異端の調合師 ~仲間のおかげで山あり谷あり激しすぎぃ~

こたつぬこ

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第二章

2-15 仲間のために

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 フロードは相変わらず真剣な顔つきで両手の珠に力を込めている様子だ。
 人間で言えば青筋が浮いているくらいの形相。話しかけるのが少しためらわれる。
 そう思っていると俺に気付いたのかフロードは少し雰囲気を緩めた。

「終わったでござるか? 流石、早いでござるな。小生の方はまだ時間がかかりそうでござるよ」

「そうっぽいね。結構辛いの? なんか大変なことやらせちゃって悪いな……」

 申し訳なかったかな、と思いつつそう言葉をかけるとフロードは楽しそうに笑いだす。
 どうやら全く気にしていないようで俺は密かに胸をなでおろした。

「かかかか。小生は御主人のしもべでござる。そのようなことを気にする必要はないでござるな」

「しもべ……しもべねぇ……。なんとなく響きが良くないな。俺はみんなの事を仲間と思ってるんだから」

「ふむ……。小生にとってご主人はご主人でござるよ」

 目を一度つぶった後、すっかり暗くなった夜空を見上げた。
 俺もそれに倣うと満点の星空にムーヌの光がただただ美しく輝いていて、星たちがまるで俺の周りに集まってきてくれている仲間のようで。

「それよりご主人。今日は疲れたでござろう? 小生はまだこれを続けているので先に休むと良いでござる」

「ん、何だか悪いよ……」

「こういう時は休んでいただいたほうがいいのでござるよ。
 小生身の回りの脅威を防げないかもしれないので、ピギュンとガジュンを出しといていただけるとありがたいでござるが」

「そう? 分かった……。まだまだ街も遠いし厄介そうな調合もある。それに…………今日は本当に大変だったよ」

 初めての調合を行い、ピギュンを生み出し、エディ兄さんに怒られ、フォーカス兄さんに殺されかけ……。
 そしてフロードと出会い、ドラゴンの骨を見つけ、調合表の材料がすべてそろった。
 一日でまるで一年分の出来事が襲ってきたかのような、そんな激動の一日。

 いや。

 そこまでいう程ではないのかもしれない。
 けれど俺の人生が大きく変化をしたのは確かだ。
 運命とはそういうもの。先ほどフロードはそういったが確かにそうなのかもしれない。

 この先に何が待ち受けているかは分からないが、今日で普通の人生にならなくなったことは確かだ。
 それは俺にとって望ましい事なのか、不幸なことだったのかは分からない。

 いや。

 調合師の素質。

 それを得た時から普通にならないのは分かっていたことだ。
 なら今は少しでも力を蓄え、前に向かって顔を向けるべきなんだろう。

 俺はグッと拳を握りしめると、腰のスイッチを操作しピギュンとガジュンを出現させた。

「ピギュ!」

「ガジュン!」

「喧嘩は……しないようだね」

 ガジュンが大人しいせいか、じっと顔を見合わせているが特に激しく動いたりはしない。
 緑色と薄水色の体がムーヌと星明かりを反射させキラリと輝いた。

「二人とも、小生はしばらく手が離せないのでご主人の護衛を頼むでござる。まあなぜ呼び出されたのかおそらく分かっているのでござろうが」

「ギュッピ!」

「ガガガッ!」

 ピギュンとガジュンは俺の足元に移動すると、周りを見張る様に顔を動かす。
 本当にありがたいお供たちだなと思う。

「じゃあ、悪いけど先に寝させてもらうね。確かにちょっと疲れちゃったかも」

「うむ。明日が平和に訪れるとは限らんでござる。休めるときに休んでおいたほうがいいのでござるよ」

「そ、そんな怖いこと言うと寝れなくなるじゃん。ま、まぁいいや。おやすみなさい」

「かかかか。おやすみなさいでござる」

「ピギュ!」

「ガジュン!」

 夜の帳が落ちていくのに合わせるように俺は襲い来る睡魔に身を預けた。
 硬い岩場。厚みをつけた茶巾では到底体をリラックスさせることはできない。
 それでも深き眠りに落ちることができたのは、やはり今日一日においての肉体的、精神的疲労が大きかったということなのだろう。

 夢を見ることもなく、途中で目覚めることもなく、起きた時にはすっかり朝日が昇り終わってしまった時間であった。
 寝ぼけ眼を擦り見回すとピギュンもガジュンもしっかりと見張りを続けてくれており、フロードは真魔飽和水が完成したのか座禅をしたまま目を瞑っていた。
 それでも俺が目覚めたのに気付いたのかゆくりと眼を開ける。

「起きたでござるか? これ、完成したでござるよ」

 虹が揺らぐかのような光を放つ球体。地平線に浮かぶソールの光にかざしてみると、その揺らぎは一際強くなりその美しさをいや増した。
 調合台から容器を取り出し移し替えてみても、その色彩は変わりはしない。
 どんな味がするのか興味が沸くほどだ。

「凄いね。こんなきれいな水があるなんて……知らなかったよ」

「かかかか。小生も初めて見たでござる。魔力を水に注ぎ込み続けるとこんな風になるのでござるなぁ」

 ピギュンもガジュンも俺が起きたのを確認してかこちらに目を向けてきている。
 真魔飽和水に興味があるのか調合台の上に乗りじっと目を向けた。

「これは飲んじゃ駄目だからな。調合で新たな仲間を作るのに必要なんだ……ってそうか……調合表に?????って書かれてたけど俺が作るとさらにおかしなことになるのか」

「かもしれぬな。しかし、だからこそ安全なのではござらんか? ご主人に忠誠を誓うモンスターが生まれたならそれはいいことでござろう」

「まぁ……そうかな? じゃ、さっそくやってみるとするか。ええと……ピギュンとガジュン、ありがとう! ちょっと休んでおきな」

 俺は二人の頭を撫でてやってから腰のスイッチを操作した。
 休めるときに休むべきというのはフロードの言葉。なので、フロードにも尋ねかける。

「休んどく? ほとんど寝てないんでしょ?」

「ふむ……。ご主人一人にするわけにはいかぬでござるが……。確かに調合するなら小生は必要ないでござるか」

 少し残念だという雰囲気を醸しているが、フロードはおそらく一睡もしていない。
 見た目には表していないのだが、なんとなく俺にはフロードが疲れているということが分かるのだ。
 俺一人だけ休ませてもらって見張りをして貰った。
 なら今度は逆の役割をやるというのが筋というものだろう。
 そこに上下関係はない。

「必要ないというよりは休めるときに休むべきかなと。何かあったら呼び出すからその時まで力を回復させておいてよ」

「そうでござるな。しかし、何かあったらすぐに呼ぶでござる。ご主人の命が尽きた時、小生もピギュンもガジュンも命尽きるでござるからな」

「え!?」

 真剣な顔つきで口にしたフロードに俺は思わず声を上げる。
 今日突然の話だったということもあるが全く考えていなかったのだ。
 だが俺が死んでしまうと皆はどうなってしまうのか? それは確かに大切なこと。
 しかし、今フロードの言葉で俺の命が尽きれば皆の命も失われるということが分かった。
 それは背中に仲間たち全ての命を背負ったようなものなのでとても重い。

 しかし。

 全く嫌ではなかった。
 命のつながりが俺たちの絆として固く結ばれている。
 それはある意味では血の繋がりよりも重いもの。ただし、一方的なものであるので都合の良い繋がりだとも言えるのだが。

「やはり俺が強くなることも必要なんだな」

「かかかか。そこまで気にする必要はないでござる。小生たちはご主人と共に。それだけで十分でござるよ」

 本当に楽しそうに笑ってくれるので多少とはいえ気が晴れる。
 自分が強くなることも調合をして仲間を増やすことも、結局は仲間たちのために繋がっていく。
 ならば、

「じゃ、とりあえず今は休んどいてよ。俺は調合……といっても血漿の水分置換だけして街を目指すから」

「小生が休める時は休むと言ったわけでござるからな。お言葉に甘えさせてもらうでござる。それでは……」

 俺はフロードをしまうと調合台に向き合った。水分置換をする実験器具の準備は既に整えている。
 これは調合法の範囲内なのか、血漿の水分置換をしたいと考えるだけで引き出しから取り出すことができた。
 名称がなぜか分からなかったけど異様に複雑な道具。
 血漿と分離させた赤い成分のどちらも真空状態で保存してあり、そのうちの血漿だけを使用していく。

 真魔飽和水を少しずつ化合させていき完成したのは、先ほどの虹色の揺らぎをさらに濃く激しくした液体。
 心が魅了されそうになるほどのそれは、単体で尋常じゃないことを爛々と示す。

「はは。これ本当に大丈夫なのかなぁ……」

 思わず呟きぶるりと揺れる背筋を抑え込むと、引き出しに閉まって目的地へと目を向ける。
 ここで一度止めるのは、この状態で48時間の時間を置く必要があるため。
 街道は見えているが、そこに合流するより森を突っ切っていったほうがリトリアに着くのは早い。
 山を突っ切る街道は王都に向かって伸びているため、かなりの迂回路となる。

 獣道すらない森。
 くそ重いおもりもつけたままであるし、若干の不安が胸中を掠めていくが、いざとなれば仲間たちが何とかしてくれる。
 その信頼を胸に抱き、俺は山林をリトリア方面に向かって降りていくことにした。
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