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閉鎖的な村と
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「こんな村……、早く出ていく。晶を連れて、二人で生きていけたらそれでいいんだ」
塁は、そう拳を握り締めた。
今日、塁はこのこの村を出ていく。
眼下に広がるのは塁が今日まで育った村である。谷には住人が暮らしていけるだけの畑と川、そして小さな学校。それが中学三年生までの子供たちのすべてだった。そしてたまに親に連れていかれる三つ山を越えた街が、外の世界であり、村民にとっての都会だった。
村の子供たちは高校生になってその街に通うようになると、憧れていたそこもまた都会などではなく、地方の小さな街であると知るのだ。親の代はまだしも、塁が物心ついた頃には高校を出た村の若者は大多数が村を出て高校のある街やその外へと出て行っていた。小さい頃はそれが不思議だったけれども、その理由を塁も高校一年の時に知った。
高校に入学し、スマートフォンを持つことを許され、そして街を歩き、自分がどれだけ閉鎖的な場所で育っていたかを村の子供は知るのだ。中学までは漠然と自分の住んでいるところが田舎でテレビで見るような場所は世界が違うものだと思い込んでいた。高校を卒業したら両親と同じようにこの村で農業の跡を継ぐものとばかり思っていた。兄が家を出てしまったのは残念だが、自分が家の跡を継げば、幼馴染みで一人っ子の晶も同じく跡を継ぐだろうし、二人各々の家を継げばずっと一緒にいられるんだなという程度の考えしかもっていなかった。
けれども、塁は外を知ってしまった。そして、大事に大事に一緒に過ごしてきた隣の家の四つ下の晶を想う気持ちに名前があることに気づいたのだ。
そして自分の住んでいる村がひどく閉鎖的で排他的な場所だと気づいた。例えば、子供に携帯電話を与えるのは高校生になってからと村で決まっているとか、公共放送以外の有線チャンネルを村に引き込むことは出来ないとか。携帯電話も電波が入ったり入らなかったりだとか。
塁は思った。この村は住民を閉じ込めるための檻なのではないかと。
そんなことを三年間考え続けた塁は、高校を卒業したら高校のある街を飛び越え、大きな都市で就職することにした。既に兄も似たような場所で就職しているせいか、親は最初、形だけ反対はしたが、すぐに諦めてくれた。大人たちもきっとこの集落の風習がこの時代にそぐわないとうっすら気づいているのだろう。
「あの子が、晶が高校を卒業するまでの四年きっちり働いて、金を貯めればきっと……。きっとあの子をこの村の外に連れ出すことが出来るはずだ」
四年間頑張れば、あの子も村を出ることが出来る。あの子の、晶の側を離れるのはつらいけれど、長期休暇の度に帰ってこればいいだろう。
そんな将来を夢見て、塁は生まれ育った村を後にした。
◇◇◇◇◇
そうして、最初の春の夏休みに、塁は村に帰ってきていた。晶の側を一時的に離れはしたが、それでも盆暮れは帰ってこようと決めていたし、晶とも約束していた。
帰ってきてすぐに晶の家に行き、約束通り晶に買ってきた色々を渡し、数日後の予定を抑える。晶の親には自分がこういったものを渡すことで都会への憧れを持たせないためと言いくるめ、しばらく外で働いたら自分も村に戻ってくることを匂わせておいた。晶の親は一人っ子である晶が外に出ることを異様なまでに警戒していたので、用心するに越したことはなかった。長年晶と仲よくしている塁だからこそ、ぎりぎり許容されているのだろうことは明らかだったので、慎重に慎重に接することにしている。
塁の家は両親と塁とその兄である駆の四人家族だった。兄はこんな田舎にいてられるかと啖呵を切って東京に就職してしまって以来、帰省していない。忙しくて帰省出来ていないだけで元気に過ごしていることは連絡を取り合って知っている。六つも離れているから一緒に遊ぶことはそんなになかった。それよりも四つ年下の隣家の一人息子である沢村晶を弟の様に可愛がっていた。可愛いとその気持ちが、兄弟のような愛ではなく、恋人に向ける恋愛だったと気づいた時は衝撃的であったが、高校になり、そこから色々知ることによって、塁は高校在学中の三年間と晶が高校を卒業するまでの四年間の計画を立ててきたのだ。
先は長いな、と五カ月ぶりの実家で久しぶりの食事をした後、携帯電話の電波を求めて家を出る。現在塁が住んでいるのは結構な都市なので、五カ月ぶりに帰ってきた村がどれだけ深い山の中にあるのかを実感して苦笑してしまう。あちらのアパートにいる時に聞こえる人々が起こす雑多な音が、この村では一切聞こえない。朝が早い農業に従事する人間しかいないここでは夜、人が立てる音はほとんどせず、木々のざわめき、虫や獣の声、そして村を貫く川に流れる水の音など、自然の立てる音ばかりだ。
この村では携帯電話会社のアンテナを作ることすら拒否しているので、近辺の集落に立っているアンテナの電波を拾うしかない。外に出ればこの村の排他的な現状に頭痛がするレベルだった。
「こっちはないか……。村の入り口に行くしかないかな……」
みな夜が早く、ぽつりぽつりとある民家の明かりはほぼ消えてわずかな街灯だけが道を照らしていた。深夜に歩く人などいない村道を、入り口に向けて歩こうとしたその時。
塁の足首に、何か冷たいものがひたりと巻き付いた。
「は?」
それ以上の声を上げる暇もなく、恐ろしいほどの力で塁の身体はどこかに引きずり降ろされた。
そして、とぷり、と体ごと、何かに覆われた塁の意識は黒く沈んでいった。
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10/12発行予定『それは些細な顛末』より。詳細は近況ボードへ。
塁は、そう拳を握り締めた。
今日、塁はこのこの村を出ていく。
眼下に広がるのは塁が今日まで育った村である。谷には住人が暮らしていけるだけの畑と川、そして小さな学校。それが中学三年生までの子供たちのすべてだった。そしてたまに親に連れていかれる三つ山を越えた街が、外の世界であり、村民にとっての都会だった。
村の子供たちは高校生になってその街に通うようになると、憧れていたそこもまた都会などではなく、地方の小さな街であると知るのだ。親の代はまだしも、塁が物心ついた頃には高校を出た村の若者は大多数が村を出て高校のある街やその外へと出て行っていた。小さい頃はそれが不思議だったけれども、その理由を塁も高校一年の時に知った。
高校に入学し、スマートフォンを持つことを許され、そして街を歩き、自分がどれだけ閉鎖的な場所で育っていたかを村の子供は知るのだ。中学までは漠然と自分の住んでいるところが田舎でテレビで見るような場所は世界が違うものだと思い込んでいた。高校を卒業したら両親と同じようにこの村で農業の跡を継ぐものとばかり思っていた。兄が家を出てしまったのは残念だが、自分が家の跡を継げば、幼馴染みで一人っ子の晶も同じく跡を継ぐだろうし、二人各々の家を継げばずっと一緒にいられるんだなという程度の考えしかもっていなかった。
けれども、塁は外を知ってしまった。そして、大事に大事に一緒に過ごしてきた隣の家の四つ下の晶を想う気持ちに名前があることに気づいたのだ。
そして自分の住んでいる村がひどく閉鎖的で排他的な場所だと気づいた。例えば、子供に携帯電話を与えるのは高校生になってからと村で決まっているとか、公共放送以外の有線チャンネルを村に引き込むことは出来ないとか。携帯電話も電波が入ったり入らなかったりだとか。
塁は思った。この村は住民を閉じ込めるための檻なのではないかと。
そんなことを三年間考え続けた塁は、高校を卒業したら高校のある街を飛び越え、大きな都市で就職することにした。既に兄も似たような場所で就職しているせいか、親は最初、形だけ反対はしたが、すぐに諦めてくれた。大人たちもきっとこの集落の風習がこの時代にそぐわないとうっすら気づいているのだろう。
「あの子が、晶が高校を卒業するまでの四年きっちり働いて、金を貯めればきっと……。きっとあの子をこの村の外に連れ出すことが出来るはずだ」
四年間頑張れば、あの子も村を出ることが出来る。あの子の、晶の側を離れるのはつらいけれど、長期休暇の度に帰ってこればいいだろう。
そんな将来を夢見て、塁は生まれ育った村を後にした。
◇◇◇◇◇
そうして、最初の春の夏休みに、塁は村に帰ってきていた。晶の側を一時的に離れはしたが、それでも盆暮れは帰ってこようと決めていたし、晶とも約束していた。
帰ってきてすぐに晶の家に行き、約束通り晶に買ってきた色々を渡し、数日後の予定を抑える。晶の親には自分がこういったものを渡すことで都会への憧れを持たせないためと言いくるめ、しばらく外で働いたら自分も村に戻ってくることを匂わせておいた。晶の親は一人っ子である晶が外に出ることを異様なまでに警戒していたので、用心するに越したことはなかった。長年晶と仲よくしている塁だからこそ、ぎりぎり許容されているのだろうことは明らかだったので、慎重に慎重に接することにしている。
塁の家は両親と塁とその兄である駆の四人家族だった。兄はこんな田舎にいてられるかと啖呵を切って東京に就職してしまって以来、帰省していない。忙しくて帰省出来ていないだけで元気に過ごしていることは連絡を取り合って知っている。六つも離れているから一緒に遊ぶことはそんなになかった。それよりも四つ年下の隣家の一人息子である沢村晶を弟の様に可愛がっていた。可愛いとその気持ちが、兄弟のような愛ではなく、恋人に向ける恋愛だったと気づいた時は衝撃的であったが、高校になり、そこから色々知ることによって、塁は高校在学中の三年間と晶が高校を卒業するまでの四年間の計画を立ててきたのだ。
先は長いな、と五カ月ぶりの実家で久しぶりの食事をした後、携帯電話の電波を求めて家を出る。現在塁が住んでいるのは結構な都市なので、五カ月ぶりに帰ってきた村がどれだけ深い山の中にあるのかを実感して苦笑してしまう。あちらのアパートにいる時に聞こえる人々が起こす雑多な音が、この村では一切聞こえない。朝が早い農業に従事する人間しかいないここでは夜、人が立てる音はほとんどせず、木々のざわめき、虫や獣の声、そして村を貫く川に流れる水の音など、自然の立てる音ばかりだ。
この村では携帯電話会社のアンテナを作ることすら拒否しているので、近辺の集落に立っているアンテナの電波を拾うしかない。外に出ればこの村の排他的な現状に頭痛がするレベルだった。
「こっちはないか……。村の入り口に行くしかないかな……」
みな夜が早く、ぽつりぽつりとある民家の明かりはほぼ消えてわずかな街灯だけが道を照らしていた。深夜に歩く人などいない村道を、入り口に向けて歩こうとしたその時。
塁の足首に、何か冷たいものがひたりと巻き付いた。
「は?」
それ以上の声を上げる暇もなく、恐ろしいほどの力で塁の身体はどこかに引きずり降ろされた。
そして、とぷり、と体ごと、何かに覆われた塁の意識は黒く沈んでいった。
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10/12発行予定『それは些細な顛末』より。詳細は近況ボードへ。
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