異端の調合師 ~仲間のおかげで山あり谷あり激しすぎぃ~

こたつぬこ

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第二章

2-19 覇女は男嫌い?

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 女性は自身の体に軽く目を落としビクリと体を震わせると大急ぎで後ろを向いた。
 ソールから降り注ぐ光の帯が女性の背筋を柔らかくなでる。
 女性の裸を見た記憶なんてとんとない。それでも俺の本能的なものを刺激したのか顔に熱が上り目を背ける。

 男性二人が干からびた男たちに目を向け話しているのを見て、俺はこっそりと調合台から大きな茶巾を三枚取り出した。
 寝るときに使っているものだ。一度しまえば新品のように綺麗になってくれる。
 そして駆け寄ろうとして一歩。そこでジョカの事が気になり目を向けると興味なさげに彼らを見つめていた。

「ジョカは大人しくしておいてよ。あの三人を驚かせたりしないように」

「分かりましたでありまする」

 本当に大丈夫か不安で不安で仕方がない。
 腰で待機しておいて欲しいくらいだが、なんだかそれをするのは悪いような気もする。
 フロード達を出すわけにはいかないし、この三人がどういった人たちか分からない以上護衛の存在は至極ありがたい。

 まぁ裸で何ができるやとも思えないけど。

 色々な思いと思考が絡み合うように渦巻きつつ、乾いた風に身を任すように進み女性の肩から茶巾をかけてやった。
 ジョカほどではないが曇りのない肌がソールの光を煌めかせる様相は、その育ちの良さを匂わせるような気がする。

 だが。

 それよりもすすり泣くような声が背中越しに聞こえ、肩が僅かに震えていることの方が気にかかる。
 今はそっとしておいたほうがいいだろう。
 俺は小さく肩から広がった布がキュッと両手で引っ張られるのを確認した後、男性たちに茶巾を差し出した。

「あの……これ使ってください……。それで何があったんですか……?」

 こげ茶色の髪が少し荒々しく揃えられている。筋肉が盛り上がっていて近くで見ると体中に無数の傷跡が浮く。
 昨今でできあがるような物ではない。長年積み重ねてきたであろう戦士の証。そんな雰囲気だ。
 男性は俺の差し出した布を恭しく受け取ると体に巻き付けた。

 大きく横に伸びる口元を一度引き締め俺たちにゆっくり目を向けてから、布にくるまった女性に視線を向け隣の男性に小さく声をかけた。
 隣の男性は対極的――というほどではないが、大分細身で体に傷があったりはしない。
 それでも姿勢だけはピンと立ち、慌てたりする様子もみせていない。

「シュネム殿はリ…………フランシスを頼みます」

「はい、分かりました」

 シュネムと呼ばれた細身の男性は俺に向かって小さく頭を下げると、フランシスと呼ばれた女性の元へと歩んでいく。
 チラと目を向けるとふるふると震える女性の姿が目に入ったので、慌てて顔を正面に向ける。
 するとそれを合図にしたかのように男性が大きく頭を下げた。
 布の合間から見える隆々とした筋肉に似合わないなと感じる。

「本当にありがとうございましたっ! 何が起こったかは分かりませんでしたが、あなた方が命の恩人だということは確かです。このご恩は……」

「あーあー、別にいいよ……いいですよ。たまたま通りすがっただけですから。それに……馬車も荷物も服も剣も全て無くなってしまいましたし……」

 俺がそう口にすると精悍な顔を歪め俺の手を両手で取った。
 大きくてごつごつした手。父上の顔が僅かに頭をよぎるが、それよりも遥かに剛毅な手をしている。
 俺の手もマメがつぶれタコになり割とごつごつしていると思うけど、それとは比較にならないほどに硬い手だ。

「そんなもの命に比べてしまえば何ら価値がある物ではありません。特に…………あ、いや、とにかく本当に感謝しております」

「あ、はぁ……。ええと、この……ジョカがやってくれたことだからお礼ならジョカに言ってよ……ください」

 そう口にすると男性は太い眉をピクリと揺らし僅かにたじろいだ様子を見せた後、俺の手を放した。
 俺からジョカへと視線が移ろいでいく……が口を開こうとして唇が僅かに震えて止まる。

 もしかして、ジョカの事を恐がっている……?

 よくよく考えればお礼は俺に言うべきじゃなくてジョカに言うのが筋だろう。
 俺はまだ子供なんだから何かしたと考える方がおかしい。
 だがジョカに恐れを抱いているなら別。俺は今は隣にいて何かを感じることはないが、初対面でどう感じるかは分からない。

 もっとも最初出現した時のあの感じではないということだけは分かる。
 しかしこのままジョカを無視したままと言うのも、なんとなくまずいような気がした。
 恐がらなくても大丈夫だと口にしようとしたとき、男性は意を決したように大きく息を吸い込んだ。

「私はリンガルと申します。ジョ、ジョカ殿と申する御方、お、お命を助けていただき誠に感謝する所存で、ご、ございます!」

 ピシッとした態度で斜め45度に体を傾けた所作はやはり俺の時とは違う。
 だが、ジョカはリンガルさんのそんな様子を一瞥することもなく、明後日の方向を見たまま佇んでいた。
 ピリっとした空気が俺たちの間を流れていく。
 別にリンガルさんが怒っている訳でもジョカが怒っているわけでもない。

 ただなんとなく居心地が悪い。そんな空気だ。
 というかジョカがもし怒ったら誰も立っていられないような気がする……。

「ジョカ、何か言ってあげてよ。一言だけでもいいからさ」

 ジョカはリンガルには目もくれず俺にじっと顔を合わせる。穏やかな顔つきでやはり怒っていたりといった様子はない。

「妾は主殿以外のおのこと口を利きたくありませぬ。もしどうしてもというのであれば屍に変えて語り合いましょうが?」

「あーいい! 別にいいです! リンガルさん! 頭を上げてください、そしてジョカのことはどうぞお気になさらず」

 とりあえずジョカに人間の理も文化も押し付けてはいけない。そう理解した。じゃないと全て消されてしまう。
 けれど俺が抑えていればなんとかなるような気がする。
 ならばそれをやるのがジョカを蘇らせた俺の務め。

 それに。

 こんな感じだが俺はジョカのこういうところは好きかもしれない。
 俺に、俺だけに忠誠を誓ってくれる。まるで俺だけの守護神のようではないか。

 リンガルさんは“屍”とジョカが口にしたところで体を大きく震わせたが、俺の言葉を聞いて体を起こした。
 顔が僅かに青い。剛毅な顔つきがどこへやら、何だか申し訳なくさえ思えてくる。

「わ、わ、分かりました。ただ、本心から感謝しているということだけを……お伝えいただければ……」

 なぜ言葉が通じ顔が見える三者間で俺が通訳をしないといけないのだろうか?
 いや……通訳ではなく伝達と言うべきか。
 それでもリンガルさんの必死な形相は無下にあしらうのも心が引ける。

「はぁ。ジョカ、凄く感謝してるって。俺はちょっとやり過ぎだったかと思ってたけど……結果的にはよかったよ」

「ほ、本当でありまするか! 妾、主殿にそう言って頂き心底嬉しいと思っている所存。これからも頑張りまする」

 リンガルさんの感謝はおそらくどうでもいいのだろう。前半の言葉は完全に無視だ。
 だが俺の手をぎゅっと取り本当に嬉しそうに笑うジョカを見ていると、俺まで嬉しい気持ちになってしまう。
 もっともあまり頑張り過ぎてもらうのも困る。ジョカの理は俺たち人の理とは大きくずれているのだから。

「あ、うん……。ほどほどに……ね。とりあえずリンガルさんと話したいから腰で待機してもらっていい?」

「主殿の命に逆らうことなどあろうはずがございませぬ。それでは小人との話が終わり次第妾はすぐに馳せ参じます故に」

 腰のスイッチを押すこともなく、恒例となった闇と虹が混じり合うかのような光に全身を変え、俺の腰へと吸い込まれていった。
 これでやっと落ち着いて話ができる。
 俺は、ほぅと温かい息を肺から押し出すと、何が何だか分からないといった表情を浮かべているリンガルさんに顔を向けた。

 だが。

 甘かった。

 俺の人生はジョカと完全に一体化してしまったのだとすぐに理解することになる。
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