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第一章
1-13 旅立ち
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俺の涙が止んだころフォーカス兄さんは真剣な顔つきで俺に目を合わせた。
「ディル、コーラム家の人間という肩書は捨てるんだ。そしてディルレアンという名前もだな。
これからはただの個人、ディルとして生きていくんだ」
それは俺も考えていたことだった。というより、コーラム伯爵家の名前は王都でも知っている人は知っている家の名前。
名乗っていればすぐにコーラム家の人間だとばれて、モンスターを調合する男だと知れ渡ってしまうのは火を見るより明らかだ。
「うん、そのつもりだよ。コーラム家の名声に泥を塗るわけにもいかないし」
「はは、そんなことは気にすることはないけどな。ディル自身のためだけでいい」
「ん、まぁ……。あまり家の名前に泥を塗ると、エディ兄さんが血相変えて殺しに来そうな気がして」
「そうだな……。ちなみにだけど、僕はディルを殺したこととして父上やエディ兄さんに報告するから」
フォーカス兄さんに殺したことにすると言われると、胸がドキリと強く鳴った。
けれどそれは当然のことだ。
屋敷を壊して逃がした上に、俺を捕まえることも出来ずに逃がしてしまった。
そんな汚名を背負わせるわけにはいかない。命を助けてくれただけで、十分すぎるほどに感謝しなければいけないのだから。
「うん、何か証拠とか……いる?」
「そうだね……死体は燃やしたことにするとして……そのズボンに血がついたところをもらっていいかい?」
ピギュンは傷は癒すが血はどうすることもできない。
俺は大き目にズボンを切り裂いてフォーカス兄さんに手渡した。
「これで良しってとこかな。あと……そうだな……こんなことは言いたくないんだけど、できたら王都に行くのは時間を置いたほうがいいかもしれない」
「え、それはどういうこと……?」
「王都って兄さんたちの中にもいってる人がいるだろ? ディルはすぐに成長すると思うから、三年くらい後に行ったほうがいいような気がしてさ。今更でごめんだけど」
「確かに……そうかもしれない。死んだことにしてるのに俺の姿が見つかるとまずいかも……」
兄さん姉さんの中に王都に行った人は数人いる。
コーラム領で生活している人もいるので多いとはいえないが、会わないと考えるのは確かに楽観が過ぎるかもしれない。
「王都に行く途中で街道を南に下ればリトリアに行けるから、そこで三年ほど下積みをするのはどうだろうか? そこなら兄弟たちはいないし」
リトリアは王都よりは大分小さい街だが、それでもこのスレイブンよりは大分都会だと聞いたことがある。
自然が街の中でも溢れ、縦横に水路が走っているとか。
けれど悪くはないと思う。王都に今行くのは考えてみればかなりまずい。
コーラム家として王都に出向くことも、少ないとはいえないことはないのだから。
「そーだね。そっちへいくなら大分時間がかかりそうだけど……その方が安全かもしれないな」
「うん、大変な目に合わせてしまうけど。今さえがんばれば多分後が楽になるから」
「俺が王都に行くときってなると兄さんは既に王都にいるよな? 歓迎してくれよ?」
「はははは。大分先の話だが、とびきりのごちそうを用意して待っててやるよ!」
「期待してるよ。俺もお土産を持っていけたら持っていくからさ」
「確かリトリアは水牛の放牧が盛んでチーズが旨いって聞いた。それがいいな」
「へぇ……分かった! 持って行けそうならそれにしてみるよ」
俺がそう口にすると爽やかな笑顔を浮かべ、ピギュンをつんつんとつついた。
敵意がないからか嫌そうな反応は全く見せない。
小さく鳴き声を漏らすその姿に愛着もわいてくるほどだ。
「うん! 悪い奴には見えないな。ディルの事を守ってやってくれよ?」
「ピギュッ!」
言葉を理解しているとは思えないが、フォーカス兄さんの言葉にしっかりと返事をした。
なんとなく頼もしくさえ思えてくる。
そんな様子を見ていると兄さんが俺の肩をばしばしと二度叩く。
「じゃ、ディル頑張れよ! 俺はお前が一人で剣の修練をしていたのも知ってるんだぞ?」
「え、なっ! 敵わないなぁ……。なんだか全て掌で踊らされてたような気がするよ」
「そんなことはないけどね。ニチェリア姉さんが教えてくれたんだよ。リーザさんもちゃんと知ってるぞ」
「そうなんだ? 知らなかったな……。ニチェリア姉さんやリーザさんにもいつか恩を返したいと思うよ」
「ディルが成長した姿を見せるのが何よりの恩返しだよ。死んだことにするんだからね。それとも二人には……言っちゃおうか?」
「あ、うーん、いいや。心配かけるかもだけど、いつか会った時びっくりさせたいし。もし心が沈んじゃうようなことがあれば言っていいよ」
「ディルが優しい男に育って兄さんは嬉しいよ。自分の方が大変だってのに」
わざとらしく涙ぐんで見せてきたが、イケメン兄さんなのでなんだかそれさえ様になって見える。
俺は一人じゃなかったってことを改めて思うと、この先も前に向いて歩いていけるような気がした。
「ははは。じゃ、そろそろ行くよ。兄さんなら大丈夫だと思うけど……気を付けて、そして頑張ってくれよ」
「ああ。色々と面倒かもしれんからな。じゃ、ディル、元気で成長した姿を見せてくれよ!」
「ギュッ!」
こうしてフォーカス兄さんと分かれ、俺は一人故郷の街を旅立つことになった。
雲間から漏れる光が俺の行く先を照らしてくれ、強めにふいた追い風がまるで俺の旅路を歓迎してくれるようだった。
「ディル、コーラム家の人間という肩書は捨てるんだ。そしてディルレアンという名前もだな。
これからはただの個人、ディルとして生きていくんだ」
それは俺も考えていたことだった。というより、コーラム伯爵家の名前は王都でも知っている人は知っている家の名前。
名乗っていればすぐにコーラム家の人間だとばれて、モンスターを調合する男だと知れ渡ってしまうのは火を見るより明らかだ。
「うん、そのつもりだよ。コーラム家の名声に泥を塗るわけにもいかないし」
「はは、そんなことは気にすることはないけどな。ディル自身のためだけでいい」
「ん、まぁ……。あまり家の名前に泥を塗ると、エディ兄さんが血相変えて殺しに来そうな気がして」
「そうだな……。ちなみにだけど、僕はディルを殺したこととして父上やエディ兄さんに報告するから」
フォーカス兄さんに殺したことにすると言われると、胸がドキリと強く鳴った。
けれどそれは当然のことだ。
屋敷を壊して逃がした上に、俺を捕まえることも出来ずに逃がしてしまった。
そんな汚名を背負わせるわけにはいかない。命を助けてくれただけで、十分すぎるほどに感謝しなければいけないのだから。
「うん、何か証拠とか……いる?」
「そうだね……死体は燃やしたことにするとして……そのズボンに血がついたところをもらっていいかい?」
ピギュンは傷は癒すが血はどうすることもできない。
俺は大き目にズボンを切り裂いてフォーカス兄さんに手渡した。
「これで良しってとこかな。あと……そうだな……こんなことは言いたくないんだけど、できたら王都に行くのは時間を置いたほうがいいかもしれない」
「え、それはどういうこと……?」
「王都って兄さんたちの中にもいってる人がいるだろ? ディルはすぐに成長すると思うから、三年くらい後に行ったほうがいいような気がしてさ。今更でごめんだけど」
「確かに……そうかもしれない。死んだことにしてるのに俺の姿が見つかるとまずいかも……」
兄さん姉さんの中に王都に行った人は数人いる。
コーラム領で生活している人もいるので多いとはいえないが、会わないと考えるのは確かに楽観が過ぎるかもしれない。
「王都に行く途中で街道を南に下ればリトリアに行けるから、そこで三年ほど下積みをするのはどうだろうか? そこなら兄弟たちはいないし」
リトリアは王都よりは大分小さい街だが、それでもこのスレイブンよりは大分都会だと聞いたことがある。
自然が街の中でも溢れ、縦横に水路が走っているとか。
けれど悪くはないと思う。王都に今行くのは考えてみればかなりまずい。
コーラム家として王都に出向くことも、少ないとはいえないことはないのだから。
「そーだね。そっちへいくなら大分時間がかかりそうだけど……その方が安全かもしれないな」
「うん、大変な目に合わせてしまうけど。今さえがんばれば多分後が楽になるから」
「俺が王都に行くときってなると兄さんは既に王都にいるよな? 歓迎してくれよ?」
「はははは。大分先の話だが、とびきりのごちそうを用意して待っててやるよ!」
「期待してるよ。俺もお土産を持っていけたら持っていくからさ」
「確かリトリアは水牛の放牧が盛んでチーズが旨いって聞いた。それがいいな」
「へぇ……分かった! 持って行けそうならそれにしてみるよ」
俺がそう口にすると爽やかな笑顔を浮かべ、ピギュンをつんつんとつついた。
敵意がないからか嫌そうな反応は全く見せない。
小さく鳴き声を漏らすその姿に愛着もわいてくるほどだ。
「うん! 悪い奴には見えないな。ディルの事を守ってやってくれよ?」
「ピギュッ!」
言葉を理解しているとは思えないが、フォーカス兄さんの言葉にしっかりと返事をした。
なんとなく頼もしくさえ思えてくる。
そんな様子を見ていると兄さんが俺の肩をばしばしと二度叩く。
「じゃ、ディル頑張れよ! 俺はお前が一人で剣の修練をしていたのも知ってるんだぞ?」
「え、なっ! 敵わないなぁ……。なんだか全て掌で踊らされてたような気がするよ」
「そんなことはないけどね。ニチェリア姉さんが教えてくれたんだよ。リーザさんもちゃんと知ってるぞ」
「そうなんだ? 知らなかったな……。ニチェリア姉さんやリーザさんにもいつか恩を返したいと思うよ」
「ディルが成長した姿を見せるのが何よりの恩返しだよ。死んだことにするんだからね。それとも二人には……言っちゃおうか?」
「あ、うーん、いいや。心配かけるかもだけど、いつか会った時びっくりさせたいし。もし心が沈んじゃうようなことがあれば言っていいよ」
「ディルが優しい男に育って兄さんは嬉しいよ。自分の方が大変だってのに」
わざとらしく涙ぐんで見せてきたが、イケメン兄さんなのでなんだかそれさえ様になって見える。
俺は一人じゃなかったってことを改めて思うと、この先も前に向いて歩いていけるような気がした。
「ははは。じゃ、そろそろ行くよ。兄さんなら大丈夫だと思うけど……気を付けて、そして頑張ってくれよ」
「ああ。色々と面倒かもしれんからな。じゃ、ディル、元気で成長した姿を見せてくれよ!」
「ギュッ!」
こうしてフォーカス兄さんと分かれ、俺は一人故郷の街を旅立つことになった。
雲間から漏れる光が俺の行く先を照らしてくれ、強めにふいた追い風がまるで俺の旅路を歓迎してくれるようだった。
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