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第二章
2-17 覇女の忠誠
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フロードの前に立ったジョカは、左手を口に当て僅かに顔を背けながら右手を差し出した。
完全に親密な態度とはとても言い難いが、女性はカエルのような動物を嫌いとも聞く。
ニチェリア姉さんもリーザさんも別に平気だって言ってたけど。
「カエル……フロードと言うたか? 親睦の標じゃ。手を取ることを許そうぞ」
「う、うむ……。ジョカ殿よろしく頼むでござるよ」
フロードは恐る恐るだがその手を取った。
二人の手がゆっくりと繋がり俺は少しだけホッとする。
だが。
甘かった。
ビキビキビキビキと骨の砕ける音が辺りに響き渡り、フロードが苦悶の声を漏らす。
ジョカに力を込めているような様子はないのだが、それを見て俺は体がビクンと揺れた。
「ぐげげげげげげげ」
「ああああああああ!! 何やってんの!!!!!」
俺は大声を上げながら大急ぎで走り寄り、ぐちゃぐちゃに砕けたフロードの手に回復魔法を使用した。
酷い状態。ブレディアスドラゴンの頭蓋骨が手に落ちてきたとしても、ここまではならないだろう。
骨が砕けに砕け、皮膚を突き破り鮮血を噴出し手の原型を保っていない。
ここまでくるとどうやら俺の回復魔法では完全に治すことはできない模様。
俺は大変なことになってしまったと思いつつ、ジョカを鋭く睨みつける。
「も、申し訳ないでありまする。あまりにも脆く……力を込めたつもりは全くなかったでありまするが」
おそらく本当にわざとやったわけではないのだろう。
眉根を寄せ少しおろおろとした様子を見せた。むかむかした気分が沸いてはいるが、その様子に何だか可愛いと思ってしまう自分もいる。
でもフロードにしたことは到底許すことはできない。
「ジョカは力が強すぎんだよ! さっき俺の手を握ってくれた時は物凄く優しかったよ?」
「主殿の時は赤子をあやすように優しく触れましたゆえに」
赤ちゃんの世話をした経験でもあるのかな? と疑問に思ったがそれは今は置いておく。
フロードの手にずっと回復魔法をかけ続けていると、傷は治っていないが痛みは薄らいできたようだ。
苦悶に顔を歪めていたのが少し和らいだのを見て声をかける。
「大丈夫? フロード? これ……剣が握れなくなっちゃったんじゃ……」
「う、うむ……。大丈夫でござる。小生はご主人の中で待機していると傷が癒えていくというのが分かっているでござる」
「え! そうなの……? それは……良かった……本当に良かった。じゃあ……ちょっとよくなるまで休んでてよ」
ジョカがやったことは俺がやったこと、何だかそんな気もしてしまいフロードの傷を気遣う。
すると若干怪訝な表情をしながら俺の手首や足首に目を向けた。
「しかしご主人、先ほどはおもりをつけていたというのに随分と素早く動かれましたな。小生の身を案じて、にしては速過ぎたように思えるでござる」
自分の傷の事よりも俺の事を見ていてくれていて何だか嬉しい。
それに確かにフロードの言った通りでもある。小部屋から逃げ出すときとはまるで違う体の動きだった。
いや。
今も実際におもりをほとんど重いと感じていない俺がいる。
その理由は分からない。けれど勘違いなどでは絶対にない。
「確かに……思わず体が動いていたんだけど……。今も同じように動けるよ、ほら」
ぐるんぐるんと腕を大きく回してみせる。
最初おもりをつけた時はこんなことは到底できなかった。
肩の上に手を挙げるのも大変だったくらいなのだから。
けれど。
一度目の滝登りを終えた時点、ガチガチに固まった体を回復させた後は、手を回すくらいはできるようになっていた。
しかしそれは今とはまるで違う。現在はおもりなんてつけていないかの如くスムーズに腕を回すことができているのだ。
明らかに不可解。
だがこうして回復魔法をかけずに俺の身体を確認しているうちに、フロードの手が再び痛んだのか顔を僅かにしかめたので、俺は先ほど言った通り休ませることにした。
「じゃあ、また治ったら頑張ってもらうから」
「うむ……。小生、ご主人のためにこれまで以上に頑張りたいでござるよ」
腰のスイッチを操作しフロードをしまう。
どのくらいで完治するのかは分からないが、早く治ってくれればと思う。
しかしフロードは多分ジョカに悪感情を抱いてしまっただろう。
ただでさえ気を飲まれていたのだ。これは今のうちになんとかしておかなければいけない。
再度ジョカを睨みつけるように目を向けた。
「…………ジョカ!!」
「な、なんでありましょうか……」
整然と並んだ睫毛が僅かに揺れ、シュンと項垂れた様子に怒る気力も失せそうになる。
とはいえここで言っておかなければいけないんだ。
「皆には俺に接するときのように接してよ。仲間にはスーラだっているんだ。ジョカが触れたら消えちゃうんじゃないの!?」
「スーラでございまするか。妾にとっては埃にも満たない存在。触れる必要もなく爆散させることができまする」
「あほーーーー! そんなの駄目だからな! ちゃんとみんなと仲良くして!」
思わず声を荒げて罵倒していた。おそらくだがこんなことを言えるのは俺しかいないと思う。
俺が制御してやらないとジョカは手が付けられない状態になる。
それはジョカを仲間にした俺の何よりも大切な使命。
俺のためでもジョカのためでも仲間のためでもない。
おそらくは世界に生きる全ての生物のために。
キュッとアイラインを一文字にし考える様子を見せていたが、やがてゆっくりと薄紅色の唇が揺れる。
「わ、分かりましたでありまする。しかし、先ほどのもわざとではないのでする。加減が難しゅうて……」
「うん、それはなんとなく分かってる。なるべく気を付けてくれればいいよ」
「ありがたきお言葉に妾は感謝が溢れておりまする」
とりあえず納得してくれたようだし、これで許してあげることにした。
フロードの手も治らないという訳ではないし、生まれたばかりで手加減が難しいというのも本当なんだろう。
調合台をしまうと俺たちはリトリアを目指して進んでいく。
ジョカが俺の一歩後ろを歩くのは、主従関係を意識してのもの?
こういうところは強い癖に律儀だなと思う。
「ジョカは人を超越した存在って言ってたけど……元々は人だったってことなの? ……あ、横に来ていいよ。話しにくいし」
ジョカは「失礼して」と小さく呟きながら俺の隣に並んだ。
そのままどこか虚空を見つめながら思い出すように言葉を紡ぐ。
「いえ、違いまする。人型であるというだけで人ではありませぬ。妾もどうして生まれたかは分からないでありまする」
「そう……そうなんだ……。ジョカも色々大変なんだな。ま、色々思うところはあるけれど、ジョカが生まれてきてくれて慕ってくれるってのは嬉しいよ」
山は消滅させたし、フロードの手は砕いた。
放っておくとやばいような気がする。
それでも苦労して調合し俺の元に現れてくれたわけだから、当然、大切な仲間の一員だ。
そう思っていると凛とした態度で草葉を踏みしめていたジョカの足が僅かに揺れ、不審に思い見上げると目に涙がにじんでいた。
「妾、主殿にそう言って頂けて本当に嬉しうございます。主殿のために、妾、全力を出しまする故」
キュッと手を取ってくるその手からは本当に優しさと温かみしか伝わってこない。
先ほどフロードの手を握りつぶしたのは何だったのかと思えるほど。
腰を落とし視線も合わせてくるジョカに見られていると、なんとも気恥ずかしくなり僅かに顔を背ける。
「う、嬉しい言葉なんだけど……全力ってのはどうなのかな……? なんだか大変なことになりそうな気がする……」
「大丈夫でございまする。手加減はしていきます故に。妾、主殿に必要とされたいでございまする」
体勢を起こし再度凛とした様子で前方に顔を向けたジョカの黒紫の髪に、整然と並んだ白雲の隙間から降り注ぐ光が艶やかに照る。
瞳にもその光は入り通常なら目が眩むところだと思うが、僅かにも顔をしかめる様子を見せない。
なんだかそれはジョカの覚悟というか決意というかを感じられて、なぜそれほどまでに忠誠を誓ってくれるのかをふいに尋ねてみたくなった。
といっても直接尋ねるのは何だか気が引けるので、
「ジョカは……あの調合表を書いたわけだよね? 俺に向けて書いたものだったの?」
俺の言葉を聞きその横顔から眼を一文字に結ぶのが見え、しばしの静寂が流れる。
おそらくは随分と昔の事。それを思い出しているのではなかろうか。
「主殿……宛てに書いたかどうかは分かりませぬ。というより、妾は紙の内容自体を知りませぬ。『森羅万象を存知する自動書記』を使用しました故に。
「エ、エタナ……何それ?」
「妾の最期の瞬間に発現した魔法でございまする。妾が再び現世に戻るための手段を残してくれたもうた。……それしか分かってないでありまする」
「そうなんだ……。俺にはよく分からないけれど……」
俺宛てのものだったのか、そうでなかったのかは結局分からないということ。
だが、もし俺の力を当てにしたものであったとするならば、調合表に書かれていた図が完璧にそれを再現したものではなかったのは解せない。
しかし俺以外にあの図を再現できる人間がいるとも思えない。
「ふーむ……」
結局考えてみても分からなかった。
けれど構わない。結果が重要であって過程はどうでもいい。
調合台で生み出した仲間は例外なく忠誠を誓ってくれている。
ジョカの力は異常すぎてその範疇にないような気がしていたけれど、普通に調合台の力、つまり俺の力として忠誠を誓ってくれているのかもしれない。
だが。
もしそうでないとしたら?
例えば……忠誠を誓ってくれているフリをしているとしたら?
フロードやピギュンにはそんな気持ちは芽生えなかった。
けれど、ジョカの力はあまりにも強大過ぎるのだ。正直な話俺の下に仕えてくれる意味が分からない程に。
そんな気持ちから結局単刀直入な疑問が俺の口から飛び出していた。
「ジョカはなんで俺なんかにそこまで忠誠を誓ってくれるんだ?」
「主殿に、なんか、という言葉は似合いませぬ。ですが……そうでありまするな。古に生きていた時よりも、今の方が心が躍動しているのを感じまする」
「躍動……?」
「そうでございまする。妾は孤高の存在でありました。今は主殿という大切なおのこの側に仕える身。その方が嬉しいのでございまする」
孤高ゆえにおそらく孤独。
俺は完全な孤独だったというわけではないが、コーラム家にいるときは明らかな疎外感は感じていたし、孤独が辛いという気持ちは非常に分かる。
フォーカス兄さん、ニチェリア姉さん、リーザさん。
もし俺にその三人がいなかったら、と考えるだけでゾッとする。
そう考えるとジョカに対して急速に親近感が沸いていくのを感じていた。
なんだか突然大切な存在に昇格したような。
そんな温かい感情が流れ込み俺の心を満たしていく。
「ん、ありがと。俺もジョカが側にいてくれるのは心強いし嬉しいよ。これからお願いします」
「主殿、頭を上げてくだされ。妾には勿体なさすぎるお言葉。こちらこそよろしうお願いしたいでありまする」
俺が頭を下げるとあたふたした様子で頭を下げ返してきた。
その様子がなんだか可笑しくて……小さく笑いを漏らすと、ジョカも微笑みで返してくれた。
その時。
リトリアの街から左方。街道を挟んだ向こう側に、豆粒ほどの大きさだが何だかあわただしく動く影が目に映った。
完全に親密な態度とはとても言い難いが、女性はカエルのような動物を嫌いとも聞く。
ニチェリア姉さんもリーザさんも別に平気だって言ってたけど。
「カエル……フロードと言うたか? 親睦の標じゃ。手を取ることを許そうぞ」
「う、うむ……。ジョカ殿よろしく頼むでござるよ」
フロードは恐る恐るだがその手を取った。
二人の手がゆっくりと繋がり俺は少しだけホッとする。
だが。
甘かった。
ビキビキビキビキと骨の砕ける音が辺りに響き渡り、フロードが苦悶の声を漏らす。
ジョカに力を込めているような様子はないのだが、それを見て俺は体がビクンと揺れた。
「ぐげげげげげげげ」
「ああああああああ!! 何やってんの!!!!!」
俺は大声を上げながら大急ぎで走り寄り、ぐちゃぐちゃに砕けたフロードの手に回復魔法を使用した。
酷い状態。ブレディアスドラゴンの頭蓋骨が手に落ちてきたとしても、ここまではならないだろう。
骨が砕けに砕け、皮膚を突き破り鮮血を噴出し手の原型を保っていない。
ここまでくるとどうやら俺の回復魔法では完全に治すことはできない模様。
俺は大変なことになってしまったと思いつつ、ジョカを鋭く睨みつける。
「も、申し訳ないでありまする。あまりにも脆く……力を込めたつもりは全くなかったでありまするが」
おそらく本当にわざとやったわけではないのだろう。
眉根を寄せ少しおろおろとした様子を見せた。むかむかした気分が沸いてはいるが、その様子に何だか可愛いと思ってしまう自分もいる。
でもフロードにしたことは到底許すことはできない。
「ジョカは力が強すぎんだよ! さっき俺の手を握ってくれた時は物凄く優しかったよ?」
「主殿の時は赤子をあやすように優しく触れましたゆえに」
赤ちゃんの世話をした経験でもあるのかな? と疑問に思ったがそれは今は置いておく。
フロードの手にずっと回復魔法をかけ続けていると、傷は治っていないが痛みは薄らいできたようだ。
苦悶に顔を歪めていたのが少し和らいだのを見て声をかける。
「大丈夫? フロード? これ……剣が握れなくなっちゃったんじゃ……」
「う、うむ……。大丈夫でござる。小生はご主人の中で待機していると傷が癒えていくというのが分かっているでござる」
「え! そうなの……? それは……良かった……本当に良かった。じゃあ……ちょっとよくなるまで休んでてよ」
ジョカがやったことは俺がやったこと、何だかそんな気もしてしまいフロードの傷を気遣う。
すると若干怪訝な表情をしながら俺の手首や足首に目を向けた。
「しかしご主人、先ほどはおもりをつけていたというのに随分と素早く動かれましたな。小生の身を案じて、にしては速過ぎたように思えるでござる」
自分の傷の事よりも俺の事を見ていてくれていて何だか嬉しい。
それに確かにフロードの言った通りでもある。小部屋から逃げ出すときとはまるで違う体の動きだった。
いや。
今も実際におもりをほとんど重いと感じていない俺がいる。
その理由は分からない。けれど勘違いなどでは絶対にない。
「確かに……思わず体が動いていたんだけど……。今も同じように動けるよ、ほら」
ぐるんぐるんと腕を大きく回してみせる。
最初おもりをつけた時はこんなことは到底できなかった。
肩の上に手を挙げるのも大変だったくらいなのだから。
けれど。
一度目の滝登りを終えた時点、ガチガチに固まった体を回復させた後は、手を回すくらいはできるようになっていた。
しかしそれは今とはまるで違う。現在はおもりなんてつけていないかの如くスムーズに腕を回すことができているのだ。
明らかに不可解。
だがこうして回復魔法をかけずに俺の身体を確認しているうちに、フロードの手が再び痛んだのか顔を僅かにしかめたので、俺は先ほど言った通り休ませることにした。
「じゃあ、また治ったら頑張ってもらうから」
「うむ……。小生、ご主人のためにこれまで以上に頑張りたいでござるよ」
腰のスイッチを操作しフロードをしまう。
どのくらいで完治するのかは分からないが、早く治ってくれればと思う。
しかしフロードは多分ジョカに悪感情を抱いてしまっただろう。
ただでさえ気を飲まれていたのだ。これは今のうちになんとかしておかなければいけない。
再度ジョカを睨みつけるように目を向けた。
「…………ジョカ!!」
「な、なんでありましょうか……」
整然と並んだ睫毛が僅かに揺れ、シュンと項垂れた様子に怒る気力も失せそうになる。
とはいえここで言っておかなければいけないんだ。
「皆には俺に接するときのように接してよ。仲間にはスーラだっているんだ。ジョカが触れたら消えちゃうんじゃないの!?」
「スーラでございまするか。妾にとっては埃にも満たない存在。触れる必要もなく爆散させることができまする」
「あほーーーー! そんなの駄目だからな! ちゃんとみんなと仲良くして!」
思わず声を荒げて罵倒していた。おそらくだがこんなことを言えるのは俺しかいないと思う。
俺が制御してやらないとジョカは手が付けられない状態になる。
それはジョカを仲間にした俺の何よりも大切な使命。
俺のためでもジョカのためでも仲間のためでもない。
おそらくは世界に生きる全ての生物のために。
キュッとアイラインを一文字にし考える様子を見せていたが、やがてゆっくりと薄紅色の唇が揺れる。
「わ、分かりましたでありまする。しかし、先ほどのもわざとではないのでする。加減が難しゅうて……」
「うん、それはなんとなく分かってる。なるべく気を付けてくれればいいよ」
「ありがたきお言葉に妾は感謝が溢れておりまする」
とりあえず納得してくれたようだし、これで許してあげることにした。
フロードの手も治らないという訳ではないし、生まれたばかりで手加減が難しいというのも本当なんだろう。
調合台をしまうと俺たちはリトリアを目指して進んでいく。
ジョカが俺の一歩後ろを歩くのは、主従関係を意識してのもの?
こういうところは強い癖に律儀だなと思う。
「ジョカは人を超越した存在って言ってたけど……元々は人だったってことなの? ……あ、横に来ていいよ。話しにくいし」
ジョカは「失礼して」と小さく呟きながら俺の隣に並んだ。
そのままどこか虚空を見つめながら思い出すように言葉を紡ぐ。
「いえ、違いまする。人型であるというだけで人ではありませぬ。妾もどうして生まれたかは分からないでありまする」
「そう……そうなんだ……。ジョカも色々大変なんだな。ま、色々思うところはあるけれど、ジョカが生まれてきてくれて慕ってくれるってのは嬉しいよ」
山は消滅させたし、フロードの手は砕いた。
放っておくとやばいような気がする。
それでも苦労して調合し俺の元に現れてくれたわけだから、当然、大切な仲間の一員だ。
そう思っていると凛とした態度で草葉を踏みしめていたジョカの足が僅かに揺れ、不審に思い見上げると目に涙がにじんでいた。
「妾、主殿にそう言って頂けて本当に嬉しうございます。主殿のために、妾、全力を出しまする故」
キュッと手を取ってくるその手からは本当に優しさと温かみしか伝わってこない。
先ほどフロードの手を握りつぶしたのは何だったのかと思えるほど。
腰を落とし視線も合わせてくるジョカに見られていると、なんとも気恥ずかしくなり僅かに顔を背ける。
「う、嬉しい言葉なんだけど……全力ってのはどうなのかな……? なんだか大変なことになりそうな気がする……」
「大丈夫でございまする。手加減はしていきます故に。妾、主殿に必要とされたいでございまする」
体勢を起こし再度凛とした様子で前方に顔を向けたジョカの黒紫の髪に、整然と並んだ白雲の隙間から降り注ぐ光が艶やかに照る。
瞳にもその光は入り通常なら目が眩むところだと思うが、僅かにも顔をしかめる様子を見せない。
なんだかそれはジョカの覚悟というか決意というかを感じられて、なぜそれほどまでに忠誠を誓ってくれるのかをふいに尋ねてみたくなった。
といっても直接尋ねるのは何だか気が引けるので、
「ジョカは……あの調合表を書いたわけだよね? 俺に向けて書いたものだったの?」
俺の言葉を聞きその横顔から眼を一文字に結ぶのが見え、しばしの静寂が流れる。
おそらくは随分と昔の事。それを思い出しているのではなかろうか。
「主殿……宛てに書いたかどうかは分かりませぬ。というより、妾は紙の内容自体を知りませぬ。『森羅万象を存知する自動書記』を使用しました故に。
「エ、エタナ……何それ?」
「妾の最期の瞬間に発現した魔法でございまする。妾が再び現世に戻るための手段を残してくれたもうた。……それしか分かってないでありまする」
「そうなんだ……。俺にはよく分からないけれど……」
俺宛てのものだったのか、そうでなかったのかは結局分からないということ。
だが、もし俺の力を当てにしたものであったとするならば、調合表に書かれていた図が完璧にそれを再現したものではなかったのは解せない。
しかし俺以外にあの図を再現できる人間がいるとも思えない。
「ふーむ……」
結局考えてみても分からなかった。
けれど構わない。結果が重要であって過程はどうでもいい。
調合台で生み出した仲間は例外なく忠誠を誓ってくれている。
ジョカの力は異常すぎてその範疇にないような気がしていたけれど、普通に調合台の力、つまり俺の力として忠誠を誓ってくれているのかもしれない。
だが。
もしそうでないとしたら?
例えば……忠誠を誓ってくれているフリをしているとしたら?
フロードやピギュンにはそんな気持ちは芽生えなかった。
けれど、ジョカの力はあまりにも強大過ぎるのだ。正直な話俺の下に仕えてくれる意味が分からない程に。
そんな気持ちから結局単刀直入な疑問が俺の口から飛び出していた。
「ジョカはなんで俺なんかにそこまで忠誠を誓ってくれるんだ?」
「主殿に、なんか、という言葉は似合いませぬ。ですが……そうでありまするな。古に生きていた時よりも、今の方が心が躍動しているのを感じまする」
「躍動……?」
「そうでございまする。妾は孤高の存在でありました。今は主殿という大切なおのこの側に仕える身。その方が嬉しいのでございまする」
孤高ゆえにおそらく孤独。
俺は完全な孤独だったというわけではないが、コーラム家にいるときは明らかな疎外感は感じていたし、孤独が辛いという気持ちは非常に分かる。
フォーカス兄さん、ニチェリア姉さん、リーザさん。
もし俺にその三人がいなかったら、と考えるだけでゾッとする。
そう考えるとジョカに対して急速に親近感が沸いていくのを感じていた。
なんだか突然大切な存在に昇格したような。
そんな温かい感情が流れ込み俺の心を満たしていく。
「ん、ありがと。俺もジョカが側にいてくれるのは心強いし嬉しいよ。これからお願いします」
「主殿、頭を上げてくだされ。妾には勿体なさすぎるお言葉。こちらこそよろしうお願いしたいでありまする」
俺が頭を下げるとあたふたした様子で頭を下げ返してきた。
その様子がなんだか可笑しくて……小さく笑いを漏らすと、ジョカも微笑みで返してくれた。
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