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第一章
1-2 修練
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それからというもの、俺は体作りを行いつつ知識を蓄えていく事にした。
やはりというか、冒険者になる夢は簡単に諦められるものではない。
才能がなくても素質が悪くても誰にでもなることができる職業。
それが冒険者だ。
活躍しようと思えば素質の力は大きいという話ではあるのだけど。
兄妹全員に俺の素質が調合師だと知れ渡ってからというもの、向けられる目は冷たかった。
といっても姉さんたちからのそれは、兄さんたちからのものに比べると大分緩い。
修練を行おうと屋敷の玄関へと向かう途中の廊下で話しかけられる。
「ディル、また一人で剣の練習に行くの? 素質に合ってないんだから勉強でもした方がいいと思うけど」
一番上のニチェリア姉さんは歳が離れているせいか、姉さんたちの中で最も優しく接してくれる。
母さんの遺伝を受け継いだ金髪が美しいが少しそばかすの浮いた女性。顔立ち自体は凄くきれいなんだけどな。
「ああ。ずっと夢だったからね。勿論勉強もしてるさ。きちんと日課を決めてんだ」
「ふぅん。そうなの。素質がないのにあんたが一番頑張ってるわ」
「いや、素質がないから頑張ってるんだよ。頑張ることしか俺には残されてないんだ」
「そ。ま、応援してるから、気を付けていってきなさいよ。はいこれ、おべんと」
俺は細長いレザンピタというパンを三本受け取って屋敷の外へと出た。
いつもはメイドさんが渡してくれるんだが、俺に話しかけようと思って受け取ってきたのだろう。
ニチェリア姉さんはちょっと素っ気無いところがあるのだが、心根は優しいと俺は知っている。
まだ結婚していないことを責められているのを見たことがあるので、もしかしたらわが身の狭い俺に共感してくれているのかもしれない。
コーラム伯爵家は広い領地をアットバーン王国から賜っているが、辺境の地であり正直言うと田舎臭い。よく言えば自然が多い。
初めて王都を見た時はびっくりしたのを覚えている。
大きな美しい時計が鳴る大聖堂。立ち並ぶ石造りの家々。賑やかな市場。
コーラム伯爵領とはまるで違う量の行き交う人々たち。
ここコーラム伯爵領スレイブンは家もまばらであるし、どちらかというと畑が多い。
ま、それも悪くはないとは思うんだけど、少し寂しいなと思うことがある。
空気と水はきれいなんだけどな。
さて!
屋敷の庭を出てから俺は森へときていた。
努力をしているところは見られたくない。剣の練習をしているのを知っているのはニチェリア姉さんだけだ。
ま、剣と言っても木の棒をナイフで削りだして作ったおもちゃみたいなものなんだけど。
父上が初めてくれたプレゼント。素質が判明していない時は優しく笑いかけてくれていた。
今は俺が避けてる傾向があるのも悪いかもしれないが。
「1、2、3……」
剣の技術は素質が判明する前に、父上や兄さん達に教えてもらったことがある程度。
正直な話、これをこのまま続けていていいのかは分からない。
「11、12、13……」
それでも一刀一刀真剣に剣を振っている。塵も積もれば山となる。ニチェリア姉さんが教えてくれた言葉だ。
努力をしていれば報われるってのはいい言葉だと思う。
俺もいつかは報われる日が来ると良いんだけど。
「63、64、65……」
手の皮はもう破れたりすることはない。最初は棒を血みどろにしてしまって、すっぽ抜けていたことを覚えている。
痛いしダサいしでかっこ悪かった。
だからと言って諦めることがなかったから今こうしていられる。
手の皮が硬くなったのも成長した証ってことでいいのかな。
「……100!」
1セットを振り終えた俺は草の上を探し寝ころんだ。
「はぁ~。そろそろ調合師としてもなんかしてみたいんだけどな……」
素質を得てから半年ほどの時間が経つ。
その間俺は調合師としての何かを一つもやったことがない。知識を蓄えていただけだ。
だがそれには理由がある。
まず、この街……というか村というかには調合師がいないこと。
本などで簡単な勉強はできるが、結局実際に体験してみないとよく分からないのだ。
二つ目は調合師がいないことというのが理由になる面もあるのだが、設備がないこと。
文献では乳鉢とか乳棒を使用すると書いてあるのだが、それが何かもよく分からないし、そんな名称のものもないのだ。
「う~ん。王都には一人では行けないしな」
王都は馬車で一週間程の時間がかかる距離。とてもじゃないが行くことはできない。
木の開けた場所、草の上で大の字になっている俺の顔を気持ちのいい光が照らしてくる。
少し苔むした匂いの風が俺の鼻をくすぐると共にある音を耳に届けてきた。
それはガサリと茂みをかき分けるような音。大きな音ではなく微かな音。集中して剣を振っている時だったら気付かなかったかもしれない。
態勢をうつ伏せに変え、ジッと周囲を観察した。
すると見えたのは小さな兎。森ウサギというやつだ。
脇に置いておいた手製の弓矢を構え森ウサギを狙ってみる。
こういう時のために作っておいたんだ。使わなければ意味がない。
弓矢の練習もしてきているが命中率は低い。
ティックの木というしなりの良い枝に、ポムの木の繊維――弾力性がある――で作ったお手製の弓。
矢はただの木をナイフで削っただけのものに鳥の羽をつけただけだし、命中精度が悪いのも仕方がないのかもしれない。
いつもははずす。
けれど、今日は違った。
僕の中での修練が実を結んだのか、とてつもない幸運かは知らないが放った矢が綺麗に胴体に刺さり、森ウサギは小さく悲鳴をあげた。
可哀そうであるが、弱肉強食が世の摂理。大地の神アシェリー様に手を合わせてから森ウサギに再度目を向ける。
ぴくぴくと痙攣していたがやがて動かなくなる――と同時に僕の身体に異変が起きた。
やはりというか、冒険者になる夢は簡単に諦められるものではない。
才能がなくても素質が悪くても誰にでもなることができる職業。
それが冒険者だ。
活躍しようと思えば素質の力は大きいという話ではあるのだけど。
兄妹全員に俺の素質が調合師だと知れ渡ってからというもの、向けられる目は冷たかった。
といっても姉さんたちからのそれは、兄さんたちからのものに比べると大分緩い。
修練を行おうと屋敷の玄関へと向かう途中の廊下で話しかけられる。
「ディル、また一人で剣の練習に行くの? 素質に合ってないんだから勉強でもした方がいいと思うけど」
一番上のニチェリア姉さんは歳が離れているせいか、姉さんたちの中で最も優しく接してくれる。
母さんの遺伝を受け継いだ金髪が美しいが少しそばかすの浮いた女性。顔立ち自体は凄くきれいなんだけどな。
「ああ。ずっと夢だったからね。勿論勉強もしてるさ。きちんと日課を決めてんだ」
「ふぅん。そうなの。素質がないのにあんたが一番頑張ってるわ」
「いや、素質がないから頑張ってるんだよ。頑張ることしか俺には残されてないんだ」
「そ。ま、応援してるから、気を付けていってきなさいよ。はいこれ、おべんと」
俺は細長いレザンピタというパンを三本受け取って屋敷の外へと出た。
いつもはメイドさんが渡してくれるんだが、俺に話しかけようと思って受け取ってきたのだろう。
ニチェリア姉さんはちょっと素っ気無いところがあるのだが、心根は優しいと俺は知っている。
まだ結婚していないことを責められているのを見たことがあるので、もしかしたらわが身の狭い俺に共感してくれているのかもしれない。
コーラム伯爵家は広い領地をアットバーン王国から賜っているが、辺境の地であり正直言うと田舎臭い。よく言えば自然が多い。
初めて王都を見た時はびっくりしたのを覚えている。
大きな美しい時計が鳴る大聖堂。立ち並ぶ石造りの家々。賑やかな市場。
コーラム伯爵領とはまるで違う量の行き交う人々たち。
ここコーラム伯爵領スレイブンは家もまばらであるし、どちらかというと畑が多い。
ま、それも悪くはないとは思うんだけど、少し寂しいなと思うことがある。
空気と水はきれいなんだけどな。
さて!
屋敷の庭を出てから俺は森へときていた。
努力をしているところは見られたくない。剣の練習をしているのを知っているのはニチェリア姉さんだけだ。
ま、剣と言っても木の棒をナイフで削りだして作ったおもちゃみたいなものなんだけど。
父上が初めてくれたプレゼント。素質が判明していない時は優しく笑いかけてくれていた。
今は俺が避けてる傾向があるのも悪いかもしれないが。
「1、2、3……」
剣の技術は素質が判明する前に、父上や兄さん達に教えてもらったことがある程度。
正直な話、これをこのまま続けていていいのかは分からない。
「11、12、13……」
それでも一刀一刀真剣に剣を振っている。塵も積もれば山となる。ニチェリア姉さんが教えてくれた言葉だ。
努力をしていれば報われるってのはいい言葉だと思う。
俺もいつかは報われる日が来ると良いんだけど。
「63、64、65……」
手の皮はもう破れたりすることはない。最初は棒を血みどろにしてしまって、すっぽ抜けていたことを覚えている。
痛いしダサいしでかっこ悪かった。
だからと言って諦めることがなかったから今こうしていられる。
手の皮が硬くなったのも成長した証ってことでいいのかな。
「……100!」
1セットを振り終えた俺は草の上を探し寝ころんだ。
「はぁ~。そろそろ調合師としてもなんかしてみたいんだけどな……」
素質を得てから半年ほどの時間が経つ。
その間俺は調合師としての何かを一つもやったことがない。知識を蓄えていただけだ。
だがそれには理由がある。
まず、この街……というか村というかには調合師がいないこと。
本などで簡単な勉強はできるが、結局実際に体験してみないとよく分からないのだ。
二つ目は調合師がいないことというのが理由になる面もあるのだが、設備がないこと。
文献では乳鉢とか乳棒を使用すると書いてあるのだが、それが何かもよく分からないし、そんな名称のものもないのだ。
「う~ん。王都には一人では行けないしな」
王都は馬車で一週間程の時間がかかる距離。とてもじゃないが行くことはできない。
木の開けた場所、草の上で大の字になっている俺の顔を気持ちのいい光が照らしてくる。
少し苔むした匂いの風が俺の鼻をくすぐると共にある音を耳に届けてきた。
それはガサリと茂みをかき分けるような音。大きな音ではなく微かな音。集中して剣を振っている時だったら気付かなかったかもしれない。
態勢をうつ伏せに変え、ジッと周囲を観察した。
すると見えたのは小さな兎。森ウサギというやつだ。
脇に置いておいた手製の弓矢を構え森ウサギを狙ってみる。
こういう時のために作っておいたんだ。使わなければ意味がない。
弓矢の練習もしてきているが命中率は低い。
ティックの木というしなりの良い枝に、ポムの木の繊維――弾力性がある――で作ったお手製の弓。
矢はただの木をナイフで削っただけのものに鳥の羽をつけただけだし、命中精度が悪いのも仕方がないのかもしれない。
いつもははずす。
けれど、今日は違った。
僕の中での修練が実を結んだのか、とてつもない幸運かは知らないが放った矢が綺麗に胴体に刺さり、森ウサギは小さく悲鳴をあげた。
可哀そうであるが、弱肉強食が世の摂理。大地の神アシェリー様に手を合わせてから森ウサギに再度目を向ける。
ぴくぴくと痙攣していたがやがて動かなくなる――と同時に僕の身体に異変が起きた。
応援ありがとうございます!
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