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第二章
2-18 覇女の手加減
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草原の向こう。白い大きな物が何かに囲まれているようなそんな雰囲気。
まだ遠くて俺にはよく分からない。
けれどジョカなら目も良いんじゃないかと思い尋ねかけた。
「ジョカ、あれ見える? なんとなく不穏な気配を感じるのだけれど」
「そうでありまするな。馬車……が黒い鎧を纏った男たちに囲まれておりまする」
別に目を凝らした様子もない。淡々とした口調でそう口にした。
なんとなく野盗や賊が襲っているような気がして、目を凝らす。
が。
やはりよく分からない。
「とりあえず助けに行こう! 理由は分からないけれど……なんとなく襲われているような気がする」
「ふむ。主殿が行く必要があるのか不明でありまするが……行くとするとしましょうか」
おもりをつけていても普通に走ることができる。むしろ以前よりも足が速いくらいだ。
だが隣を駆けるジョカの移動方法の意味が分からない。
先ほど草原を歩いている時は確かに歩いていたというのに、今は足を一切動かしていない。
まるで宙を滑っているかのような、そんな感じで涼しい顔して俺の隣を全くの同速で移動している。
「何それ? 魔法なの?」
「それ……とはこの移動法でありまするか? そうでございまする。主殿も使われますか? 制御が少し難しいのでありまするが」
「あ、いや、いいや。フロードに修練のためにおもりつけてもらっているわけだし。それより……あれはやばいかも!」
ザッザッと柔らかな草原を踏みしめ、街道の石畳を越えた所で大体の状況が目に入る。
馬車側の人間は四人……いや、一人は既に殺されて地に伏しているのか鮮血を零しピクリとも動く様子はないので三人か。
男性二人と女性一人。こげ茶色の髪で逞しい体つきの男性が剣を持っているが、後の二人は手ぶらだ。いや、女性は腰に綺麗な剣を差しているのが見えるが……。
二頭引きの馬車で一頭の馬も切り殺されている様子で状況は切迫している。
なぜなら黒い鎧の男たちは8人で全員武器を持って迫っているのだ。
どちらかというと野蛮な雰囲気の鎧。僅かに曲線を描くカトラス。このままだと間に合わず目の前で惨状が繰り広げられてしまうだろう。
「ジョカ! なんとか…………」
と言いかけて、山を消し飛ばしたこととフロードの手を握りつぶした凶悪無比な力を思い出す。
とはいえ今からフロードを出すわけにはいかないし――傷も癒えてるか分からない――俺にはどうすることもできない。
なら。
なんとか手加減してもらうしかない。
「武器を……あいつらの武器をなんとかできないか!?」
「ふむ……。なぜ助太刀するのか不明でありまするが……武器をなんとかすればいいでありまするな……」
武器を何とかしてほしい。俺の無茶な注文に全く異を唱えることなく頷いてみせる。
そのまま右手の親指と人差し指をくっつけると口元に近付けていく。
何をやろうとしているのかは俺には分からない。
だが。
甘かった。
妖艶に歪むジョカの口から破滅の言葉が放たれる。
『弐式・万物を雲散霧消させる滅びの波動』
俺の全身を悪寒が走り体中が寒気立つ。
冷や汗がぼろぼろと零れ……そしてジョカの指先を起点にし、うすらと白い靄のような物が放たれた。
どんな範囲で何が起きているのか?
それは一目瞭然だった。
地面がくり抜かれるように抉れていき、不可思議だが草葉が根ごと横たわり、土中の虫たちが緑に埋もれるように蠢く。
それはどんどん広範囲――放射状に広がりながら音もたてずに地面を削りとって進み、やがて黒の鎧の男たちだけでなく馬車も襲われていた男女も含め全てを呑み込んでいった。
広げた扇子のように地盤が抉れ大量の緑と虫たちが混じり合い、同時に剣がまるで塵になるかごとく消えていったのだ。
ああ、やっぱりダメなやつだ……そんな気分が心中を埋める。
それだけで終わればまだよかった。
だが。
終わるはずがなかった。
黒い鎧を着ていた男たちの鎧も鎧下も靴も全てを塵のように消していく。
それは勿論馬車側の人たちも同じ。
馬車も消え男女の服も剣も消え、倒れていた死体も全てが消えていった。
残ったのはポカンとした顔で惚けている、全裸の黒い男たちと男女三人に馬が一頭。
ただそれだけだ。
それ以外は全て消滅して消え失せた。
俺もポカンと口を開き惚けた顔をしているだろう。ジョカだけは口元を緩めひっそりと静かに佇んでいるが。
辺りを静寂が包み込み、そして阿鼻叫喚が沸き上がる。
「うおぁぁぁぁ!? なんだこれ!? 一体何が起きたんだ!?」
「くそ! 分からん! 分からんが、中止だ! こんなんじゃ不可能だ」
「だが、目撃者が……」
「手ぶらでどうするって言うんだ!? 見ろ!! あの二人が何かやったに決まっている! このままでは殺されるぞ!」
「な、何をやったって言うんですかい!? 何をやればこんなことが起きるんですかい!?」
「くそ! しらねぇ! しらねぇが! 裸じゃ何を言ったって始まらねぇし締まらねぇ! 逃げるぞ、お前ら!」
黒い鎧の男たちが誰なのか分からないが、裸になって全てをさらけ出している相手に対してどうしろというのだろうか。
慌てた様子で話し合っていた彼らは背中を向けて一目散に逃げだしていく。
逃がしていいのだろうか?
いや、駄目だろう。
だが……ジョカに頼んでいいのだろうか?
正直に行ってしまえば不安でしかない。
しかし、他に方法がないというのも事実。
「ジョカ……あいつらを捕らえることができるか!?」
「勿論でございまする」
何が起きるのか。それを考えるだけで不安が渦巻く。
ジョカは右手を逃げる彼らの背中に向けると、口の端を美しく上げてみせる。
再度断罪の言葉が放たれ、やはり俺は絶句することになった。
『闇弱封絶牢』
その言葉が耳に届いた瞬間、天より禍々しい意匠を施された黒き槍のような物が八本彼らの周囲に降り注いだ。
土砂を巻き上げることなく突き刺さる槍が四角形にそびえ立つ。
同時に奇妙であるが妙に心がざわつく音を奏でながら、その隙間を埋めるように黒の雷撃のような光が激しく流れ、彼らを完全に囲ってしまう。
これも完全にダメなやつだと俺は頭を抱えたくなる。いや、抱えた。
勿論これで終わりならまだよかった。
だが。
今度も終わるはずがなかった。
僅かに見える隙間から苦しそうに喉を掻きむしる男たちの姿が見える。
声を上げることもできないのか、バリバリと雷撃の音が聞こえてくるくらいで悲鳴一つ漏れない。
そのまままるで全身の水分が蒸発していくかの如く干からびていく。
揺らぐ雷撃の隙間から見えるミイラのようになった男たち。
見た瞬間俺はジョカの手を取り声を荒げていた。
「うぉぉぉぉぉい! 何やってんの!? 捕らえてっていったじゃん! 死んでるでしょ?あれ!」
「生死の指定はされておりませんでした故に。生かしたまま捕らえるのをご所望でありましたか? それは失敬……」
「し、失敬て……軽すぎるだろ……」
表情が僅かにも揺るがないジョカの淡々とした口調に唖然としつつ考える。
やはりというか、俺が制御しなければ、ジョカにとっては人間の命など、そこらに生えてる草葉と同程度の価値にしか感じていない。
状況によって臨機応変に対応していくべきだとは思う。けれど、進むがままに人を殺していたら、おそらくは膨大な数の屍の山を築くことになってしまう。
それだけは避けねばならない。
「ジョカ! 基本的に人の命を奪うのはやめてくれ! 同じ人型だろ? ほら! 俺と同じ人間なんだ。頼むよ……」
俺が懇願するように頭を下げると、ジョカは眉を顰め口先を鼻頭に僅かに寄せる。
「も、申し訳ないでありまする。主殿、頭を上げて下され。妾にとって人はそこらを飛ぶ羽虫と変わらぬ認識の存在でした故。
ですが……確かに主殿と同じ人間。無下に命を奪うのは今後気を付ける所存でありまする」
「本当に……? 信じていいの……?」
「妾、全力で加減する故に……」
吸い込まれそうになるスミレ色の双眸から放たれる真剣な光。
俺はとりあえずそれで納得することにした。
心の中でしんでしまった男たちに謝罪をし、改めて馬車に目を向ける――――と、裸でしゃがみ込み胸を両手で隠して惚けていた女性とばっちり目が合ってしまった。
まだ遠くて俺にはよく分からない。
けれどジョカなら目も良いんじゃないかと思い尋ねかけた。
「ジョカ、あれ見える? なんとなく不穏な気配を感じるのだけれど」
「そうでありまするな。馬車……が黒い鎧を纏った男たちに囲まれておりまする」
別に目を凝らした様子もない。淡々とした口調でそう口にした。
なんとなく野盗や賊が襲っているような気がして、目を凝らす。
が。
やはりよく分からない。
「とりあえず助けに行こう! 理由は分からないけれど……なんとなく襲われているような気がする」
「ふむ。主殿が行く必要があるのか不明でありまするが……行くとするとしましょうか」
おもりをつけていても普通に走ることができる。むしろ以前よりも足が速いくらいだ。
だが隣を駆けるジョカの移動方法の意味が分からない。
先ほど草原を歩いている時は確かに歩いていたというのに、今は足を一切動かしていない。
まるで宙を滑っているかのような、そんな感じで涼しい顔して俺の隣を全くの同速で移動している。
「何それ? 魔法なの?」
「それ……とはこの移動法でありまするか? そうでございまする。主殿も使われますか? 制御が少し難しいのでありまするが」
「あ、いや、いいや。フロードに修練のためにおもりつけてもらっているわけだし。それより……あれはやばいかも!」
ザッザッと柔らかな草原を踏みしめ、街道の石畳を越えた所で大体の状況が目に入る。
馬車側の人間は四人……いや、一人は既に殺されて地に伏しているのか鮮血を零しピクリとも動く様子はないので三人か。
男性二人と女性一人。こげ茶色の髪で逞しい体つきの男性が剣を持っているが、後の二人は手ぶらだ。いや、女性は腰に綺麗な剣を差しているのが見えるが……。
二頭引きの馬車で一頭の馬も切り殺されている様子で状況は切迫している。
なぜなら黒い鎧の男たちは8人で全員武器を持って迫っているのだ。
どちらかというと野蛮な雰囲気の鎧。僅かに曲線を描くカトラス。このままだと間に合わず目の前で惨状が繰り広げられてしまうだろう。
「ジョカ! なんとか…………」
と言いかけて、山を消し飛ばしたこととフロードの手を握りつぶした凶悪無比な力を思い出す。
とはいえ今からフロードを出すわけにはいかないし――傷も癒えてるか分からない――俺にはどうすることもできない。
なら。
なんとか手加減してもらうしかない。
「武器を……あいつらの武器をなんとかできないか!?」
「ふむ……。なぜ助太刀するのか不明でありまするが……武器をなんとかすればいいでありまするな……」
武器を何とかしてほしい。俺の無茶な注文に全く異を唱えることなく頷いてみせる。
そのまま右手の親指と人差し指をくっつけると口元に近付けていく。
何をやろうとしているのかは俺には分からない。
だが。
甘かった。
妖艶に歪むジョカの口から破滅の言葉が放たれる。
『弐式・万物を雲散霧消させる滅びの波動』
俺の全身を悪寒が走り体中が寒気立つ。
冷や汗がぼろぼろと零れ……そしてジョカの指先を起点にし、うすらと白い靄のような物が放たれた。
どんな範囲で何が起きているのか?
それは一目瞭然だった。
地面がくり抜かれるように抉れていき、不可思議だが草葉が根ごと横たわり、土中の虫たちが緑に埋もれるように蠢く。
それはどんどん広範囲――放射状に広がりながら音もたてずに地面を削りとって進み、やがて黒の鎧の男たちだけでなく馬車も襲われていた男女も含め全てを呑み込んでいった。
広げた扇子のように地盤が抉れ大量の緑と虫たちが混じり合い、同時に剣がまるで塵になるかごとく消えていったのだ。
ああ、やっぱりダメなやつだ……そんな気分が心中を埋める。
それだけで終わればまだよかった。
だが。
終わるはずがなかった。
黒い鎧を着ていた男たちの鎧も鎧下も靴も全てを塵のように消していく。
それは勿論馬車側の人たちも同じ。
馬車も消え男女の服も剣も消え、倒れていた死体も全てが消えていった。
残ったのはポカンとした顔で惚けている、全裸の黒い男たちと男女三人に馬が一頭。
ただそれだけだ。
それ以外は全て消滅して消え失せた。
俺もポカンと口を開き惚けた顔をしているだろう。ジョカだけは口元を緩めひっそりと静かに佇んでいるが。
辺りを静寂が包み込み、そして阿鼻叫喚が沸き上がる。
「うおぁぁぁぁ!? なんだこれ!? 一体何が起きたんだ!?」
「くそ! 分からん! 分からんが、中止だ! こんなんじゃ不可能だ」
「だが、目撃者が……」
「手ぶらでどうするって言うんだ!? 見ろ!! あの二人が何かやったに決まっている! このままでは殺されるぞ!」
「な、何をやったって言うんですかい!? 何をやればこんなことが起きるんですかい!?」
「くそ! しらねぇ! しらねぇが! 裸じゃ何を言ったって始まらねぇし締まらねぇ! 逃げるぞ、お前ら!」
黒い鎧の男たちが誰なのか分からないが、裸になって全てをさらけ出している相手に対してどうしろというのだろうか。
慌てた様子で話し合っていた彼らは背中を向けて一目散に逃げだしていく。
逃がしていいのだろうか?
いや、駄目だろう。
だが……ジョカに頼んでいいのだろうか?
正直に行ってしまえば不安でしかない。
しかし、他に方法がないというのも事実。
「ジョカ……あいつらを捕らえることができるか!?」
「勿論でございまする」
何が起きるのか。それを考えるだけで不安が渦巻く。
ジョカは右手を逃げる彼らの背中に向けると、口の端を美しく上げてみせる。
再度断罪の言葉が放たれ、やはり俺は絶句することになった。
『闇弱封絶牢』
その言葉が耳に届いた瞬間、天より禍々しい意匠を施された黒き槍のような物が八本彼らの周囲に降り注いだ。
土砂を巻き上げることなく突き刺さる槍が四角形にそびえ立つ。
同時に奇妙であるが妙に心がざわつく音を奏でながら、その隙間を埋めるように黒の雷撃のような光が激しく流れ、彼らを完全に囲ってしまう。
これも完全にダメなやつだと俺は頭を抱えたくなる。いや、抱えた。
勿論これで終わりならまだよかった。
だが。
今度も終わるはずがなかった。
僅かに見える隙間から苦しそうに喉を掻きむしる男たちの姿が見える。
声を上げることもできないのか、バリバリと雷撃の音が聞こえてくるくらいで悲鳴一つ漏れない。
そのまままるで全身の水分が蒸発していくかの如く干からびていく。
揺らぐ雷撃の隙間から見えるミイラのようになった男たち。
見た瞬間俺はジョカの手を取り声を荒げていた。
「うぉぉぉぉぉい! 何やってんの!? 捕らえてっていったじゃん! 死んでるでしょ?あれ!」
「生死の指定はされておりませんでした故に。生かしたまま捕らえるのをご所望でありましたか? それは失敬……」
「し、失敬て……軽すぎるだろ……」
表情が僅かにも揺るがないジョカの淡々とした口調に唖然としつつ考える。
やはりというか、俺が制御しなければ、ジョカにとっては人間の命など、そこらに生えてる草葉と同程度の価値にしか感じていない。
状況によって臨機応変に対応していくべきだとは思う。けれど、進むがままに人を殺していたら、おそらくは膨大な数の屍の山を築くことになってしまう。
それだけは避けねばならない。
「ジョカ! 基本的に人の命を奪うのはやめてくれ! 同じ人型だろ? ほら! 俺と同じ人間なんだ。頼むよ……」
俺が懇願するように頭を下げると、ジョカは眉を顰め口先を鼻頭に僅かに寄せる。
「も、申し訳ないでありまする。主殿、頭を上げて下され。妾にとって人はそこらを飛ぶ羽虫と変わらぬ認識の存在でした故。
ですが……確かに主殿と同じ人間。無下に命を奪うのは今後気を付ける所存でありまする」
「本当に……? 信じていいの……?」
「妾、全力で加減する故に……」
吸い込まれそうになるスミレ色の双眸から放たれる真剣な光。
俺はとりあえずそれで納得することにした。
心の中でしんでしまった男たちに謝罪をし、改めて馬車に目を向ける――――と、裸でしゃがみ込み胸を両手で隠して惚けていた女性とばっちり目が合ってしまった。
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