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3章 迷宮防衛都市
3章ー6:商業地区と、亜人と呼ばれる魔獣
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命彦とメイアが魔法学科修了認定試験の話で盛り上がった数分後、学研地区を通過した路面電車は、ようやく目的地である商業地区へとたどり着いた。
学科魔法士が所属する依頼所は、全てがこの商業地区にあり、命彦達が目指す依頼所【魔法喫茶ミスミ】も、商業地区にあった。
商業地区の常設駅で路面電車から下車した命彦達は、駅の改札口を出て人通りの多い街路に降り立つ。
座席へ座るのに邪魔だったため、一時的に〈余次元の鞄〉へ収納していた武具型魔法具は、街路に降り立った時点で、命彦もメイアも再装備していた。
魔法具の携帯が制限されている一般人や魔法技能者と違って、学科魔法士はあらゆる魔法具の携帯が法的に許されているため、どこの都市でも武具型魔法具や防具型魔法具を、日常的に装備・携帯している。
公に魔法が使える権利を持つ魔法士に、魔法具の携帯を規制するのは無意味であるし、精霊儀式魔法《人化の儀》を使い、敵性型魔獣が都市内に潜伏している場合、魔獣を市街戦で討伐するために、都市内における魔法士の武装は必要不可欠だった。
そのため特殊技能者権利義務規定法では、学科魔法士による魔法具の日常的携帯が法定されている。
街路に出た命彦が、駅のすぐ傍にある建物の壁面に表示された時刻映像を見て言った。
「よし。この分だと3時までには依頼所に到着できそうだ」
『そうですね。依頼所はここからのんびり歩いても、10分程度の距離にありますし』
「今は2時45分だから、遅くとも5分前くらいには着けるでしょう」
ミサヤを肩に乗せ、命彦とメイアが歩きつつ話していると、人々の往来が特に多い商業地区の主要街路へ出て、街の喧騒が耳を打った。
道路を走る車の群れよりも、信号機のすぐ上の空間に投影された娯楽番組の平面映像や、街路を行き交う人々の声の方が、遥かに耳にうるさい。
目的地である依頼所の近くにある交差点で、横断歩道の青信号を待っていた命彦達は、人工知能を搭載し、人の手を借りずに整然と走る電気自動車の群れと、雑多に歩く人々の様子を、漫然と観察していた。
「……おっ?」
すると、街路を歩く人々の間を、具体的には、命彦やメイアのように魔法具を装備して道を歩く、数人の魔法士達の間を、トタタタっと走り抜ける2人の幼児達が目に付いた。
犬耳と犬の尻尾を持つ、ところどころに獣の特徴を有した3歳くらいの双子である。
「獣人種の【人狼】族っぽいけど、生粋のジンロウと比べると、容姿が少し地球人寄りかしらね? 日本人と亜人との異世界混血児?」
「多分そうだろう。母親が日本人だったら、もっと見た目的に人類寄りの容姿だと思うから、あの子達は父親が日本人と見た」
命彦の推測を示すように、走り回っていた双子がある夫婦に呼ばれて駆け寄った。
顔や身体に狼の特徴を持つ亜人、獣人種魔獣【人狼】族の女性と日本人男性が、双子を抱き寄せる。
推測通り、双子は亜人の母と地球人類の父を持つ、異世界混血児であった。
「当たりね? それにしてもあの子達、元気一杯だわ」
「ああ。ウチの店の子達といい勝負だ。ありゃあ相当手がかかるぞ?」
『うふふ。経験者は語る、ですか?』
「子持ちみたいに言うのは止めろってミサヤ、世話したことがある者の勘だよ」
命彦がミサヤと笑い合い、メイアも一緒に笑っていた。
迷宮防衛都市には、亜人と呼ばれる人々、地球人類の分類では人型の魔獣と考えられている者達が、多数暮らしている。
そもそも亜人とは、地球人類がエレメンティアと呼ぶ、魔獣達が生息している異世界で暮らす異世界人のことであり、ついでに言うと、エレメンティアには獣人や鬼人といった多種多様の亜人種族以外にも、異界人と呼ばれる、地球人類に姿や能力が酷似した別の人類種族も住んでいた。
ただ、異界人は地球に今まで全く出現しておらず、亜人ばかりが地球に出現している。
異界人と亜人、同じ異世界人であるにもかかわらず、亜人だけが地球に召喚されるのはどうしてかというと、その原因は、異界人と亜人との生活様式の違いにあった。
地球人類に保護された亜人達が言うには、亜人も異界人も、エレメンティアでは魔獣に苦しめられている弱い種族であり、双方が魔獣も寄り付かぬ僻地に国を形成して暮らしているが、異界人の国家が産業を発展させ、徹底した自給自足の生活を可能としているのに対し、亜人国家は、自給自足の生活基盤を異界人国家ほど整備できておらず、特に食料を確保するため、部分的に狩猟採集を行う必要があるらしい。
つまり、亜人は生きるために魔獣達が多く生息する実りの多い森で果実を採集したり、弱い魔獣を狩って食用にしたりと、自分達の生活のために魔獣達の生活圏へ自発的に足を踏み入れているわけである。
その結果、魔獣との接点が異界人より遥かに多いため、魔獣を召喚する【魔晶】の力に、亜人達の方が圧倒的に巻き込まれやすく、亜人ばかりが地球へと召喚されていた。
地球に召喚された際、亜人達は当然の如く迷宮内に出現し、その多くが魔獣の腹に納まるが、運良く逃げ出したり、出現してすぐ魔法士に救助されたりした者達が、迷宮防衛都市で保護され、暮らしていたのである。
保護された亜人達の多くは、自分達が生まれ育った世界であるエレメンティアに帰還する方法を知っているのだが、地球人類に保護された亜人は、エレメンティアにある祖国より、地球の方が遥かに安全であるため、居着く者の方が圧倒的に多かった。
異世界混血児の双子を連れた夫婦が、幸せそうに会話し、ゆっくりと去って行く。
その後ろ姿を見送って、命彦達も自然と頬を緩めた。
横断歩道を通過し、ふと周囲を見回すと、多くの亜人達が日本人の間を行き交っている。
妖精人種魔獣に分類され、細身で白皙の美貌と尖った耳を持つ【木霊人】族。
鬼人種魔獣に分類され、額に角を生やした子供のように見える【童子】族。
獣人種魔獣に分類され、姿形は人類に近いが、手に羽を持つ【翼人】族。
パッと視界に入るだけでも、3種類の亜人達が楽しそうに商業地区で働いていた。
命彦達と同じ地球人類の学科魔法士達が、異世界感に溢れる物々しい服装をして、商業地区を歩いている一方で、女性物の背広をシャキッと着て、いかにも仕事ができるといった雰囲気で談笑しつつ、企業の建物に入って行くエルフの美女達がいる。
横断歩道の傍にある青果店では、異世界産の果物を手に取る年配の主婦の横で、店員をしている見かけ12歳か13歳くらい、でも実年齢は30歳以上であろう、ドウジの男性が、電子端末を片手にエマボットに指示を出し、箱詰めされた野菜を検品していた。
異世界料理を出す食堂の前に立ち、談笑して空席を待っている老夫婦の頭上を、食堂の屋上から弁当箱を背負って、遅めの昼食宅配に飛び立ったハーピーの女性が通り過ぎる。
この他にも、多くの亜人達がこの商業地区では働いていた。
雑多であり、それでいてどこかほっこりする街の情景。
完全に自動化された車が走り、道路を清掃する公用のエマボット達が移動する横で、異世界から召喚された亜人達が自由に闊歩し、働く姿を見ると、命彦は妙にワクワクした。
亜人達は行き交う人々、日本人達と普通に談笑し、共に働いて生活している。
姿形こそ地球人類とは違うが、亜人達は人間として、街で平穏に暮らしていたのである。
のんびり歩きつつ、周囲の様子を楽しんでいた命彦が言う。
「いつ来てもこの地区の雑多感というか、ごった煮感には胸が躍るぜ。亜人に人類、それに融和型魔獣までが出入りして、この地区だけ物凄いにぎやかさだ。メイアはどう思う?」
「私も同感ね。日本のどこの迷宮防衛都市でも、商業地区が多分1番見ていて楽しいわ。地球で最も安全に、異世界と地球との融和が感じられる場所だもの。この都市の風景ばかりは、日本以外の国じゃ、見るのは難しいでしょうね?」
『海外の迷宮防衛都市は、日本の迷宮防衛都市とは全く違うとよく聞きますからね? 海外の場合、融和型魔獣はともかく、亜人達には色々と問題が付き纏うようですし』
「ええ。こういう風に気軽に亜人を見れて、実際に触れ合える場所って、海外の迷宮防衛都市じゃ相当限られるのよ。そもそもほとんどの国では、亜人が街を出歩くこと自体が難しいしね? 誘拐とかされるもの。まあそれでも、あっちの世界で暮らすよりは幾分かマシだって、居着く亜人達が多いんだけど。ふうー……どれだけ異世界が危険か、思い知らされる話だわ」
『最も待遇が酷いと思われる生物兵器扱いや商品扱いでも、こちらの世界では衣食住が最低限保障されていますからね? 食うか食われるかのあちらの世界で、日々の生活にも苦労していた亜人達にしてみると、こちらでの生活はまだ良い方でしょう。日本のように亜人に優しい国での生活にいたっては、天国だと思いますよ? 居着くのも分かる話です』
「……地球での生活に対する亜人達の心情についてはさておいてだ。こちとら身内に亜人がいるから、そういう話を聞く度に、つくづくこの日本が亜人達に理解がある国で良かったと思う。ウチの店のガキ共が誘拐されるかと思うと、心配でしょうがねえよ」
命彦がミサヤの喉をくすぐり、感謝するように天を見上げた。
人類と同じように暮らせる亜人が、どうして人類の解釈では魔獣に分類されているのか。
その理由は、地球人類が定めた魔獣の生物的定義にあった。
魔獣とは、先天的に魔法を扱える、地球外で生まれた生物全般の総称。
これが地球人類の定めた魔獣の定義であり、その定義に照らせば、幾ら人型で対話することができる知能を持ち、気性が穏やかで地球人類と一緒に暮らせる亜人であっても、異世界に生まれて異世界で育ち、先天的に魔法を操れる生物である以上、魔獣に分類されるのである。
基本的に多くの亜人は融和型魔獣に分類されるため、亜人に人権を認め、人類として扱うべきと叫ぶ地球の人々もいたが、敵性型魔獣に分類される亜人達も幾らかおり、また、地球人類にも亜人を恐れる人々や、商品として亜人を扱う者達がいるため、亜人達の人権を認めることに反発する勢力があった。
結果として、亜人の処遇については各国の個別的判断に委ねられており、亜人を人類として扱う国もあれば、商品や奴隷、魔法を使う生物兵器として扱う国もあったのである。
どちらかと言えば、日本のように早くから亜人の人権を保障し、積極的に亜人達の保護を進めている国の方が、少数派であった。
多くの海外諸国では、亜人の誘拐や売買、人類による亜人の差別が日常茶飯事であり、街を歩く亜人の姿はほぼ見られず、その意味では、日本の迷宮防衛都市の姿は地球でも特に異質だったのである。
実際、日本の迷宮防衛都市に住んでいれば、亜人だからという理由で不当に迫害されることもごく僅かであり、誘拐される可能性についても、他国よりは極めて低かった。
また、日本の迷宮防衛都市の商業地区には、亜人街と呼ばれる、亜人達が住みやすいように整備された場所まであり、多くの亜人達が集住している。
こうした亜人が安心できる環境があるためか、日本に居住する亜人達の人口は、地球の国でも3本指に入る多さとまで言われていた。
三葉市を始めとして、日本の迷宮防衛都市で多くの亜人達が平穏に暮らしているのは、日本が国として、亜人の積極的保護を迷宮へ潜る魔法士達や防衛都市の市民に要請し、必要と思える措置を率先して行っているためである。
そもそも、文化的に日本人は亜人達に対して寛容であり、亜人という生物を受け入れる心理的土壌が、他国よりも整っていた。
亜人達への差別や迫害も少しはあるが、他国よりは驚くほどその手の意識が薄い国であり、亜人の歌手が公に活動している国は、地球でも日本だけである。
亜人が困っていたら人として助ける。そして、ごく普通に亜人を人として扱う。
日本人の多くは、迷宮に潜る学科魔法士や市民まで、それが自然にできるのであった。
亜人達が楽しそうに暮らしているのも、日本が国として亜人の生きる権利を保障していることに加え、日本人が、亜人をわりと普通に同じ人間として受け入れているためである。
ただ、日本という国家が亜人に好意的である理由は、単に日本人がお人好しで亜人に理解があるということ以外にも、隠れた理由、国家の防衛戦略上の理由があった。
日本は、狭い国土内に4つの【魔晶】を持ち、排他的経済水域上にも国をぐるりと囲むように8つの【魔晶】があるため、実は国内外から、非常に多くの魔獣が進攻して来る。
地球の国家でも特に魔獣出現数が多い国であるため、魔獣の生態を知り、異世界の地形や資源、食料にも詳しい亜人達は、情報源として国防上厚遇すべき人材だったのである。
学科魔法士が所属する依頼所は、全てがこの商業地区にあり、命彦達が目指す依頼所【魔法喫茶ミスミ】も、商業地区にあった。
商業地区の常設駅で路面電車から下車した命彦達は、駅の改札口を出て人通りの多い街路に降り立つ。
座席へ座るのに邪魔だったため、一時的に〈余次元の鞄〉へ収納していた武具型魔法具は、街路に降り立った時点で、命彦もメイアも再装備していた。
魔法具の携帯が制限されている一般人や魔法技能者と違って、学科魔法士はあらゆる魔法具の携帯が法的に許されているため、どこの都市でも武具型魔法具や防具型魔法具を、日常的に装備・携帯している。
公に魔法が使える権利を持つ魔法士に、魔法具の携帯を規制するのは無意味であるし、精霊儀式魔法《人化の儀》を使い、敵性型魔獣が都市内に潜伏している場合、魔獣を市街戦で討伐するために、都市内における魔法士の武装は必要不可欠だった。
そのため特殊技能者権利義務規定法では、学科魔法士による魔法具の日常的携帯が法定されている。
街路に出た命彦が、駅のすぐ傍にある建物の壁面に表示された時刻映像を見て言った。
「よし。この分だと3時までには依頼所に到着できそうだ」
『そうですね。依頼所はここからのんびり歩いても、10分程度の距離にありますし』
「今は2時45分だから、遅くとも5分前くらいには着けるでしょう」
ミサヤを肩に乗せ、命彦とメイアが歩きつつ話していると、人々の往来が特に多い商業地区の主要街路へ出て、街の喧騒が耳を打った。
道路を走る車の群れよりも、信号機のすぐ上の空間に投影された娯楽番組の平面映像や、街路を行き交う人々の声の方が、遥かに耳にうるさい。
目的地である依頼所の近くにある交差点で、横断歩道の青信号を待っていた命彦達は、人工知能を搭載し、人の手を借りずに整然と走る電気自動車の群れと、雑多に歩く人々の様子を、漫然と観察していた。
「……おっ?」
すると、街路を歩く人々の間を、具体的には、命彦やメイアのように魔法具を装備して道を歩く、数人の魔法士達の間を、トタタタっと走り抜ける2人の幼児達が目に付いた。
犬耳と犬の尻尾を持つ、ところどころに獣の特徴を有した3歳くらいの双子である。
「獣人種の【人狼】族っぽいけど、生粋のジンロウと比べると、容姿が少し地球人寄りかしらね? 日本人と亜人との異世界混血児?」
「多分そうだろう。母親が日本人だったら、もっと見た目的に人類寄りの容姿だと思うから、あの子達は父親が日本人と見た」
命彦の推測を示すように、走り回っていた双子がある夫婦に呼ばれて駆け寄った。
顔や身体に狼の特徴を持つ亜人、獣人種魔獣【人狼】族の女性と日本人男性が、双子を抱き寄せる。
推測通り、双子は亜人の母と地球人類の父を持つ、異世界混血児であった。
「当たりね? それにしてもあの子達、元気一杯だわ」
「ああ。ウチの店の子達といい勝負だ。ありゃあ相当手がかかるぞ?」
『うふふ。経験者は語る、ですか?』
「子持ちみたいに言うのは止めろってミサヤ、世話したことがある者の勘だよ」
命彦がミサヤと笑い合い、メイアも一緒に笑っていた。
迷宮防衛都市には、亜人と呼ばれる人々、地球人類の分類では人型の魔獣と考えられている者達が、多数暮らしている。
そもそも亜人とは、地球人類がエレメンティアと呼ぶ、魔獣達が生息している異世界で暮らす異世界人のことであり、ついでに言うと、エレメンティアには獣人や鬼人といった多種多様の亜人種族以外にも、異界人と呼ばれる、地球人類に姿や能力が酷似した別の人類種族も住んでいた。
ただ、異界人は地球に今まで全く出現しておらず、亜人ばかりが地球に出現している。
異界人と亜人、同じ異世界人であるにもかかわらず、亜人だけが地球に召喚されるのはどうしてかというと、その原因は、異界人と亜人との生活様式の違いにあった。
地球人類に保護された亜人達が言うには、亜人も異界人も、エレメンティアでは魔獣に苦しめられている弱い種族であり、双方が魔獣も寄り付かぬ僻地に国を形成して暮らしているが、異界人の国家が産業を発展させ、徹底した自給自足の生活を可能としているのに対し、亜人国家は、自給自足の生活基盤を異界人国家ほど整備できておらず、特に食料を確保するため、部分的に狩猟採集を行う必要があるらしい。
つまり、亜人は生きるために魔獣達が多く生息する実りの多い森で果実を採集したり、弱い魔獣を狩って食用にしたりと、自分達の生活のために魔獣達の生活圏へ自発的に足を踏み入れているわけである。
その結果、魔獣との接点が異界人より遥かに多いため、魔獣を召喚する【魔晶】の力に、亜人達の方が圧倒的に巻き込まれやすく、亜人ばかりが地球へと召喚されていた。
地球に召喚された際、亜人達は当然の如く迷宮内に出現し、その多くが魔獣の腹に納まるが、運良く逃げ出したり、出現してすぐ魔法士に救助されたりした者達が、迷宮防衛都市で保護され、暮らしていたのである。
保護された亜人達の多くは、自分達が生まれ育った世界であるエレメンティアに帰還する方法を知っているのだが、地球人類に保護された亜人は、エレメンティアにある祖国より、地球の方が遥かに安全であるため、居着く者の方が圧倒的に多かった。
異世界混血児の双子を連れた夫婦が、幸せそうに会話し、ゆっくりと去って行く。
その後ろ姿を見送って、命彦達も自然と頬を緩めた。
横断歩道を通過し、ふと周囲を見回すと、多くの亜人達が日本人の間を行き交っている。
妖精人種魔獣に分類され、細身で白皙の美貌と尖った耳を持つ【木霊人】族。
鬼人種魔獣に分類され、額に角を生やした子供のように見える【童子】族。
獣人種魔獣に分類され、姿形は人類に近いが、手に羽を持つ【翼人】族。
パッと視界に入るだけでも、3種類の亜人達が楽しそうに商業地区で働いていた。
命彦達と同じ地球人類の学科魔法士達が、異世界感に溢れる物々しい服装をして、商業地区を歩いている一方で、女性物の背広をシャキッと着て、いかにも仕事ができるといった雰囲気で談笑しつつ、企業の建物に入って行くエルフの美女達がいる。
横断歩道の傍にある青果店では、異世界産の果物を手に取る年配の主婦の横で、店員をしている見かけ12歳か13歳くらい、でも実年齢は30歳以上であろう、ドウジの男性が、電子端末を片手にエマボットに指示を出し、箱詰めされた野菜を検品していた。
異世界料理を出す食堂の前に立ち、談笑して空席を待っている老夫婦の頭上を、食堂の屋上から弁当箱を背負って、遅めの昼食宅配に飛び立ったハーピーの女性が通り過ぎる。
この他にも、多くの亜人達がこの商業地区では働いていた。
雑多であり、それでいてどこかほっこりする街の情景。
完全に自動化された車が走り、道路を清掃する公用のエマボット達が移動する横で、異世界から召喚された亜人達が自由に闊歩し、働く姿を見ると、命彦は妙にワクワクした。
亜人達は行き交う人々、日本人達と普通に談笑し、共に働いて生活している。
姿形こそ地球人類とは違うが、亜人達は人間として、街で平穏に暮らしていたのである。
のんびり歩きつつ、周囲の様子を楽しんでいた命彦が言う。
「いつ来てもこの地区の雑多感というか、ごった煮感には胸が躍るぜ。亜人に人類、それに融和型魔獣までが出入りして、この地区だけ物凄いにぎやかさだ。メイアはどう思う?」
「私も同感ね。日本のどこの迷宮防衛都市でも、商業地区が多分1番見ていて楽しいわ。地球で最も安全に、異世界と地球との融和が感じられる場所だもの。この都市の風景ばかりは、日本以外の国じゃ、見るのは難しいでしょうね?」
『海外の迷宮防衛都市は、日本の迷宮防衛都市とは全く違うとよく聞きますからね? 海外の場合、融和型魔獣はともかく、亜人達には色々と問題が付き纏うようですし』
「ええ。こういう風に気軽に亜人を見れて、実際に触れ合える場所って、海外の迷宮防衛都市じゃ相当限られるのよ。そもそもほとんどの国では、亜人が街を出歩くこと自体が難しいしね? 誘拐とかされるもの。まあそれでも、あっちの世界で暮らすよりは幾分かマシだって、居着く亜人達が多いんだけど。ふうー……どれだけ異世界が危険か、思い知らされる話だわ」
『最も待遇が酷いと思われる生物兵器扱いや商品扱いでも、こちらの世界では衣食住が最低限保障されていますからね? 食うか食われるかのあちらの世界で、日々の生活にも苦労していた亜人達にしてみると、こちらでの生活はまだ良い方でしょう。日本のように亜人に優しい国での生活にいたっては、天国だと思いますよ? 居着くのも分かる話です』
「……地球での生活に対する亜人達の心情についてはさておいてだ。こちとら身内に亜人がいるから、そういう話を聞く度に、つくづくこの日本が亜人達に理解がある国で良かったと思う。ウチの店のガキ共が誘拐されるかと思うと、心配でしょうがねえよ」
命彦がミサヤの喉をくすぐり、感謝するように天を見上げた。
人類と同じように暮らせる亜人が、どうして人類の解釈では魔獣に分類されているのか。
その理由は、地球人類が定めた魔獣の生物的定義にあった。
魔獣とは、先天的に魔法を扱える、地球外で生まれた生物全般の総称。
これが地球人類の定めた魔獣の定義であり、その定義に照らせば、幾ら人型で対話することができる知能を持ち、気性が穏やかで地球人類と一緒に暮らせる亜人であっても、異世界に生まれて異世界で育ち、先天的に魔法を操れる生物である以上、魔獣に分類されるのである。
基本的に多くの亜人は融和型魔獣に分類されるため、亜人に人権を認め、人類として扱うべきと叫ぶ地球の人々もいたが、敵性型魔獣に分類される亜人達も幾らかおり、また、地球人類にも亜人を恐れる人々や、商品として亜人を扱う者達がいるため、亜人達の人権を認めることに反発する勢力があった。
結果として、亜人の処遇については各国の個別的判断に委ねられており、亜人を人類として扱う国もあれば、商品や奴隷、魔法を使う生物兵器として扱う国もあったのである。
どちらかと言えば、日本のように早くから亜人の人権を保障し、積極的に亜人達の保護を進めている国の方が、少数派であった。
多くの海外諸国では、亜人の誘拐や売買、人類による亜人の差別が日常茶飯事であり、街を歩く亜人の姿はほぼ見られず、その意味では、日本の迷宮防衛都市の姿は地球でも特に異質だったのである。
実際、日本の迷宮防衛都市に住んでいれば、亜人だからという理由で不当に迫害されることもごく僅かであり、誘拐される可能性についても、他国よりは極めて低かった。
また、日本の迷宮防衛都市の商業地区には、亜人街と呼ばれる、亜人達が住みやすいように整備された場所まであり、多くの亜人達が集住している。
こうした亜人が安心できる環境があるためか、日本に居住する亜人達の人口は、地球の国でも3本指に入る多さとまで言われていた。
三葉市を始めとして、日本の迷宮防衛都市で多くの亜人達が平穏に暮らしているのは、日本が国として、亜人の積極的保護を迷宮へ潜る魔法士達や防衛都市の市民に要請し、必要と思える措置を率先して行っているためである。
そもそも、文化的に日本人は亜人達に対して寛容であり、亜人という生物を受け入れる心理的土壌が、他国よりも整っていた。
亜人達への差別や迫害も少しはあるが、他国よりは驚くほどその手の意識が薄い国であり、亜人の歌手が公に活動している国は、地球でも日本だけである。
亜人が困っていたら人として助ける。そして、ごく普通に亜人を人として扱う。
日本人の多くは、迷宮に潜る学科魔法士や市民まで、それが自然にできるのであった。
亜人達が楽しそうに暮らしているのも、日本が国として亜人の生きる権利を保障していることに加え、日本人が、亜人をわりと普通に同じ人間として受け入れているためである。
ただ、日本という国家が亜人に好意的である理由は、単に日本人がお人好しで亜人に理解があるということ以外にも、隠れた理由、国家の防衛戦略上の理由があった。
日本は、狭い国土内に4つの【魔晶】を持ち、排他的経済水域上にも国をぐるりと囲むように8つの【魔晶】があるため、実は国内外から、非常に多くの魔獣が進攻して来る。
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パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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