。俺から見た川野ちゃんは、ちゃんと適切な分量で商品を提供しているし、ドリンク業務も100点満点だし」
そもそも店内作業をろくにこなせない坂沼さんが、なぜエラそうにそんなことを言うのか。俺なら「うっせぇ、すっこんでろ」って思うところだけど、まじめな川野ちゃんはそうもいかないのだろう。
うつむく彼女の隣で、彼氏くんも悔しそうだ。
「こいつ、最近すっかり寝不足なんっす。それにメシもあんまり食ってないみたいで」
「そうなの、川野ちゃん?」
「……すみません……でも、なんだかごはんを食べる気になれなくて」
うなだれる後輩を前に、胸が苦しくなった。
彼女は、少し前の「俺」だ。
坂沼さんの嫌がらせを受け続けていたときの俺自身だ。
(なんとかしてあげたい)
せっかく、こうして打ち明けてくれたのだ。
だったら手を貸したい。少しでも後輩の力になりたい。
それに、今日の今日まで彼女が受けた仕打ちに気づかなかった後ろめたさもあった。だって、嫌がらせを受けはじめたのが「1ヶ月ほど前」って──その間、俺は何度も彼女と同じシフトに入っていたのに。
「本社に通報しよう」
「えっ」
「店長に言ってもダメだったんだろ? だったら、もっと上の……本社に直接訴えよう」
「え、でも……」
怯む川野ちゃんの隣で、彼氏くんが「それいいっす」と声をあげた。
「こいつは間違ってないっす! その川野ってやつの悪行、がっつり訴えてやりましょう!」
それでも、川野ちゃんはまだ不安そうだ。なので、安心させるように俺はさらに言葉を続けた。
「大丈夫。訴えるのは、俺がやるから」
「すみません、こんな遅い時間に付き合ってもらって」
「いいって。俺、このあと予定ないし」
シュークリームを頬張っていると、彼氏くんもドリンクを手にやってきた。ただ事じゃない雰囲気を察した店長が「休憩していいよ」と許可をくれたらしい。
「こいつ、ここんとこ、ずっと泣いてたんっす。『社員が嫌だ、また嫌がらせされた』って」
「社員って、坂沼さんだよな。なにされたんだ?」
「いろいろです。ちゃんと5分前には出勤したのにタイムカードを押させてくれなくて遅刻扱いにされたり、1番休憩のときにバックヤードに入れてもらえなくて、お店の外に行くしかなかったり」
「1番……って30分休憩じゃん」
勤務中はコンビニや他の飲食店へ行くのは御法度なので、バックヤードに入れないとなると、従業員用のトイレに閉じこもるか、店の外で待つしかない。まだ肌寒いこの時期、それはあまりにも辛すぎる。
「なにか心当たりは?」
「……ひとつだけ」
今から1ヶ月ほど前のこと。1番休憩に入ろうとした川野ちゃんが、バックヤードで動画サイトを閲覧中の坂沼さんとバッティングしたことがあった。川野ちゃん自身は特に何も言わなかったそうだけど、彼女の同席に坂沼さんは気まずさを覚えたのだろう。「キミも観たいチャンネルがあるなら観てもいいよ」と声をかけてきた。
ところが、彼女はそれを断った。「今は遊ぶ時間じゃありませんので」──まじめな川野ちゃんらしい返答だ。
けれども、坂沼さんはそれを自分に対する嫌みだと受け取ったらしい。
「それ以来、いろいろ嫌がらせをされて……最初は気のせいだって思おうとしてたんです。でも、あまりにも続くから『ああ、これはわざとなんだ』って」
「店長には?」
「言いました。注意もしてもらいました」
その結果、今度はネチネチと嫌味を言われるようになったらしい。
「私が何かやるたびに、あれこれ言ってくるんです。たとえば『アイスコーヒーの量がバラバラじゃない?』とか『オーダーが入ってからの作業が遅すぎない?』とか。でも、慎重にコーヒーを淹れていると『お客さんを待たせすぎでしょ』って言われるし、オーダーが入ってすぐに作業に取りかかると『バタバタしていて見てられない』って。もうどうすればいいのかわからなくて」
聞いているだけで、気分が悪くなってきた。
たしかに、坂沼さんのそれは明らかな「嫌がらせ」だ。
「あのさ、大丈夫だよ。俺から見た川野ちゃんは、ちゃんと適切な分量で商品を提供しているし、ドリンク業務も100点満点だし」
そもそも店内作業をろくにこなせない坂沼さんが、なぜエラそうにそんなことを言うのか。俺なら「うっせぇ、すっこんでろ」って思うところだけど、まじめな川野ちゃんはそうもいかないのだろう。
うつむく彼女の隣で、彼氏くんも悔しそうだ。
「こいつ、最近すっかり寝不足なんっす。それにメシもあんまり食ってないみたいで」
「そうなの、川野ちゃん?」
「……すみません……でも、なんだかごはんを食べる気になれなくて」
うなだれる後輩を前に、胸が苦しくなった。
彼女は、少し前の「俺」だ。
坂沼さんの嫌がらせを受け続けていたときの俺自身だ。
(なんとかしてあげたい)
せっかく、こうして打ち明けてくれたのだ。
だったら手を貸したい。少しでも後輩の力になりたい。
それに、今日の今日まで彼女が受けた仕打ちに気づかなかった後ろめたさもあった。だって、嫌がらせを受けはじめたのが「1ヶ月ほど前」って──その間、俺は何度も彼女と同じシフトに入っていたのに。
「本社に通報しよう」
「えっ」
「店長に言ってもダメだったんだろ? だったら、もっと上の……本社に直接訴えよう」
「え、でも……」
怯む川野ちゃんの隣で、彼氏くんが「それいいっす」と声をあげた。
「こいつは間違ってないっす! その川野ってやつの悪行、がっつり訴えてやりましょう!」
それでも、川野ちゃんはまだ不安そうだ。なので、安心させるように俺はさらに言葉を続けた。
「大丈夫。訴えるのは、俺がやるから」
0
あなたにおすすめの小説
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる