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5章 迷宮

5章ー9:事後処理と、対話

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 舞子の魔血を一滴ずつ飲ました4つの〈悦従の呪い蟲〉。
 それを手に持って粘液まみれの4人の少女の口に、命彦達は放り込んだ。
「うぐっ!」
「げほごほっ!」
「うえぇーっ!」 
「むぐぐ、何か飲んでしまいましたわっ!」
 気絶していた4人の少女が異物を飲み込んでしまい、息苦しさに目を覚ます。
「ごきげんよう、【ヴァルキリー】小隊の皆さん」
「き、貴様ら、ひいっ!」
 飛びかかろうとする甲冑少女に触手を見せると、尻もちをついて他の少女と共に後ずさった。
「ま、また私達をはずかしめるつもりですか!」
「おやおや、全員気持ち良く楽しんでたように思うんだが?」
「こ、このようにおぞましいモノで……私達がそう思うわけありませんわ! 都市警察を呼びますわよ!」
「構わんよ、多分捕まるんそっちやし」
「ちい! 都市警察に伝手があるのか、鬱陶しい奴らだ!」
「いや、まあ伝手は確かにあるんだけどね? それ以前に君らの行動の方が誰が見ても問題あるよ? 人と分かってて攻撃魔法を使った魔法の危険使用もそうだし、命彦に対する魔法の先制使用も問題行為だ。命彦が都市警察に怒られるとすれば、君達がしこたま説教された後だね」
「空太、あちらさんもう聞いてへんで? 舞子以外は視界に入っとらん感じや」
 勇子と空太が、キッと舞子を睨む【ヴァルキリー】小隊の姿を見て、やれやれと肩を落とした。
「覚えていらっしゃい舞子さん、この仕打ち、絶対忘れませんからねっ!」
「髪を燃やす程度ではもう済ましませんわ! そこの者達と一緒に燃やしてあげます!」
「お嬢様と私達にこれほどの恥辱を味合わせた貴様らの顔、私は絶対に忘れんぞ! 必ず報いを受けさせてやる!」
「あらゆる手を使って報復して差し上げますわ!」
 命彦の触手に怯えつつ、それでも勇ましく舞子に宣言する少女達。
 その少女達に、勇子がニンマリ笑って言った。
「構わんで、できるもんやったら今やってみい? もう蟲が同化にかかる10秒は過ぎてもたから。舞子、それ」
「あ、きゃあ!」
 勇子が舞子の背をポンと押し、4人の少女達に舞子を接近させる。
 すると、立とうとしていた眼鏡少女がビクリと震えて座り込んだ。
「あふっ!」
「お、お嬢様!」
「く、くう、これは、どういうこと……」
 困惑する少女達を見て、勇子が命彦と目を合わせた。
「ほれ、命彦も近づいたれや」
「あ、よいしょ」
 今度は命彦が面白がって1歩近付くと、少女達全員がビクリと震える。
 背後に生える魔力物質の触手が魔力の気配を一際発生させているため、3m以上離れていても少女達の全身に快感が走った。
「あひいっ! ど、どういうこと? 身体が、私の身体が!」
「わ、私達も」
「身体がうずいて」
「ほ、火照る、どうしてだ!」
 頬を染め、身体を抱えて震える少女達を見下ろし、命彦が語る。
「俺の家特製の呪詛を仕込ませてもらった。呪詛の条件は色々秘密だが、1つ言えることは、もうお前らはこの場にいる舞子と俺、ミサヤには近寄れんってことだ。俺達の魔力を感じたら快感が身体に走るのだよ、ほーれほれ」
 命彦がミサヤを掲げて近づけると、少女達が電撃を受けたように息を荒げ、後ずさった。
「命彦さん、ノリノリですね?」
「いやあ、良心が傷まねえ相手を追い詰めるのは楽しくって、つい」
 暢気にミサヤを頭にのっけて、舞子と話す命彦。
 その命彦へ、眼鏡の少女が疑念をぶつけた。 
「あ、ありえませんわ! 私達の装備する魔法具は、効力が常時発動する物も混じっている! 気絶していても魔法力場の守りがあるため、そう簡単に呪詛にかかることは……」
「実際に呪詛の効果が出てるだろうが? ついでに言っとくと、魔法力場で抵抗できる呪詛は、呪詛を作る儀式魔法の効力によるぞ? 魔法力場を超える効力を持つ儀式魔法の呪詛は、減衰はともかく無効化まではできねえよ」
『もう1つ絶望をあげましょう。貴方達に使った呪詛はただの呪詛ではありません。精霊儀式魔法による呪詛の効力を持った、です。この魔法生物を経口摂取させ、私達は貴方達の体内から呪詛にかけました。どれだけ高品質の魔法具を持っていても、魔法で身を守ろうとも、体内に定着して発動する呪詛には無意味ですよ?』
「口から入った魔法生物は体内を浸透移動して、魔力が体内で一番多く通る心臓周りの神経組織に取り付く。そして、自分が一番美味いと憶えた魔力を感じると、快感を発するわけだ」
 少女達の顔が色を失い、眼鏡少女の怒声が響いた。
「こ、この外道めぇーっ!」
「寄ってたかって舞子へ報復するとか全力宣言かます、お前らには言われたくねえわ」
 命彦が冷静に言い返すと、甲冑少女が負け惜しみを言う。
「どういった呪詛かは知らんが、我らが一族の総力を持ってすれば簡単に解呪できる!」
「残念、ミサヤも言ってたろ? お前らに仕込んだのはただの呪詛じゃねえって。呪詛として働く魔法生物を飲ませたって? 儀式魔法で解呪しようとしても無駄無駄」
「呪詛に使った儀式魔法の特定には時間がかかるし、仮に特定したとしても、その魔法生物は魔力を食って身体を維持しとるから、1度宿主と同化したら最後、解呪されんように必死に宿主の魔力を吸って、全力で抵抗するで? あんたらが生きとる限り、恐らく解呪でけんとウチは思うねんけどねえ?」
「う、嘘だ! 信じるものか!」
「信じるかどうかはそっちの勝手だが、〈悦従の呪い蟲〉は無理に解呪しようとすると、蟲と同化した者の気が触れるほどの快感を全身へ走らせるぞ? たとえ解呪に成功したとしても、脳や神経に後遺症が残ると思う。サクッと解呪できるのは、多分この俺だけだ」
「き、貴様ぁ、さっさと解呪しろっ! くふんっ!」
 血走った眼で命彦に掴みかかろうとして甲冑少女が近付き、命彦へ手を振れる前にへたり込む。
 フニャフニャと腰砕けの甲冑少女を無視して、命彦は眼鏡の少女へ言った。
「解呪してほしければ俺が言う条件を呑め。条件は4つだ。卒業まで2度と舞子に近付くんじゃねえ。嫌がらせももう止めろ。他に嫌がらせをしてるアホがいれば止めさせろ。そして、今までの嫌がらせについて舞子に謝れ。この条件を守ったら、芽神女学園の卒業式以降、呪詛の解呪を1人100万円から請け負ってやる」
「じ、自分で呪詛をかけておいて解呪料までとるつもりですの!」
「鬼畜外道め!」
「女の敵!」
「魔獣に食われて死ね!」
「いやー負け犬の遠吠えが気持ちいいねえ、ミサヤ?」
『はい、本当に良い気分です』
 勝ち誇る命彦とミサヤは、涼しい顔で笑っていた。

 身悶えして快感に苦しむ少女達と距離をとり、《触手の皇》を解いた命彦が、疲労した様子でどうでもよさそうに、座り込む少女らへ問うた。
「で、どうする? 条件を呑むのか、呑まねえのか? さっさと決めろよ」
 魔力物質の生成には、基本的に相当の魔力量を必要する。
 意志儀式魔法《触手の皇》の使用で、全魔力量の半分ほどを一気に消費した命彦は心的疲労を気迫で抑え込み、倦怠感で不機嫌そうに顔をしかめて少女達を見ていた。
「魔法未修者に頭を垂れて親しく付き合えとでも言うつもりですか? 虫唾が走りますわ!」
 触手の消失と共に自分達にまとわりついていた粘液も消えて、僅かに眉を上げた眼鏡の少女が、感情を剥き出しにして命彦達へ言う。
 その眼鏡少女へ、勇子が不思議そうに問うた。
「どうしてそこまで舞子を、魔法未修者を目の敵にする必要があるんや? 同じ魔法予修者やけど、ウチにはサッパリ理解でけへんわ」
「知れたこと、目障りだからですわ!」
 眼鏡少女が立ち上がり、舞子を見て言う。
「魔法予修者は魔法未修者の面倒見ろ。先達として助言を与えてやれ。そういう有形無形の圧力を学校の、それも講師達から受けて、下らぬ無能者達のために自分達の時間が削られる。バカらしいとは思いませんの?」
 甲冑少女も立ち上がり、舞子を見下ろして語った。
「挙句、魔法未修者が魔法予修者に成績で追い付けば、ほぼ同じ成績であっても、学校や世間では魔法未修者の方がより優秀だと認知されるこの不公平さ。確かに修練期間で見れば、未修者の方が短い分、同じ魔法を使えれば優秀に見えるだろうが、個々の魔法の練度で見れば、多くの場合で修練期間の長短の差が如実に表れる。実力で勝るのに同格扱いされるのは、我慢できん話だ!」
 軽装の少女達も立ち上がり、槍を突き付けて言う。
「お嬢様や私達が、そこの身の程知らずと同じく、各学科の主席として同格扱いされるのは、私達の魔法士としての誇りが許しません」
「ですので、本来の力の差を、格の差を思い知らせるのです。ことあるごとに、徹底的に」
 その少女達の吐き出す理由を聞いて、命彦は至極冷静に言った。
「ふーん、まあ一応言わんとすることは分かった。これまでお前らが舞子にした嫌がらせについては全く理解できんが、お前らの気持ちについては多少理解できる部分がある。けどよ……仮に魔法未修者へ嫌がらせして、自分達の自尊心を満足させて、そこで得るもんがあんの?」
「「「「え?」」」」
「言ってる意味が分からんか? じゃあもっと具体的に言ってやるよ。魔法未修者達をこき下ろして、魔法未修者と魔法予修者との間に溝作って、この街を守れんのかって聞いてんだよ?」
「そ、それは……」
 命彦の発言に返す言葉を失う少女達。命彦は耳をほじりつつ、言葉を重ねた。
「日本の現有戦力たる学科魔法士の総数は、誤差はあるが約100万人程度だ。どうにか魔法を使えるっていう、魔法士の卵とも言うべき魔法技能者達を合わせても300万人に届くかどうか。魔法予修者だった魔法士は、全魔法士人口の2割前後と言われてるから、限界まで多く見積もってもたった20万人だぞ?」
「対して、日本国内の4つの迷宮に生息する魔獣達は凡そ100万体。魔獣1体の平均戦闘力は、普通の魔法士の約4倍と言われてるから、人類は魔獣1体につき、最低4人の魔法士で対応する必要があるわけだね? 戦力不足は子どもでも分かる話でしょ。あと言っとくけど、この試算は排他的経済水域上の、8つの迷宮島を除いた上での話だからね? 迷宮島の魔獣も入れると、魔獣の生息数はグンと増える余地があるよ」
 命彦に続いて空太が語り、勇子とメイアも口を開く。
「国としては魔法士をすぐにでも増やしたいけど、魔法士の質を保ち、適切に管理する意味で、毎年に増やせる魔法士の数には自ずと上限がある。頭のおかしいヤツに魔法士資格は与えられんからね?」
「毎年の魔法士人口を増やす人数に上限があるのに、魔獣との戦闘における魔法士の死亡者数は近年ほとんど減らず、結果として、魔法士人口は現状維持か微増で推移してるわ。上限一杯まで魔法士人口が増加したことは、ここ10年間で皆無よ」
 命彦が少女達を見据えて、厳かに語った。
「本来は400万人以上の魔法士が必要とされている今のご時世に、諸般の事情が絡んでどう見積もっても4分の1の100万人分の戦力しかねえ上、その8割が一般人生まれの、魔法未修者だった魔法士と来てる。魔法具と魔法機械の量産、【神の使徒】の動員で、不足分をどうにか補填しているのが現状ってわけだ。もう一度聞くぞ? この現状を理解した上で、お前らはたった20万人の、予修者だった魔法士だけで、100万体もいる魔獣達に対抗できると思ってんのか?」
『魔法予修者が魔法未修者をこき下ろし、互いの間に溝を作る行為は、突き詰めれば、予修者が未修者を戦力として不要だと、頼れぬ者だと判断していると、そう未修者や一般の人々からは見られるわけですが。その意味を理解しているのですか? この街に住む予修者だった魔法士だけで街全体を守れると、本当に思っているのですか?』
 命彦の言葉とミサヤの思念が、少女達に突き刺さった。

 眼鏡少女が、命彦を見返して言う。
「極論ですわっ! 私達は別にそういうことを思って言ってるわけではありません!」
「あんたらがどう思ってるかはこの際どうでもええ。問題は、あんたらやあんたらの同類がする魔法未修者らへの嫌がらせを見て、当の魔法未修者らがどう思うかや。もっと言えば、魔法予修者っていう括りが、魔法未修者って括りにどう思われてるかってことが、問題やって言うとんねん」
「今はまだ一部のバカがすることで済んでるけど、この先もその認識で通るかどうかは不明だ。魔法予修者と魔法未修者の間に諍いが起こり続ければ、本格的に予修者と未修者との間で、亀裂が走るだろうね。そうすると、この問題は都市を危険に晒す魔法士同士の争いの火種と化す。これは海外においてすでに起こってることだよ、少し考えれば分かるでしょ?」
「……」
 勇子と空太の言わんとすることを理解し、沈黙する少女達を見て、まだ理性がある、まだ救いがあると思った命彦は、諭すように語った。
「魔法士の生まれも修了した魔法学科の別も問わず、この日本を守るため、自分の暮らす都市を守るために働く魔法士は、全て戦力だ。魔獣との生存闘争に必要だってことがどうして分からねえ? 魔法学科や魔法士の生まれを気にしてる場合かって話だ」
「ついでに言うとね、人類が確認している魔獣種族は、異世界に暮らす魔獣種族の僅か1割だよ?」
「化け物じみた魔獣はまだまだ腐るほどあっちの世界におる。そういう魔獣らがいつ地球へ出現し、自分らの都市を襲撃しに来るのかも分からんのに、よう内輪モメができるわ。わざわざモメ事を作る、その神経をウチは疑う」
「学校の講師達が、事ある毎に魔法予修者へ魔法未修者の面倒を見させるのは、互いに切磋琢磨し、戦友としての関係性を構築させたいからだ。勿論メンドイとは俺達も思うが、未修者が育ち、戦力として使えれば、街の防衛力は上がる。そう思えばこそ、メンドイこともやってやると思えるだろう? 同じ街に暮らす者としてはさ」
 自分達と同じ魔法予修者が語る言葉だったからだろうか。少女達は無言で俯いていた。
 言い返す言葉を探している様子だった少女達。
 しかし、その言葉が見付かる前に、命彦と空太が畳みかけた。
「そもそも戦力が足りてねえんだから、どの魔法士にも一定以上の価値があり、都市の防衛には必要不可欠だ。俺から見たら、お前ら根本的に自分達の行動の意味を理解してねえよ? お前らのしてることは、都市防衛に不利益を与え、場合によっては敵性型魔獣の都市への進攻に加担してるんだぞ?」
「味方同士で争うのは戦争においてご法度だ。負け戦で自分達の故郷を灰にしたいのかい、君達は?」
「そういう部分が見えてねえから、バカバカしいことを平気で言えるんだ。思想信条は個人の自由だから、お前らが魔法未修者をどう思おうと、それを辞めろとは俺も言わねえよ。けど、それでもし【逢魔が時】発生時に、他の魔法士達の士気が落ちたり、作戦行動が乱れたりして、この都市が滅んだら……俺がお前らの一族郎党を、1人残らず斬り消すぞ?」
 そう言って命彦は少女達を見た。
 命彦の目に宿る、先ほど以上の殺気に少女達は息を呑み、身体を震えさせた。

 命彦の背に垂らした頭巾に納まり、顔だけ出して怯え震える【ヴァルキリー】小隊を見ていたミサヤが、ふと《思念の声》で語る。
『マヒコ、この愚か者達に随分手間を取られていますが、夕食の時間はいいのですか?』
「え? ……うわ、ホントだ! 空太、マズイぞ!」
 今頃気付いたのか。〈余次元の鞄〉からポマコンを取り出し、時刻を確認した命彦が目を剥いて慌てた。
「うお、ホントだ。もう約束の時間過ぎてる! あ、空子から連絡が、失礼して……あ、空子かい?」
「俺も母さんから連絡が……もしもし母さん? ごめんごめん、今帰ってるとこ」
 今し方の恐ろしい殺気はどこへやら。ポマコンを耳に当ててその場を離れ、空太と共に連絡相手にヘコヘコする命彦の姿を見て、【ヴァルキリー】小隊の少女達はようやく身体の震えを止めた。
「くっ……」
 悔しそうに命彦を見る眼鏡少女へ、メイアと勇子が言う。
「見てくれで人を判断したらエライ目に遭うってことが、今回よく分かったでしょ? それに、命彦達の言うことにも、多少は考えさせられたと思うしね?」
「ウチらは小さい頃から、周りの人らにそういう風に教えられて育った。実際ホンマのことやと今でも思ってる。せやから、あんたらみたいに自分らの行為の意味に気付いとらんアホには、心底腹が立つ。ウチらの言うたことを聞いて、あんたらがそのアホ共の一員でおり続けるんかどうかは、今後のあんたら次第や」
 眼鏡の少女が苦し紛れに口を開いた。
「……わ、私達は、謝りませんからねっ!」
「おう、別に構わんぞ? 呪詛が残るだけだ」
 眼鏡少女の言葉に、通信を終えて歩み寄って来る命彦が答えた。
「ぐっ」
 二の句を封じるように少女達を一瞥し、命彦はメイア達に言う。
「アホ共に関わったせいで、夕食に遅れて母さん達が心配してる。急いで戻るぞ。空太、そっちもいいか?」
「いいよ、こっちも通信終わったから。……彼女達、どうするの?」
「知らん。言いたいことは言った。舞子、とりあえず後日にこいつらが謝ったら報告してくれ」
「あ、はい!」
「「「「包め《旋風の纏い》」」」」
 風の魔法力場で身を包み、命彦達はその場を離れた。
 【ヴァルキリー】小隊の少女達を残して。
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